連休が虚しくて暇でこまっている

出来事から
05 /02 2011
連休は4月の29日から始まっている。

夫はちっとも家にいないでテニス三昧と飲み会で過ごし
娘は(都内の大学では災害の影響でほぼそんな感じだが)
連休を返上させられて平日同様に授業を受けに通学している。

というわけで家で過ごしていると言えるのは、私一人と犬二匹のみとなっている。

さすがにひとりぼっちでずっと家に閉じこもり
犬の散歩と買いものにしか出ない祭日は虚しい感じがしてきた。
虚しいが「どこか連れて行って」とは言いたくない。

夫はなんだかんだと無視を決め込むか
あるいは何かしら理由をつけて拒否するに決まっている。
仮にOKがでたところで夫は財布を開かず
全部の払いが私に回ってくるので、あまり楽しくはならない。
(しかも夫は自分が払わないとなれば、大いに食う、飲む)

家族の愚痴を書くなら延々書き続けられるのだが
そればかりでは「私の世界は家族だけです、狭いです」と宣伝しているようなものなので
さらに虚しくなる可能性があるからやめておく。

さて、いかにすれば虚しくない連休になるか考えてみた。
ゲームしたり映画を見たりするのも悪くないが
もっと実のあることがしたい、
「だらだら」せずに、きちんと積極的に行わないと出来ないことをしたい。
それなら別に家の中をぴかぴかに磨くとかすれば大変に実もあっていいのだろうが
私は赤毛のアンに出てくるマリラおばさんのように掃除命の人ではない、
むしろ出来ればやりたくない。

買いたい専門書があるのだが、あたり前の本屋には置いていなかろうと
ちょっと銀座かお茶の水にでも行こうかと思ってみたが
今朝のNHKニュースが「全国的に余震が多く、強くなってきています云々」と
不安心なことを指摘するので、
都心部からこの埼玉奥地まで歩いて帰らねばならなくなったらとんでもないと
これもあきらめてしまった。

そして今日の午前中ひらめいた。
この夏の暑さ対策、節電対策に、「緑のカーテンをつくろう!」である。

さっそく調べてみると、代表的な植物があさがおとゴーヤであることがわかった。
(そのふたつはありきたりなので、本当は珍しい「ひょうたん」などを植えたいが
中級者むきとのことであきらめた)

庭に土があれば地植えが出来てベストだが残念ながらうちの庭に花壇はない。
なのでプランターを使うことになった。

なんでもゴーヤは非常に根の伸びが良いので、プランターは大きく深くなければいけないらしい。
2階の物干しからつるす、園芸用ネットも購入せねばならない。
もちろん主人公であるゴーヤの苗も複数必要である。

さらに大きなプランターに入れる土の準備が肝心である。
ゴーヤとネットくらいなら歩いて持って帰れるが
大きなプランター数個と、それに間に合う土となると
車がなければ買って帰るのは無理かもしれぬ、いや、無理だ。

うちに車はある。
夫が乗っていったワンボックスの他に娘に去年買い与えたのがもう一台
ちゃんとあるのだ、
ただ、私に免許がないだけである。

夫にメールして土買ってきてと言うのはたやすい、
たやすいが、頼みたくないので頼まない。
結局夫には頼まず、通販で購入することにした。

早ければ今週中には届くだろう(届いてほしい)。

と言うことで今日は緑のカーテンを計画して物品を注文したところで終了した。
あとはどうやって過ごすべきか考えるのが面倒になったので
こうしてブログに書いてみることにしたのであった。

(それにしても遊んでくるなら、夜ごはんも外でお願いしたいものだ。
夜の方がテレビがおもしろいのに、夜ばかり用事が増える。
やれやれ)
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緑のカーテン製作中

ガーデニング
05 /07 2011
自分の趣味ってなんだろう。
とりあえず小さいころから「読書」と言ってきた。
大人になるころには「編み物」と言うのも加わった。
子供が生まれたあとには「文章書き」と言うのも増えた。
そして庭を持ったときには「ガーデンニング」にどっぷりとはまった。
犬を飼うと庭は犬のために埋め立てられてしまい、
その頃には「犬」というのも好きなものに入るようになった。
(「犬」を「趣味」に数えることはできないし)

これら多くの「はまりもの」のなかで
何が私にとって一番愉快な趣味だろうかと考えてみると
その時々によってどれもが一番になりえると思い当たった。
強烈に読書を続けている時期もあるし、
なにがなんでもセーターやカーディガンを編み続けていることもある。
物書きはお金にまでなったし、お金にならなくてもこうして書いているくらいだ。

上に述べた複数の趣味に共通しているのは、
「寝食を忘れて」という言葉がぴったりくるということだ。
本を夜に読み始めて、気がつけば朝と言うのは当たり前だし、
編み物も、始めればそれしかやりたくないほど夢中になる。
文章を書くことに至っては、それこそ寝ても覚めてもそればかり考えることも多々あった。

しかしガーデニングだけは違う。
ガーデニングは夜には出来ない。
体力を使うので眠らないと続けて動けないこともある。
季節によってはまったく用事がなくなる。

私はこの連休ガーデニングをすることに決めて、実行しているのであるが
これがなかなか、やっぱり非常におもしろいので
明日の教会の礼拝も休みたいくらいである。(もちろん休まない)

さて、前回も書いたように通販で土とプランターを購入したのだが
驚いたことに知らずに注文した店がなんと仙台市青葉区であった。
仙台といえば例の被災県であるから「こりゃ届かないぞ」と正直かなりがっかりした。
しかしなんとなんと、土とプランターは仙台を夕方出て翌日の昼にはうちに届いたのである。
東北はえらい、東北の商売人の根性はすごい、
東北の佐川急便もえらい(佐川で届いたので)、などとひとしきり感動したのち
私はさっそくガーデニングに取り掛かった。

これまで私はプランターではなく庭の土に植えるのが普通だったので
今回のようにプランターで大きく栽培するのは初めての経験である。
昨日今日の二日間でゴーヤ苗を2個ずつを700リットルの大型プランターにふたつ、
大きな10号の植木鉢にはそれぞれゴーヤ1苗ずつをみっつ。
そして500リットルのプランターには一晩水でふやかした朝顔の種をまき、
また10号の植木鉢の1個には琉球あさがお(宿根あさがお)の苗も植え付けた。
どのプランターにも植木鉢にも、緑のカーテンになるように
2階からネットをつりさげ、仕立ててある。

(ちなみにネットは全部100円ショップで購入した。
短いものをいくつもつなげて丈や幅を出したのだ。
なにしろホームセンターの専用ネットを買うと、1枚2000円以上して
それを複数購入するなどとんでもない!!!)

まだ手もとに、「ふうせんかづら」の種があるので
これもどこかの窓のしたに植えてカーテン仕立てにしたいが、
明日は教会に行って、そのあと認知症の母に会いに行かねばならず
あさっては仕事が入っているので
ふうせんかづらはまだ少し先になるようだ。

春、これから世の中は花でいっぱいになるのだろうし
私がかつて凝ったのも春の花さく庭であった。
育てて咲いた花をながめながらぼんやり過ごす至福の時間は
ガーデナーにしかわからない、静かな興奮に満ちている。

そして今回、私は初めて夏に期待している。
ゴーヤの実は別に成らずともよい、ただ窓の向こうには緑がいっぱい萌えている
そんな風景が待ち遠しいのである。
夏は暑くて大嫌いだったが、今年は嫌いではなくなるかもしれない。
まことにうれしい。
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ひとりごと禁止

出来事から
05 /10 2011
ひとりごとの悪い癖がついたぜ、ふん、さみしがり屋め

と、かつてソファに寝そべった次元大介がルパン三世に言っていたが
ひとりごとと言うのは淋しがり屋がするものなのだろうか。

とすれば私は非常に淋しがり屋だ。
気がつけば一人でああでもないこうでもないとしゃべっている。
末期症状かもしれないと思うのは、職場でもこれをやっていたという事実。
もちろん私は無意識である。

無意識のうちに「あっちゃ~、やっちゃったよ~」「はい次!」などと言っているらしい。
しかし、この程度ならまだよい。
いつもは現場にいる夫が事務所に入って電話などをしている横で
私はどうやら歌を歌っていたのだそうだ。
「♪めんどくさくってお尻がpu~」とか
「♪ズンタカタッタわからない~、わからなくってわからんちんko~」
とかの非常に独創的(幼稚ともいう)な歌を歌っていたらしい。

受話器を持った夫はふりむいてこう言った。
「独り言禁止!! ツマちゃんうるさいっ!」

私は目が点であった。
なにしろひとりごとを言う癖があるとは知らなかったのだ。
(ひとりごとで歌う癖ならなおさらである)

さて昨日は買ってきたパンがあまりに美味しかったので
「おいしいわ~おいしいのよ~」と嬉しがっていたら
夫が言下に
「踊るの禁止!」と命じたのであった。

踊るといっても、エグザイルみたいにしゅぱあああああああああああああーんと踊ったわけではなく
東京音頭をややロックにしたような具合に踊っていたのであって
言って見れば踊ると言うよりお遊戯、もしくは揺れるという雰囲気程度なのにである。

この踊るのもまた無意識にやっていた。
それはそうだ、じき半世紀となるほど生きているおばさんが
意識して独創的なひとりごとを言ったり、
意識して踊ったりしていたら芸能の道が開かれる。

50近いおばさんが
「♪おいしくってうっふん、おいしくってあっはん♪」
と独創的なひとりごとを言いながら(かじりかけのパンを持ちながら)
ややロックの東京音頭的ふりつけで踊っていたら
それはもう、それはもう、それはもう・・・・

それはもうそんな人とはぜひお友達になりたくなる!!!!

ひとりごとといい、ふらふら踊る癖といい、家族はそんな私を見慣れている。
そういえば夫が妙なひとりごとを言いながら、踊る姿を見たことがない。
娘がごく普通の内容で「ああ、しまった!」とか「どうしょ~」とか言っているのを
耳にしたことはあるが、
どうしましょうの踊りをしているのは見た記憶がない。

私の身近なところでよく踊っていたのは母親である。
しかも「すったかた~んすったかた~ん、はげを振りたてやってくる~」などと
節をつけて歌いながら踊っていたような覚えがある。

うむ、遺伝である。

姉は歌いも踊りもせぬ常識人なので、この遺伝が劣性か優性かは知らない。
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枕エイギョウ

出来事から
05 /12 2011
貧乏アイドルの上原美優が自殺してしまった。
黄金伝説で、春日がキングオブ1カ月1万円生活とすれば
上原美優は絶対的なクィーンオブ1カ月1万円生活だと思えた。
かわいく、庶民的な言動に、とても好印象を抱いていた。
その彼女が突然自殺した。

24歳はまだ若い。
ドアノブで首を吊るなど、決して簡単な死に方ではなかっただろう。
周囲に彼女を休ませてくれる場所はなかったのだろうか。
大家族で育ったのだし、身近にいるひとの親身の言葉はきっと彼女を落ち着かせてくれただろうに。
孤独はダメだ。
どんな場所でも、どんな人でも、孤独には勝てないのだ。

ところで・・・・インターネットで上原美優を検索していたら自殺のほかに
もうひとつの言葉が目に付いた。
「枕営業」。

追って検索にかけていくと、いろいろなタレントさん女優さんのたくさんの画像があらわれてきた。
真偽のほどは知らない。
その画像には非常に赤裸々なものも少なくなく、
行為の様子を隠し撮りしたらしき動画もいくつもあった。
(無料と言われても怖いので見ていないが)

清純派の女優さんから、アイドルや芸人さんまで、さまざまな人が
素っ裸にさせられ、手なれた男にそこをいじくりまわされていた。
それらを見たら上原美優どうのこうのではなく
ただただ、この世界に存在するこの現実に、哀しい気持ちになった。



女の子を育てるときたいていの親は、
その子の体に傷や怪我、手術の後などがつかないよう
注意をして育んでいるのではないだろうか。
清らかであれ、優しくあれ、と育てるのが一般の親の心情ではないのだろうか。

そうやって育てられたであろうまだ若い女の子たちが
恋しくもない男に局部をいじくりまわされ、あられもない格好をさせられてもてあそばれ、
丸裸で大股ひらいた写真を撮られ、その写真や動画がネットで流出してゆく現実。
大切に育ててきた親はどれほど泣くだろうか。

とかく画像(とくに盗み撮り)といったものは、あまりに露骨で動物的にみえる。
性行為は基本的に動物的な行為であるが、
互いに愛情と信頼関係があるからこそ、そんな姿を相手にだけは見せられるのである。
だがここで語っている場合の行為は、その愛と信頼と言う基本的な約束事がない。
あるのは「仕事を与えてやる」という条件だけなのだ。
しかもなぜその場面が動画になったり写真になったりしてネットに流れるのだ。


私は正しい関係における性関係には大変肯定的である。
たとえそれがかなり特殊なものでも、
お互いの同意があり、信頼と愛に基づくお互い同士のみの行為ならあっさり許容できる。
(上記でも第三者が加わるとか、スワッピングなどには否定的)

当然ながら地位や権力を利用して、相手の欲する報酬をえさに
肉体を提供させるやり方に納得出来はしない。

クリスチャンは過去にはやった細木なんとかみたいに
「あんた地獄に落ちるわよ」などと簡単に言ってはいけないが

(地獄に落ちると知っているなら、
まずその相手のためにイエス様にとりなしを祈るのが先なのだ)

あたり前のように若い芸能人の肉体を試食しつづける輩には
細木なんとかのように言ってやりたくなってしまう。
本当に言ってやりたい。

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小さな支援はどこまで

出来事から
05 /16 2011
こう言うことを書くと、必ずきついコメントがあるのだろうなぁ、
と知りつつも書く。

うちの地域には福島県の原発周辺地域の方々が集団で避難してきて
精神的にも物質的にも厳しい生活を続けているのだが

この人たちにどうかして援助や支援を行いたいと
「炊き出し」を役所に申し出るグループが実に多いのだそうだ。

だが、この炊き出しもだいたいがカレーライスとかおにぎりとかパンとか
代わり映えのしないものの配布で、避難している人たちはもう
それらに飽き飽きしてしまっているのだそうだ。

実際に炊き出しを希望したグループが彼らに何を食べたいか聞きに行ったら
まず「刺し身」
そして「サラダ」
そして「煮物」
さらに「からあげ」だったのだそうだ。

これらをその施設に寝泊まりする全員分用意するとなると
グループの持ち出しもなかなかの金額になるが
それでも「せめて数時間でも苦しい気持ちを忘れてほしい」という
グループの人たちは、それを受け入れ、
「刺し身に合うのはビールだ」とビールまで用意し
カラオケセットでの余興や、ビンゴゲーム賞品と言ったプレゼント品まで用意して
その日の炊き出しを行ったのだそうである。

もうほとんど炊き出しの範囲を超えた「お客様」への宴会もどきに思えるが
実際お客様たちは楽しんでくれたかどうかまでは
グループの人たちにもわからない。

その出来る限り頑張った支援グループの話が伝わると
ほかの炊き出し参加グループはちょっと困り始めてしまった。
「おにぎり」も「カレー」も飽きたと聞いてしまうと
おにぎり弁当など作って配る気でいたグループにとまどいが生じるのは当たり前である。

「当たり前と思ってちょっと贅沢になってるんじゃないか」
と、ある人が言った。
(きっと、ここに非難抗議が来るな。
しかしこれは私が言ったことばではないぞ)

はたしてこれは贅沢なのか?
立場の強い人間は、弱い人の「注文」や「文句」を耳にすると
先ほどまで見せていた「善意」を「傲慢」に変えて
「人さまの世話になっている身の上でよくまぁ」とやりだすのは
今回のみならず、世の常であろう。
中国残留孤児たちが一人当たりもらう金額が減ったと騒ぎ出した時に
多くの日本人が「調子にのるな」とかなり憤っていたのを私は見た覚えがある。
「日本政府による大きな過ちが招いた結果」であろうと
当事者ではない人間には常にそういう
「上から見た」傲慢きわまる考え方が存在するものである。

しかし、現実問題として
善意で支援する側の財布にも体力にも長期にわたるこの現状は
かなり難しいものがある。

いま日本には、支援するがわにも大きな試金石が置かれているのである。
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東北の野菜を食べることに関して

いろいろ感じたこと
05 /18 2011
東北の野菜についてのある人のつぶやき

モスバーガー、すき屋、セブンイレブン、東北の野菜を使うのか。東北の農家には申し訳ないけど。子供達には食べさせたくない。  

東電、政府が東北の農家の野菜被害を負担するべきだと思う。子供たちには食べさせたくない。何を信じられる?こんなに政府が嘘を言ってて。メルトダウンだって最初からしてたと言うのに。汚染してない?、それを信じろっていうの?

でも放射能で汚染されてない野菜とか、、お肉、魚なんてないのかもね。レストランだっていけないし。スーパーだって国産しか明記してない場合も。なんで嘘を言い続けたんだろう。これで多くの人が癌になったら、絶対恨むよ。

以上3つ、MATSUDA_MIYUKI 松田美由紀 さん(女優・故松田優作氏の夫人)のTwitterより


・・・・これ、なんだか・・・。
言ってることは正論で、きちんとしていて強いけど、どうにも・・・。

「東北の人には申し訳ないけど」というものの本当に申し訳なくなんか思っていまい、絶対に。
子供が大事だから「東北産の野菜は拒絶する」と、はっきり書いたほうがすっきりするだろうに。

日本中の野菜が放射能汚染されてて、それ食べてガンがガンガン出てきたら
東京電力を恨むそうだ。
タバコぷかぷか吸ってる人が東京電力のせいだと恨んだら、それはおかしい。
石綿作業を長いこと続けてきた人が東電めというのも変だ。

そもそも日本人の死因のトップはガン(悪性新生物)だ。
日本人の30%の人がガンで亡くなっているのだ。
http://journal.mycom.co.jp/articles/2011/01/19/cancer/index.html

この状況が今より強く激しくなってガンが雨後のタケノコのように
にょきにょき出てきたら、まぁ確かに放射能のせいなのだろう。
発病年齢が下がるのが一番怖い。
恨むのは、それが顕著になったその時だ。

だが私はたぶん、ガンでもいい。
というか、3人に一人はガンで死ぬのだからなっても仕方がなかろうと思っている。
もう50になるし、子供もじき二十歳になるからあきらめもつけられるだろう。

それから

あの、福島の野菜や魚をみんなで食べましょう!的なムーブメントなんですが、自分には全く理解ができません。どうして今危険な可能性のある食材を食べないといけないの?何かの罰ゲーム?農家の方々を助けたいのは分かりますが、だったら東電がしっかりと農家の方にお金を支払うようなムーブメントを。
RyuNakamura76 中村竜さんのTwitterより

食べないといけない、というより、私は普通に食べている。

思うに農家の人は作物を作っていくより生きる方法がないのかもしれない。
東電へのムーブメントは大事だが
生きることは、お金だけでは難しい。
やりがいも、働く喜びも、体を動かしてせいせいすることも
みんな生きるために必要なことだ。
東北の農家の人たちが、畑で腰を伸ばして、今年もいい野菜が出来たと
日焼けした顔をほころばせる、それは生きる喜びに直結している。


しかし放射能から子を守るために野菜も魚も拒絶するのは間違ってはいない。
この国にいる以上、放射能から逃れられないことは確かだろうから
やはりしばらくはこの国を離れるしかないのかもしれない。

それにしても正論というのはは実際まったく正しくて
でも強すぎて、どこかおっかないものだ。
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お花を見せたい気分

ガーデニング
05 /19 2011
写真を出すのはやはり、見て見て見て見て~気分と言うことだ。

今日はかなり気温が上がると言うことなので、
ゴーヤの水やりに気合が入ったそ。
ゴーヤだよ
植え付けして約2週間、まだこの程度しか伸びていない。

同じ日に植えた朝顔はこんな感じ。
のあさがお
これは「野朝顔」いわゆる宿根種で、種が出来ないのだそうだ。
琉球あさがおともいうらしく、今年ネット上ではかなりの人気を博していて
売り出すとすぐに売り切れるようだが、うちのあたりでは売れ残っている。
(格安の300円前後でも、この辺りでは高いからかな)

苗ではなく、種をまいた方はこのくらい。
朝顔の芽

他にうちに咲いている花はというと

まずうちで一番目立つのはこの子
マリカラ
品種名はハイブリットの「マリア・カラス」。
カラスは有名な歌手だけど、大変な悪女だったそうで、
サナダムシ飲んできれいに痩せたって話も知れ渡ってる。
花はとにかく派手で15~20センチの大輪、花ひらの数がなんと60枚近く。
迫力たっぷりな色気満タンの厚化粧の外国の女性をほうふつとさせる。
(ソフィア・ローレンとかか?)

香りはなかなか素敵で、小さめの花を数本室内に飾っておくと半日でいい香りが満ちている。

室内マリカラ

これはミニ薔薇なのだが、10年過ぎるとミニとはいえないほどデカくなってしまった。
名前は忘れたが、キンダーなんとかという。キンダー

でもミニ薔薇は枝が短く花瓶に生けてもぱっとしないのだ。
香りはないかな。
キンダー室内

他に適当に咲いてくれている子たち。

8年目くらいのクレマチスだが、今年はもう終わり、しかもそろそろ年か、痩せてきている。
終りのクレマチス

2年前に母の日に買ってもらった星型ゼラニウムが満開
星型ゼラニウム

雑草化している金魚草とオキザリス、オキザは鳥が運んできて庭じゅうに咲いている。
適当に咲いてた

今年の夏に向けた対策のひとつとしてオーニングもしてみたが、これよしずより見た目がグッド。
オーニング

(おまけ)

オーニングの下でくつろぐ2匹のわんこ。くつろぐ二匹

花の写真を撮る私のまえにわんこの鼻わんこの鼻

う~ん、自己満足でいい気分。にこにこ

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食いたくないなら食わんでいい

出来事から
05 /20 2011
都内の病院に通院してきた。
朝8時半に家を出て、帰宅は午後6時。
加えてこの暑さ、疲れないでいる方が無理と言うものだが
それでも頑張ってご飯を作ると、うちのダンナがこう言った。

「うわっ、なんだこの米、合宿所で喰うメシの味がする!」

私はコメにあまりこだわりがないので、今日炊いたコメは
山形の「つや姫」という品種だったが
ダンナの感想はこてんぱんであった。

つやつやして柔らかくておいしいお米だと思ったのだが
ダンナにはこれがいわゆる「標準米」の味に思えたようだ。

最初言われた時には笑ってすませられたのだが
一口食べるごとに「民宿の米」「学生時代に喰った米」
「食べたいだけ食べさせればいいって米」「とりあえず食ったという米」と
その表現が次第に感じ悪いものになっていったので
こっちもだんだん嫌~な感じがしてきた。

「安心して。このお米がなくなるまではこの美味しい合宿所のお米が食べられるからね」
と悠長に微笑んで優しく言ってあげると

「えええええっ」と大げさな声をだしたのち

「すいません、女房がつや姫とかいう米買ってきたんで
おいしいお弁当食べさせてください、って頼もうっと」。
(ダンナは子供たちにスポーツを教えるボランティアをしているのだが
お母さん方がいいお弁当を出してくれるらしい)

「そうネ、そうすればよろしいんじゃないっ!
稼ぎが悪いから高い米買えないのねって思ってくれるわよっ!」

「ねぇ、この米さ、チャーハンとかチキンライスにして使ったら?」

「いいえ、ちゃんと炊いてたべます。
食べたくないなら食べなくて結構」

ちょっと気に食わなかったのでダンナの酒瓶に塩ぶちこんでやろうかと思ったが
クリスチャンなのでぐっとこらえて見逃してやった。
もちろん明日もつや姫を炊く。
当然。
食いたくないなら食わんでいい、と本気で思う夜であった。
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眠くて本が読めない

読んだ本の感想
05 /25 2011
寝付きが良くて良くて困っている。
夜横になれば10分もたずに寝入ってしまう。
お祈りをするべく指を組んで「天のお父様・・・」とやりはじめたつもりが
気がつけば眠りこんでいて朝になっていたりする。
たまにならいいが、ほぼ毎晩それなので困る。

眠る前のお祈りが出来ないのはクリスチャンとしてはかなりヤバイ。

それともう一つ、非常に困っているのが本が読めないことである。
私の枕元にはいつも数冊の本が置かれているのだが
ここしばらく手に取ることがあっても
ページの間に指を挟んだまま眠っているばかりでちっとも先へ行くことが出来ない。

先日本棚の整頓をして昔感動と涙のうちに読んだ
カール・ヒルティの「眠られぬ夜のために」を枕元に出して再読したいとは思ったが
「眠られぬ夜」なんてものがほぼ無くなっているので
再読はできない気がしてきている。

面白くって気がつけば朝、などという書物に出あえたら
気がついたら眠っているなんてことは、なくなるのかもしれないが
最近のところ眠気に勝てる書物には出あえていない。

ああ、夜にきちんと本が読みたい。
きちんと本が読みたいならネットなんかせずに眠ればいいのだが
それが出来ないのでさらに困っている昨今であった。

現在枕元にある本
「ブリキの太鼓」ギュンターグラス 全3巻
「南仏プロヴァンスの12カ月」ピーターメイル
「ヨセフの見た夢」遠藤嘉信
「ツチヤの口車」土屋賢二
「剣岳点の記」新田次郎
「眠られぬ夜のために」ヒルティ全2巻
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ダンナが臭い

いろいろ感じたこと
05 /26 2011
朝、台所で朝食など作っている頃、ダンナが二階から下りてくる。
もちろんパジャマのままである。
ダンナが一歩キッチンに入ると、むわ~~~んと臭って来る。

下水くさい臭いがする。
おならくさい臭いがする。

あれが加齢臭だとすれば、とんでもなく恐ろしいが
調べて見ると加齢臭はそんなものではないそうだから
どうやら口の臭いみたいである。

まぁ当然かもしれぬ。
タバコはラークを日に一箱以上吸っている。
酒は日本酒とワイン、ときにビールも加わるうえに
寝る前にはワインをでかいグラスに入れて自室に持って上がる。
もちろん歯磨きのあとで飲むのである。

言っちゃなんだが寝床で酒を飲むなんて、ほんと下品かつ無知蒙昧な習慣だ。
健康にも口腔面にも極めてよろしくない。
ダンナの父親が同じことをやっているから彼もこうなったのだろうが
この口の臭さがこれと無関係とは思われぬ。

今朝の朝食は味噌汁と卵焼きだったのだが
ダンナの残した卵焼きを食べてしまう気にはなれなかった。

あの口と糸を引くような接吻をしたことがあったとは
あの口が私の体を舐めまわしたことがあったとは
今は夢だったような気分がする。

ダンナを嫌っているわけではないが、
彼の肉体に、特に粘膜関係のふれあいを欲したいとはつゆ思えない。

これまで「くさい」と言ったことはなかったが
今朝はあまりのどぶ臭さに「くさい」と言ってしまった。
するとダンナも「うん、下水くさい」と言った。

まさかわかっているのかと思ったら
「どこかの下水が詰まってるんじゃないか?」と続いたので
自分からの臭いだとは気付いていないらしい。
一度ことばにしてしまったで、もう言ってしまえと思ったから
「臭いのはパパちゃんだよ」とはっきり告げてやった。

しかし「いや、洗濯機の周囲がくさい」だの「トイレが臭いんだ」とか
自分だと認めない。

いずれは認めざるを得なくなる。
これは間違いのないところだ。
歯医者行け、そして寝床で飲むのを即刻やめよ。

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