クリスマスのパコパコ

冗談もどき
12 /13 2015
この時期、FMラジオなどでは、クリスマスミュージックばかり流れているらしい。
このとうちゃんの情報は例年のことではある。

この前、車に乗ったらFMで日本の歌手の曲が流れてきて
クリスマスがなんだかんだと歌っていたので耳をそばだてて聞いてみた。

それは失恋の歌で、くどくどと別れた彼女を恋しがって
クリスマスには~クリスマスには~と繰り返しているのだが
うがって歌詞を深読みすれば
「クリスマスには彼女とロマンチックな××が出来たはずなのに
なんでこの時期別れなきゃいけないんだよ、
寂しいわ、欲求不満だわ、せっかく予約したホテルにキャンセル料かかるわ、
もう最低じゃん!」
と言う意味になりそうであった。

とうちゃんはこれを「クリスマスソング」というが、
こんなのがクリスマスソングといわれるのは心外である。
言ってみれば、歌詞中の「クリスマス」が
「正月三が日」でも「ゴールデンウィーク」でも「お盆」でも
ほとんど意味に変わりはないではないか。
彼女と盛大にかつロマンチックにやれさえすれば
この歌の中の男は満足するに違いなかろう。
これは単純に真冬の年末のクリスマスシーズンの失恋歌であって
絶対にクリスマスソングではない。

クリスマスソングなら、せめてサンタクロース、あるいはトナカイ、
もみの木の下のプレゼント、くらいは歌詞中に登場して欲しい。
(本当は馬小屋でのイエス・キリストの降誕、光り導く星、天使の大合唱、
などが一番重要で必須だとは思うが、まぁ無理だわね)

ところで、クリスマスシーズンが過ぎると、
実際カップルがさっさと別れる例が少なくないのはなぜだろう。
ロマンチックな一大イベントが終わり、
あわただしい年末から年始の正月と言う日本の最大のイベントがあるこの時期
恋人たちもなんだかんだといろいろな都合、事情に振り回されて
誠実な心を維持したままの恋が続きづらくなるのかもしれない。

なんて、きれいな言葉で書いてしまったが、
私はずっとこう思い込んでいて、これで処断している。
「よこしまな思いに満ちて聖夜にパコパコやった奴らの結果は
ま、そんなもんさ、ざまぁ」

聖夜にテキトウな気持ちでパコパコしてはいかんな。
するなら真摯な思いで致してください。ハイ。





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胸キュンってなんだ

冗談もどき
12 /09 2014
「胸キュン」ってなんだ。

アイドル系、青春系映画の試写会コメントで、女の子たちが連発して使っている
「もぅ、あそこ、胸キュンすごい!」とか
「胸キュン、きたっ!」とか。

いや、別に最近はじめて耳にしたわけじゃない、
多分私が少女のころから、この言葉はすでに使われていたように思う。
そしてそのころ使われていた意味も、いまとほとんど変わらないのだろうと察する。

しかし、私は13や14のあの当時から「胸キュン」の意味がわからない。
「胸がきゅんとした」と聞くと、当時から私は「心臓に何か異常が?」とか
「肺が気胸になった?」とか「狭心症の始まりか?」とか
そっちの方向に考えが行った。

だってさ、恋しいからって動悸息切れ眩暈などの亢進があるなんて
あの当時から私にはおよそありえなかったんですもの~~~~!!!
だから、胸に弾を打ち込まれたかのような
ずきゅうううううん! 
なんて表現は漫画の中にだけ使われるものと思い込んでいた。

でも、それって本当にあるのだそうだ。
恋心で動悸や脈拍の亢進が起こるなんてすごいわねぇ、
それってもしかしてさ、
血圧上昇や発熱や感染やアレルギーまで起こりえたりするのかしらん。

seiyokuの亢進や、体温上昇は経験していると思うのだが
どうもその前の段階に違いない胸キュンを、私は一切経験することなく
50の坂を越してしまった。
べつに悲しくはないが、あえて書くとなんだか女として
大事な瞬間を経験してこなかった気がして、
いまさらもったいなくなってきた。

少々前に韓ドラでヨンさまに「キュンキュンした」多くの熟女さんたちや
氷川きよしを追いかけまくって「キュンキュン」している
大先輩方を見習って、私も誰かにキュンキュンしたい。

老いも若きも「キュンキュン」には「きゃーきゃー」言うのだから
あれはきっと楽しいしのだ。
ああ、私にも遅ればせながら「アイドルさん」が登場すればいいのに。

でもさ~、ちょっと待って。
流行の壁ドンを、たとえば美形クールな男性にやられているのが
このオバサンだったとしたらさ、
これ、絶対地下鉄とかで「ババァ金出せよ」とか脅されてるに違いないじゃん。

「ちょ、ちょっと、やめてください、人を呼びますよ」
「呼んで見ろよ、このババァ!」
「ひぇえええっ! ご、ごめんなさいっ!」
そして私は震えながら痩せた財布を出してお金を渡す・・・
「ちっ、こんだけかよ、貧乏人がっ!」

・・・・・このシチュエーションのどこに胸キュンが想像できようか。
恐怖でその後私が床にへたり込むとか、
心臓が口から飛び出しそうになってるとか、
そういうのは簡単に想像できるんだけども。
(動悸息切れ眩暈血圧上昇、ありえるな~)

だめだなぁ~、自分がきれいだとか、若いとか、
異性との恋愛とか、その手のものからすっぱり離れてしまって
想像力さえ働かない。
このオバサン、人生にくたびれてるわ~

仕方が無いので、今宵もくたびれたとうちゃんのご飯を用意するとしますか。
では手短に、ちゃんちゃん。

連休にどこにも行かなかった、行けなかったといじける人へ

冗談もどき
11 /04 2014
この連休は、うちの辺りも静かなものだった。
みんなあちらへこちらへ少し遠出して
楽しいおでかけだったのだろう。

うちのあたりでは非常にメジャーな温泉も
3連休はお客が少なく、
いつもはでんぐり返すほどの混雑のスシローも
待ち時間が余裕のうえ、店員あまり状態が起きていたのだそうだ。

ブログの上にも、旅先での写真やご馳走や
楽しかったり、残念だったりする思い出が
あっちにもこっちにも上がってきているのだけれど
今日の私みたいに
「ああ、またうちはどこにも行かなかった」と
やや下を向きかけている人々もいるのではないかしら。
(といいますか、いてほしい)

お金の問題や時間の問題や
あるいは家族の問題か、さまざまな理由があって
「みんなでお出かけなんかしない」家というのも
数は少なくても「ある」とは思うのだ。

そしてそういう人たちの中には
「いいなぁ、いいなぁ」と
家族旅行やお出かけの記事を指をくわえつつ
あきらめのため息の中で読む人がいるはずだ。

その中のどれだけの人がどれくらいの深刻度で
「いいなぁ」なのかはわからないが
これから私の書くことで少しだけ溜飲を下げられたら
あるいは
「ちやこんちはうちより行ってない!」と喜んでいただければ
自嘲的にも私は喜べそうな気がする。

ええと、私はどこにも行かない。
夫や娘が楽しい泊まりの旅行に行こうとも
素敵なレジャーや行楽に行こうとも
おいしいもの上等なものを食べに行こうとも
私はどこにも行かない。

旅行にはこの15年ほど行っていない。
私が住まう県内から出るのは通院のときだけ、
私が近所のスーパーや5キロ圏内の買い物、礼拝に以外に、行く場所は
「夫の職場」「母の施設」「自分の病院」のこの3箇所だけである。
この15年間、そこ以外にはどこにも行かない。
行っていない。
どう? なかなかのものじゃないか?

(年に1回正月に夫の実家には顔を出す義務があるが)

正直遊びに行きたいし、
おいしいものも食べたい。
文化的なものに触れたいし、美しいものを見たい。
しかし私には動ける足もなく、移動手段もなく、
何よりそれに耐えうる肉体がない。

私はいまいるこの場所にいて、家事をし続ける。
入院していない日以外はずっと同じことを繰り返す。
テレビを見て、本を読んで、ネットをして
精神は内側へ内側へと向いていく。

この内側へ内側へと向いていく精神を
ケッコウ明るく保っていられるのは
実に立派なえらいことだと思っている。
夫だったら3日で音を上げるし
娘もやっぱり3日で泣き出すだろう。

だから私はケッコウ偉い。
まことに我慢強く、尊敬に値する。
ときどき泣き言も言うし、愚痴もすごいし、
いじけと行ったら人後に落ちない自信さえあるけれども
これはやってみるとかなりの難易度の高さなのだぞ。

どこに旅行に行こうと愚痴や文句ばかり垂れているおばさんたちより
日々の繰り返しだけに耐えられる私は実に偉いに違いない。

「どこにもいけなかった」
「うちはなんだか悲しい」と思っていじけているあなた、
大丈夫、あなたはとってもえらい。
遊びに行って文句を言ってるおばさんより
どこにも行かないで泣き言を言ってるあなたのほうが
絶対正しい。
笑い飛ばせるあなたは、もはや尊敬に値する。

ちゃんちゃん



夏の日差しに悩んでおるぞ

冗談もどき
06 /16 2014
日陰の女である。
炎の街、暑いぜ熊谷を擁する埼玉県民のこの私が
夏の日なたが大好きだなどと、どうして言えるものか! 
(最近ようやく自分を埼玉県民だと言えるようになった、20年以上かかったが)

夏は日陰くらいがちょうどよい。
うちは現在外壁塗装のための足場にぐるっと取り囲まれているのだが
塗料が周囲の住宅に飛んだりしないようにと、
上から下までしっかり張られた幕が、室内に差し込む光を和らげ
自然木陰のような日差しとなっていて、
午前中まではひんやりするほどで、なんとまぁ気持ちのよいことか。
できるならこの幕をひと夏そのままにしておいて欲しい、
お願いしますと頭を下げ、ついでにお中元にメロンを進呈したいくらいである。

外が見えないから鬱陶しいでしょうなどと言う人もいるが
ここまでカンカン晴れた初夏や夏は、いやとんでもない、
むしろありがたいことでして、と力の入った説明をするに差し支えない。

しかしその幕が明日には撤去されてしまう。
ああまた、夏の直射日光が南向きの我が家にこれでもかこれでもかと
光を射込んでくるのか。

これまではこの脅威から逃れるようにと、
私は本当に本気で、もう、ものすごいマジで、対策工夫をしてきた。

で、本題。
これまではオーニングとすだれと、グリーンカーテンで、
非常に心地よい日陰作りに成功してきたので
ちょっと自慢するから見て欲しい。

グリーンカーテン
東側の窓は毎年グリーンカーテンで光を遮っていた。

オーニングとすだれ1
南側リビング、庭にした窓は去年すだれとオーニングのダブル使いで凌いだ。

すだれの向こう
私の部屋である和室の窓はすだれとグリーンカーテン。
実がなった
この和室前のゴーヤの収穫が素晴らしかったのもいいおまけ。

これら光と熱の遮断方法がとても気に入っていた分だけ
この夏はどうするべきか悩んでいる。
きれいに治された壁に、無神経にネジをはめたり釘を打ち込んだりしたくないので
実はすごく悩んでいる。
とても悩んでいる。
朝から楽天市場を3時間も見て、なお悩み続けている。

どうしよう。

おばさんなので「いじけたタイプ」は面倒臭い

冗談もどき
12 /02 2013
れ~~~~~~~い~~~~~こ~~~
みちがえるようになってぇ~~~~
ほれられると おんなは かわるぅ~~~~~~もんだね~~~

なんていう歌がかなり昔にあったのだ。
(1番と2番の歌詞を混合してあります)

歌は
寂しそうな、ひっこみじあんなレイコさんが、
やっぱり同じような寂しそうな男に本気で愛されて
なんだかいい女になっちゃってて
お前の幸せぶりが、いまのおいらの胸に痛いんだぜ、
という感じの内容。

で、そういうキャラが娘の友達にいる。
いや、まさかあの子がそういうキャラだったとは私も知らなかったのだが
彼女のとある一面を聞いて、おお、寂しげキャラがこんな身近に!
と、感じ入った次第。

何でも彼女は一般女子と同様
彼氏募集のために各種各場のコンパに参加していたわけであるが
あるコンパでとても明るくて優しくて楽しい、誠実で素敵な男性に出会い
(なんだこの満点さは!!)
「お付き合いしてください」と申し込まれたのであった。

普通なら「よっしゃ、きたぁ!」となるはずなのに
彼女は「少し待って」と考えた挙句に断ってしまった。
理由がすごかった。

「彼みたいな素敵なヒトには会ったことがない。
こんなに優しくて明るくて楽しいヒトには
私ではなくて、もっとふさわしい人がいるはず。
私なんかでは彼を幸せにすることなんて絶対にできない。
だから私なんかは身を引くの」

マジですか?
全部「私なんか」なのですか?
彼に100点満点の好感を抱きつつ、
お付き合いしたいと言ってくれているのに、
恐れ多いと身を引くなんて、いまの時代にありなんですか?

だが、彼女にとっては「あり」らしい。

これが娘にも理解不能だった模様で
娘は彼女にいろいろ聞いてみたのだそうだ。

で、娘が理解しえたことはこうであった。

「彼女は自分をきれいだともかわいいとも思っていない」
「かわいいと言われたら、嘘だごまかしだと思ってしまう」
「そっくりそのままの自分など無価値だと思い込んでいる」

なんだかよくわからんが、
生まれ持った性格が「いじけて」いるのか
それとも「条件付き」でしか愛されない環境下で育ったのか
要するに現段階では、かなり「卑屈」になってしまっているらしい。

「ええ、○○ちゃん、かわいいじゃん!
すごいかわいいと思うよ! みんなにも聞いてごらんよ!」
娘はがんばったが、彼女は心底嫌そうな顔をして
もうやめてくれと頼み込んできたそうだ。

きれい、かわいい、を言われるのがいやなら
男になんて言われればうれしいの? と娘は質問した。
「一緒にいると落ち着くとか?」
と例をあげたら、彼女はちょっとだけいい顔をしたという。

なんだかなぁ!!!!!!
22やそこらでこの哀愁ただよう感じは何だい!!!!!

きっとあれだな、こういう男女が互いに惹かれあって
優しい気持ちで寄り添って、
冷たい世間の風の中を渡って行くんだわねぇ・・・・・
ロマンだわねぇ・・・・・

と、昭和枯れすすき的な、上村一夫的なイメージを抱いてみたが、
俄然ダメであった。

おばさんだから(正確にはおばさんになる前からだけれど)
ずうずうしさがもはや当然当たり前のへのかっぱのぷっぷくぷー。

この前も、薬師丸ひろ子のコンサートをじっと見つめている亭主が
「薬師丸さんしわがない、まだかわいいし、きれいだよねぇ!」と言ったのを受けて
「そりゃそうよ、年も私と同じくらいだもん! まだきれいよ!」
と堂々と返したくらいのずうずうしさが日常なのだ。

(「はぁ??????」という返事は聞かない、聞こえない。
ふんふん♪と胸を張った状態で退場するのであった)

まぁ寂しい同士が温め合う恋は文学的な感じで素敵ではある。

でも私個人としては、「ごちそうさん」の桜子ちゃん(主人公め以子の友達)のように
根拠もなく常に自信たっぷりで、
度下手な歌を度胸で朗々と歌って見せるようなタイプの
まっすぐ育った天真爛漫なほうが好きだねぇ。

何より、面倒臭くないところがいいんだもん。

(過去の暗い自分のことは忘れ去ったのであった。
いや、なにせ厚顔だからww)