映画「オケ老人」

見た映画の感想
06 /19 2017
レンタルは5本で1000円なので、
3本はとうちゃん2本は私が見たいもので借りている。
「フラワーショウ」に続く2本目「オケ老人」。

主演は杏、
「ごちそうさん」以来明るく元気な役の多い女優さんだが
今回も「ごちそうさん」の演技とほぼ同じような
明るく元気で頑張り屋で、周囲の人を元気にしていく役柄。
なので映画も安心して観られる・・・(中だるみが少しあるけどね)

老人ばかりのド下手オーケストラに間違えて入ってしまった主人公が・・・
と、最初の数分を書くだけで、物語はざっと想像できてしまい
しかもその想像を裏切らない展開、
さらに彼女、杏がそういう役をしているなら
ハッピーエンド以外あるはずないよん。

そうね、そこそこ面白かった。

あのさ、女優杏さんって私は
朝ドラ「ごちそうさん」以前は
「妖怪人間ベム」のベラ役くらいしか知らなかったのだけど
wikiで調べるといろいろなテレビ番組にちょこちょこと出ていたのね。
モデルさんだったことは漠然と知っていたけど
パリコレに出るようなモデルだったというのには驚いちゃった。

この「オケ老人」の映画では彼女バイオリンをやるのだけど
どう見ても代役ではない必死の演奏を演技するのね。
でもまさか、彼女自身が弾けているとは思わなかった。
(映画で彼女の演奏時の音が使われているかどうかは知らない)
映画のためにバイオリンの基礎もしっかり身につけたのだそうよ、
しかも数年掛かるところを1ヶ月ほどで。

独学で英語をマスターし、フランス語も会話できて
大変な読書家で、歴女で、登山が趣味であんなにきれいで。

ああ、なんでそんなにいろいろできるの?
生まれ持った才能もあるのだろうけれども
それだけいろいろ出来てしまうと
やっぱり彼女は努力の人なのだろうなって思う。

正直映画はまぁ、そこそこだったけれど
女優杏という人について少し知ることが出来たのは
なんだか収穫だった気がするの。
世の中にはこんなに努力を惜しまずに来た人がいるんだなぁって。
素敵だなぁ、すごいなぁって。
努力を惜しまない人って世界で一番素敵ね。

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映画「フラワーショウ」

見た映画の感想
06 /17 2017
公開前にテレビで予告編を見ただけで見たくなった映画が
やっと「準新作7泊8日」になって
念願かなって観たのだけれど
・・・・・私の求めてた内容と少々違ってた。

「フラワーショウ」。
ガーデニング大会では世界最高峰のイギリス、ロンドンの
チェルシーフラワーショーでガーデニングに革命を起こし、
歴代最年少の金賞をとった
メアリー・レイノルズの実話の映画化。

いや、面白くなかったわけではなかったんだよ。
映画で再現されたお庭は確かにすばらしいと思ったし。
でもね~、私この映画の主人公たちのはっきりした主張
少し苦手だったかな。

主人公はね、自然と人間の調和を第一義にする主義で
世界最高峰の庭を高価な花でなく、
ケルト風の石造りに500種類もの野草で造り上げるのよ。

王室までが参加するフラワーショーだからね
野草、いわゆる雑草で、田舎の庭を作るなんてありえない、
ってことであれやこれや・・・・

残念ながら私日本人だからさ
庭が自然と調和するってことは普通だもんねぇ。
しかもさ、イギリスみたいに冷涼な地域じゃないからさ
野草だらけの庭なんて作った日には
あっという間に恐ろしいことになるのは目に見えてるわん。

イギリスでは庭がその人を表すとされていてね
庭の持ち主の思考、ステイタス、性質など
いろいろと重要視されているらしい。
だからお金持ちは当然大金をかけてて、
おっそろしく華美で、自然美とはかけ離れた庭が
その当時の主流だったらしいよ。

映画は恋愛ありのサクセスストーリーだけど
同時に自然保護の重要性を訴えていてさ、
もちろんそれは大切なことだと思うんだけどね。
私が見たかったのはそういう話じゃなくってさぁ・・・

それと感じたんだけどさ、
映画のフィルムって、花の色ちっともきれいじゃないね。
最新の美しい色合いとかで撮影してないからだろうけど
そのあたりも残念だったかな。

どうも私はさ、NHKのハイビジョンとかでさ
ターシャテューダのお庭とか見てるほうが楽しいみたい。
ただ単純に「きれいだなぁ」でいいみたい。

あの人も老けこの人も老け

見た映画の感想
05 /31 2013
5本で1000円だというので、夫がTSUTAYAでDVDを借りてきた。

友達がとても惚れこんだというフランス映画「最強のふたり」
シルベちゃんとシュワちゃんとブルース・ウィリスのじいちゃんたちが出てくる
「エクスペンダブルズ2」
セクシーでカッコイイハゲのバリバリアクション「SAFE」
アカデミーをもらっていない方のドラキュラ「リンカーン」
そして定番007「スカイ・フォール」

・・・・・いつも夫の趣味でやたらにアクション映画が多いのだけれど
今回はなんというか、う~ん、
アクション俳優の末路みたいなものを見させられた気がして
ちょっと複雑であった。

「エクスペンダブルズ2」は
シルベスター・スタローン、シュワルッェネッガー、ブルース・ウィリスと
大看板を張れる3人が出てくる映画だったのだけれど
年をとるって悲しいことよね、と呟きたくなった。

主人公のシルベちゃんのお顔がブルドッグ的に垂れさがってしまっているのが痛い。
撮影時66歳だったにしては垂れさがりすぎの感じがする。
もしかして若いころにステロイド使い過ぎたのかしらん、
などとうがった見方をしてしまうほどの老け顔に思える。

シュワちゃんは「I'll be back」ばっかり言って
過去の作品に頼る台詞や演出の連続なのがちょと悲しい。
最近主演作も公開だそうだが、
来日インタヴューでは州知事の時も毎日、運動は欠かさなかったといい
「年だなんて感じたことは一度もない」と言っていたが
州知事時代、見事に出っ腹の水着写真をパパラッチに撮られていた。
ちなみにシルベちゃんとは同い年だそうだ。

ブルース・ウィリスは、平凡に年をとってほぼ見せ場がなかった。
意外にもこの人58歳だから若い。
なにぶん頭の薄くなるのが早かったので今になるともう年がわからない。
若はげは当人にとっては厳しいことなのだろうけれど
後年、年齢のわからない状況になるのは悪いことではないと思う。
ちなみにシルベちゃんの右腕の役で登場するジェイソン・ステイサムは
カッコよくてセクシーなハゲ。
45歳であのハゲ具合だがまったく問題なし。
セクシーな禿げバンザイ。

かつてはハンサムでやたらに股関節の柔らかかったジャン=クロード・ヴァン・ダムは
相変わらず蹴り技をかますのだけれども、
あの整った顔の造作が乱れて美男子が台無しになっていた感。
それでもまだ52歳だというから驚いてしまう。
白人の老けは早く、かつハンサムはさらに早いのか。

あ、それと痛ましさを覚えたのが007「スカイ・フォール」。
なにせ私はショーン・コネリーの、
濃くて強くてくじけない、根っからの明るいスケベエという007のファンなので
ダニエル・グレイグの鋭く、渋く、人間的な悩みを抱える、
陰のあるボンドは苦手なのである。

今回はまた特にこのボンドが「年を取った」という設定でいやになってしまった。
ああ、007だけはサザエさん一家のように年をとらせて欲しくなかった。
しかし年を取った設定と言っても年齢は明確には出て来ない。
主演のダニエル・グレイグはまだ45歳だと言うが、
役柄ではそれより少し上に成っているのではないだろうか。
どちらにしても50前のボンド・・・ううむ。
50と言えば男性の更年期、ボンドの悩みが深いのも更年期によるのか・・・

と、だんだんいや~な感じになってくるのでやめておこう。

あれれ、老けた老けたばかりで映画に関する話は全然していない。

ネタバレしなかったので、それだけが救いということで。





痛みに効いたロッキー・ザ・ファイナル

見た映画の感想
05 /04 2013
昨日の昼過ぎ、NHKBSで「ロッキー・ザ・ファイナル」をやっていた。
そういえばこの連休が始まってからずっとロッキーシリーズを通してやっていたな
などとごくごく軽い気持ちでテレビの前に座って画面を眺めていた。

ところでこの作品、2007年日本に来たとき映画館で観た。
その時の感想はというと、私は単純に「おもしろかったね~」で
ロッキーは見なくちゃ! と大張りきりだった夫は
「ロッキーがよぼよぼになってた、やだ」であった。

まぁそう感じるのも仕方がないくらいに、シルベちゃんは老けていて、
血管がこぶこぶに浮き上がる筋肉が、ずいぶん汚らしく、痛々しく見えた。

が・・・・同じ映画だと言うのに
昨日観たロッキー・ザ・ファイナルには、
私はものすごく勇気をもらってしまった。
やはり特にあのテーマ曲が流れ始めたあたりから、俄然元気が出た。

実は愛犬の白メスが倒れたあたりから無理がたたっていて
それでも何とか切り抜けてきた私の身体の具合が
そろそろボーダーラインを超えてしまったらしいのだ。
昨日の私は体の中にあるべき多くの体液中物質を消費消耗し、
特に電解質のバランス不足がはなはだしく、
両手両足に間歇的なこむら返り、いわゆる筋肉の攣りを起こしていたのであった。

筋肉疲労や冷えで起こるこむら返りとは異なり、
電解質の不足によるものは、攣りの特効薬とされる芍薬甘草湯をもってしようとも
治まりはしない。
さらにいえば、こむら返りの強烈なものが5分10分という長さでなく、
数十分間続き、繰り返されると、けっこう肉体精神ともにキツイ。

とはいえ、まだ両手足程度だったために、
(本格的になると手足のほか内臓や上体部に来て、酷いと心臓が攣って死ぬ)
私は口から必死で電解質系を補っている状況だった。
このレベルは点滴なら即復活なのに、
経口投与だと私の身体の能力では未消化廃棄分が多いのか
なかなか痛みが鎮まってくれない。

私はロッキーを見ながら痛みに泣くのをごまかし、我慢していたが
例のテーマ曲が流れ、老ロッキーが走り込みを始めると
私もいつしか受け身の気持ちを振り棄て
「くそぉくそぉ」と筋肉の痙攣と戦うかのような気持ちになって来た。

映画の盛り上がりとともに、きっと私の脳からアドレナリンがどくどく出始めたのだろう。
私は口にクソマズイ経口電解質液を含みながらロッキーと一緒にリングに燃えた。

そしてロッキーの言葉
「痛みに耐えて前へ進むものだけが」を聞いて
ほんとに足や手が攣って痛くてたまらん私はもう

「よっしゃ~~~~~~!」

いやぁ、いい映画だったぞ。
2007年に見た当時はやっぱり若かったのだろう、
40代には老いたロッキーの本当の凄さ、かっこよさ、深さがまだ理解出来なかったのだ。
それに実際筋肉の痙攣と戦っていた私には、
痛みに耐えて立ちあがり、最後まで戦ったロッキーの言葉が、
天の声のごとく響いちゃったもんね。
(ロッキーは敬虔なカトリックだしww)

しかしアドレナリンが出すぎてしまったせいで、映画の直後に
「あっ! うちの年より黒オス犬はトイレが近くなったんだ!
おしっこ散歩行かなきゃ!」
なんて攣っている足で行動に出たから、これが少々余計だったかもしれない。

おかげでテニスの試合に出ていた夫へのメールはこうなった。
「ごめんなさい、手足がすごくつって心がくじけて折れました、
夕ご飯作れません、すみません」

というわけで、
夫は夜、閉店前のスーパーでとんかつとポテトサラダと食パンを買ってきて
サンドイッチにして食べていた。
私ももらって食べた。
ついでに、買って来てくれたロールケーキも食べた。
夫が珍しく優しかったので、心が潤った。
ついでに私の電解質不足は少しずつ治まってきた。

ともかく、ロッキー・ザ・ファイナル、痛みに効いた映画であった。
痛みどめとして、購入まで考えたりしている。

レット・バトラーのキスは

見た映画の感想
03 /12 2013
テレビというのはまったく時間食いである。
今日など午後1時からBSNHKで「風と共に去りぬ」なんかをやっていたから
5時前まで延々テレビから目が離せなかった。

録画機能があれば、こう言うとん馬なことはしないだろう。
しかしたぶん録画しても観ないのである。
言っちゃナンだが、うちにはテレビ番組を録画する機械がない。
映画でもアニメでもドラマでもニュースでもバラエティでも、
我が家の視聴可能時間に放送されていないものは、
すべからくあっさり諦めるようになっていて、それがもはや習慣である。

おかげで真夜中のアニメや映画が見られない。
留守をした日の番組も当然見られない。
でも、慣れれば大して悔しくないし、見られなくて残念だった事など数分で忘れる。

さて、「風と共に去りぬ」は好きな映画のひとつである。
中学校時代のテレビ初放送で、声優が栗原小巻と近藤洋介だったことや、
同じクラスのマリちゃんが、この映画にやたらに思いれが深かったことなども
しっかり覚えている。

はじめて「風と共に」の映画を見た際は、
スカーレットとレットの間の激しい言葉や皮肉な会話が理解出来ず、
この二人はこんなに嫌い同士なのになぜ結婚したのだろうと思った。

レット・バトラーの圧倒的な色気に目がハートになったのは
高校時代を経過して、もっと大人になったころだった。
あれから幾星霜であるが、いまもって
あの映画のなかのクラーク・ゲーブルの
「おっさんの持つ色気」を凌駕してくれる俳優さんには出会っていない。

まずあの長身と逆三角形の体格がすばらしい。
ヒュー・ジャックマンも悪くないが、少々ごつすぎて繊細さに欠ける。
あくまでナチュラルな逆三角形でないといかん。
そしてあの細い目である。
スケベエを一切隠さないあの目、スケベエなのに優しそうで
スケベエなのに穏やかそうで、スケベエなのに賢そうで、
ああもういけない、想像で妊娠するかもしれないからここまでにしよう。

ところがである。
今日は映画を見ていてレットとスカーレットの顔が近付く度に複雑な気持ちになった。
少し前にクラーク・ゲーブルは歯が悪く、
口臭が酷かったことをネットで読んで知ってしまったからである。
とにかく体臭だの口臭だの、匂いが強い人が苦手な私には
この新事実は大変な打撃だったらしい。

「こんなキスをした男がいたか!」というあのセリフに思わず
「そんなに臭いのか?」と身を引きそうになった。
ネットは便利なものであり、事実は小説よりも奇なりというが
クラーク・ゲーブルの口臭については、知らずにいたかったと
強く強く感じたのであった。