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義父がねぇ、弱ってきちゃっててさ。
それはもうね、80代も半ばになるわけだから
しょうがないっちゃあ、しょうがないんだけどもさ。

義父は自分がどんどん体力落ちて弱くなってきてるってことは
十分自覚しているわけよ、
自覚しているんではあるけどね
まだ「そこらへんのヨボヨボ爺ではない」とも思っているんだよね。

確かにね、来年の更新まで車も運転する気でいるし
仕事面ではとうちゃんの知らないこともいろいろ知っていて
とうちゃんに頼りにされているところもある。

でもねぇ、生活面においては、義父さんもうほとんど一人では
寝食もままならないというか、
義母さんがいないと到底無理という段階に入っているんだよ。

実はね、そこが最大のネックなの。
特に食事。
義父さんは胃癌で胃を半分以上切り取っちゃってから
食の問題がとても大きくなってしまったの。

胃を切り取った人たちが術後にさまざまな障害を抱え込んでしまうのは
決して少ないことではないんだよね。
それらの多くの障害を落ち着かせるには、とにかく徹底的な食事管理と
食事療法しかないのだけれども
義母さんは、それをこなせるだけの知識がないの。
胃切除後の食事のためのレシピ本とか、そういうものは
娘も仕事柄探してきてプレゼントしたのだけれど

・・・・・とても残念なことだけれども
義母さんは本を読んで学び覚えるということを
過去もほとんど経験したことがなく、
60代を過ぎてからはなおさら、それをする気にはなれず
いわゆる「おかゆ」とか「うどん」とか「煮魚」とか
一般に「病人食」みたいなものでやり過ごすつもりだったみたい。

でもね、義父さんの胃切除後の症状は、
風邪の人間が食べる食事みたいなもので済ませられるわけはないのね。
術後は「食べられない」「欲しくない」が常に根底にあるようになって
さらに好き嫌いも増えたのだけど、義父によると
好き嫌いではなくただただ「食べられない、飲み込めない」のだそうだよ。

義父は炊事なんてしたことがないからさ、食に対する感覚が幼くてね
目で見て欲しいと思うもの=食べられるもの、と思ってしまう。
だから簡単に言うのよ「どこそこのステーキ肉」
「どこそこの鉄火巻き」なら食えそうだ、なんてことを。
義母はいそいそとそれらを買ってくるのだけど
結局義父は箸もつけづに「食えない」となるの。

義母は一生懸命義父の希望を聞いてかなえようとするのだけれど
義父自身は自分の胃袋をよく理解してないから
結局食べられなくて、どんどんやせて衰えていくの。
痩せて動けなくなって不機嫌になって依存が強くなり
望み通りにならなくてさらに不機嫌になり、
もう悪循環だわよ。

確かにお義母さんの勉強不足はあるけれども
それでもさ義父さんは作ってくれている人、用意する側の労を
もっと考えてあげなきゃいけないんだと思う。
でも無理みたい。
お義父さんは自分の不調で手いっぱいだから。

でもさ、そんな日々が重なると、義母の方が参っちゃってね、
ときどき「うつ」っぽくなってきてしまった。
この義母を解放させるために
義父をたとえばデイサービスとかに行かせるのも一つの方法だと思う。
でもね、だめ。

義父は自分を「そこらのヨボヨボ爺」とは違うのだって思っているから
まだ自分で車運転できるうちは行かないって言ってる。
きちんと設備の整ったお風呂に入りに行く、くらいの気持ちになってくれると
お義母さんも助かるのだろうけどねぇ。

実際よく聞くよ、「そんなところに行けるか!」という
ご老人の話はさ。
でもさぁ、せっかく介護保険料払っているのだから
ひとつ使ってやろうか、これも社会勉強だ、くらいの気持ちになれないものかしらね。

義母はもともと義父にたてつく人ではなかったのだけれど
このごろさすがに強烈な愚痴や文句を発言するようになって
義父は義父でこれらに激怒して、
これまでの信頼を義母に対して一気に失ってしまったと言っている。

ああ難しい。
どうしたって無理なのかも、老老介護だもの。
間に入って誰かが助けてくれなかったら無理だよね。

仲良く年をとるのは、ほんとうに大変。
仲良くいるためにこそ、デイサービスなどの各種サービス事業を
進んで使うくらいでちょうどいいのかもしれない。
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関東地方、今日は11月上旬並みの気温で
まーぁ過ごしやすいこと過ごしやすいこと。

昨日まで半袖だったとうちゃんが、今日は寒がり
工場の作業着にフリース着こんじゃってるもんね、
さすがにフリースではそのうち暑くなるんじゃないかと思うけど。

今朝は仕事場から書いているんだ。
義父義母さんが毎週通ってきていたこの会社、
特に義父さんの体調もあって、この夏以降、来てくれる間隔が開いてきた。

そりゃあそうだよ、義父さんはもう80をとうに超えて
義母さんはそれより5つ下だけなんだから
工場で溶接とか曲げとかやってられるはずがない・・・・・

と思うのが普通なんだけども
この義父さん、肺がんやって胃癌もやって、体はがりがりになってしまったのに
それでもまだ仕事をやろうとするんだよね。
去年くらいまで工場で溶接とか切断とか、数は少なくても
やってくれていたんだもの、すごいでしょ。

とうちゃんが今現在働いているこの会社は義父さんの作ったもので
alwaysに3丁目の夕日がきれいだったころの
昭和30年代、高度経済成長の波に乗って
義父さんが必死で、タクシーの運転手までしながら
従業員の給料を払って自分はただ働きになってまで守って
育てて来たんだそうだ。
まぁ、昭和あるあるの、根性と意地で築き上げたってやつだね。

そういう感じなので義父さんは根っからの働き者なので
無理やりにでも現場で仕事をしてくれちゃうが
その分東京の自宅に帰るとほぼ寝たきりみたいに
ずっと布団に転がって過ごしてしまうのだと義母さんは愚痴ってた。

そんな義父がこの夏の酷暑には素直に引き下がってくれて
さすがにもう無理だったんだよね。

でもさ、義父さんは自分の経験から
とうちゃんがいまほとんど一人で現場仕事をしているハードさを
誰よりも理解しているからさ
かわいそうで放っておけないみたいなんだよ。
だからさ、ときどき義母さんと二人で会社に現われては
工場での現場労働こそやらないけれども
出来上がった品をフォークリフトでトラックに積み上げて
ロープで縛ってホロをかけて
配達に行ってくれちゃうんだよ、とうに80を越した義父さんがさ、
でっかいトラック運転してさ。

以前も書いたけども、ほんとうに文句なしの高齢者がさ
鉄やステンレスが積まれたでっかいトラック運転して
配達に行くのって
私だってとうちゃんだって、怖いよ。
本当はやらせちゃいけないって理解はしてるんだ、
でもね、実際義父さんが進んでやってくれることは
とうちゃんにはすごくありがたいことみたいなんだ。

隣の席に義母さん乗っけて、
でかいトラックで工場を出て行くのを見送るたび
私ははらはらして、神様に祈らずにいられないんだけれどね。

とうちゃんと結婚するときさ、
中学校しか出ていない義父さんと義母さんのこと
世間知らずの私は正直見下すところあった。
でもさ、とうちゃんの会社の事務を手伝うようになって
義父さん義母さんを身近で見ているとね、
この二人がほんとうに一生懸命労を惜しまず働いている姿に
心打たれるものを感じたし
尊敬の気持ちがわき出たよ。

さらにさ、自分の親がもし元気だったとしても
こんな高齢になってまで子供を助けようと、
わざわざやってきてくれたりするかなって思う。
義父さんと義母さんは自己表現が下手で
言葉は拙くて、荒っぽいけれど
家族のために身を削ることを決して厭わないどころか
それが普通で当たり前だって思ってる。

それってねぇ、すごいことだと思うんだよ。
学歴とか育ちとか、そんなの関係なくって
義父さんと義母さんは真実すごいなぁって、
子を愛して思いやる気持ちの真実深い人なのだなぁって。

私たちそこまで出来ないねって、とうちゃんと、ときどき話す。
義父さん義母さん気付いてないだろうけど、
あなた方は本当にすごい人です。

先日まで朝日新聞に「妊娠出産」に関する特集が組まれていて
興味を感じてほかにいろいろ読んだり、ネットで見たりしていたのだけれど
そのなかでびっくらこいた話があったので
ぜひに書きたいんだな。

「帝王切開」によって子供を産んだ人が
普通分娩をした人たちから見下げられる、とか
なぜ普通分娩で産めなかったのかと
その後も強く苦悶したり
「傷跡」や術後の痛みを経験したせいで
子どもへの愛情が持てなくなったりするっていう
そういう系統の内容にね

まぁ、自身も帝王切開であったので
堂々と言っちゃうんだけど

はぁぁぁぁぁぁ????

あのさ、帝王切開で産まなかったら子供が今
いなかったもしれないってこと、考えたことあんのかな。

普通の帝王切開術の術後なんて、あんなの痛いうちに入らんわよ。
麻酔なしで手術したっていうんなら、そりゃあ痛いだろうけどさ
術後のあの程度の痛みでひぃひぃ言うなんて
まぁ幸せな人だわねぇ、って感じ。

出産後十年過ぎても傷が痛いっていってもさ
ちゃんと傷が閉じてて、いま現在ただれも浸出液も膿も出てないなら
そんなのいちいち気にするんじゃねぇよって思う。

それからさ、普通分娩の人に
「陣痛経験してないの? だから・・・・」と
へんてこりんに見下げられたところでさ
何を恥じることがあるかって話だわよ。

だいたいさ、分娩の話なんか
子供が小学生高学年くらいになれば話題に登場することなんか
皆無になるんだから。
問題は、子供が生まれてきちんと育っているかどうかであって
普通分娩だろうが帝王切開だろうが
一切関係ないんだわよ。
普通分娩したらその子供は大統領にでもなるのかい?
帝王切開だから母親の愛情が足りないなんて
アホの言うことだよ。

じゃあ子殺しをする人はみんな帝王切開だとでも?
トイレで産み落としてそのまんま捨てる人は帝王切開なんですか?

だからさ、帝王切開したからってぐちぐちいつまでも
悩んだりふさぎこんだりしてちゃあいけないんだ。
それこそ性格の悪い一部の自然分娩派の思うつぼだよ、
帝王切開したってわが子はかわいい
わが子は大事で大切、
わが子のためなら一身をなげうつことだってできる、
そういう母親の思いは分娩の形に関係ないんだ。

全世界の女が毎日子供を産んでるこの世界にあって
分娩のうんぬんごときで優越感を抱くんじゃないよ、
自然分娩以外を軽んじる馬鹿女たちよ。

そして体にメスを入れたくらいで
術後の痛みが忘れられないくらいで
見下げられたくらいで
びびったり、苦しんだりするんじゃないよ
帝王切開後に苦悶する母親たちよ。

子供を愛して、きちんと育てている時点で
みんな合格なんだよ、だれにも引け目はないんだよ、
しっかりしろよっ!

誰だい、スポーツに爽やかだの感動だの歓喜だのといった語彙を持ってきた連中は。
結局はスポーツの世界も権力と名声とを欲する魑魅魍魎が跋扈していて
政治の世界と変わらんではないか。

そういえば私が通った都立高校では
体育教師だけが「体育教官」と自らを称して
体育教師室ではなくて「体育教官室」なんてのを持っていた。
しかも忘れもしないぜ、
体育教官と名乗る連中のボス教員は
自身のことを「おれは人間コンピューターと呼ばれている、なんでも覚えている」
と笑止千万なことを凄んで語り、
内申点におびえる生徒たちをビビらせていたっけな。

あいつらのあの「自分たちは特別」というわけわかめの主張は
学校という社会での権力誇示にほかならなかったんだな。
やっぱりな、運動もスポーツも結局はそこなんだな。

懸命に努力して成長してゆく選手らは尊いが
そいつらが権力を欲し、権力を握ってしまったら
勝負に賭ける意識が強いが故に
化け物と化してしまう者も出現するのだろう。

まったく子供と一緒だよな
自分の欲しいものは我慢せずに奪い取る、
奪い取るためにあれやこれやと手を尽くす。
そして王様、女王様とあがめられ、気を良くする。

ああ、ほんと、どこかに純粋に美しいだけの世界ってないのか。

ないんだろうなぁ、この世には。

エアコンが壊れて複数名の死者を出した老人病院のニュースを聞いて
やっぱり暑いと人は死ぬのだと再確認した。
ちなみに真冬、春先なども老人病院の死者は増えたりするらしい。

病院にエアコンは必須なのだが
考えてみればエアコンがあたりまえに普及してからまだ70年も過ぎてはいない。
それまでは病院にストーブはあってもエアコンはなかった。
私が小さかったころは病院も窓を開けていたような気がする。

十代で入院した古い病院は、昼にはエアコンがついても
夜にはエアコンが切れて、暑くて暑くて仕方なかったのを覚えている。
それでも昼間に40度近い気温にはなっていなかったし
東京のど真ん中でもヒートアイランドなんて言葉がまだなかったから
夜に30度を越してはいなかったのだろう。

この夏の暑さは異常なので、
電気屋さんはエアコンが売れて売れて仕方ないのだそうだ。
本当ならメーカーも夏休み返上で生産を増やしたいらしいが
いくらエアコンが売れても、設置業者が足りないために
求められる需要に供給がというか設置が追い付かず
売り手も作り手も、望みうる最大の売上増にはなっていないらしい。

うちの近所の電気屋でもエアコン設置は1カ月先まで待たねばならないそうだが
まさか上述のニュースのごとく病院までもエアコン修理に1カ月待ちとは
正直驚きであった。

ベッド数119床の当該病院では、
電機工事専任者たちなど当然雇用できるわけもないから
多分外部の電気店などに修理を依頼したのだろうけれども
多くの患者を抱える状況を鑑みて
本当に修理まで1カ月待つしか方法がなかったのか疑問が残る。
どうにかして修理するべくたくさんのところに聞いてみたのか、
あるいは専任修理者を擁する病院にでも助けを求めなかったのか。

当該病院は老人病院であるから
まず慢性病の老人が入院していると考えて良いと思う。
さらにHPにあるように終末医療がなされる場であり
もはや飲食の出来ない寝たきりの患者も多いであろう。
飲食の出来ない患者は胃ろうで栄養をとるか
経鼻による経管栄養で生きるか
あるいは今現在の私のように中心静脈から
高カロリー輸液を入れて生きるかのどれかになる。

こういった人々を暑い部屋に置いておくと
鼻から入れておく管はどうにかいけるが
胃ろうの場合は汗によって周辺の皮膚がやられてしまうし
静脈栄養に至っては自分の汗によって感染を起こす可能性さえある。

今回亡くなったご老人にはCOPDの方がいたらしいが
肺がまともに機能しないCOPDの患者は
普段でさえ呼吸しづらいその症状が、暑さによってさらに重たくなり
悪化するとされている。
そんな患者を岐阜の暑い夏にベッドに寝させ続けていたら
どうにかなってもおかしくないのではないか。

老人病院の院長は、老人の患者が死ぬことに対して
もはや無感覚、感情がマヒしているように見受けられた。
老人病院の医師が死に慣れてしまうのは仕方がないこととは思うが
残り少ない生に、もう少し真摯に
患者の身になって対処してもよかったのではないだろうか。
よろしく
ちやこ。 いまのところ50代。
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