酷暑

いろいろ感じたこと
07 /18 2018
郵便局や銀行に行って支援金義援金を振り込める体力がないから
ネットでそれが出来るってとてもありがたいね。
そういうときこそのネットであってほしいものだよ。

今日も埼玉は38度、熊谷なんか39度予想が出てるんだもの
多分10分と外に出ていられないよ、私なんかは。
7月に入ってから教会にも行ってないんだよ、
うちから歩いて10分程度なんだけどね
行きは10時半でも帰りは12時過ぎるからさ、体力的に無理っぽくてね。

小学1年生の子が学校行事で公園まで往復2キロの道のりを歩かされて
教室に帰ったところで熱中症の重篤なヤツ、
熱射病になって死んでしまったって話、ニュースで聞いてね、
すごくやりきれない思いがした。

私は50代だけど、確かに私が子どものころには
真夏だって運動できたと思うし、
1キロや2キロくらいならずんずん歩いていたはずだと思うよ。
トトロのメイちゃんは5歳だけど田舎道を真夏に
何キロも何キロもトウモコロシ抱えて歩いてた。
五月ちゃんなんかメイちゃん探して必死で走ってたよ、真夏に。

でもね、あの時代といまこの時代を同じように考えるのは間違っている。
大人だってそれ、わかってるはずなのに。
やるべきことがあるならトトロの時代と同じようにやりますっていうのが
学校の考え方なら、それは変えなきゃ。
まだたった6歳の子供が、学校の行事で殺されてしまうなんて
あんまりひどいよ。
子供を失った親御さんは、その悲しみと怒りをどこへ向ければいいの。
行事なんかくそくらえ、子供の命が失われることのほうが
よっぽど恐ろしいじゃないか。
・・・・と、暑さに特に弱い私はムキになる。
暑さで疲れたという1年生のその子の手を引いて歩いた先生の
いまの心がどれほど粉々になっているのか、
それもとても残酷だと思うし。

日本の夏の暑さは過酷だよ。
こんな暑さが2020年もやってくるのだとしたら
(多分来るだろうけどね、冷夏ならいいけど)
オリンピックの選手も観客もボランティアも
いったいどれほどの人数が
救急車で運ばれなきゃいけなくなるかわからないよ。
死者だって出るかもしれない。
なんで日本は真夏にオリンピックすることを受け入れちゃったんだろうか。
かえすがえす阿呆みたい。
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今年もまた愚痴

いろいろ感じたこと
06 /22 2018
あと10日ほどで7月が来るのだという今朝
秋ごろから夜毎に私を温めてくれた羽毛布団に数ヶ月のいとまを告げることにした。

真冬はこれに毛布を足し、
さらに湯たんぽも足し、
(この湯たんぽが現在30歳になろうかという甥が冬に生まれたときの
ベビー用湯タンポなのだ! なんと丈夫なことか!)
ぬくぬくぬくぬく眠り、
このひと月半ほどは、この羽毛布団一枚でぬくぬくぬくぬくしてきたが
さすがにこの数日は、朝方布団を剥いでいて、
ああもうこの子じゃ暑くなっちゃったのね・・・・

と、愛しさもひとしおながらカバーを洗い
久しぶりのお日様を浴びさせて
今しがた取り入れて羽毛布団ケースに仕舞い込んだ。

そして夏用の肌かけ布団とこれまた結婚当時に買ったタオルケットが
夏の間のわがやすらぎの友となるのだが
実はかなり確実な不安が一点存在する。
就寝中にふくらはぎや足の甲に襲い来る「こむらがえり」の回数が
絶対に増えること間違いがない。
ぬくぬく冬用羽毛布団を春や初夏に使用していると
足が暖まることこのうえなく、
冷えによるこむら返りはほぼ起きないで済むし
たまに「イタタタ」となってもぬくぬく布団に足をくるめば、ほぼもう大丈夫なのだ。
この治癒的保温力が夏用肌かけ布団にはないのよね~ってあったら暑いけど。
(脱水による全身痙攣は温めたくらいじゃ決して治りませんが)

と、不安は確実にあるのだが、仕方なく今日の夜から夏布団となるわけだ。
テレビではそろそろ梅雨明けが近いなんて言い出しているのだもの。

今年の梅雨はしっかりと梅雨寒があって、とてもありがたかった。
こんなにしっかり梅雨の時期に気温が下がったのってあまり記憶にない。
埼玉県はこの6月に最高気温が15度になった日もあって
5月のほうが暑かった様な気がする。

暑くないから、せっかく出て来たミニひまわり小夏の芽が
全然伸びてくれないが
別に伸びられないなら伸びなくてもイイ。
夏の良さって、洗濯物がはかどるだけだ、私にすれば。
(冬の良さならた~くさん挙げられるんだけどね)

予報では今週あたりから梅雨寒はなくなり
ひたすら蒸し暑くなるらしい。
毎年毎年、これからの季節についての愚痴は止まない。
きっと来年も愚痴を書く。

モンテクリスト伯からのダメダメなわたくし

いろいろ感じたこと
06 /15 2018
♪てるみーわーいわーいわーーーい

と書いてみたが、これ、わかる人にはわかるのだ。
これはおディーン様の歌う「Echo」という曲の頭のところで
ドラマ「モンテ・クリスト伯」の主題歌なのだった。

ドラマ「モンテクリスト伯」は
私がぎょえええええええ! と身を引くような
クリミナルマインド的なゲロい要素をほぼ含むことなく
日本の9時10時あたりのドラマの並びをさほど外すこともない
終わり方であった。
(ちょっとざんねん~~~)

私は異常犯罪系のエグい洋ドラを見すぎているので
このエンディングにもやもやした、物足りなさを感じてしまったわけだが
なんでも原作もこんな感じで終わるのだそうだ。
きっと原作を読んだら、
このエンディングに納得がいくように書かれているのだろうなぁ。

と思うと、「モンテクリスト伯」岩波文庫全7巻が欲しくなってしまった。

ただ1冊が1000円前後する厚めの文庫本が7冊も増えたら
縦に並んだ本の上に新しい本が横に重なって押し込まれているような
満員御礼の私の本棚に治まる余地がない。
(ついでに全7巻を1冊ずつ買うと7冊で7140円なのに
7冊セット組で買うと8000円なのはなぜだ)

とうとう以前から考えているアマゾンキンドルを買うことになるのか、
だったらどれがいいかな、
(ややうれしい感じで)ふんふん、いろんな種類があるじゃないか・・・・

・・・・だ~が~、私はこのごろ、本当に読書をしなくなっていて
自分でもあきれ返るほどなのだ。
何ヶ月か前に購入した「クォ・ワディス」全3巻いまだに1巻半ばだもの、
全7巻が読めるかどうかわからない気がしてくるではないか。

読書をしなくなった理由はわりと簡単で
読むのが面倒くさくなったからだろう。
目が悪くなったというのも、かなり強く影響しているとは思うが。

加えて最近はオンラインゲーム「どうぶつの森ポケットキャンプ」にはまりこみ
毎日毎日せっせとやりこんで、月に1~3回くらい行われるイベントすべてに参加して
すべてをオールクリアーするという力の入れ様だった。
おかげで新しかったスマホの充電池がひどく消耗して
3日は保った電池が1日で切れるようになってしまい
愛しのオオカミのブンジロウさんがゲームに登場してきたにもかかわらず
私はレベル100まで育て上げた「どう森」を
ついにアンインストールしたのが3日前・・・・

で、ようやくゲームから足を洗ったら、今度は秋に生まれる娘の子のために
ベビーブランケットを編もうと編み物始めちゃったし
(しかも苦手な鈎針編み)
春の花が終わって夏の花に入れ替えをするべく庭いじり始めたしで
ほんと、本を読まなくなったことったらもう、あきれ返る次第でして。
(そういえば色鉛筆絵画も2回しか提出してない!!)

以前高齢に差し掛かったオバサマが
「年をとると、何をするにもやるぞ!って頑張らないと出来なくなる」
と教えてくれたのだけれど、今まさに私はその状況になっている気がする。

そのうち立ち上がるのも億劫になっちゃうのかもしれない。
さすがにそうはなりたくない。
私よ、努力を忘れるな!!!!!

学校は昔のままでいられない

いろいろ感じたこと
05 /24 2018
いや、東京出身だし、いまだ関東に暮らしているからさ
日大出身っていう人周囲にポチポチいるんだわ、
だからさ、あからさまに批判とか言えないわけよ、
ここでは言うけど。

日大がいつの間にか日東駒専って呼ばれるようになっていて
そこそこメジャーでそこそこおりこうさんでないと入学できないってなったころ、
びっくりした人、意外に多かったと思うのよ。
私が受験生だった昭和50年代は、俗に言う滑り止め校だったし
あの学校にはいいイメージ持てずに育ってきたせいもあってね~

でもさでもさ真面目に通って一生懸命勉強してる人いるだろうし、
チャラくないひとも、頭のいい人も当然いると思うんだわよ、
だからさ、今回の大きなイメージダウンは真面目な在校生や頑張った卒業生には
ほんと気の毒だと思うんだわ。

高須クリニックの高須先生がさ、
あの人やわらかな笑顔の割には言質がタカ派でときどきぎょっとするんだけど
一人で会見をした20歳の学生さんのことをすごく褒めていた。
正直者が大好きです、彼は高須クリニックに必要な人材です、とまで言って。
そうだよね、私もあの青年の会見の頑張りには一人の母親として
「かわいそうに、かわいそうに」と「がんばれがんばれ」を心の中で叫ばずにいられなかった。
顔を見せない謝罪は謝罪じゃないと教えたご両親もまぁ
なんと立派な考え方か! 
武士の家庭のような潔さ、尊敬に値します。

でも高須先生と私の違うところはね
周囲には日大出身がたくさんいて、みんないい人だから、
高須先生は日大が大好きだって、言いきってる。
もちろん例の体育会系強権発動しらがじいさんたちのことは
決してよくは言ってなかったけどさ、
ちゃんと日大そのもののことはフォローしてあげてた。
高須先生やっぱり大人だ~~~~
私なんかさ~、
日大受験したいって言う子がいたら「やめな~」っていうもんな、きっと。

長期的には受験生の減少には影響ないだろうって識者は分析しているようだけど
ただでさえ世の中の子供の数が激減している昨今
どうなるのかな。

学校と言えばさ、東京都って私立高校が無償化されるってほんとなの?
その財源は一体どこから来るんだろう。
所得制限はあるって話だけどね。
でも無償化されてしまったら、私立高校に集まる
ほぼ似たような生活レベル、環境の生徒たちで構成されてきた
個々の学校のイメージがかなり変化していくんじゃないかって気がするな。

良い意味で活力になるといいけど
清廉や品格で売ってきた女子高にとっては少々怖いことになるような気がする。

きっとこういう考え方も非常に古臭くて邪魔なんでしょうねぇ。
ああ、現在の世の中と次第に隔世の感を抱かざるを得ないかもしれない。

長い苦しみを告白すること

いろいろ感じたこと
05 /15 2018
私の父も母を殴ることがあった。
結婚して日の浅いころは、パンダ目にされたこともあると母が言っていた。
それでも私の母は、暴力に負けない人で
怒っている父親に猛然と言い返すことが出来た。
それがますます父を怒らせるのだが、母はそれでも
ひるむことなく父を言葉で責めまくった。
両親がどうやってあの争いを終えていたか、あまり覚えていない。
私はただただ、両親の争いが怖くて怖くて
狭い家で逃げ場もなく、泣きながら隅っこで震えていたっけ。

こんなことを書いたのは、先日の礼拝で
牧師が自身の両親のDVを初めて語ったからだ。

牧師はたびたび、自分の親の話を説教中に持ち出してきたが
「牧師になるといったら勘当された」ことや
「母親が○○学会の熱心な信者」であること
「孫が出来てやっと両親に再会することが許された」など
いろいろあっても、なんだかんだで親子関係といった
甘受すべき間柄であるように語られるのが常だった。

それが、牧師は突然、DVについて語りだしたのだ。
「母親はいつもあざだらけでした」
それは酒に酔った父親が日常的に行う暴力らしかった。
そしてそれは今も変わらず、
牧師の両親は別居状態にあり、いつ離婚してもおかしくないのだという。

牧師が自身の根源的な悲痛を説教に混ぜて語るためには
十年近い年月が必要だったのかもしれない。
DVを受け続けてきた女性信者は教会に何人かいるし
ある人はそれを自己の証(あか)しとして礼拝で発表したりもしてきたが、
牧師はそれらを頷きながら拝聴するのみで、
自身の経験を言葉にしたことはなかったように思う。

(※証し・・・キリスト教では神様から与えられた恵みを人々に伝えること)

DVの経験談は誰の実体験にせよ聞く側に
痛ましさと、ある種の恐怖、そして驚きを抱かせる。
そして語った人の今現在の凛とした、あるいは必死な思いに
聞く側は強い印象を受け、それを忘れることはまずない。

苦痛と悲しみの、知られたくない過去現在を、
自分の口でたくさんの人に語ることは、どれほどしんどい、キツいことだったか
その重さは、きっと本人にしかわからない。
説教を毎週し続けている牧師でさえも、
これまで話すことができずにきたのだから。

牧師は多くの人の秘密や恥を相談される立場にあり
相談者の苦しみや悲しみに常に心を揺り動かされている。
牧師の最高の師は
人の悲しみをわがことのように悲しむイエス・キリストであるから
精神科医や臨床心理士のような
他者の苦痛に対する受容と共感に対する受忍限度など
教えられてはいないだろう。

牧師は多くの人の苦しみや悲しみや悩みを聞きつづけて
その中でも根深い家族の問題、
家族間の暴力などについて、非常に深く心を痛めていたのかもしれない。
そうしたことが、牧師を自身の経験の告白へと
導いていったのだろうか。
あの場には牧師の両親のDVの話を聞いて、
強く力づけられ、慰められた人もいたに違いない。

人が経験してきたすべての悲しみは
きっと、どこかの誰かを力づけることが出来る。
その人が生きる気力をなくしているとき、
悲しみの沼に溺れているときに、
そこから救い上げることが出来るよすがになるのかもしれない。