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NHKのあさイチで、デジタル・タトゥーを取り上げていたのだけど
知れば知るほど怖くなってきちゃった。
もうこれはしょうがないって言うfacebookを筆頭として
twitterやメジャー掲示板への書き込み
当然ブログだってデジタル・タトゥーそのものだ。

若い若いころ、初めて新聞に自分の記事が載ったとき
こんなにもいろんなところに影響があるのかって
怖くなったことがあった。
ほんの小さな記事だったのに
日本全国のいろいろな人から手紙が来て
なにかのサークルや団体でその記事を使ったとか
そのときこういう意見が出たとか、
それを印刷した小冊子が送られてきたりとか、
その当時は「記事が一人歩きしている」という表現が
私の感情にぴったり当てはまって、
そこから書くことへの責任とか畏怖を
リアルに感じたことを覚えているのだけれど、
今考えると
多分新聞社には私の記事に対する批判や中傷も
複数届いていたのではなかろうか。

新聞社から転送される手紙や書類はすべて封が切られていて
中身を確認してから送ってくれていたのに相違なく
悪意害意のあるものが私に届かないように
新聞社がフィルターの役目をしていた。

ちなみにこれは私が10代半ばのころの話で
新聞社は今は記事に対する他者からの手紙類を
素人筆者に転送したりしないのではないかな。

また、逆にいえば他者の住所氏名電話番号まで書かれた手紙も
赤の他人に新聞社は平気で送ってくれていたわけで
世の中とても平和、のんきだった。

(その後は同じ新聞に記事が載ってもその反響などは
一切個人宛に送られて来なくなった。
多分バブルのころにはプライバしー保護の観点から
上述のような日本的慣習は無くなったのだろうと思う)

「書くことは怖い」[覚悟が必要だ」とは
ジャーナリスト、記者、編集者としては全然大したことのなかった父が
ときどきつぶやいていた言葉だが
多分父の言ったその言葉の意味が
デジタル・タトゥーと類似した内容なのだと思ってよいだろう。

阿呆を垂れ流しにしているこのブログも
そろそろ本気で賢くならないといけないのかもしれない。

(どこかから声がする。
そんな人気ブロガーがするべき心配を
こんなブログでするなんてやっぱり阿呆だね)
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久しぶりに恋の話をしてみようかな。

ついこの間、いっとき非常に話題になった
「この世界の片隅に」というアニメ映画をいまさら、観たのね。

このアニメでは一方的に見染められた主人公が
知らない人(?)のところに嫁いできて、
初めての夜を経て、仲良くなって
防空壕で二人きりになるとくちずけしたりして
そこを親に見られて
急に離れて二人で赤くなったりして、
なんだかとってもかわいいの。

結婚前に恋をしなかった分を
結婚してから恋してる感じになっていて
ああ、こういう結婚もなかなかよいのねぇ、と
思ったりしたんだわよ。

檀一雄が結核で死んだ最初の奥さんとのことを
書いた小説には
奥さんが裸で歩きまわるところなんぞか出て来たような覚えがあって
それもやっぱりお見合い結婚だったと思う。

逆に恋愛を経て結婚した場合であっても
オープンハートではない間柄ってあるのかもしれないし
もしかするとお見合いとか恋愛とかに
こだわるほうがおかしなことなのかもしれない。
そもそも恋愛にしたってどちらかがどちらかに興味を持って
そこから始まるものだもんね。

こういう話をなぜ書くかというと、それはね~
昨日夜に見た「ファントム・スレッド」という映画に理由があるのだわよ。

それが不思議な形の恋愛映画でね~
天才的なドレスデザイナーの主人公(50代か?)がマザーコンプレックスでさ
本当には女を愛すことの出来ないのに女をとっかえひっかえしててね、
その彼が新しく見つけた若い女がさ
これまでの女と違ったのよ~

女を仕事のモデル、
イメージの源としてしか扱っていなかった彼だからさ
本物の愛情は与えてはくれないわけね。
彼にとって彼女は単なる道具にすぎないんだわ。

でもね~一見普通に見える彼女の
彼に対する愛情は、普通ではなかったのよね~
彼のマザーコンプレックスを上書きする形で
彼女は彼を手中に収めるんだわよ。

その方法がさ~「毒」なのよ。
彼に毒を食べさせるのよ、死なない程度に。
苦しむ彼を献身的に看護してさ
彼を支え、守る存在になるの。

彼は仕事においては素晴らしい才能があるのだけれど
そのために常に神経をぴりぴりさせていて
ちょっとしたことで非常に苦しむことが多いわけ。

で、彼は言ったのね、
彼女は仕事の邪魔になる、と。
かくして、彼女はまた彼に毒を食べさせる。
しかも今回、彼はそのことに気が付いているのよ。
毒を食べて苦しむことが分かっているんだけど
彼はそれをまるで待っているかのようなの。
それが甘美なエロスといいましょうか。

多分彼にとっては仕事よりも
彼女がまるで母のように彼を世話してくれるそのことの方が
幸せで、選び取りたいものだったのね。

そんなふうに彼女は彼をコントロールしていくことになる。
子供が生まれ、
彼の仕事が次第に彼女へ譲られて
それが彼ら夫婦の真の意味での幸福なのかもしれず・・・・・


いやはや、なんというか
ある意味「変態的」な男女の物語ではあったわけよ。
でもさー、それで夫婦が最も平和的にいられるならば
それもよいのかも・・・・
って、毒ばっかり食べてたらいつか死ぬとは思うけども。

考えてみたら、私も
高血圧の気のあるとうちゃんにはよくないだろうなと思いながら
お味噌汁よく作っているんだよね。
少しは塩気を減らすようにはしているけれども
「おいしい」というレベルを下げるまでのところには
至ることが出来ないの。

それとね、ときどき便器にとうちゃんの血が付いていたりしてもさ
ああ、もしかすると直腸大腸に問題あるのかもしれないなって思っても
癌かもしれないから検査行け!
とか言えないんだよね。
いや、言えるけど、忙しくて行けないのわかっているからさ。

ともかく、事を荒立てるよりは
穏やかにすすむ方を選んでしまってる。
こう言うのって、愛情なのかな、それとも違うのかな。

埼玉暮らしがあと数年で30年になり、
東京での年月より長くなる。
もはや立派な埼玉県人なので
当然ながら「翔んで埼玉」観にいった。

信じられない、ポケモンやドラえもん、コナン、妖怪ウォッチではなく
「翔んで埼玉」が一番大きくて収容人数の多い
1番スクリーンで上映なんて。
(ドラえもんが2番スクリーンだった)

お習字のおばさんたちも4人のうち2人は
「翔んで埼玉」を観にいったのだそうで
しかも平日の朝1番上映でほとんど席が埋まっていたのだそうだ。
なんか普通じゃないなー埼玉人によるこの映画の人気。

映画の話はもうひとつのブログに書いたので
今回はそうじゃなくって~

今日さ、映画の話から本の話しになってさ
「今年は頑張っていっぱい本読むんだ」と、私の目標を語ったらさ
ひとりがさ
「私年間100冊くらい普通に読んでるわよ」と言うんだよね~

「図書館でいつも5冊くらい借りてきて2週間で読むでしょ
月に10冊だから100冊くらいは確実に読むわね」

「なんでもいいの、推理小説だったり、歴史物だったり、
適当なのよ」

ああ、私ったらこういう人の前で
なんと恥ずかしいことを口に出してしまったのか知らん、
と後悔する事後悔する事。

そういえばお習字のおばさんたちはみんな本が好きなんだ。
みなさん寝る前に必ず本を読むというし
まことに本を読む習慣を持っている。
さらにみなさん日記をきちんと書いていてさ
そしてさらに家計簿もつけているんだって。
もちろん手書きの日記に手書きの家計簿で
私がPC相手にこうして文字を打っているのとは訳が違うのよ。
みんな私より一回りほど上の年齢なんだけど
立派だよね、えらい。

ただねたくさん本読んでいるのにその内容をほぼほぼ忘れているのか
「面白かった本教えて?」
「オススメがあれば教えて?」
と質問してもあまり返事が返ってこないの。
読んだ記憶はあるのに、内容を覚えていない、
あるいは漠然とした記憶しか残していないのかもしれない。
それとも言わない、言いたくないだけなのかな。

私は読んだものは内容を脳内にとどめて
そしてそれに関する感想も覚えておきたいんだ。
そうしてね、ときどきそれを思い返したり
同じ本を読んだ人と話したり、そういうのが好きなんだ。
それが私の読書に対する姿勢というか
そうでないと、読んだという気になれない。

それでも年をとってくると
読んだ本の内容ってきちんと覚えていられなくなるものだね。
特にすんなりあっさり読み終えたものは
覚えきれてないというか
読んだときには面白かったりいろいろ感想を持ったのに
読み終えるとスーッと流れ落ちているような。

おばさんたちも言っていた。
買った本を半分くらいまで読んで、
「あ、これ読んだことあるわ」ってやっと気づいたことある、とかね。

このごろとうちゃんと話していてもさ
「あれ? とうちゃん、なんか変なこと言ってる」って思うことある。
場所や日付や一緒に行った相手なんかを
完全に勘違いして記憶していることがあるんだ。
これは記憶の上書きというやつで、
曖昧になったところにテキトウな記憶がかぶさって
細部を変えてしまうんだろうね。

悲しいかな、そういう年齢になってしまったんだなぁ。
忘れないように、手書きで日記を書く習慣を
私も持ったほうが良いんだろうな。
でもさ、ブログで誰かが読んでると思うから書ける部分有ってさ
誰にも見せないものをひとりコツコツと書くことなんか
今の自分に出来るかどうか。

素直に、ほんとうに素直に書くとね
韓国とは国交断絶してしまえばいいのにと思うんだ。

私は愛国主義者ではないし
一般参賀に行ったこともない。
クリスチャンだから
お伊勢さんに対する信心なんかまったくないけれども
今現在の天皇皇后両陛下の
あのご高齢での山のようなご公務をこなされる努力には
本当に頭が下がる思いがあるのだよ。

常に冷静で平常心を忘れることなく
淡々としておられるけれども
言いたいことも爆発したいこともたくさんあると思うのだよ。
無礼者といわれるだろうけれど
私は両陛下に対して、人間として敬意を抱いているよ。
すごいよお二人は、とにかく、人として素晴らしいと思うよ。

私レベルでそう感じるくらいだから
国を愛する人、右の翼の人、国を憂う士、皇室ファンなどは
両陛下へ賛辞限りなしだと思うんだよね。

だからさ、韓国の「天皇が謝罪すれば」には
日ごろからあれこれ金の問題を押し付けられた挙句の
ついにおめーなんつう事言っちまっただー的な
「もはや地雷を踏んだ」的な意味合いが国内に充満したよね。

で、それを申し入れたら今回「盗人猛々しい」とまで言われちゃって
ああこれはもう、この国と付き合うのは無理だなって
多くの人々はそう思った。
私もそう思った。

でもさ、今朝テレビでね、こんな風に言ってるコメンテーターがいたのね。
韓国と北朝鮮がいっしょになって、
中国はますます勢力を強めて
アメリカはどんどん極東から手を引く方向にあって
そうなると日本はどうなっちゃうの?  と。

痛いところだよね。
アメリカがバックにいるからこそ
日本はアジアで勢力を保っていられたけど
そのバックボーンを失って、周囲に味方の国々もなかったら
日本は本当にどうなってしまうの。

だから、国交断絶なんかになってはいけない
・・・・・みたいだ(小声)
(ためいき)

隣国と数百年争ってきた西欧の国々は
こういう状況を何度も潜り抜けて
時には戦争し、血を流して成長し、成熟したけれど
日本は鎖国を解いてから
まだ(2019-1854=)165年しか経ってないんだもの
まぁいろいろあるんだろうね、これからも。

国と国との物理的距離がどんどん縮まっている現在
隣国もこの国も、本当の大人になれるのかな。






いくらスポーツに興味がなくても
池江璃花子という名前くらいは何度もテレビで聞いた覚えがあって
なんとも綺麗なお顔立ちのうえに、
水泳界にとって大変な有望選手であるというくらいは知っていた。

オリンピックのメダル候補であり
この夏やっと19歳になる少女が
血液の癌である白血病になったという報道は
オリンピックにもスポーツ全般にもピクリとも気持ちの動かない私にだって
けっこうな衝撃だった。

多分どこのどなたか知らない女子の
普通の学生さんや社会人が18歳で白血病になったことを知ったとしても
私にはけっこうな衝撃に違いないが
この国にとっての非常に有名有能な若きアスリートが
「これから」というときに
かくも大きな試練を与えられたというその事実には
言葉を失う。

彼女の努力があれこれと報道され続けるが故に
それを見知ってなお痛ましく
頑張り屋の娘さんを見守り支え
いまも深く愛しつづけているご両親様のお気持ちをも思うと
たまらない気持がする。

白血病はいま現在では治る病気である、
というお医者さんがたの見解に
幾分慰められはするのだけれど
目的のある生き方をしてきた若い池江璃花子選手が

病院という閉鎖的な場所で
数か月あるいはそれより長く
ただただ耐えていかなければならない苦痛は
どれほどだろうと思わずにいられない。

五輪担当大臣が池江選手の白血病発症について
「がっかりしている」という失言を
口の端に乗せてしまったことは、
世間同様に非常に遺憾である。

ああいうことを言うおっさんは
自分が大病に侵され苦しまない限りは
他人の病気の苦しみをほぼ理解しないし
およそ想像することも出来ないのだろう。
あの手の輩はこの先、いくらだって湧いて出てくる。
だからあんなものは無視すればよろしい。

今は治療に専念して、
再び水泳に戻ってきて欲しいと
応援なのか、励ましなのか、期待なのか
そんな言葉を多くの人が彼女に向かって書いたり
語ったりしている模様だけれど
私はなにも言えない気がする。

どうしたって気持ちに負けて泣いたり
自暴自棄になりもするだろうが
いつかはにっこり笑えるように。
それしかない。
よろしく
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