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おかげさまでその後、いろいろな症状が現れましたけれども
なんだかなっ、祈られちゃってるもんなっ、と過ぎ去りまして
腸閉塞のほうは自宅にて治癒した模様でございます。

胴体のへそから下は、いろんなものが
いろんな事情で出来たいろんな孔からどうどう流れ出しまして、
これを漏らさぬようにオムツやナプキンに受けきることには
えらく難儀いたしました。

というわけで執念っぽく娘の予定日に響かぬようにと頑張ったわけですが
なんとなんと、予定日を超えても娘は一向に産気づきませんでした。
まだかまだかと急かしたところで、いちばん待ち遠しいのは娘夫婦ですから
とうちゃんと私は忍の一字で、言葉では
「急ぐことないよ、必ず生まれるんだからさ~」などど
穏やかにうそぶいておりましたです。

さすがに待ちくたびれ、今か今かという気持ちすら持たなくなった頃
どうもうっすら陣痛らしいという連絡が参りました。

娘が入院いたしましたのは
私の通う教会の仲間が勤めております産科婦人科専門病院で
教会の方のお産はほぼここで、
同じく教会仲間の助産師さんに取り上げてもらっているのだそうです。
その助産師さんはほかの人が当番でも
教会の人だけは自分が取り上げるんだと頑張ったそうで、
なんかすごい・・・・・Σ(゚□゚(゚□゚*)

娘の陣痛は微弱でして、一晩過ぎる頃には残る体力を心配されるようになり
教会のみなさんが無事のお産を祈ってくれておりました。
これは私が教会に頼んだわけではなく、
病院勤めの仲間が祈りの応援を伝えてくれたのでした。
ええっ、私頼んでないよっと少々驚きはしましたが
この昭和40年代のような親切が
教会の特徴みたいなものなので、プライバシー云々には目をつぶりまして
・・・(´∀`*;)ゞアハハ

娘はある程度までは賛美歌を歌いながら痛みを耐えていたらしいですが
結局促進剤を打たれまして、そのころには賛美歌どころではなくなった模様で
最終的にはギャーッと叫んでおりましたです。
( ゚Д゚)キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
ウオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアア\( ‘ω’)/

2日目の夕方、LDR(陣痛分娩回復室)の部屋の前でソファーに座り
とうちゃんとふたり、娘の苦しむ声や、助産師さんの指示の声を耳にしつつ
1時間半ほど待ちました。
娘の夫さんはお産に付き添ってLDRに入っておりました。
やっぱり最近のパパってイクメンでね~感心しますです、
とうちゃんはぜったい嫌だって。

ただ待つのは暇なので、私はソファーの前にあったクリスマスツリーの
へたくそな飾り付けを修正したりなどしておりました。
おかげで相当均整の取れたツリー飾りになっております
v(o゚∀゚o)v 

とうちゃんは、まんじりともせず、目を閉じて黙っておりました。
私ととうちゃんの娘が、赤ちゃんを産むのだなぁと言う
なんともいえない感慨を覚えながらの時間でございましたです。



赤ちゃんは無事に生まれました。
異常はございませんでした。
ただ、娘がちらと聞いた助産師たちの会話によると
どうやら娘の赤ちゃんは臍帯卵膜付着状態だったそうでございます。
臍帯卵膜付着ながら、胎児機能不全にもならず
臍帯血管断裂にもならず、まるで普通みたいに
元気よく生まれてくれたのでございました。

娘自身を始め教会のみなさんも祈ってくれた新生児です。
神様の愛はこの赤ちゃんにも降るほどに注がれているのだと
私は確信しております。
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入院したかと思いました?
してません、家にいます。

いや~日曜日あたりからおなか少し痛かったんですけどね
火曜日朝どーんときて脂汗。
どうも内圧が異様に高くなっている感じがしたので
吐いてみると胃液しか出なかったけど少しは落ち着いたので
どうにか大丈夫かなと思って
お習字に行ったのですが
お稽古ちゅうにまた脂汗となり早退してまた吐いて
そのあとはもうひたすら眠ろう眠ろうとなりました。

夜にはとうちゃんにお詫びをして寝させてもらい
とにかく寝苦しくて熱を測ると9度4分。
水も飲めない状態だったのだけど、ええい、ままよと
カロナール飲んだら飲めたのでちょっと効いてくれました。
そのころからストーマのほうにも色のついた水みたいなのが流れ始めてくれて

ああ、どうにか改善の兆し~~~

それでも水曜日はまだ高熱と腹痛を繰り返してたので
病院に行く元気でなくってね、
ようやく昨日電車で2時間半掛かる病院に行きましたです。
(近くには専門家のいる病院がないんだよね)

多分そうだろうなと思っていたのだけれど
腸閉塞でしたね。
入院しようかーと先生やわらかく言ってくれたんですけどね
冗談じゃないです、娘がお産を控えておる、
お産はともかく
4日後には産院を退院するのです、
私は絶対にそのときに娘の手助けをしたいのです。

40年も50年も長い病気をしておりますと
生きることに目標が出来てくるのです。
と言うか、それが無いと生きるのが難しい・・・・感じなのです。
10年くらい前ですかね、
娘が孫を育てる際に、一生懸命お手伝いしたい、と決めたのです。

それは私の(今は認知症になってしまった)母が本当に頑張って
産後の私を手伝ってくれたからでした。
娘が幼かったころ、私はただただ体がつらくて
そのかわいらしさにさえ気がつくことが出来ませんでしたし。
だからこそ、今度は娘のためにしてやりたいのです。

ということで、やんわりと先生のお申し入れを拒否いたしまして
このように帰宅しております。
まぁ、あれですよ、ストーマから水であっても便が出ているので
腸閉塞としては軽いほうなんですよ。
ここ20年くらいは腸閉塞といえども手術するのは
壊疽を起こしかねない本当に重たいものだけで
そうでない場合はマーゲンチューブなどを入れて
内圧を抜きつつ10日~2週間ほどかけて徐々に腸を落ち着かせていくのです。
(とはいえ、私の知るマーゲンチューブはぜったい鼻からなんか入らない太さ、
外人サイズなんじゃないか?)

補液しつつかような処置をするので24時間高カロリー輸液をしている私なら
家でもきっとできる!!!!!

それでも先生悩んでました。
うんうん頭抱えて考えた末に強力な抗生物質を2種類処方してくれて
19日には電話をして経過を報告するように言われました。
それでダメだったら入院しなさい、という意味ですね。

で、今現在の状態はまぁ、おなか痛くてまだ硬いですけども
動けるかなぁという感じです。
若い頃はもっと痛くても普通に動いてましたから
やわになりましたです。

また元気になったらコメント欄空けると思います。
というかもっとランキング下がってくれないと開けられない・・・・

めまいが来ないように、枕を高くしたって話し、以前書いたよね。
それがさー、ここ1週間ほどなんだか船酔いしてるように
体がぐら~~~~~と揺れてる感じがあってさ、
さっきなんか、ご近所さんに声かけられて
振り返りながら自分の体の軸が60度位になっているのがわかったよ。

このままバランス崩して転ぶんじゃないかと、
ご近所さんも一瞬びっくりしていたけど
私が平気でニチニチソウの切り戻しについて話してたら、
安心したようだった。
ご近所さんは私が常にリュックに点滴いれて背負っているのを知ってるから、
こんなものなのだろうと思ってくれたんだろうね。

しかしこの体の軸の決まらなさはいったいどうしたんだろう。
クレアチニンの値が下がっちゃってるのかな。
血圧測ってみたって低くないもんね。

ところで昨日ね、深大寺の帰りに娘のところに寄ったんだ。
とうちゃんがしばらく娘にもチビ犬にも会ってないからさ
会いたくて会いたくてしょうがなかったんだよ。
だからわざわざ深大寺そばのお土産買ってね
それを理由に行っちゃったんだよね。

チビ犬は1ヶ月もとうちゃんに会っていなかったんだけど
喜んで喜んでくるくる回って、おなか出して撫でて撫でてって
猛烈にひっついてきてさ。
うれしいとうちゃんは、娘とその夫と3人連れ立って
チビ犬散歩に出て行ったりした。

家に帰ってから眠るまで、
「チビ犬は覚えていてくれたし、娘も元気だし
ダンナは娘を大事にしてくれてるし
孫ももうすぐ生まれるし、しあわせだねぇ」
と、とうちゃん何度も言ってた。

とうちゃん、本当に満ち足りた顔していたなぁ。
そうだね、とうちゃんが家族のシアワセを、自分の幸せと思ってくれる人で
私もシアワセだなぁって思うよ。

とうちゃんの幸せをぶち壊さないように
今日は枕のなかの詰め物をさらに高くしてみようっと。

神代植物公園といえば、バラで有名なのだけれどねー
秋バラってやっぱり難しいのだなぁ。

私が最初バラに目覚めたのは、この神代植物園からだったんだ。
もう30年以上前の話しでね、
今みたいにナビがまだない時代でさ、
首都高乗って調布で降りてバラ園までえんえん続く渋滞に巻き込まれながら
やっとこさたどり着いたものだったよ。

いちばん最初に大好きになったバラは「カクテル」という
一重のつるバラなんだよ、今じゃ殿堂入りの超メジャー品種だよね。
本来はシュラブという半つる性のバラなのだそうだけど
あの時代にシュラブなんて言葉はガーデニングの本にも見なかったなぁ。

今日の神代植物公園にもカクテルあったのかしら。
あったのだと思うけど、今日は細かく見てまわらなかったんだ。
最初にも書いたけど秋バラってやっぱり難しいんだと思う、
だってさ、春には輝くようなバラ園なのに
今日のバラ園はちょっとかわいそうに見えたの。

病気で葉に黒点が出ていたり、黄色くなっていたり
花そのものが腐ってしまっていたりね、
美しさを鑑賞するには悲しいような感じだったんだ。
今年は猛烈な台風が来たからね
その段階で半分以上のつぼみや葉がやられちゃったんだと思うし。

その代わりにね、ダリア園はなかなかきれいだった。
ねぇダリアって球根だけど、あんなに根が太く立派に育つものなのね、
もうほとんどバラの枝みたいだった。
あれは地植えで育ててみたくなるな、
葉の色の濃さと、花の色、形が、相当に魅力的だったわ~

そのあと深大寺に行ったらさ、七五三で着飾った子がいっぱいでね、
いや~、やっぱり日本の子供は着物姿が断然かわいいわ。
ここでとうちゃんはまたしても「まだ見ぬ孫」を重ね合わせてたよ。
なんかもう早くも孫バカになっている感・・・・

深大寺参道にはさ鬼太郎茶屋もあってね
鬼太郎茶屋の近くに茶屋のミニバンが置いてあってさ
ナンバーが鳥取だったのに驚いてしまった。
あの店のものは鳥取から運び込まれているのかい!

混んでたらかさ、鬼太郎製品買わなかったよ、
(鬼太郎とネズミ男の像の間で写真は取ったんだけどね)
ちゃんと深大寺そば食べて、お土産にもそば買ったから。
なんかね、おそばのつゆ、甘味が濃かった。
あれが、あのあたりのそばつゆの味なのか知らん。

深大寺のある調布市はね
深大寺界隈を中心に観光都市として大いに売り出したいのだそうだよ。
うん、できると思う。
規模は大きくないけれど、なんだろうね、独特の時代感覚が
あのあたりには出来上がっていてさ、
それがとても日本人の心を穏やかにさせる気がしたね。
こじんまりした、いいところだったよ。


家計簿書くぞーと、ここに何回書いただろう。
そして「やめちゃった」と何回書いただろう。

というわけで娘の結婚準備期間あたりから
PCでつけられる家計簿ソフトを
きちんと有料でダウンロードして
書き続けていたのよ、1年少しだけど
たった今さっき全部消すまでは!!!

変なところクリックしたら消えちゃった、とかそういうのは無いの
さすがに有料ソフトだからね、1回間違えたくらいで全滅したらヤバイって。

そうです、自ら全部きれいに消し去ったのです。

なぜって口座の残高が実際の通帳と家計簿の数字が
全然合わないからなんだわよぅ!
ほら、カードとかで買い物したらさ、
買った日と引き落とされる日が違ったりするじゃない、
私の設定の仕方だと、そのあたりが曖昧で
完全にこんがらがってしまっていたんだわ。

カードってさ、何ヵ月後の何日に引き落とされるって決まりはちゃんとあるんだけど
私はそこいらがよくわかってない。
ねぇ、カードの明細いちいちきちんと確認してる人って
どれくらいいるの?
やらなきゃならないことは理解してるけどさ
よほど「変だ!」って思わない限り、確認しないんじゃないかなぁ。

ああ、単純に使った分の足し算と引き算だけで成り立っていた時代が懐かしい。
今は消費税の掛け算まであるもんね。

いや、多分、単純な足し算と引き算だけでも
私絶対続かないだろうな、
毎日家計簿開いて記入するなんて、およそ出来ないもんね。
しかも計算を絶対間違えるからさ。

私アホでさ、数字にものすごく弱くて
計算絶対間違えるってわかってるくせに
間違った数字が書かれていることに我慢が出来ないのだわ。
大まかな動きがわかればいいとかって
家計簿長く続けている人はいうんだけど
大事なおおらかさが無くて、必要のない細かさばっかりあるのよ。
ああ、理系のお方がうらやましい・・・・

と、言うことで、うちの家計簿は明日から新しくはじまるのでした。
でね、もうカードの細かな設定とかしないでおくよ。
通帳からカードがいくら引き落とされてるか、だけを記入することにする。
それなら何とかできそうな気がするからさ。

・・・・・いつまで書けるだろうねぇ。
とりあえず1年間頑張れるといいんだけども。
よろしく
ちやこ。 いまのところ50代。
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