ありふれた祈り

本にまつわる
05 /29 2017
久しぶりに本の感想などを。
本は少しは読んでいるのだけれど、ここに書きたくなる本にめぐり合えたのは
まことに久しぶりで、だから、とってもうれしいの。

本の題名は「ありふれた祈り」
私が選んでこういう題名だと宗教書かと思われるけど、
ハヤカワ・ミステリ文庫なので、そうでないのは歴然。
もちろん題名に惹かれて購入したんだけどさw

実はこれを買ったのは5月の10日、
通院中の電車の中で読んだだけで
その後はベッドサイドに放置してあった。
おもしろくないわけではないんだよ、もちろん。
ただ、ミステリらしい展開があまりにもなさ過ぎてね、
とっとことっとこ話が進んでくれるのを期待した意味では
非常に裏切られたというか
なんだね、こりゃ、とそのまんま放置してしまったんだよ。

でもね、いろいろと賞をもらっているというので
読まないと損かしらと、先日再び開いてみたのよ。
そしたらね、やかましい電車の中や、人の声でいっぱいの病院の待合室では
読めなかった理由が、あらためてよくわかったよ。

この本はね、じっくり読む本なのよ。
ミステリの進展を追いかけてえっさかえっさか読む本じゃないのよ。
噛み締めるようにゆっくりゆっくり読んでいくとね、
本のなかの世界観がくっきりと浮かび上がるの。

その世界観のなかで起きた事件だからこそ
この終わり方に感動を覚えるのね。
悪人は1人も出てはこないのよ、
それぞれの悪は人の持つ弱さから起きてしまったもので、
それを罰し、罪と断言出来る力は誰も持たないの。

「Ordinary Grace」
はためにはとても小さな奇跡がどれほど大きな力となるか
どれほど大きな救いとなるか、
残酷過酷な日々のなかにもたらされる神による歓喜。
ここをどう受け止められるかがキモだわね。
その後のことも合わせて
私は雷に打たれた感じになったけどね。

非常にぼやけた感想になっちゃったけど、しょうがないでしょ、ミステリなんだからw


2014年アメリカ探偵作家クラブ、エドガー賞
2014年国際ミステリ愛好家クラブ、マカヴィティ賞
ほか、アンソニー賞、バリー賞
日本ではこのミステリーが読みたいの2016年3位だって。
(2位に悲しみのイレーヌ入ってるから個人的には信用できない・・・)

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物書きになること

本にまつわる
05 /23 2017
今回は勢いで書いてます、とんがってます、でも本音です。

父は物書きだった。
本当は小説を書きたかったらしいけど、その才能がないから
新聞記事や雑誌に記事を書いてた。

父にその才能がないだろうということは、
十代の頃に気がついた。
父は自分のことを偉大に偉大に、かっこよくかっこよく書くことはできても
愚かで勝手で意気地なしで調子が良くて
女を殴り、借金をつくり、家族を路頭に迷わせたなんてことを
1行たりとも書くことが出来なかったからだ。

ブログをしている人の中には
やがて物書きになるべく修行している気持ちで書き続けている人もいる。
実際そう宣言していた人たちも何人か知っている。

その中で現実にメジャーな出版社から本を出した人は1人しか知らない。
しかし彼はもともとその業界人だったからで
その後どうも専門の仕事のほうに舵を戻したみたいだ。
作家を育てる側の人間でも作家になるのは難しいらしい。

私は本を読む側の立場の人間に徹しているので
読む側として思う。
作家、小説家、随筆家を志望する方々は
「自分の恥部を描ききれないなら無理」だ。

いちばん書きたくないことを書けるくらいにならなければ、
人の心の根っこを掴むことは出来ないだろう。
文章技術によって人心を掴むほどの天才ならば
素っ裸になっていぼ痔を語るような真似はせずともよかろうが。

そこまでする必要があるのかと問う向きもあるだろうが
私はあると考えている。
尻のいぼ痔を書くにせよ、
明るくあっけらかんと面白く書くことも
悲惨悲痛な恥部として書くことも出来よう。
どちらにせよ、対象を客観視して
読者にどのように伝えたいかをきっちりと持っていなければならぬ。

父にはそれがなかった。
父は自分の卑小さを世にさらす勇気など持ち得なかった。

大昔、佐藤愛子のエッセイは面白いねと父に持ちかけたら
うん、あれはおもしろいな、と返事が返ってきた後
父は続けた。
「あれは、並みの神経では書けん」
あれは父の負の本音であり、羨望だ。

確かに。
並の神経では書けないだろう。
自分のこと、家族のこと、親族のこと、棲む場所、世界、学歴も
もちろん恥部も全部書いて平然としていられる、
その覚悟がある人だけが
それが出来る。

中二病時代に読んだ本を読み返してみようかと

本にまつわる
02 /22 2017
NHKBS「フランケンシュタインの誘惑」で
マッドサイエンティストで有名なドクター・デスを取り上げていて
興味深く見ていた。
自殺機械タナトロンとかマーシトロンとか名前だけは聞いたことあったけど
どっちもあんなに簡単な装置だったとは思わなかったな。

やっぱりドクター・デスは異常だわよ
自殺もやっぱりいかんわよ、
・・・・・と、ものすごく真面目に見ていたら
それが終わったとたん
「♪自殺は痛くない~♪(和訳)」ってのんびりした綺麗な曲が流れて
映画「M★A★S★H」が始まっちゃったんだよね(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

ませガキだった私はこの映画の原作本に夢中になっちゃって、
その後10年くらい何度も何度も読み返したんだけどさ、
映画をまともに見たのは今回がはじめてだったんだ。
まさかまさか、自殺礼賛の歌が映画主題歌だとは思わなかったな。

さらに映画は女性差別とかセクシャルハラスメントとかが半端ないレベルで描かれていてね、
BSの昼間だったから放送できたようなものじゃないのかな。
朝鮮戦争当時の野戦病院を風刺的に描いた原作はアメリカでいろいろな意味で受けて
映画も大きな賞をとったし、
ドラマも最高77パーセントの視聴率をとったんだってさ。

だけど内容が非常にヤバイ上、主題歌も映画と同じものだから
その手のことには非常にやかましい日本では普通に放送されるわけがないね。
原作にも朝鮮戦争当時の日本がしっちゃかめっちゃかな形で登場するから
愛国者には笑えないどころか、怒りと反発を買っちゃうに決まってるし。

うちには昭和50年代に購入した角川文庫が3冊ある。
今はもう3冊ともに絶版。
HI3H0150.png

ところでこの本を買ったのは昭和51年だったみたい。
一冊定価300円。
HI3H0151.png

角川が映画を作り始めて飛ぶ鳥落とす勢いだったころ
みんなが角川の横溝正史や森村誠一、赤川次郎を競って読んでたとき
私は翻訳新作ばっかり買い込んでいたの。
カブレていたんだねぇ、いわゆる中二病だったんだ~

この本ね、字なんか今と違ってものすごく小さくてね8pxくらい。

これくらいかな、もう一回り小さいかな


これがいまや日に焼けた古い紙に文字間隔も行間も狭く縦書きに印刷されてるんだもの
小型聖書も真っ青なレベル(゚д゚;)。
でも今日映画を見られたおかげで
再読してみようかなと思っているんだ。
眼がものすごく疲れそうだけど (;´д`)
今は読みかけの本もないし、ちょうどいいや。

予感ではね、
「なんでそんなに好きだったんだ、アタシ?」
になるんじゃないかと。
もしも今でも面白いと感じたら、成長してないってことだ・・・

本当に読み返すもの

本にまつわる
12 /04 2014
若い頃は自分を読書家の文学少女だと思い込んでいたが
思い出してみようとしても、愛読書の文章がすらりすらりと出て来る訳でもない。

とにかく、中学時代くらい、ばかばかしい本の読み方をした時期はない。
文学全集が家にやたらに多かったから、
その背表紙を眺めるだけで作家と時代と作品名にかけては
文学史を習わずに済むくらいの知識があったせいだろう、
大人に褒められたい欲望から私が選んで読んだ本は
どれもみな超有名どころで、名著で、名作傑作名翻訳ばかりであった。

恐るべき集中力をもってそれをがんがん読みすすめる私は
当時は幸運にも与えられていた高い記憶能力のおかげで
膨大な語彙と言い回しとを身につけ、それをして作文や感想文を書き
またしても大人に驚かれ喜ばれては、悦に入っていた訳である。

しかし、だ。
13歳14歳の少女が、小林秀雄なんぞを読んで、どれだけ理解できる。
漱石の猫には大笑いできても
同じ漱石の「行人(こうじん)」のどこに感慨を覚えることができる。
鴎外の「澁江抽齋 (しぶえちゅうさい)」のように淡々とした記述に
なにを読み取ることができる。

あの時期学校で借りた文庫本の中で私が本当に面白いなぁと思ったのは
山本有三「真実一路」くらいな、
中学生以上の全年齢層向けの、ドラマにも映画にもなった
わかりやすい、読みやすい、ごく当たり前の小説だけだったような気がする。

まったくもってそうだ。
噛めもできず、飲み込みもできないものを、口に放り込んだところで
おいしくもないし、栄養にもならない。
それが口に合うし、栄養になるなら、人は何でも読めばいいのだ。
漫画だろうと、ライトノベルだろうと、同人誌だろうと。

そのように、すっぱりさっぱり割り切れるようになったのは
真実のところは50歳を過ぎたあたりからかもしれない。

アホウだったけれども本だけは読んでいた父が
60を過ぎたあたりから、柴田錬三郎や山田風太郎などの
いかにもといった時代小説ばかりを読む姿に
私は「成長しないもの=安寧=老い」を見ていたものだが
いまの私がまぁなんと、
ずっぽり同じ状態にいて、それが少しもイヤではないのだ。

ついひと月ほど前に読み終えている「みをつくし料理帖」シリーズを
ほとんど間を置かないでまた最初から読み直しているのである。
まったく同じ話なのに。

中身を忘れているわけでもないし、新たな感動を覚えるわけでもない。
ただ、しみじみするので、読み返す。
体の痛みで眠ることが許されない夜、
綿入れ半纏を羽織ってコタツの中で足を暖め
生理的食塩水をちびちび飲みながら二度目、三度目と読み直す。

料理の才能を持って生まれた主人公や、
周囲の優しい人たちが、運命とも宿命とも言える苦労や涙を
ただただ誠実に、必死になって毎日を生きてゆくことで乗り越える
そんな当たり前の、浪花節はなしを
ああ、いいなぁ、
私もこう生きなくちゃいけないんだ、と教えられながら読み直す。

さっき再再読して、またしても心に残った言葉をここに記しておこう。

苦労の連続にも負けずに頑張る主人公が
駒繋ぎという雑草に例えられるくだり。

「その花は、いかなるときも天を目指し、踏まれても、また抜かれても、自らを諦めることがない」
(高田郁「想い雲 みをつくし料理帖」 角川 ハルキ文庫 より抜粋)

密かに慕うお武家さんに、そういわれて
その足音が遠くなってから
主人公はうずくまり声を殺して泣くのである。



「君死にたまふことなかれ」からだらだらと

本にまつわる
05 /09 2014
NHKの朝ドラはときどき、
与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を誰かに読ませるもののようだ。

あの「おしん」では、泥棒呼ばわりされて奉公先を逃げ出したおしんに
逃亡兵役の中村雅俊が、この詩をおしんに教え、戦争の愚かさを説いた。

「純情きらり」では出征を祝う万歳三唱の中、「君死にたまふことなかれ」の横断幕を
掲げて立つ主人公の友人が出てくる。

そして今朝は「兵隊になりたい」という主人公の兄に
天女のごとき主人公の友人が、この詩を読みあげた。

どの場面にせよ詩の最初の部分だけだ。

「天皇陛下はご自分からは戦争にお出でにならないのに
血を流しあって、獣の道のように死ねだなんて
死ぬのがひとの名誉だなんて」
そこだけ見ると少々物騒な文句が続くから
NHKではそこまで放送するはずもないが。

与謝野晶子のこの詩は確かに、年頃の娘にも、母にも妻にも
強烈に訴えかけてくるものがあるから
何度見ても女性にとっては感動を覚えざるを得なかろう。

ちなみに与謝野晶子は、この間までかなりメジャーな政治家だった
与謝野馨(かおる)のおばあちゃんにあたる。

この政治家さんはこの前の原発事故を「神の仕業」と言ってしまい
大きなミソをつけてしまったのだが
「君死にたまふことなかれ」で「反戦」と思われがちな与謝野晶子も
実は大東亜戦争賛美の詩も発表していたりする。

もともとイケイケ気質のある人だっただろうから
「正義のために勝ち進め」的な高揚感には乗らずにいられなかった模様。

というわけで、
反戦詩人・歌人みたいな受け止め方で与謝野晶子を考えない方がよい。
この歌人はあくまで思想ではなく、感情で物事を言葉にした。
だから論理に一貫性は持たないのだが
心からまっすぐに発射された歌は
その語彙選択の天才的才能によってさらなる輝きと強さを放って
受け取る側にズューーーーーンと命中するのである。



君死にたまふことなかれ
 (旅順の攻囲軍にある弟宗七を歎きて)

ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末すゑに生れし君なれば
親のなさけは勝まさりしも、
親は刄(やいば)をにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四(にじふし)までを育てしや。

堺さかいの街のあきびとの
老舗(しにせ)を誇るあるじにて、
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事(なにごと)ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家(いへ)の習ひに無きことを。

君死にたまふことなかれ。
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出いでまさね[#「出でまさね」は底本では「出でませね」]、
互(かたみ)に人の血を流し、
獣(けもの)の道みちに死ねよとは、
死ぬるを人の誉(ほまれ)とは、
おほみこころの深ければ、
もとより如何(いか)で思(おぼ)されん。

ああ、弟よ、戦ひに
君死にたまふことなかれ。
過ぎにし秋を父君(ちゝぎみ)に
おくれたまへる母君(はゝぎみ)は、
歎きのなかに、いたましく、
我子(わがこ)を召めされ、家(いへ)を守(も)り、
安(やすし)と聞ける大御代(おほみよ)も
母の白髪(しらが)は増さりゆく。

暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかに若き新妻(にひづま)を
君忘るるや、思へるや。
十月とつきも添はで別れたる
少女(をとめ)ごころを思ひみよ。
この世ひとりの君ならで
ああまた誰(たれ)を頼むべき。
君死にたまふことなかれ。



ちなみに、高校の頃の日本史(教科書は山川)だったと思うが
「君死にたまふことなかれ」のほかにもうひとつ「反戦歌」として
あげられていた歌があった。

大塚楠緒子の「お百度詣(もうで)」である。

ひとあし踏みて夫(つま)思ひ、
ふたあし国を思へども、
三足ふたゝび夫おもふ、
女心に咎(とが)ありや。

朝日に匂ふ日の本の    
国は世界に唯一つ。
妻と呼ばれて契りてし、
人も此世に唯ひとり。

かくて御国と我夫と
いづれ重しととはれれば
たゞ答へずに泣かんのみ
お百度まうであゝ咎ありや


この歌もまた、戦地へ赴く男への、
女の身を削るような精一杯の思いを歌いあげているが、
「反戦歌」とレッテルを張っていいものかどうか、個人的には疑問ではある。
ところでこの歌に詠まれているのは彼女の夫と思われるのだが、
とすればそれは美学者「大塚保治」ということになる。

この美学者さんは夏目漱石と親しく交友関係にあり
漱石に美学者といえば、「吾輩は猫である」を思い出さずにおられないわけで、
なんとこの切なく哀しい「お百度詣」に歌われる大塚保治が
あの独特の個性で作品を大いに賑わす美学者「迷亭」に結び付く。
殺しても死ななそうな迷亭に対して「お百度詣」と考えると
ちょっと愉快だ。

そういえば大塚楠緒子が死んだ時、漱石はこの句を詠んだ。
「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」
この一句のおかげか、
漱石が楠緒子さんに恋心抱いて云々まで言われているそうだ。
漱石の小説は一人の女性に絡む二人の男の話が多いから
これもいろいろ想像の余地があって面白い。

なんてね、少々話が広がったが、
書いていると楽しいのでこれがまたさらに広がり
読む方が逃げ出すに違いないから、今日はおしまい。