FC2ブログ

娘の家にはごくわずかな植え込みがあって
最初からつつじとか、月桂樹とか、パンジーとかが植えられているんだ。

虫全般がとにかく嫌いな娘は、
家の周囲に緑なんかいらない! と言い切っていたのだけれど

この美しい花の時期に周囲の家々の窓辺や植え込みに
生き生きとした花々を見て
ついに「誰かお花植えてくれないかなー」と言った。

そういわれたらもう、うきうきわくわく
さっそく行って参りましたよ、
手入れが楽で丈夫で強い花苗をいくつか購入し
自分で種から育てたマツバボタンの苗とともに
シャベルとマグワンプ(長期肥料)とを持って
いつもガーデニングを開始するときのあの
高揚感とともにね!!

まずさ、もうそろそろ季節終わりのパンジー二株を引っこ抜いたのよ。
どれ、土の状態は・・・・・

もうそこで、この土じゃだめだというのがすぐに分かったよ。
あのさ、新築の家のおまけみたいな植え込みというのはさ
きちんとしたまとも土なんか入っていないんだね。

植え込みに使われていたのは
一応土ではあるけれどもぱさぱさスカスカで
養分もなんにもなさそうな、欠けたコンクリートまで混じった
ほとんど砂みたいな土だったんだ。

しかも、団子虫が次々出てくるんだよね。
土の下に巣でもあるんじゃないのかな、っていうくらいに。
ああこの土だったら、
植えてあるつつじはいずれ咲かなくなるだろうって思った。

でも土まで買っていかなかったからさ
購入した苗物とか、それなりに植え込んではきた。
とても美しいガーベラを買ったのね、
うちで育てたらさぞや目を引くだろうというくらい
美しい色と姿だったのだけれど
娘の家のあの痩せた土に植えられて
ましてや
娘はきっと花ガラも摘まず、水も気にしないだろうから
あの美しいガーベラはきっと
遠からぬうちに枯れ果ててしまうのだろう。

ほかの花たちもみんな強くていい株だったけれど
あんな土ではみんな命を続けることがやっとで
たくさんの花なんか咲かせてはくれないんだろうな。

そんなことを考えるとね、
シュン・・・・・ってしてしまうんだ。
なんかね、虚しいなぁって。

今回植えた花たちのお世話を娘が全然しないで
あっという間に枯れさせてしまったら
私はもう、娘の家の植え込みには手を出さないことにしようと思った。

なんだかね、きれいな花がかわいそうでさ。
考えると元気が出ない。
我ながら馬鹿みたいだけど、そうなのだからしょうがない。

うん。
スポンサーサイト



05 19
2019

なんか虚しくなっちゃったよ。

磯野貴理子さんの離婚の理由を聞いて、
なんにも感じない大人の女ってほぼいないと思うよ。

貴理子さんは55歳で、
別れたご主人は24歳年下なのだそうだね。

「俺は自分の子供が欲しい」
っていうその理由、
あんまりまっとうすぎて、言われた女はぐうの音も出ないよね。

これを言われて
「私の年を知ってて結婚したんじゃないの?」
って切り返す人はもちろんいないとは思わない、きっといるよ、
でもその切り返しを公明正大自信満々私が正しい、とばかりに
出来る人ってそうそういないような気がする。

もしもさ、ご主人が子供好きだったり
よその子を見てニコニコしていたのを目撃してたら
自分の愛する男がそういう気質性質だと知ってたら
貴理子さんみたいに「しょうがないな」って
思っちゃうことだってあるよね。
ものすごくつらいけどね。

でもさぁ、どうなの
年齢的に妊娠出産確率が極めて低い妻に対してさ
「お前は俺の子が産めないから離婚したい」って
言えるものかね、妻を本当に愛していたら。

どちらかを選ばなければいけないという葛藤があったにしてもさ
愛する妻を捨てて、誰かの産む「俺の子」を選ぶかねぇ。

斜めな見方をすれば
「俺」の精子を使って誰かに代理出産してもらえば
オールクリアーなんじゃないのかな?

妻も「俺の子」もどっちも同じくらい大事だったら
そういう方法だって考えてもいいと思うんだ。

でもご主人は貴理子さんじゃなくて「俺の子」を欲しいと思った。
ご主人は自分勝手なことばかり言ってと、自身わかっていて、
その点を詫びたりもしていたらしいけど、
いえいえ、勝手どころか。

人を愛するって弱みを持つって事だよね。
貴理子さんはご主人を愛しているんだねぇ、
だから苦しい部分、つらい部分は全部引き受けて
愚痴も文句もすっぽりと飲み込んで別れたんだねぇ。
なんとまぁ綺麗な。

貴理子さん脳梗塞以降テレビでもあまり見なくなってしまったけど
私断然応援しようと思った。






04 04
2019

年をとっても夫婦仲良く、寄り添って生活している図って
私の頭の中のイメージだと、ほほえましくて、穏やかで
チャーミングなのね、
ま、いわゆる共白髪までというアレで、
全然悪い意味じゃなくてむしろめでたい、尊い、なわけだけれども

昨夜、何気なくつけたテレビでね
3月半ばに亡くなった俳優、織本順吉さんの
ドキュメンタリーのようなのをやっていたのよ。
映像は、氏の娘さんが撮ったもので
織本氏は92歳の高齢ながら、ボケてなくて
カメラの前では長く演劇論を語ったりするのだけれど

椅子から立ち上がることも、階段を上ることも
もはや一人では容易ではないのね。
撮影のために伸びた髭をそり、髪を整えても
カメラが氏の顔を大きく写すと
しみだらけの皮膚や
たるんだ顎や喉の皮、
電気カミソリで剃り切れなかった髭が
ぼしょぼしょと見えるの。

娘さんは、父織本順吉を支え続ける母親の様子も映していてね
織本氏が92歳なわけだから当然高齢の奥様でさ
それでもまだしゃきしゃきと動けるみたいで
まめまめしくお世話をしていた。

あのさ、その姿をさ、仲が良くてほほえましい、なんて
私には思えなかったんだ。
とても、痛ましく見えたんだよ。
私は真っ白い髪の奥さんが、やせ衰えた夫を支えて歩かせる姿を
悲しい思いで見たんだよ。
美しいなんて、思えなかった。
夫婦愛がどうのこうのなんて、全然感じなかった。
介護なのよ、夫婦の助け合いではなくて、介護なの。

多分ね、織本順吉さんがもう少し元気で体がしゃんとしていれば
私はそんなふうに思わなかったかもしれない。
年をとりすぎていたんだね、きっと。

誰だっけな、川端康成だったかな
老醜という言葉をよく使っていたような気がする。
確か川端は子供のころ、寝たきりの祖父の下の世話を良くしていてさ
し瓶に祖父の尿を受けながら
きれいな水のせせらぎの音を脳内に浮かべて、
その作業をこなしていたの。

むかしそれを読んだときは、ただ読み過ごしていたけど
今は漠然とこんなふうに思うんだ。
川端康成は、逃避していたんじゃないか。
老いることが自然なのはよくわかっている。
ましてや血のつながりのある祖父の世話、
「いやだ」「きたない」など言えるわけがないし
人間として、それを言ってはいけないともわかっている。

でも、そんな祖父を真実「美しい」とも「尊い」とも思ったりは出来ない。
だから頭の中に流れるせせらぎを思う。

私もきっとそんな人間だ。
私の目は表面の老いしか見ない。
長く生きて疲れた体の外側しか見ない。
内側にどれほど尊い過去が積み重なっていても
私はそれを見いだせず、感じ取ることも出来ない。

人が年をとってよぼよぼになるのは自然なことで
自然なことを悲しんだり、嫌悪したりするのは
聞きわけがないことなのだけれど
私は、いやだと思ってしまった。
老いるのはやはり、醜いよ、
そしてひりひりするほど、痛ましいよ。

「かわいいおじいちゃんだよ」
「あのおばあちゃんはほんとかわいいのよ」とか
介護職の知り合いは、時々そんなふうに言う。
きっと心の底からそう思っているのだろうね。

そういう人は、私の数百倍上等な人間。

とうちゃんはそばがら枕が好きだ。
でも、そばがら枕は管理が面倒くさい。
最低でも月に一度くらいは日にあてないと
虫がわいたり、カビが出たりする。

そうやって管理していても
いつしかそばがらは割れ、粉になり
気がつくと枕の下のシーツに
粉こながこぼれ出ていたりする。

消耗品と割りきって
中国産の安い1000円のそばがら枕を
何ヵ月かごとに買うようにしていたが、
今回何とはなしに国産の
衛生的に処理行程を経た
ちょっとだけ値の張るそばがら枕を買ってみた。

まぁホワイトデーにとうちゃんが珍しく
目もと用パックを買ってくれたから
(ラジオでフェイスパックをホワイトデー
に薦めていたらしい)
その感謝の意味もあるしね。

とうちゃんは喜んでくれたよ。
それはいいんだ。

でもね、前回安い中国産そばがら枕を
買ったのがいつか、というところで
お互いの記憶が食い違ったんだ。

とうちゃんはもうずっと買っていないというの。
私は時々買い替えたと思ってる。

どっちが正しいのだろうって思った。
自分が正しいって思いたいよ、
とうちゃんが間違ってるって。

でもさ、どちらにもはっきりした証拠がない。
とうちゃんは絶対に私の間違いだという。
いや、弱いのよ、何せ私には現役認知症の
実母がいるのだもの。
直系の身内、母親が認知症だからさ、
もしかすると、とうちゃんの言う通りかもしれないなぁ
って思っちゃう。

でね、注文したの。
3年連続日記帳を。
でね、毎日書いておくの。
出来事、買い物、行った場所、お店とかね
色々と証拠になるように。

そう、証拠。
えへへ、
私はとうちゃんが違うんだって思ってる。
今に見てろよって。

でも、本当はどっちなのかな。
う~む、これからだわね。





十代の頃から顔肌にだけは自信があった。
ほくろの多さを考えなければ、いまでも肌はきれいなほうだ。
なにせ便秘ということがないからね、腸閉塞にならない限りは。

でも、いくら肌がきれいだといっても
シワがないわけではない。
以前はクリームをいくら塗っても乾燥して、コジワの原因になっていたけれど
3年ほど前からメディプ○スゲルを使い始めたところ
肌が乾いてシワになったり粉を吹いたりすることがなくなった。

常にしっとりしていて、さわり心地はかなりよいが
それでもパーンと肌が張ってシワが伸びるというわけではない。
生まれつき道具立てが地味な顔なので
目鼻が大きくシワが目立つ顔よりは、今となってはお得感があるが
それでも寄る年波、ほうれい線も目じりのシワもきちんとお目見えしている。

今朝、洗面所の鏡に映った自分の顔を見て、
なんとはなしに理解できた。
私はもう無理だ。
同年齢の人より若く見えるとか、50半ばには見えないとか
そんな風に思い込むのは、もう無理だ、と。

鏡の中の私は「幼稚園の運動会を見に来ているおばあちゃんたち」
と同じような顔をしていた。
すっぴんの顔の眉は半分までしかなくて
頭髪も細くて薄くてぺしゃんこで
若かった頃はそこそこノーブルな顔だっただろうと予想できる
(せめてものよく目をここに加えたいじゃないか!!)
おばあさんの顔だった。

とうちゃんとふたりで孫の話を楽しげにするくらいだもの、
おばあさんの顔になってたって当然だわね。

美しさで売ってる女優じゃないんだからさ、
もう無理だって認めなきゃという気がした。
通販の高いクリームのCMにでてくる、
シワがない上に髪までふさふさした美肌の婆さん70代には
私はなれやしないのだし
(金も髪もない!!)

かくなるうえはせいぜい、穏やかな優しい表情をした
いい感じのおばあさんを目指そう。
それならまだ、なんとか手が届くんじゃないかって気がする。

年齢を経て表面にでてくるのは内面だというからさ
今からだって穏やかで優しい人になれるよう努力すれば
きっとなんとかなるのだ、うん。

うむ、目的が出来てちょっと気分よし!

よろしく
ちやこ。 いまのところ50代。
にほんブログ村


2019年は読書するのだ

ほんだな
検索フォーム

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ