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昨夜11時ごろから、午前3時あたりまで
埼玉も台風の暴風雨圏内となり、
洗車場みたいな四方八方から降りつける雨の音とともに
今まで耳にした覚えがない風の音が、
もう、生き物みたいに迫ってきては走り去り、通り過ぎた。
雨戸を閉めていたけれど、あの風がいまにも
雨戸を吹き飛ばし、硬い飛来物で窓ガラスをぶち割ってきそうで
こわかった。

雨風の音がうるさくて、どうしたって眠れそうにないので
ゲームをし、スーパーからとってきた衣類通販のカタログを読み、
ツィッターをのぞいたりした。
ツィッターには、この雨風の音で、飼い猫がひどく落ち着かず
怖がり、すり寄ってきて離れないという書き込みを何個も見つけた。

猫は嵐を恐れるものらしい。
ちょっとした隙によって、嵐の中へ猫が逃げ出さないようにと
注意喚起する愛猫家も複数いた。
家の中よりも外は雨風がもっとひどいはずなのだが
怯える猫たちはとにかく現状から逃げ出したいがために
ややもするとパニックになってしまうのだろう。

死んだ黒いオス犬も、そういう子だった。
図体の大きいのんびりした性質の子だったが
雨が激しく降ったり風がびゅうううっと鳴ると、非常に怯えて
耐えられないレベルになると震えながらくうーんくうーんと鳴きだす。
いつもは自己主張しない子がそのときばかりは決して引っ込まず
助けてくださいと鳴き続け、震えてバタバタ動き回るのだ。

もしも昨晩の台風時にあの子がいたら
風や雨よりあの子の鳴き声がうるさくて
怯えて歩き回る足音が耳について、
かわいそうだけどどうしようもなくて困り果てたことだろう。

何年前になるのか、雷が数日続いたある夏、
黒オスは真夜中の雷がとうにおさまった朝に
犬の散歩にでようとした娘ととうちゃんをすり抜け、
玄関を飛び出し、猛烈な速さで走り去っていってしまった。

黒オスは雷の音が数日来怖くて怖くて
それが収まってもなお恐怖から逃れられず
パニックにとらわれたままだったようだ。

娘はぎゃんぎゃん涙を流しつつ黒オスを探して歩き
とうちゃんも懸命に探して歩きまわり、
諦めかけて自動販売機でコーヒーを買おうとしたそのとき、
とうちゃんに走りよってきたのだそうだ、黒オスがとてもうれしそうに笑いながら。

近づいた後、また走り去ろうとした黒オスの首輪をとうちゃんはすかさず握り
ほとんど家に引きずるようにして連れ帰ったという話だ。
娘は黒オスを見てわんわん泣き、泣きながらひっぱたいたらしい。

(私はその日入院してた、手術の日だった、娘もとうちゃんも
その日に黒オスを探しまわるハメになり時間に遅刻してきた)

昨日のような日は、あの子が天国でのんきにしていてくれてよかった。
けれどこれから何年たっても、
こんな悪天候のたびにあの子をこうして思い出すに違いない。
ううん、雨風のたびにあの子を思い出していたい。
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ショックで泣きそうになってしまった。

「なぜ炎上?HIKAKINが飼い始めた人気種の知られざる悲しみ」← http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56785

愛くるしい外見と動作を人間が好むゆえに
一生痛み続ける体を抱えて生きなくてはならない猫がいるなんて
あまりにあまりな現実じゃないか!

知らなかった、何も知らずに、まぁかわいい子だなぁと
無責任に鑑賞してたことがある、
ペットショップの狭い箱の中にいた
折れ耳のスコティッシュ・フォールドの子猫。

折れ耳はそもそもが軟骨異常で
それは成長するうちに全身のどこにでもあらわれるという。
骨の異常があるからこそ、スコティッシュ・フォールドは
他の猫たちに比較すると大人しく、穏やかだそうだが
その原因は体の痛みに起因するものなのだそうだ。

スコティッシュ・フォールドを飼っている人のいったいどれほどが
この残酷な現実を知っているのか、
そこがとても気になっている。
HIKAKINさんはもちろん、何も知らないから飼ったのだろう。

こんな事実を知ってしまったら猫を命と愛する人たちは
スコティッシュ・フォールドを飼うことはないだろう。
痛みの中で生きなければならないこの猫の人気を
さらに増すことになりかねないのだから。

イギリスでは繁殖が禁止されるほどに残酷な生を要求されるこの猫を
ペット後進国の日本では相変わらず
どんどん繁殖させて増やしているのだそうだ。

何も知らずに、ただ可愛いと言うだけでスコティッシュ・フォールドを
いま現在飼っている人たちに心底お願いしたい。

痛みの中に、生きている子なのだから
どうか、愛を惜しみなく注いでやってください。
可能なら高額な医療費にかかるお金も出してあげてください。
そして、いくら可愛くても、次に飼う子は
人の手で無理に作られた子ではなくて
ごくナチュラルな猫ちゃんを飼ってやってください。
痛みの中で生きなければならない残酷な宿命を背負う子が
もう生み出されることのないように、
どうかお願いします。

埼玉の小さな保護団体から白い女王様を貰い受けて、
大きな公園を往復する犬散歩を私が毎朝1時間半せっせと続けていたある日のこと、
その公園の管理事務所の近くに子犬が3匹棄てられていた。

3匹拾って帰るわけにも行かず
女王様のリードを握らないほうの手のひらに1匹だけ乗せて
とことこうちに帰ったのだった。

公園でボス犬の目を狙って飛び掛ったほどの凶暴きわまる女王様が
子犬には驚くほどに優しくて。
でも、そのころうちにはまだ犬庭がなくて、
2匹飼う度胸も寛容もなかったから
生まれて1ヶ月もしないこの小さな犬を誰かもらってくれないだろうかと
とうちゃんがコーチをしているスポーツ少年団のテニスチームの練習場所に
この子犬を売り込みに行った。

そしたら「犬ほしい」と思っていたけどご主人には「やめとけ」って言われて
飼うことができなかった奥様がいて
「だったら拾う!」と探していたって言うんだ、捨て犬を。
神様がとっくのとうに手を回していらしたことがよくわかる。

うちで1週間だけトトと名づけられていたその子犬は
テニスの練習のあとすぐに、その奥様のおうちにもらわれていった。

その子がね、昨日15歳で天国に行ったそうだ。
トトをもらってくれた優しい奥様のおうちは家族みんなが犬好きになって
その後トイプーなど計3匹もの愛犬家生活を賑やかに楽しく過ごされていたそうだ。

でもそのうち2匹はトトより早く死んでしまった。
つい3ヶ月前に1匹亡くしたばかりらしい。
そして最年長でとても長生きの15歳のトトが昨日。

とうちゃんからその話を伝え聞いたとき、
時が本当に過ぎ去っていく虚しさと寂しさを感じないわけにはいかなかった。
トトというのはオズの魔法使いに出てくる犬の名前からつけた。
もらわれていった先では別の名前になったけれど
うちではやっぱりトトのまんま、
女王様のおっぱいを探して、「やめなさいよ!」って唸られていた赤ちゃん犬。
女王様の大きな小屋の寝床の真ん中に眠り込んでしまって
女王様が困った顔をしていた、手のひらに乗るほどの小さな犬。

わずか1週間の思い出なのに忘れられない。
保護団体の里親さんたちはみんな、こんな感情を経験しながら
さらに犬への愛情を増幅させているに違いない。

この清らかな悲しみを味わえるのも、犬飼いの醍醐味なのだろう。

土曜日、娘はいつものようにチビ犬を我が家に預けてから仕事に行った。
娘が来るものうれしいが
チビ犬のことを孫みたいに可愛がっているとうちゃんは
チビ犬を抱っこしてこたつに入ったり、
お気に入りのボールを投げたりして長々遊んでやり
お日様が出てきた9時を回ると、
もう我慢できずにチビ犬を公園に連れて行くと言い出した。

IMG_20171111_094331.png

チビ犬は娘夫婦と暮らすようになっても、
ちゃんと毎日朝夕お散歩には行っているのだけれど
それっていわゆる「オシッコ散歩」なわけなので
たとえ30分歩いたところで、犬にすれば日常なのよね。

遊ぶためのお散歩は走ったり飛んだり
日ごろすれ違うことのないほかの犬たちのオシッコの匂いをかいで
「あら若い男ね!」とか「同じ年くらいの女の子だわ」とか
「なんかセクシーな香りだわ」とか
「なんか強そうなタイプだわ」とか言う情報を
収集したりする、犬にすればたのしい楽しい時間なわけね。

この公園には野良猫が住み着いていてね
毎朝えさを持ってくる人たちもいるから
子猫もあわせて30匹くらいはいるんじゃないかと思う。
でも数ではもっと上回る犬たちが散歩にやってくる上
ノーリードどころか
「散歩行って来い」と飼い主同行でない犬たちもいるので
猫たちは常に群れて、公園の隅っこに大人しく過ごしているんだ。

去年死んだ黒オスはこの公園に
首輪なしでとことこ歩いていたところを見つけてつれて帰ったんだ。
どんなオスに言い寄られようとも常にけんか腰だった白い女王様が
黒オスにだけは「あらタイプだわ!」と近づいていったのもあったな。

黒オスが死んでから、小さな犬にしか触っていなくてさ、
お手のときにわかるしっかりした強い前足や、
立ち上がってより掛かってくるからだの重さが、
どうも恋しくて恋しくてね。

小さい犬は子供のように可愛くて、愛らしいんだけども
私の中での犬たる犬はやっぱり中型犬から上みたい。
小型犬は犬というより小さい子供に近い感じがするよ。

IMG_20171111_094517.png
チビ犬は結婚式前後の忙しさのなかで、
こんな風に遊び散歩をさせてもらえなかったのかもしれない。
とうちゃんと私が10メートルくらい離れて
チビ犬に「おいで」をすると、もうそれはうれしそうに
全速力で駆け寄って来るんだよ。
落ち葉をしゃかしゃか言わせて
何度も何度も。

IMG_20171111_094544.png
写真だと、落ち葉ってとても美しく見えるんだね。
いかにも晩秋。

犬を飼わなかったら、この公園に来ることなんか多分一度もなかったと思う。
この年になってとうちゃんと一緒に散歩することもなかったかもしれない。

冬もまたチビ犬連れて散歩に来られるといいな。

なんかね~なんかね~、
犬が主人公になっている小説って、どうして必ず犬に過酷な状況が描かれるの?

最近いくつか犬が主人公の小説を読んだけどさ、
出てくる犬は人間のせいでかなり悲惨な状況を潜り抜ける必要に迫られるのよ!
必ずなのよ!
必ず、ひどい境遇に陥ったり、危険な状況になったり
死んじゃったり、残酷な殺され方をしたりするのよ!

ひどい目に遭わされてもなお
犬は人間のために尽くしたり、信じたり、誠実だったりするのよ、
究極の善良さを少しも損なわないのよぅ、もう、なんでなの~~~~~!!

あのね、犬にまつわる伝説らしいんだけどね、
アダムとイブがリンゴを食べて、エデンの園を追放されるときね、
神様はアダムとイブの夫婦と、そのほかの動物との間に大きな溝を作られたのだって。
溝はどんどん広がって大きくなっていって、
人間とそのほかの動物との間のすべての絆が切れかけそうになったとき
犬だけが走ってその溝を飛び越え、人間の側についたのだって。

この話、以前洋ドラで聞いたんだけどさ
先日読んだ小説のラストにもこれが出てきてさ
犬は神への「反逆」を試みたので、人間と同じように
この世界で苦しむ必要がある、みたいになっててさ、
なんと申しますか、半分納得して半分釈然としなかったよ。

犬の善性を直接知るにつけ、私なんかはつくづく感じるのよ、
こいつら、ただ飼い主が家に帰ってきただけで何でこんなに喜ぶんだろ、
なにがそんなに嬉しいんだろ、
少しもかまってやらない飼い主にさえ必死に尻尾を振るのはなんでだろう、
飼い主でいる限り、無条件に人を愛し、信じようとするこの子らは
いったいどういう生き物なんだろう、
このけなげさに気づかないまま、殺してしまう人間もいるのに
なんでこいつらこんなに善なんだろう・・・・

でね、上記の伝説と考え合わせて私が得た結論はね、
神様は犬が人を求め慕うように
人間が神を求め慕うことを望んだのではないか、ということなの。

たとえば、留守番していて飼い主の帰りが真夜中になってもさ
犬は帰りが遅い! って怒ることなんかしないで
帰って来た帰って来た!って、ただただ喜びでいっぱいになるでしょ?
空腹でもおしっこしたくても、ずっと我慢して
ただただ喜んでいるでしょ?

私ねぇ、犬のひたむきさや、究極の善良さを見ているとね
こんな風な人になれればなぁって思うのよ。
神様が与えた試練に対して憎みも呪いもせずに受け入れて
ただひたすらに信じて慕って、善である性質。
神様は人間にその尊さを教えるために、犬を傍に置かれたんじゃないのかなぁ。

アメリカの刑務所でさ、受刑者が野良犬を訓練して
すばらしい家庭犬にして希望者に譲渡するっていうのがあるでしょ、
まぁ、失敗した例もあるけど、
上手くいくと、受刑者の再犯がほぼなくなるっていうね。

あれはやっぱり、犬が無条件に人を信じて従う
その善性に、受刑者が心打たれる、学ばされ、教えられるからだと思う。
世の中に信用できるものなんか無いって腐ってた受刑者たちが
こんなにもピュアで信じるに足る命があるってことを知って
ある種衝撃を受けるんだと思うんだ。

えと、話を戻して、つ~ま~り~、私は
普通の犬が、優しかったりおっちょこちょいだったり、
時々怒ったりする人間たち家族の中で
普通に飼われて愛されて、笑ったり、しょげたりしながら
平和に歳をとっていくような、なんでもない小説があって欲しいわけよ。

極限状態に追い込まれる犬とか、そういうのかんべんして欲しいわけよ、
そういうのなしでも、犬は感動的な生き物だって私知っているんだもの。
よろしく
ちやこ。 いまのところ50代。
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