被災後の死亡者

出来事から
04 /03 2011
3月11日の被災者で逃げ延びた人々がいま、
各地の避難所でぽつりぽつりと亡くなるケースが増えているのだそうだ。

亡くなる方々の年齢は平均が70代、
年をとり、体に病気を抱えた人たちの死亡が目立つ。
致死性不整脈という死因がいくつもある。
これは「ストレスによるもの」といっていいのだそうだ。
長引く避難所生活でストレスがたまり亡くなる。

支援活動を実際にしている実業家のtwitterを見るに
一部の避難所では、子供たちのいる家庭は県外避難や自宅などに移動していき
今現在避難所に残っているのは
行き場のない高齢者ばかりというところもあるようだ。
厳しい。

ところで家にさしたる被害もなく生活もそこそこやっていける状況にありながら
ストレスで亡くなったお年寄りもいる。
ストレスの直接的な原因は「余震」だったそうだ。
NHKのテレビで見たのだが、90代の女性は余震が来るたび必死に家を飛び出していて
次第に体調が悪くなり、持病もないのに亡くなってしまった。

その人の心を占めていたのは「恐怖」だったのだろう。
死の恐怖のみならず家や多くのものを失う恐怖、
弱くなっている自分にいつ襲ってくるかしれない現実が
怖くて怖くて仕方が無かったのだろう。

力のない、弱くなった人々は、安らぎと安心のなかで過ごさせてあげたいが
今はそれも許されない。
楽しみは何もない、もう死にたい、と言っている高齢者もいる。

ただ、生き残ったお年寄りの中には、
避難時誰かに助けられて命長らえた人もいるだろう。
その助けた相手が、警官にせよ消防士にせよ看護師や役所の職員にせよ
今もどこかで生きているとは限らないのだ。
人を助けたがために濁流にのまれて死んでしまったかもしれないのだ。
その人には家族もいたに違いないのだ。

助けられた高齢者本人が「死にたい」と思うなら、助けて死んでいった側は、
その家族の悲しみと忍耐は、どうなるのだ。

助けることの報いが、見えないことがときどきある。
そういえば昨日、
3週間も海に浮かんだ屋根の上で漂流していた犬が海上保安庁に助けられたが
あの犬は海保の職員が預かることになったと報道されたのち
結局県の施設に入り、飼い主を探すことになったと言う。
飼い主が現れてくれなくて引き取り手のなかった場合
結局殺処分されてしまうのではないだろうか。

助けることとその後の結果がハッピーエンドにならないとき
私たちは心の問題をどう落ち着けるべきなのだろうか。

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東電を責めること

いろいろ感じたこと
04 /04 2011
こんな意見があった。

「天災による被害と人災による被害は許容の仕方が変わって当然。
(著名な実業家ふたりを指して)が東電や政府や日立などを非難しない理由がわからない。」

東電も政府も非難される部分を持っていないとは言わない。
たしかにあの原発は東電のものだし、政府もそれを作らせた責任があるし。

けれども何が何でも非難するのは間違いだろう。
なぜなら、その原発で作られた電気を私たち関東の人間は使っていたからだ。
つつましく、少しづつ使ったとでも言うなら多少は非難の権利もあろう。
だが、つけっぱなしのテレビや
世に出そうが出すまいが大勢に影響のないこんな駄文を書いているパソコンや
必要のない室内までもを照らす明かりなど
電気を無駄づかいしてきた大概の人には
自分の日常を棚に上げてただ電力会社や政府を非難することが出来ないのが筋だ。

電気で便利になった日常を満喫するだけ満喫し、
電気が人災となったったんに糾弾する。
東電社員をののしったり、落書きしたり、なんとまぁ我々は身勝手なのだろうか。

もちろん原発のこれからは想像するだに恐ろしい。
数万年かかっても消えないプルトニウムなんて化け物は
映画や漫画の中に出てくるだけでよかった。
東電の会見はどれを見てもイライラと不安が募る。

けれど、これだけは事実だ。
東電は調子に乗っていたかもしれない。
でもわれわれも調子に乗っていた。
乗らされたのではない、自分から求めて乗ったのだ。
より便利な暮らしを欲するがゆえに。

そしてなにより、怒ったところで、非難したところで
被災者(地震津波原発の3つの災害を受けた人々がいるのだ)が
喜び助かるわけではないのだ。
怒ったり責めたりするのが仕事の人々がいるのだから
(今それはマスコミの役目のようだ)
非難はそれらの人に任せて、
私たちは少しでも被災者のこれからの暮らしを助けることを考え
立て直しに協力を惜しまないことを自己に言い聞かせればよい。

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「私は強い」と言いきる人へ

いろいろ感じたこと
04 /05 2011
「私は強い」
若いころは私もそう思っていた。
精神的に折れない、強靭さ、強情さを持っていると自負していた。

今は少しも思わない。
強情さは今も持ち合わせているが(というか治らないが)
私の求める強さは若いころに持ち合わせていた程度のものではない。
あの時代に持っていたのは
「強さ」ではなく「無知」であり
「強靭さ」ではなく「勢い」であった。

今私はtwitterもときどきやっているのだが
その中でたびたび目にするのが
自分は強いと勘違いしている若い人のつぶやきである。

そのような人は圧倒的な力、たとえば死や時間といったものの巨大さ
とり返せないなにかに、押しつぶされた経験が無いのだろう。
あるいは己の力では絶対に太刀打ちできない何かに
遭遇したこともないのだろう。

彼らは自己の意思を最高のものとして信頼し尊重する。

私はときどき言いたくなる。
「あんたは経験してない、知らないだけだよ」

自己過信の言葉や情景に出あうたび
私がイライラするのは、
私もまた、まだまだ無知であり未熟だからなのだろう。

言い返すのは辞めておかねば。
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震災後、新大久保は

いろいろ感じたこと
04 /06 2011
先月25日に用事で新大久保に行くと
ここ数カ月駅前にうじゃうじゃいた観光目的の女子やおばさんが、
だれ一人としていなかった。

韓流の街として新大久保にすっかり人気が出て以来
行くたびに人出が増えて、正直鬱陶しくさえ感じていたのだが
だれもいないと気抜けしたようだった。

震災後、本国から来ていた韓国の人たちはずいぶん国に帰って行ったらしい。
地震のときは、
線路沿いの小さな駐車場に韓国の人たちがいっぱい飛び出してきて騒ぎ
ものすごく怖がっていたのだそうである。
(地元の薬剤師さんに聞いた。薬剤師さんも思わず駐車場に避難したという)

実際いまも一部を除き、あんなに多かった韓国の人たちの姿が
街の中からずいぶん減った。

しかし今日再び新大久保に行くと
駅前には女子やおばさんがわいわいがやがやと待ち合わせをしていた。
以前ほどの多さではないが、邪魔な程度の人数ではあった。
大久保マップを広げて相談しているグループも数組見た。

すれ違う人から前回は一度も聞こえてこなかった韓国語を
今日は一度聞いた。

(普段はもっと聞こえる。
韓国の人が歩きながらしゃべっているのがあっちこっちに聞こえるのが
普段の新大久保だ。
実は中東の言葉や、どこかのアジアの言葉など
いろいろな言葉が聞こえてもくる。
震災後はなぜか中東の人たちが目立つ気がするが)

地震はいまだ終息せず、今夜も数回揺れているのだが
新大久保観光にくる女性たちからは、そんな心配や不安は伝わってこない。
彼女たちは元気で、うれしそうで、楽しそうである。

それでいいのだ、経済をまわすのは今や女性の元気にかかっている。
財布を握る女性がみんな自粛なんかしていたら、
いずれ商売する人も物を作る人も首をくくらなきゃいけなくなるのだ。

女性が元気で活発なうちは大丈夫、日本はきっと立ち直るだろう。


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書く語尾に見るに

いろいろ感じたこと
04 /07 2011
同年輩女性のブログを散見するに、やはり「です・ます調」が90パーセント以上であった。

・・・まぁ若いお譲ちゃん達がおしゃべり口調で書くのよりは
ちゃんと「読み言葉」にはなっていて丁寧だけれど
なぜだが不思議である。

ブログと同類のエッセイ集などをこれまでけっこう読んできたが
女性作家といえども「です・ます調」はまず見た覚えが無い。
なぜみんな「です・ます」なのだろう?

謙遜からなのか?
女性ゆえの丁寧さ、可憐さ、かわいらしさを狙っているのか?
「だ、である調」では性差が判別しにくいという気遣いなのか?
なんと細やかな気配り。
さすが同年輩、虎視たんたんと欠点を探したがる男たちの気をそらし
安堵させるには「女性らしく優しく」するのが一番賢い。

(同年輩女性がみんながそんなに優しいはずもなく、
そんなに穏やかでなく、可憐でないことはもちろんだ。
みなさん男性やめんどくさい女性連との付き合いのなかから
そうした態度でいることが一番良いのを学んできているのかもしれぬ)

実は一度3年ほど、私も「です・ます」でやったことがある。
今思えば「だ、である」でやっていたころより
自分でも「優しい女性」や「穏やかな雰囲気」を意識したようだ。
ブログで出来たお友達も、私を「ごく普通の主婦」として見てくれていたらしい。
しかし優しく見せるのは案外疲れる。
なにせ優しさは私の身についていないのだ。

それ以前の3年間は「だ・である」であったが
その間出来たお友達は私を「はっきりした頭のいい女性」と見ていた気配がある。
当然それはいい表現で、真実は「えらそうで」「これ見よがしで」
「鼻もちならない」というものだったに違いない。
実際の人物がそんな感じなので、こちらはやや書きやすかったが
自分自身の傲慢さに心がくじけたりもした。

まぁとりあえずその二つの経験から、
私には「で、ある」のほうが書きやすかったといえる。
なにせ「です」「なのです」「~ます」は
「~だ」「~である」よりキーを叩く数が多い(ローマ字入力)。

基本的に雑駁で思慮の浅さには自信があるくせに
やたらに話が長くて演繹な私には
「女性的であろう」「優しさを出そう」などと意識すること自体が面倒である。

なので他者が私を「はっきりした人」や「頭良さそう」などと思うのは間違いで
「考えが浅くて面倒くさがりのくせにおしゃべり」と認識するのが正解である。

(傲慢でいやな感じと思うのは大正解だがそれを言わないでほしい・・・・)


なにより私の書いたものを読んだはしから忘れていただけると幸いである。
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天罰ということ都知事という人

いろいろ感じたこと
04 /09 2011
天罰発言をした都知事が再選されるとすれば、都民は頭がおかしい。
都民は信用できない、と言っても過言ではないかもしれぬ。

同じ国に暮らす、いや、同じ人間として
あれほどの悲しみと苦しみを背負わされた被災者の存在を知りつつ
あれを吐いたとすれば
現都知事は人心を知るものではなかろうし
上にたつにふさわしい人間とは思われない。

未来のための多くの子供が親を失い
戦後の日本を作ってきた高齢者が住まいを失い
それでも天罰と言えるその鈍感さにはあきれる以外になかった。

私は神道主義者ではないが
あの都知事は靖国も大好きだからきっと神道主義者なのだろう。
思うのだが天罰と言うのは悪いものの上に下るのではないのか?
無垢な子供や弱い年寄りや妊婦が天罰を受ける必要はどこにあったのだ?
後ろ暗い政治家や実業家に天罰が下らず
無辜の民に激烈な天罰が下るのはどういう根拠だ?

天罰と言う言葉は使うべきではなかったのだ。

もちろん都知事の真意はわかっている。
日本人全体の傲慢、油断、罪深さに対して天が怒ったというのであろう。
昨今起る事件の多くを見、殺伐たる世の中を知るにつけ、
調子に乗っている日本人を見るにつけ
「天罰」と言いたくもなろう。

だが、どう思おうが言ってはいけない言葉がある。
彼は神ではない、被災者と同じ人間なのである。
同じ人間の命があんなにも奪われたのである。
同じ人間の暮らしが完膚なきまでに叩き潰されたのである。
東京に同様の災害が起きたら、彼は「天罰」と言えたのか。
言えまい。

東京都知事は著名な作家でもある。
言葉を生業としてきた人である。
言葉の力を知っているはずである。
それなのに彼はこの悲惨に向かって「天罰」と吐いた。

訂正はもう効きはしない。
なぜなら言葉には命があるからだ。
言葉は勝手に歩いて行くからだ。
彼がそれを否定するなら、彼はもう作家ではない。
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石原都知事のアイデンティティは失言です

いろいろ感じたこと
04 /11 2011
Twitterでは、ここ数日来、
石原慎太郎氏を擁護するつぶやきは、ほとんど見なかった。
そしてその逆は百や二百は見たように思う。

けれどもその石原慎太郎氏は4度目の都知事に選ばれた。
都民はどうしても石原氏が好きなのだと思い知らされた。

そんな素敵な石原氏がこれまでどんな素敵な言葉を発してきたか
ちょっとだけ繰り返してみたい。
ファンの方々はこれを噛みしめ、喜ばれるがよろしい。

前頭葉の退化した六十、七十の老人に
政治を任せる時代は終わったんじゃないですか

1975年、東京都知事選挙での演説で対立候補の美濃部亮吉について
“前頭葉の退化した老人”だと発言した。
昭和7年生まれの石原氏、この7月で79歳になる。

そんな石原氏は障害者や高齢者、病人にはこんな感じである。

これを書いたのはIQが低い人たちでしょう
1977年、熊本に水俣病視察に訪れた際、患者らが手渡した抗議文についての発言。

ああいう人ってのは人格あるのかね
1999年、重い障害のある人たちの治療にあたる病院を視察した際の記者会見で発言。

女性が生殖能力を失っても
生きているってのは無駄で罪です

これ自体は石原氏が初出ではなく松井孝典氏の言だが松井氏は
石原氏のような意味では使ってはいず、
かような発言は石原氏個人の解釈であり、意見として見られている。
私もそう思ってとらえている。
これは2001年11月6日週刊女性の記事であり、こんなものも続く。

男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、
女は閉経してしまったら子供を生む能力はない。
そんな人間が、
きんさん・ぎんさんの年まで生きてるってのは、
地球にとって非常に悪しき弊害。

この週刊女性の全文が載っているサイトがあるので興味のある方は読まれるがよろしい。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/200307

また、ここのサイトには石原氏の上述の発言以前に都政会議で発したものも
きちんと載っている。
石原氏のファンは全文を丁寧に読まれ、その冗長なる発言にうっとりとされるがよいだろう。

ええとそれから、タカ派といえれば格好がいい発言などはこんな感じだ。

平和憲法は見直しではなく、廃棄すればいい
2004年3月8日、都議会の一般質問終了後、報道陣に対して答えた言葉。

北朝鮮のミサイルが1発落ちてくれたらいい
2000年、週刊ポストに掲載された石原慎太郎のインタビューでの発言。

日本は堂々と新しい兵器を作って
どんどん売ったらいい

2000年、自民党の中尾栄一元建設相の会合の講演にて。

石原氏は自然災害さえものともしない。

震度6の地震がきた。
ああいう田舎ならいいんです

2007年3月の能登半島地震について発言。

そして一番最近なのがこれ

日本人のアイデンティティーは我欲。
この津波をうまく利用して
我欲を1回洗い落とす必要がある。
やっぱり天罰だと思う


ここにあげた発言は石原氏のTPOを一切考慮せずに部分のみ抜き書きしている。
すべてこちらのサイトからもらってきた。
http://matome.naver.jp/odai/2129161684892120001

さらに素敵な石原の大都知事の発言が載っている。
お好きな方はご覧あれ。
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痛い痛いと家がわめく

いろいろ感じたこと
04 /11 2011
うちは築30年近い木造家屋である。
過日の大地震の際は震度6弱~震度5強であった。

家って、木造ってあんな声を上げて痛がるのだということを
私は生れて初めて知った。
真っ直ぐに立ち続けようとする家は
土台から無理にゆがめられて、痛い痛い痛いよ痛いよとわめいた。

あれからひと月が過ぎ、この家はちょっとした揺れで怖がり
「痛っ!」と言ったり
「びくっ」としたりするようになった。

家がびくっとおののくたびに、家に守られているつもりの私もびくっとする。

先日の大きな余震時に家はまた
「痛い痛い痛い」と声を出した。
今日の大きな余震はさらに強く、家はまた大きく
「痛い痛い いやだ、いやだ、いやだ」と声をあげた。



震災にあった家々はみんな凄まじい声で叫んだのだろうな。
ばりばりっと全身を裂かれ折られ、
内臓は壊れ、押し出され、内側から家を貫く。

叫ぼうが怒鳴ろうが、水めがその口をふさいでしまったかもしれない。
ある家は断末魔の悲鳴を上げることも許されず、流されたかもしれない。

優しかった家よ。
知らない間にお前に頼り、甘えていた私たち。

温かくて、優しくて、無条件で守ってくれた家よ。
おまえたちの泣き声と同じに
人間もいっぱい泣いた。今も泣いている。

・・・・・

震災から1カ月、忘れるなよというように大地はまた大きく揺れた。

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「恥ずかしい」を忘れた

出来事から
04 /13 2011
「恥」について考えることにした。

「恥の多い人生を送ってきました」
もちろんである。
半世紀近くも生きてきて恥はすでに山になっている。

今日恥について考える気になったのは
4月3日のブログについて
根拠を確かめもせず、そんなにも怒りの言葉を書き連ねるのは
誤りとわかった際には恥ずかしいですね、という内容のコメントをいただけたからである。

う~ん、これがよくわからなかったのだ。
私には「恥ずかしい」という感覚がなくなっているのかもしれない。

なにせ「根拠を確かめもせず怒る」のが私の日常と化しているのである。
(例・私「なんで洗濯してくれなかったの!!」
   娘「天気予報が雨だって言ってるからだよ」)


もっと悪いことに「正誤さえ確認せずに怒る」こともしょっちゅうある。
(例・私「信じられない、ごみ収集車昼すぎてもまだ来ない!!文句言わなきゃ!」
   娘「今日はゴミの日じゃないよ」)


該当ブログは支援物資である弁当を廃棄されたというtweetに対して
私が納品拒否した石巻の公務員に対して怒ったものであるから、
もしもtweetが創作であったりした場合は
私に痛罵された石巻の公務員には大変申し訳なかったと思う。

この場合、私の感情はと言うと「ごめんなさい」や「すみません」であり
「うわっ、恥ずかしい」ではないようだ。

だが駄文を晒す以上は「恥ずかしい」と思わなければいけないのかもしれない。
昔、文を書いてお金をもらっていたころは
そんな過ちが一つでもあれば顔から火が出たり
穴が無くても掘ってでも入りたいと思った。

お金がらみではないから「恥ずかしさ」も消えたのか?
お金がらみの場合そこには「恥」のほかに「責任」もあった。
むしろ「恥」より「責任」が大きくのしかかってきた。

おかげさまで今はその「責任」を感じていない。
弁当廃棄のつぶやきが、
twitterで何百人にも「!」と肯定されたせいもあるかもしれない。

う~む、だが「発する言葉」に関しては、責任があるが無かろうが、
本当はもっと慎重であるべきだ、それは確かだ。
(でないと石原さんのようになる)

だが慎重に書くならブログは私には続けられないだろう。
勝手気ままに書くためにブログをはじめたのであるから。

素晴らしく幸運なことに私のブログはとても人気がないので
好き勝手なことを書いても大勢に影響を持たない。
なのでこれからもたいがい好き勝手に書くだろう。
そしていろいろな方からご指摘いただき、「ごめんなさい」をやるのだろう。
それなのに、ちっとも「恥ずかしい」と思わないのだろう。

これを厚顔無知という。
厚顔も無知も認識しつつやるので性質が良くない。
困った困った。
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娘の大失敗

出来事から
04 /13 2011
娘が大遅刻をした。
朝一番6時半に入り、7時には開店しなければいけないのに
朝10時ごろまで眠っていたのである。

娘がアルバイトをしているドーナツ屋では今朝
開店が朝7時、ドーナツを揚げる人1人、売る人1人という構成であったそうだ。
いつも7時に開く店が、娘の遅刻のせいで8時に開店したのだそうである。

これはかなり深刻な失敗だ。
本部に連絡される級の大失敗である。

娘のアルバイトは不定時で、朝一番のこともあれば
夜の最後の番のこともある。
春休みの間、娘はほぼ朝一番のバイトに入っていたが
今週の月曜日以降は授業が始まるために、娘はバイトの時間を夜に変えるなどしていた。
それで今朝は自分の仕事は夜の時間帯だと思い込んでいたらしい。

これはスケジュール確認を怠った娘の責任である。
ドーナツ屋にあわてて電話を入れたところ、今日はもう来なくていいと言われたが
私が「すぐ行って謝ってこい! 菓子折りはあとだ!」と娘を追い出した。
「いってらっしゃい」の代わりに「叱られてこい!」とも言った。

もう既に到着し、帰っているはずだが、まだ帰らないので、
どうやら店に出て働くことを許可されたのかもしれない。

仕事のスケジュールが家のカレンダーに書き込んであれば、
今日のような事態は起こらなかった。
私が血相かえて娘を叩き起こしただろう。

仕事に関しては自分の頭、記憶を信じすぎてはいけない。
責任というものがあるのだから。
電卓1級、珠算1級の人だって銀行や郵便局では
電卓を最低2回は叩いて確認している。
(80円切手5枚買って1000円札出したとき、郵便局窓口のひとは
電卓で3回確認しておつりをくれた・・・・・)
スケジュール帳に書いてあっても、それを見て確認しないのであれば
役には立たない。
もっとみんなが見るところに書いておくべきなのだ。
時間を管理されるのがいやだというなら
もっと自分自身がしっかりするべきだ。

今日はドーナツ屋では恒例の100円セールである。
7時の開店前からお客が並んでいたかもしれない。
娘はお店に損害をもたらした。
お客にも大変申し訳ないことをした。

娘よ、きちんと叱られてこい。
働くことの責任を、しっかりと身につけてこい。
後日の仕事で菓子折り持って行くことより
いま、すぐに詫びに行くことの大事さを覚えてこい。
半べそになって凹んでこい。

いっぱい反省したら、また前を向いてきちんとしろ。

さて昼ご飯、何を作って待っていようかな。
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