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結核

本にまつわる
10 /12 2018
NHKの朝ドラ「まんぷく」が、とてもよい感じに発進している。
長年朝ドラを見てきた身としては、飛びぬけて面白そう、というほどでもないのだが
前作があまりにアレだったために、余計に安心感がある。
ただ一点、松坂慶子演じる母親が、娘の人生にあれこれ口出ししすぎるために、
自分の母親を見ているようで苦痛に感じる視聴者がちらほらといる様子だ。

それともうひとつ、主人公の姉、
母親よりもずっと頼りになるしっかりもので家を支えてきた長女が
やっと結婚して自分のシアワセを手に入れたと思ったら
結核であっという間に重症化して、
今朝にはあっという間に亡くなってしまったのだが
この「結核」という病気に関して、ツイッターでは
「結核は隔離しないといけないはず」
「なんで普通に会話してるの? 感染するでしょ?」
「天皇の料理番でも結核のお兄ちゃん離れにいた」とか
「まんぷく」の長女が隔離もされずに病院に入院しているのが
しんじらんな~い的な書き込みがちょこちょことなされていた。

で、私が今日書きたいのはそこ。
私の父親が結核だった。

なんでも戦争前に父親は結核にかかったらしいけれど
幸運にも軽症で済んだのか、生き残った。
祖父の仕事柄、栄養のある食べ物を入手しやすい環境にあったからかもしれない。
今現在隔離隔離という人たちは、当時の結核発症者の数の多さを知らないのだろうが
結核と診断された患者を全員結核療養所に隔離することなど
到底不可能な数だったそうだ。

ツイッターには患者が出た家の人は世間にも忌避されてたはずなどもあり、
ハンセン氏病と勘違いしているのではないだろうか。
あるいはどこかの地方ではそんなことがあったのか。

ネットでそのことを調べてみたら壇一雄の「リツ子その愛・その死」
に触れている人がいて、
ああ、これは私が一生涯放さないぞと決めた本なんだよなぁと喜びつつ読んでいたら
なんとこれも「絶版」であった。
(でもkindleでは買える!!!!)

壇一雄の話しはずっと昔にこのブログでも書いたことがあった
その壇一雄が最初に結婚した相手が律子さんであった。
蜜月の頃はそれはもう親密で親密で、お見合いでもこんなに仲良くなれるんだ
とさえ思ったくらいなのだが、壇が戦争に行き
戦後やっと戻ってくると、愛しい妻の律子は結核になっていた。

壇一雄という人に関する論評やエッセイ、小説などを読むと
女性としては到底お近づきになりたくない男なのだが
この最初の妻との出会いから死までを描いた本書は
彼が普通以上に愛情深いのだということがわかる。

戦争から帰ってきた壇一雄は、結核の妻の世話をひたすらにし続ける。
飯を作り、洗濯をし、体を拭き糞尿の始末をする。
妻の病状はどんどん悪くなるが、妻は命を諦めない。
「こんなになってもまだ生きようとするのか」と壇一雄が思うほどに
ぼろぼろになってもだ。

この「こんなになっても生きる気か」という感情を
真実書き得た作家はそうそういない。
病を持つ私はこの作品に自分の根っこをぐらぐら揺さぶられた気がした。

ちなみに、本書の結核は肺結核ではなく腸結核のほうだ。
あたりまえだが結核菌で、
肺結核の菌が咳で飛ぶのと同様に、結核菌は便に混じる。
壇一雄はその便を始末し
子供に食べさせるご飯も炊く。
当然だが結核でも入院による隔離はされていない。

今現在、開放性の結核だった場合に自宅で治療する人はいないだろう。
私の父親も60代後半での結核再発の際は
診断がついたらそのまま清瀬の療養所に送られ2年ほど入ることになった。
娘は生まれたばかりで、結核がうつっているかも知れないからと
まだ小さいのに何度も何度も注射されるはめになった。

人にうつらない結核は今現在も普通に生活し、
投薬と休養で治癒を待ち、当然隔離されはしない。
今日もそれなりの数は存在している。
私も学生時代にふたりほどそういう友達がいた。
大学時代のゼミの教授は、
若い時代に4年ほど療養所に隔離されていたと聞いた。

結核=隔離と想像する人は結核になったリアルな人たちを
ほとんど知らないのかもしれない。
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ありふれた祈り

本にまつわる
05 /29 2017
久しぶりに本の感想などを。
本は少しは読んでいるのだけれど、ここに書きたくなる本にめぐり合えたのは
まことに久しぶりで、だから、とってもうれしいの。

本の題名は「ありふれた祈り」
私が選んでこういう題名だと宗教書かと思われるけど、
ハヤカワ・ミステリ文庫なので、そうでないのは歴然。
もちろん題名に惹かれて購入したんだけどさw

実はこれを買ったのは5月の10日、
通院中の電車の中で読んだだけで
その後はベッドサイドに放置してあった。
おもしろくないわけではないんだよ、もちろん。
ただ、ミステリらしい展開があまりにもなさ過ぎてね、
とっとことっとこ話が進んでくれるのを期待した意味では
非常に裏切られたというか
なんだね、こりゃ、とそのまんま放置してしまったんだよ。

でもね、いろいろと賞をもらっているというので
読まないと損かしらと、先日再び開いてみたのよ。
そしたらね、やかましい電車の中や、人の声でいっぱいの病院の待合室では
読めなかった理由が、あらためてよくわかったよ。

この本はね、じっくり読む本なのよ。
ミステリの進展を追いかけてえっさかえっさか読む本じゃないのよ。
噛み締めるようにゆっくりゆっくり読んでいくとね、
本のなかの世界観がくっきりと浮かび上がるの。

その世界観のなかで起きた事件だからこそ
この終わり方に感動を覚えるのね。
悪人は1人も出てはこないのよ、
それぞれの悪は人の持つ弱さから起きてしまったもので、
それを罰し、罪と断言出来る力は誰も持たないの。

「Ordinary Grace」
はためにはとても小さな奇跡がどれほど大きな力となるか
どれほど大きな救いとなるか、
残酷過酷な日々のなかにもたらされる神による歓喜。
ここをどう受け止められるかがキモだわね。
その後のことも合わせて
私は雷に打たれた感じになったけどね。

非常にぼやけた感想になっちゃったけど、しょうがないでしょ、ミステリなんだからw


2014年アメリカ探偵作家クラブ、エドガー賞
2014年国際ミステリ愛好家クラブ、マカヴィティ賞
ほか、アンソニー賞、バリー賞
日本ではこのミステリーが読みたいの2016年3位だって。
(2位に悲しみのイレーヌ入ってるから個人的には信用できない・・・)

物書きになること

本にまつわる
05 /23 2017
今回は勢いで書いてます、とんがってます、でも本音です。

父は物書きだった。
本当は小説を書きたかったらしいけど、その才能がないから
新聞記事や雑誌に記事を書いてた。

父にその才能がないだろうということは、
十代の頃に気がついた。
父は自分のことを偉大に偉大に、かっこよくかっこよく書くことはできても
愚かで勝手で意気地なしで調子が良くて
女を殴り、借金をつくり、家族を路頭に迷わせたなんてことを
1行たりとも書くことが出来なかったからだ。

ブログをしている人の中には
やがて物書きになるべく修行している気持ちで書き続けている人もいる。
実際そう宣言していた人たちも何人か知っている。

その中で現実にメジャーな出版社から本を出した人は1人しか知らない。
しかし彼はもともとその業界人だったからで
その後どうも専門の仕事のほうに舵を戻したみたいだ。
作家を育てる側の人間でも作家になるのは難しいらしい。

私は本を読む側の立場の人間に徹しているので
読む側として思う。
作家、小説家、随筆家を志望する方々は
「自分の恥部を描ききれないなら無理」だ。

いちばん書きたくないことを書けるくらいにならなければ、
人の心の根っこを掴むことは出来ないだろう。
文章技術によって人心を掴むほどの天才ならば
素っ裸になっていぼ痔を語るような真似はせずともよかろうが。

そこまでする必要があるのかと問う向きもあるだろうが
私はあると考えている。
尻のいぼ痔を書くにせよ、
明るくあっけらかんと面白く書くことも
悲惨悲痛な恥部として書くことも出来よう。
どちらにせよ、対象を客観視して
読者にどのように伝えたいかをきっちりと持っていなければならぬ。

父にはそれがなかった。
父は自分の卑小さを世にさらす勇気など持ち得なかった。

大昔、佐藤愛子のエッセイは面白いねと父に持ちかけたら
うん、あれはおもしろいな、と返事が返ってきた後
父は続けた。
「あれは、並みの神経では書けん」
あれは父の負の本音であり、羨望だ。

確かに。
並の神経では書けないだろう。
自分のこと、家族のこと、親族のこと、棲む場所、世界、学歴も
もちろん恥部も全部書いて平然としていられる、
その覚悟がある人だけが
それが出来る。

中二病時代に読んだ本を読み返してみようかと

本にまつわる
02 /22 2017
NHKBS「フランケンシュタインの誘惑」で
マッドサイエンティストで有名なドクター・デスを取り上げていて
興味深く見ていた。
自殺機械タナトロンとかマーシトロンとか名前だけは聞いたことあったけど
どっちもあんなに簡単な装置だったとは思わなかったな。

やっぱりドクター・デスは異常だわよ
自殺もやっぱりいかんわよ、
・・・・・と、ものすごく真面目に見ていたら
それが終わったとたん
「♪自殺は痛くない~♪(和訳)」ってのんびりした綺麗な曲が流れて
映画「M★A★S★H」が始まっちゃったんだよね(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?

ませガキだった私はこの映画の原作本に夢中になっちゃって、
その後10年くらい何度も何度も読み返したんだけどさ、
映画をまともに見たのは今回がはじめてだったんだ。
まさかまさか、自殺礼賛の歌が映画主題歌だとは思わなかったな。

さらに映画は女性差別とかセクシャルハラスメントとかが半端ないレベルで描かれていてね、
BSの昼間だったから放送できたようなものじゃないのかな。
朝鮮戦争当時の野戦病院を風刺的に描いた原作はアメリカでいろいろな意味で受けて
映画も大きな賞をとったし、
ドラマも最高77パーセントの視聴率をとったんだってさ。

だけど内容が非常にヤバイ上、主題歌も映画と同じものだから
その手のことには非常にやかましい日本では普通に放送されるわけがないね。
原作にも朝鮮戦争当時の日本がしっちゃかめっちゃかな形で登場するから
愛国者には笑えないどころか、怒りと反発を買っちゃうに決まってるし。

うちには昭和50年代に購入した角川文庫が3冊ある。
今はもう3冊ともに絶版。
HI3H0150.png

ところでこの本を買ったのは昭和51年だったみたい。
一冊定価300円。
HI3H0151.png

角川が映画を作り始めて飛ぶ鳥落とす勢いだったころ
みんなが角川の横溝正史や森村誠一、赤川次郎を競って読んでたとき
私は翻訳新作ばっかり買い込んでいたの。
カブレていたんだねぇ、いわゆる中二病だったんだ~

この本ね、字なんか今と違ってものすごく小さくてね8pxくらい。

これくらいかな、もう一回り小さいかな


これがいまや日に焼けた古い紙に文字間隔も行間も狭く縦書きに印刷されてるんだもの
小型聖書も真っ青なレベル(゚д゚;)。
でも今日映画を見られたおかげで
再読してみようかなと思っているんだ。
眼がものすごく疲れそうだけど (;´д`)
今は読みかけの本もないし、ちょうどいいや。

予感ではね、
「なんでそんなに好きだったんだ、アタシ?」
になるんじゃないかと。
もしも今でも面白いと感じたら、成長してないってことだ・・・

本当に読み返すもの

本にまつわる
12 /04 2014
若い頃は自分を読書家の文学少女だと思い込んでいたが
思い出してみようとしても、愛読書の文章がすらりすらりと出て来る訳でもない。

とにかく、中学時代くらい、ばかばかしい本の読み方をした時期はない。
文学全集が家にやたらに多かったから、
その背表紙を眺めるだけで作家と時代と作品名にかけては
文学史を習わずに済むくらいの知識があったせいだろう、
大人に褒められたい欲望から私が選んで読んだ本は
どれもみな超有名どころで、名著で、名作傑作名翻訳ばかりであった。

恐るべき集中力をもってそれをがんがん読みすすめる私は
当時は幸運にも与えられていた高い記憶能力のおかげで
膨大な語彙と言い回しとを身につけ、それをして作文や感想文を書き
またしても大人に驚かれ喜ばれては、悦に入っていた訳である。

しかし、だ。
13歳14歳の少女が、小林秀雄なんぞを読んで、どれだけ理解できる。
漱石の猫には大笑いできても
同じ漱石の「行人(こうじん)」のどこに感慨を覚えることができる。
鴎外の「澁江抽齋 (しぶえちゅうさい)」のように淡々とした記述に
なにを読み取ることができる。

あの時期学校で借りた文庫本の中で私が本当に面白いなぁと思ったのは
山本有三「真実一路」くらいな、
中学生以上の全年齢層向けの、ドラマにも映画にもなった
わかりやすい、読みやすい、ごく当たり前の小説だけだったような気がする。

まったくもってそうだ。
噛めもできず、飲み込みもできないものを、口に放り込んだところで
おいしくもないし、栄養にもならない。
それが口に合うし、栄養になるなら、人は何でも読めばいいのだ。
漫画だろうと、ライトノベルだろうと、同人誌だろうと。

そのように、すっぱりさっぱり割り切れるようになったのは
真実のところは50歳を過ぎたあたりからかもしれない。

アホウだったけれども本だけは読んでいた父が
60を過ぎたあたりから、柴田錬三郎や山田風太郎などの
いかにもといった時代小説ばかりを読む姿に
私は「成長しないもの=安寧=老い」を見ていたものだが
いまの私がまぁなんと、
ずっぽり同じ状態にいて、それが少しもイヤではないのだ。

ついひと月ほど前に読み終えている「みをつくし料理帖」シリーズを
ほとんど間を置かないでまた最初から読み直しているのである。
まったく同じ話なのに。

中身を忘れているわけでもないし、新たな感動を覚えるわけでもない。
ただ、しみじみするので、読み返す。
体の痛みで眠ることが許されない夜、
綿入れ半纏を羽織ってコタツの中で足を暖め
生理的食塩水をちびちび飲みながら二度目、三度目と読み直す。

料理の才能を持って生まれた主人公や、
周囲の優しい人たちが、運命とも宿命とも言える苦労や涙を
ただただ誠実に、必死になって毎日を生きてゆくことで乗り越える
そんな当たり前の、浪花節はなしを
ああ、いいなぁ、
私もこう生きなくちゃいけないんだ、と教えられながら読み直す。

さっき再再読して、またしても心に残った言葉をここに記しておこう。

苦労の連続にも負けずに頑張る主人公が
駒繋ぎという雑草に例えられるくだり。

「その花は、いかなるときも天を目指し、踏まれても、また抜かれても、自らを諦めることがない」
(高田郁「想い雲 みをつくし料理帖」 角川 ハルキ文庫 より抜粋)

密かに慕うお武家さんに、そういわれて
その足音が遠くなってから
主人公はうずくまり声を殺して泣くのである。