あの人も老けこの人も老け

見た映画の感想
05 /31 2013
5本で1000円だというので、夫がTSUTAYAでDVDを借りてきた。

友達がとても惚れこんだというフランス映画「最強のふたり」
シルベちゃんとシュワちゃんとブルース・ウィリスのじいちゃんたちが出てくる
「エクスペンダブルズ2」
セクシーでカッコイイハゲのバリバリアクション「SAFE」
アカデミーをもらっていない方のドラキュラ「リンカーン」
そして定番007「スカイ・フォール」

・・・・・いつも夫の趣味でやたらにアクション映画が多いのだけれど
今回はなんというか、う~ん、
アクション俳優の末路みたいなものを見させられた気がして
ちょっと複雑であった。

「エクスペンダブルズ2」は
シルベスター・スタローン、シュワルッェネッガー、ブルース・ウィリスと
大看板を張れる3人が出てくる映画だったのだけれど
年をとるって悲しいことよね、と呟きたくなった。

主人公のシルベちゃんのお顔がブルドッグ的に垂れさがってしまっているのが痛い。
撮影時66歳だったにしては垂れさがりすぎの感じがする。
もしかして若いころにステロイド使い過ぎたのかしらん、
などとうがった見方をしてしまうほどの老け顔に思える。

シュワちゃんは「I'll be back」ばっかり言って
過去の作品に頼る台詞や演出の連続なのがちょと悲しい。
最近主演作も公開だそうだが、
来日インタヴューでは州知事の時も毎日、運動は欠かさなかったといい
「年だなんて感じたことは一度もない」と言っていたが
州知事時代、見事に出っ腹の水着写真をパパラッチに撮られていた。
ちなみにシルベちゃんとは同い年だそうだ。

ブルース・ウィリスは、平凡に年をとってほぼ見せ場がなかった。
意外にもこの人58歳だから若い。
なにぶん頭の薄くなるのが早かったので今になるともう年がわからない。
若はげは当人にとっては厳しいことなのだろうけれど
後年、年齢のわからない状況になるのは悪いことではないと思う。
ちなみにシルベちゃんの右腕の役で登場するジェイソン・ステイサムは
カッコよくてセクシーなハゲ。
45歳であのハゲ具合だがまったく問題なし。
セクシーな禿げバンザイ。

かつてはハンサムでやたらに股関節の柔らかかったジャン=クロード・ヴァン・ダムは
相変わらず蹴り技をかますのだけれども、
あの整った顔の造作が乱れて美男子が台無しになっていた感。
それでもまだ52歳だというから驚いてしまう。
白人の老けは早く、かつハンサムはさらに早いのか。

あ、それと痛ましさを覚えたのが007「スカイ・フォール」。
なにせ私はショーン・コネリーの、
濃くて強くてくじけない、根っからの明るいスケベエという007のファンなので
ダニエル・グレイグの鋭く、渋く、人間的な悩みを抱える、
陰のあるボンドは苦手なのである。

今回はまた特にこのボンドが「年を取った」という設定でいやになってしまった。
ああ、007だけはサザエさん一家のように年をとらせて欲しくなかった。
しかし年を取った設定と言っても年齢は明確には出て来ない。
主演のダニエル・グレイグはまだ45歳だと言うが、
役柄ではそれより少し上に成っているのではないだろうか。
どちらにしても50前のボンド・・・ううむ。
50と言えば男性の更年期、ボンドの悩みが深いのも更年期によるのか・・・

と、だんだんいや~な感じになってくるのでやめておこう。

あれれ、老けた老けたばかりで映画に関する話は全然していない。

ネタバレしなかったので、それだけが救いということで。





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痛みに効いたロッキー・ザ・ファイナル

見た映画の感想
05 /04 2013
昨日の昼過ぎ、NHKBSで「ロッキー・ザ・ファイナル」をやっていた。
そういえばこの連休が始まってからずっとロッキーシリーズを通してやっていたな
などとごくごく軽い気持ちでテレビの前に座って画面を眺めていた。

ところでこの作品、2007年日本に来たとき映画館で観た。
その時の感想はというと、私は単純に「おもしろかったね~」で
ロッキーは見なくちゃ! と大張りきりだった夫は
「ロッキーがよぼよぼになってた、やだ」であった。

まぁそう感じるのも仕方がないくらいに、シルベちゃんは老けていて、
血管がこぶこぶに浮き上がる筋肉が、ずいぶん汚らしく、痛々しく見えた。

が・・・・同じ映画だと言うのに
昨日観たロッキー・ザ・ファイナルには、
私はものすごく勇気をもらってしまった。
やはり特にあのテーマ曲が流れ始めたあたりから、俄然元気が出た。

実は愛犬の白メスが倒れたあたりから無理がたたっていて
それでも何とか切り抜けてきた私の身体の具合が
そろそろボーダーラインを超えてしまったらしいのだ。
昨日の私は体の中にあるべき多くの体液中物質を消費消耗し、
特に電解質のバランス不足がはなはだしく、
両手両足に間歇的なこむら返り、いわゆる筋肉の攣りを起こしていたのであった。

筋肉疲労や冷えで起こるこむら返りとは異なり、
電解質の不足によるものは、攣りの特効薬とされる芍薬甘草湯をもってしようとも
治まりはしない。
さらにいえば、こむら返りの強烈なものが5分10分という長さでなく、
数十分間続き、繰り返されると、けっこう肉体精神ともにキツイ。

とはいえ、まだ両手足程度だったために、
(本格的になると手足のほか内臓や上体部に来て、酷いと心臓が攣って死ぬ)
私は口から必死で電解質系を補っている状況だった。
このレベルは点滴なら即復活なのに、
経口投与だと私の身体の能力では未消化廃棄分が多いのか
なかなか痛みが鎮まってくれない。

私はロッキーを見ながら痛みに泣くのをごまかし、我慢していたが
例のテーマ曲が流れ、老ロッキーが走り込みを始めると
私もいつしか受け身の気持ちを振り棄て
「くそぉくそぉ」と筋肉の痙攣と戦うかのような気持ちになって来た。

映画の盛り上がりとともに、きっと私の脳からアドレナリンがどくどく出始めたのだろう。
私は口にクソマズイ経口電解質液を含みながらロッキーと一緒にリングに燃えた。

そしてロッキーの言葉
「痛みに耐えて前へ進むものだけが」を聞いて
ほんとに足や手が攣って痛くてたまらん私はもう

「よっしゃ~~~~~~!」

いやぁ、いい映画だったぞ。
2007年に見た当時はやっぱり若かったのだろう、
40代には老いたロッキーの本当の凄さ、かっこよさ、深さがまだ理解出来なかったのだ。
それに実際筋肉の痙攣と戦っていた私には、
痛みに耐えて立ちあがり、最後まで戦ったロッキーの言葉が、
天の声のごとく響いちゃったもんね。
(ロッキーは敬虔なカトリックだしww)

しかしアドレナリンが出すぎてしまったせいで、映画の直後に
「あっ! うちの年より黒オス犬はトイレが近くなったんだ!
おしっこ散歩行かなきゃ!」
なんて攣っている足で行動に出たから、これが少々余計だったかもしれない。

おかげでテニスの試合に出ていた夫へのメールはこうなった。
「ごめんなさい、手足がすごくつって心がくじけて折れました、
夕ご飯作れません、すみません」

というわけで、
夫は夜、閉店前のスーパーでとんかつとポテトサラダと食パンを買ってきて
サンドイッチにして食べていた。
私ももらって食べた。
ついでに、買って来てくれたロールケーキも食べた。
夫が珍しく優しかったので、心が潤った。
ついでに私の電解質不足は少しずつ治まってきた。

ともかく、ロッキー・ザ・ファイナル、痛みに効いた映画であった。
痛みどめとして、購入まで考えたりしている。

レット・バトラーのキスは

見た映画の感想
03 /12 2013
テレビというのはまったく時間食いである。
今日など午後1時からBSNHKで「風と共に去りぬ」なんかをやっていたから
5時前まで延々テレビから目が離せなかった。

録画機能があれば、こう言うとん馬なことはしないだろう。
しかしたぶん録画しても観ないのである。
言っちゃナンだが、うちにはテレビ番組を録画する機械がない。
映画でもアニメでもドラマでもニュースでもバラエティでも、
我が家の視聴可能時間に放送されていないものは、
すべからくあっさり諦めるようになっていて、それがもはや習慣である。

おかげで真夜中のアニメや映画が見られない。
留守をした日の番組も当然見られない。
でも、慣れれば大して悔しくないし、見られなくて残念だった事など数分で忘れる。

さて、「風と共に去りぬ」は好きな映画のひとつである。
中学校時代のテレビ初放送で、声優が栗原小巻と近藤洋介だったことや、
同じクラスのマリちゃんが、この映画にやたらに思いれが深かったことなども
しっかり覚えている。

はじめて「風と共に」の映画を見た際は、
スカーレットとレットの間の激しい言葉や皮肉な会話が理解出来ず、
この二人はこんなに嫌い同士なのになぜ結婚したのだろうと思った。

レット・バトラーの圧倒的な色気に目がハートになったのは
高校時代を経過して、もっと大人になったころだった。
あれから幾星霜であるが、いまもって
あの映画のなかのクラーク・ゲーブルの
「おっさんの持つ色気」を凌駕してくれる俳優さんには出会っていない。

まずあの長身と逆三角形の体格がすばらしい。
ヒュー・ジャックマンも悪くないが、少々ごつすぎて繊細さに欠ける。
あくまでナチュラルな逆三角形でないといかん。
そしてあの細い目である。
スケベエを一切隠さないあの目、スケベエなのに優しそうで
スケベエなのに穏やかそうで、スケベエなのに賢そうで、
ああもういけない、想像で妊娠するかもしれないからここまでにしよう。

ところがである。
今日は映画を見ていてレットとスカーレットの顔が近付く度に複雑な気持ちになった。
少し前にクラーク・ゲーブルは歯が悪く、
口臭が酷かったことをネットで読んで知ってしまったからである。
とにかく体臭だの口臭だの、匂いが強い人が苦手な私には
この新事実は大変な打撃だったらしい。

「こんなキスをした男がいたか!」というあのセリフに思わず
「そんなに臭いのか?」と身を引きそうになった。
ネットは便利なものであり、事実は小説よりも奇なりというが
クラーク・ゲーブルの口臭については、知らずにいたかったと
強く強く感じたのであった。







映画「レ・ミゼラブル」の感想などいろいろ

見た映画の感想
12 /28 2012
「レ・ミゼラブル」を観てきた。
だいたいはレイトショーで観るのだけれど、今日は娘とふたりでファーストショーで観たので
通常1800円が1200円!
この値段は嬉しい、ふたりで1200円分のお得なのだ、使わない手はなかろう。
しかもファーストショーと言っても朝9時半からの開始だから、ちょっと朝頑張れば行ける。
映画が終わったのは12時半ごろで、そのあと午後はまるまる空いているのだ。
ファーストショーって素敵だわ、でも平日だけなのよネ(^_^;)

で、映画の方。
舞台よりも映画の方が断然わかりやすく、迫力があり、丁寧である。

別に日本人のやる舞台をけなすわけではないが、役者の言葉がすべて歌という舞台は
ときどき非常に聞き取りづらいものである。
ましてや英語版の歌詞を日本語に訳して歌うわけであるからなおさらだ。

俳優女優ともにみな歌は抜群に上手い。
憎悪に支配されていたジャン・バルジャンの歌を
低音で感情たっぷりに歌いこんだヒュー・ジャックマンは、
善と愛に生きようと変化したジャンの歌を朗々たる声で歌いあげている。
夜中にそんなに朗々と歌ったら、みんな目を覚ますのじゃないかとツッコミたくなるほどだ。
セクシー路線のヒュー・ジャックマンを御期待の向きには
残念ながらそれとは異なる彼だと断っておこう。
しかいそれはそれとして、映画の質は非常に高い。

ファンティーヌを演じたアン・ハサウェイの歌もすごい。
スーザン・ボイルより情感があり、痛ましさが胸に迫る。
娼婦たちの集まる街の一角、貧しくその日暮らしで汚れ、生きるのに疲れた人々、
つまり原作の題名である「Les Misérables」
貧しき人々、悲惨なる人々、虐げられたる人々憐れなる人々、たちの描写は
特に力感に溢れ、説得力がある。

現在の花の都なるパリの
(当時もパリっ子たちは特別にその意識が強かったと原作にあるが)
過去に臨む悲惨社会の存在に、それらを知らぬ日本人は驚きを感じるのではないだろうか。

ところで、この映画で私が気に入った箇所がいくつかある。
私の眼にはほとんどアッシジのフランチェスコと同じ線上にいる
原作のミリエル司教が、映画ではチョイ役だけれども、しっかり登場していること。
プチ・ガブローシュたちパリの孤児が暮らす巨大な象の銅像(バスチーユの象)が
どういうものだったのかこの映画によって初めてわかったこと。
舞台では馬鹿騒ぎにしか見えなかったテネルディエ夫妻が、
ユーモラスで憎めない悪人に仕立てられていることで、
重い重い物語に、不思議な楽しさを加えているのだとわかったこと。
(原作はどこまでもどこまでも極悪人だったのさ)

そして大収穫だったのが、ジャベールVSジャン・バルジャンが
律法主義者ユダヤ教の人々VSイエス・キリスト
という形にくっきりと読みとれることであった。

どちらも神を信じて、神に従うと誓っているのだけれど
ジャベールは法にのっとり正義を貫くことを神に誓っている。
ジャン・バルジャンが貫いたのは法でも正義でもなく「愛」であった。
そうだ、愛のない信仰は無に等しいっ!

たといわたしが、人々の言葉や御使(みつかい)たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。
たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
不作法をしない。自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

有名なコリント人への第一の手紙 13章1節~7節である。
ジャン・バルジャンの生き方はすべてがこの箇所に集約されていると言っても過言ではない。
(映画ではね。原作はもっと複雑よん)

ご存じ大団円であるが、ここはやはり舞台の映画化であるから
ああいう終わり方にするしかないのだろう。
「民衆の歌」の力強さが最高に印象的であるが、
個人的には原作のように嗚咽込み上げ声忍ぶるに堪えず、というのも観てみたかった。

観終わると歌が口を衝いて出る。
英語の歌詞は知らないのでハミングで。
サントラ盤が欲しい。買おう。

(ご存知の方に言うが、舞台同様アンジョルラスは一番美形だ)



ええと、おとといからブログ村での所属を3か所にしてみた。
3か所にしたら、順位が気持ちよ~く、さがった。
順位が上になるほど「書かねば」感が芽生えてきて、少し重たかった。
これまで1位2位だった人たちが、
忽然と消えてしまう(「エッセイ・随筆」ではそうだったんだ)理由が、ちょこっとわかった。
今はかなりいい感じだ。

カテゴリーはバラけたほうがいい。
順位なんかより、より多くの人に通過してもらう方がいい感じだ。
なんでも身軽に限る。






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連休の暇つぶしにすること

見た映画の感想
10 /10 2011
ええと、連休である。

でも別にすることがない。

(掃除や料理や片づけなら山のようにするべきことがあるが、やりたくない)

連休にいろいろなところに遊びに行った時代はもう10年以上も前になる。
ひたすら家にいてごろごろする専門になってかなり長いので
この長い時間をどうやって自宅で過ごすかにかけては
もはやプロの領域である・・・・・・うれしくないが。

で、昨日一昨日、レンタル映画を2本見た。

「英国王のスピーチ」と「ブラックスワン」
どちらも去年のアカデミー賞をもらったメジャー作品、ツタヤで3泊4日960円。

英国王のスピーチはまぎれもない良作、安心して見ていられる。
主人公のコリン・ファースは生まれ育ちの良く心の強い紳士の役がぴったんこなわけだが
ついに王さまの役になったわけであった。
しかもジョージ6世といえば英国民に愛された善良王。
もうこんな役をやってしまったら悪役にはなれないだろう。

個人的には誠実で堂々とした役回りをこれからもお願いしたい。
ブリジット・ジョーンズの恋人とか、ゲイのデザイナーとかはもういい。
それにしても誠実系演技派の中年男優って最近はなぜゲイ役やらされるのだろうか?

あ、吃音のジョージ六世を治療する顔の長いおっさんは
パイレーツ・オブ・カリビアンの敵役船長バルボッサである。
あのおっさん、バルボッサなんかやっているが、
なにげにかつてアカデミー主演男優賞をとっているのだ。
「シャイン」という題名の映画だが
おつむに問題のあるピアニストの役だったが、確か全裸にもなったいた。
熊蜂の飛行とかすげえ曲をがんがん弾きこなしていたが、あれが本当に彼の演奏ならすごいぞ・・・

もっと書きたいが疲れてきたのでブラック・スワンはこれで済ませる。
ブラックスワン

でもナタリー・ポートマンは大変な熱演だった・・・映画が好きか嫌いかは別として。
ただいくら頑張ってもプリマドンナのバレエに見せることは無理だった・・・・

それから・・・・
そろそろ編み物をはじめたいと思っている。
毛糸の不良在庫がちっとも減らないために今年は在庫を使い切りたい。

ちなみにこれは今年の1月に不良在庫整理のために編んだカーディガン。
カーデ

数年前に毛糸が15玉で600円くらいだったので買ったが、糸がかわいらしすぎて使いきれずにいた。
この1月にひと月ほど入院したので、時間つぶしに編んだら
看護師さんやお掃除のおばさんに好評であった。
これまではシック一辺倒で編んできたので、こういうかぎ針のふち編みは初めて。
はし

編み図なんかないので全部適当に仕上げ、丈の長さがちょっと不揃いになったのだ。
着るとこんな感じ、首元が寒いのと糸自体にぬくもり感がないので秋浅い、いまが着る時か。
(鏡のなかに映る背景がぐちゃぐちゃで汚いと指摘するのはいけない)
着る

さて、なにを編もうかな。
あ、今日は本も読みたい。
風呂のカビ取りもやらねば。