母の話

いろいろ感じたこと
09 /09 2011
私には認知症の母がいる。
母は地方都市から父と駆け落ちして以来東京で45年ほど暮らし
父の死後は私が引き取り、今現在は近所のグループホームにいる。

病院は数駅先の認知症専門病院であるが
ここ半年ほどは母の体力が十分でないため病院にも行けず
ひたすら私が認知症のための薬をもらいに行っていた。

その母を、今日は久しぶりに病院に連れていくことができた。
娘がアルバイトを休んで車に乗せて行ってくれたのである。

正直に言って、去年免許を取ったばかりで
まだ500キロ少々しか運転したことの無い娘の車に乗っていくのは
多少の勇気と忍耐が必要であるが

80歳になって、非常に歩みの遅くなった母を病院に連れてゆくには
車は誠にありがたいものであった。

認知症ながら母の口は素晴らしく達者であり
話している限りではピンピンしゃんこらしているように思えるのだが
歩きだすと100メートル行くのに10分はかかるのではないかというほどに遅い。

ライン


私が小学校前の小さな小さな子供のころ、保険の外交員をしていた母は
自転車の後ろに私を乗せてずんずんずんずん走って行ったものだ。
途中古本屋で古い少女フレンドを買ってもらって
私はその本を大事に持ちながら
母の回る得意先の玄関や、保険会社の机でその漫画を読んだ。
楳図かずおの「へび少女」が連載されていたのをしっかりと覚えているのは
その漫画を大人が覗き込んで「怖くないの?」と聞いてきたからであろう。

あの頃の母はいつもはつらつとして、元気だった。
家は貧しくて、私は幼稚園にも行けなかったけれど
自転車に乗ってあちこち動いていた母は仲間とよく笑い、生き生きして、
子供心にもなんだかまぶしかった。

私を乗せて自転車をすいすい漕いでいた母の足が
今ではまるで幼子のようによちよちと歩む。
私は母の手を引き、なるべくその歩みを合わせようとするのだが、
どうしても母を引っ張るような形になってしまう。

背もずいぶんと小さくなった。
母は孫娘に何度も「大きくなった」という。
もうその問いは何百回聞いただろうか。
以前は戸惑ったり悲しんだりした孫娘も、今はだいぶ慣れて、聞かれるたびに何度でも答える。
「うん、大きくなったよ」

「でも、おばあちゃんは小さくなったよねぇ!」
話題を変えるために私がにぎやかに割って入る。
自分の話になると母は必ず乗ってきて「そうなのよ!」と
またひとしきりべらべらとしゃべりだす。

ひとしきりしゃべらせて、相槌を打っておくと大抵締めに
「いい時代だわよねぇ」 「私たちのころは戦争だった」がくる。
母が正常だったら、ちょうど朝の連ドラ「おひさま」と同世代で、
きっと楽しく見られたのだろうなと思う。
ああでもない、これは違う、とかいいながら見ていたことだろう。

母はとてもきつい性格だったが、とても陽気で大きな声で笑い
人を笑わせ、とことんふざけるのが大好きな人だった。
認知症になってもまだ、その部分は残っていて、私や娘が笑うと調子に乗ってどんどん話を大きくし
身振りが入り、ついには席を立って踊って見せたりする。
今日もこれを病院の待合室でやっていた。

ライン

「グループホームにお入りでしたよね」
「いいえ、どこにも入っておりません」
「ではお住まいは?」
「一人で暮らしております」
「そうですか」
「ええ、娘が近所におりますから」
「皆さんと仲良くされてますか」
「皆さんというほど周りに人はおりませんが、まぁ普通にしております」
「生活にご不自由はございませんか」
「ええ、一人で買い物も食事の支度もできますから」

これは精神科の医師と母の今日の会話である。
もちろん母はグループホームに入っていて、身の回りのことは全部ホームにやってもらっているし
お金は持たされていないので買い物にはいかない。
これは「作話(さくわ)」という認知症の症状のひとつであるが
これをしている時の母は「嘘をついているわけではない」。
母の中では全てが曖昧模糊として、定まっていないので
自分が持っているイメージがこのときは口に出たのであろう。
ここで真実を追究したり、訂正をさせたりするのは
母の精神を刺激することになるので、「そうですかそうですか」と言っておけばよい。

どこまでが作話で、どこからが真実なのかは、母自身にもわからない。
「帽子が盗まれた靴下が盗まれた」と言うのを真に受けて
ホームに文句を言ったりしたことがあるが母の思い込みだったり
逆に母の引き出しから他人の手袋が出てきたりしたこともある。

笑うししゃべるし、話は一応できるが
そこに真実でないものが混然一体交じり込んで真偽を定かにはできない。
これがかつての母を知る身にはかなり応える。
母とはもう二度と筋道立てたきちんとした内容を話すことはできないのだ。

認知症は誰に起きてくるかまだはっきりと解明されてはいない。
母の身内には年を取ってボケた人は一人もいなかったが、母はボケた。
だからうちの親は大丈夫だ、私は大丈夫だなどと考えぬ方がよい。

そうなると、するべきことがある。
たくさん家族と話しておくのだ。
話さなければならないこと、知っておいてほしい事や語っておくこと、
少々突っ込んだ真面目な内容も、伝えるべき人に伝えておく方がよい。
気がつけば、親が、兄弟姉妹が、夫が、もしくは自分自身が
過去を忘れ、話したい事を忘れているかもしれない。

たくさん話しておこう。
特に一番大事な言葉、
あなたを愛していると、大事に思っていると、きちんと伝えておこう。
頭の中に霧がかかってこないうちに。

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妖怪好きにすすめる

読んだ本の感想
09 /10 2011
妖怪好きは子供のころからである。
なにせ物ごころついたころにテレビでは「悪魔くん」をやっていたし
「ゲゲゲの鬼太郎」や「怪物くん」「妖怪人間ベム」と今や伝説ともいえる
超メジャー妖怪アニメの全盛期であったのだ。
 

妖怪漫画は今でも好きだが、次第に妖怪の内面やら
時代との軋轢やら、妖怪と人間の恋やらエロやら
わけのわからない複雑さを呈してきたので
このごろは愛読している少年ジャンプの妖怪漫画もパスしている。

なんといっても妖怪は妖怪然としているべきである。
まちがってもパンチラしたり、人間に捕まって縛られたりしてはならん。
そもそも人間と同じ思考をする生き物に「妖怪」などという
名誉ある名前をつけてはならん。

ちなみに今日書きたいのはアニメや漫画ではなく小説の話である。
妖怪を描いた小説はあまた存在するけれども
私が自分の好みで買って読んだ限りでは、ちゃんと小説という名称を与えてよいのは
京極夏彦の分厚いミステリー小説たちくらいであろうか。
(あくまで私がこれまで読んだものに限っているので違うことも往々にしてある)

あのおどろおどろしさと鬱陶しさは妖怪の持つ不思議と恐怖を強調して
実に重たい。(本も重たい)
だいたいにおいて京極氏の妖怪は人間と関連して描かれていて
最終的に人間が妖怪の仲間入りをするような形で終了するのが興味深い。
しかもほぼ救いがないのも、妖怪的によろしい。
(豆腐小僧だけは別、あれは笑える妖怪物語)
  

東日本大震災のボランティア基地となって、この数カ月よく名前の出ていた岩手県遠野地区は
ご存じ柳田國男大先生の名著中の名著「遠野物語」のあの遠野である。
妖怪好きで本書を読んだことの無い方は、ぜひとも読まれるべきである。
できれば国語の成績のよろしい方にお勧めしたい。
なぜなら柳田氏の用いた文語が、一級品の美を備えているからである。
短い日本語に存在するリズムと音節の素晴らしいバランスは
妖怪を語る内容を時に切なく時に厳しく、それはそれは格調高く描いている。
まさに「これを語りて平地人を戦慄せしめよ」である。
できれば旧字体のものを読んでいただいた方がよろしいが難しいだろうか。
 


ここ数年、若い女性がにわかに妖怪好きになった背景に存在するのが
畠中恵「しゃばけ」シリーズの存在である。
私もむかし何気なく本屋で買って、あまりのおもしろさにファンになってしまった。
これは京極氏のものとは対極にあり、登場する妖怪はとてもフレンドリーで馴染みやすい。
シリーズの冊数が増えていくごとに次第に飽きが来たのと
慣れ過ぎて単純に時代劇を読む心持で読み始めるようになったがために
作者の技量の未熟さが目に付きだして、
(宮部みゆきや、山本一力などの時代劇を並行して読んでいたせいだ)
いまは進んで購入したいとは思わなくなった。
シリーズ化してだれだれになりつつあるが、せめて妖怪と人間の思考のずれだけは
妖怪小説として死守してほしいと今も願っている。
それでも面白いことは間違いがないので、時間が余っている時などに読むのは
重宝だし、まずはお薦めしておく。


このごろ読んだ変わり種は文庫化して買いやすくなった「鴨川ホルモー」である。
これを妖怪小説と言っていいのかと言うと、言っていいと考える。
主人公ほか京都の学生たちが操るのは「オニ」であって
「オニ」はどうしたってこの世のものならず、
人間の思考の範囲外の行動を取るところも妖怪の描き方としては好ましい。
この妖怪たちは滑稽でかわいい半面、
その実非常におどろおどろしい部分を持っていて、
前半が畠中系妖怪、ラスト直前には京極系妖怪と分けられる。
だが全体的に見て、これは妖怪小説でもあるが、青春小説でもあるので
妖怪に興味の無い人々にもまぁ薦められるような気がする。

   

一番最後に昨日読み終わった妖怪小説を上げておくが
「もののけ本所深川事件帳オサキ江戸へ」という。
なんでもこれはこのごろ人気のある「もののけ本所事件帳」という妖怪シリーズだそうであるが一読して、
別にシリーズを読もうと言う気にはならなかった。
これは完全にライトノベルであるので、読みやすいのは確かである。
だがこのレベルのものはインターネットの中に探せばちょこちょこと見つかる。
「このミステリーがすごい」という有名な賞の最終選考に残ったのだそうだが
これで最終選考に残ったのだとすれば「このミス」の中身は
ポプラ社の小説大賞と同様、あまり信用しない方がよいのではないかと思うのであった。
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そういうことを平然と書くな!

いろいろ感じたこと
09 /11 2011
嫌いだ、適当なことを平然と書いて人心を惑わす人たちが。

なにが嫌いって人の弱みに付け込んであれこれ垂れる奴が嫌いだ。

「こうすれば病気は治る」「こうしないから治らない」とか
とくに得体の知れぬ新興宗教に絡めて偉そうにしたり顔で語るような輩が嫌いだ。

ブログ村でも平然とそれを書いてる人がいるが
わらにもすがりたい人が、本当にそれにすがって亡くなったり
病気が悪化したりしたらどうするのだろうか。

たとえば○ーカワ○ューホーのことを書きたいのなら
主婦ブログ系カテゴリではなくて宗教系に移ってほしいものだ。
教育→思想・哲学→コー○クノカ○ク、ほらちゃんとあるぞ。

私は宗教組織の頂上に人間が君臨し、それを崇拝せねばならんものは一切信じない。
誰の生まれ変わりだと言おうが、一切信用しない。徹底的に。

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ダンナの引き出しのエロ小説から

いろいろ感じたこと
09 /14 2011
ダンナのたんすの引き出しにあったフランス書院のエロ小説をざっと読んで感じたこと。

なぜオスはこんなにGO-カンしたがるのか。

ダンナの買ってくる本がGO-カン系ばかりなのかもしれないので
それが主流とは思いたくないが
必ずと言っていいほどGO-カンが出てくるような気がする。
で、これがまた大抵の場合、やられた女がやった男の言いなりになって
なんだか奴隷みたいな処遇に甘んじるようになってしまう。

GO-カンした女を奴隷化するほどのイチモツと
大変なテクを持つオスになりたいとの夢を
ごく普通の一般のオスは持っているのだろうか。

持っていないと願いたいが、持っているのだろうなぁ、深層では。

ダンナがむかしポロっと言った言葉を私は今も覚えている。
戦争中に、兵士が一般市民をGO-カンした映画を見ていたときであったか。
「・・・・戦争でどうせ死ぬとわかったら、やりたいことなんでもやるもんね」

あのときは正直ぎょっとした。
うちのオスもGO-カンしたがっていることを告白したのだと
私は理解したからである。
そういえばかなり前とある議員や大臣が「レイプするくらい、元気があっていい」とか、
ものすごい言葉を吐いて女性からの怒りを買ったが、
これも世にある一般のオスのGO-カン欲求を当然視したものだと考えられる。

こういう話をするときに避けられないのが種の保存本能についてである。
大概の動物の「女欲しい」という切実な行動は
種の保存ゆえの大切な行動であってDNAに刻まれているのだ、などと
動物行動学学者はばっさり言ってのける。

一方動物のメスは普通DNAゆえに妊娠のためにのみ発情するようになっているが
人間のメスは年がら年中発情期自在である。
この自在発情期は人間の進化のゆえだそうだが、だとすれば人間とはなんと悲しい生き物なのか。

他の哺乳類のようにメスが一人で子を育てることが出来ぬから
人間のメスは発情自在になったという人がいる。
オスは基本的に発情自在であるから発情自在のメスが相手なら
いつでもヤレて、一緒に暮らしていけるというわけだ。

という風に考えていくとオスは
10か月そこらに一度しか発情しないメスとだったら
一緒に暮らす道は選ばないということになるのか。
ああ、種の保存とはなんと極限の選択をしてきたのだろうか。

ここでふと思うのは、最近現れた「その気を持たぬ」男子たちの存在である。
草食系とかそういうハンパレベルではなく
「女の子にもてたい」とか「一発やりたい」とか
そういった感情を一切持たない男性たちが現れてきているのである。

彼らは結婚年齢となっても結婚しようとしないし
実際結婚してもやるべきことはしない。
女の子を友達に持つことはできても「恋」や「性」の対象として見ることができないため
行為に及べないのだそうだ。
彼らは外見上まったく普通の男の子たちで、おしゃれもするし
スポーツもするし、お酒も飲む。
ただ、恋愛に一切興味を持たないし、恋愛感情がどういうものか
性欲とは何か理解できないのだそうだ。

では生身の体的に「溜まる」のではないかというと
それはきちんと溜まるらしく、排泄は行うらしい。
ここで排泄と言う言葉を使ったのは、まさしくそれが彼らにすれば
耳掃除程度の意味しか持たないからである。
排泄時の彼らのお数だが、彼らはそういうものを必要としないそうだ。
まさに耳掃除、鼻くそほじりのレベルと言えよう。

草食系男子程度なら、女性への興味もあるからまだよい。
しかし上述の性に完全興味なしレベルとなると彼らはもう光合成男子である。
当然こういう男子が増えたら、子供は世の中に現れてこなくなるのだろう。

GO-カンは断固許容する気などないが、
それとは無関係で別種の生き物のような光合成男子が台頭してくれば、人間の世界は終わるかもしれない。
いや、残り少なくなった肉食系のGO-カン夢想男子が一人で100人分200人分の子供を産ませるために
世の中に必要とされるのかもしれない。
うむぅ・・・・・

ああ、またやった。
だらだら書きすぎた。
もうここまで書けばしっちゃかめっちゃかで収拾がつかない。

GO-カン反対、断固重罪に処すべし。
しかし光合成男子には危機感を感ず。


ちなみにダンナのたんすの中では、ときどきこの手の本が増えたり減ったりしている。
収拾不能のまま今日はオシマイ
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エッチはほどほどに

いろいろ感じたこと
09 /16 2011
私のブログめぐりで必ず立ち寄ってしまうのはだいたい3種である。

1、「怒った」「ケンカした」「受けて立ってやるぞこの野郎!」的記事
2、「悲しい」「泣いた」「亡くなりました」的記事
3、「エッチしたい」「エッチした」「エッチうんぬん」的記事

私の人間性を如実に表したチョイスである。
これを見てヒトの不幸やいさかいを覗き見することに興味しんしんで
助平な内容に飛びつく下衆(ゲス)だと思われるのは正解だけれども
少々自分がかわいそうなのでこう表現しておこう。

人間の心理や欲望、およびそれゆえの行動に分析的興味を抱いている、と。
(「分析的」を「野次馬的」と入れ替えてはいけない)

今日語ろうと思うのは3番「エッチ」に関する内容である。
私同様、心理と欲望に分析的興味を抱く人は読んでも読まなくてもよい。

ライン


ときどきこんな記事を見かける。
「もう何年もしてない・したい」「してくれないから狂いそうだ」
「ダンナが下手でもう別れたい」「満たされないまま年を取っていくのはたまらない」
「誰かアタシをめちゃくちゃにして」

・・・・私は下ネタ好きだし、心理と欲望への分析的興味から
この手の題名を掲げたブログは見つけ次第読むのであるが、だいたいにおいてこう感じる。

「なんでそこまで欲しがるのだ?」

特に満たされないまま年を取ることへの憂慮に対しては
その人の旦那様が一般的普通のおじさんであろうかと察せられる場合
激しく嘆く奥様に申し上げたい。

「いや、みんなそんなに満たされてないから(でもそこまで悩んでないし)」

そもそも「満たされる」とはどういうことだろう。
映画や小説にあるように「めくるめく世界を行ったり来たり」か。
あるいは「忘我の世界、絶叫の感涙」みたいなのか。

どんなものにせよ、個人的にそういう世界に引きずり込まれたいとは思わないので
そこまで熱望する人のことは理解できない。

数年前、婦人科病棟に入院したことがあるが
そこでこんな出来事があったので記してみよう。

ライン


そのご婦人Aさんは50代半ばであった。
お嬢さん二人はもう成人で、息子さんは十代後半であった。
ご主人は8年ほど前に出奔して別の女性と生活を始めていた。

Aさんは子宮筋腫の手術をするために入院していたのだが
筋腫は複数で大きく、子宮全摘出せねばならなかった。
普通50代半ばで、お子さんも3人いるAさんの場合
当時は開腹して子宮を摘出するのが一般的になされる処置であった。

しかしAさんは開腹手術を拒絶した。
開腹よりも膣から全摘出する方法を望んだ。
腹腔鏡手術は開腹手術よりも体へのダメージが少なく回復も早い、
だからであろうと思われるかもしれない。

だがAさんの理由は違う。

恋人の存在である。

手術痕を体につけたくなかったから、膣式による腹腔鏡手術を願ったのだ。

巨大な筋腫によってかなりハードルの高い手術となったが
医師はなんとかそれをやり終えた。

Aさんは言った。(自慢されたと言うべきか)
「私くらいの年齢になると子宮口が固くて引っ張りだせないらしいんだけど
私のは柔らかくてなんとか出せたんだってさ。
普段から使ってると年とらないのかも」

子宮口を普段から使うとはどういうことか、
もうそれは普段からよく「致しているから」ということであろう。

「どうしてみんなもっとしないの? あんないいものを」
Aさんはごく自然な口調で不思議そうに言った。

「あんないいもの」ってどんなものなのさ! 
と病室の誰もが思った瞬間であった。
ちなみにAさんの恋人は20歳以上年下の30代になったばかりの男性であった。
よくお使いとの理由も察せられる。

「セックス・アンド・ザ・シティ」と言う映画を見たとき
Aさんの姿雰囲気と「アレ大好き」なサマンサがあまりに似ているのに驚いたことがあったが
病室でもCSIなどの海外ドラマDVDを見ていたAさんは
たぶんセックス・アンド・ザ・シティのサマンサのイメージを自分にかぶせて
いつしか雰囲気を真似をしていたのだろうと思った。

ライン

別に「アレ大好き」でも構わない。
ただ、アレ中心の思考はあまり好みではない。
アレに振り回され、アレなしでは生きていけないとか
狂うほどにアレしたいとか、アレあってこその人生だとか
そういうのはむしろ遠慮したい。

最近知ったのだが、ウテルスセックスと言うのがあるのだそうだ。
恐ろしい事にそれは子宮口の中までこんにちは、するアレなのだそうだ。


おなかの中の赤ちゃんに聞きました。
「おなかの中はどんな気分ですか?」
「秋の気分です」
「へぇ、どうしてですか?」
「ときどきマツタケが生えてきます」


・・・・秋を春、マツタケをツクシに変えるバージョンもあるらしい。
まぁどっちもでいいが、こんな小話が昔からあるくらいだから
かなり以前からウテルスなんとかはあったのだろう。
本当かどうか知らないが、ものすごくいいのだそうだ。
Aさんもご存じだったのかもしれない。

しかし、そこまで深いりするのは(まさに深入り!!!!)危険ではないのか?
婦人科の診察だってきっちり消毒した器具しか入れないのに
それをアナタ、あんなものを入れるなんて少々不潔な気がするではないか。

あそこはそこまでの道筋と違って自浄作用とかそういうものは
存在しないのではないのだろうか?
もうあそこは内臓だぞ。
感染や炎症を起こしたらどうするのだ?

まったく、人間のあくなき快楽追求にはきりがない。
いい加減のところで満足し、自らストッパーをかけなければ
どんどこどんどこ行ってしまうだろう。

なんでもほどほどが一番である。
なくてもニコニコ笑顔でいられる夫婦関係なら、それで十分な気さえするのであった。

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大人になったピアノ

いろいろ感じたこと
09 /20 2011
私が彼女を産んだとき、
彼女の左手の5本の指のうち4本は先端ががマッチ棒の太さほどしかなく、
そのうちの1本を除いては第一関節が曲がるようにはなっていなかった。

それは多分、私が胎児だった彼女の成長を妨げたのが原因だ。

私は妊娠を告げられたと同時に、産科の診察室から病棟に移され、
そのまま産後1か月まで入院した。
入院中は一切の食事を止められ、栄養補給には高カロリー輸液
流産早産抑制のためにはウテメリンと、
24時間常に二本の点滴をぶら下げながらお産までをすごしたが、
それによって私が激しいストレス状態に陥ったことと、
それほどまでしても各所に現れる肉体の不調によって
胎内の彼女に与えられたのが決して過ごし良い環境でなかったのは当然であろう。

彼女は37週で私のお腹からこの世界に取り出された。
2000グラムを切るほどの小さな子だったが、胎内で飢えた意識を受け継いだのか
食欲は旺盛で、生まれて半年後には標準体重を上回る子に育ってくれた。

しかし私のなかで味わった苦痛は彼女の指に生涯残された。
小児整形の有名な医師にも通った。
手術が出来ないことはないとも言われた。
しかし手術して指の関節や太さは整っても、それがきちんとは動かないだろうと説明された。

私は手術をせぬことに決め、4歳になった彼女にピアノを習わせ始めた。
少しでも左手指を動かす練習のためにはピアノが一番だろうと考えたのだ。
夫ではなく私が単独自分の貯金でピアノを買った。

彼女が小学校3年生になるころまで、私はピアノの教室について行った。
彼女は決して音楽好きな子ではなく、リズム感の優れた子でもなく
仕方がなしにピアノをやらされていたので、
当然のように一時期大いにさぼりはじめたことがある。
私は激怒して彼女をたたき、怒鳴りつけ、泣かせ、ピアノを決して辞めさせなかった。


音楽大学に行かせるとか、上手になってほしいとか、そんな気持ちは一切なかった。
生来細いうえに曲げられない左手指の訓練のためにピアノを一生続けてほしいという私の勝手な願いのゆえに
彼女はたたかれ、怒鳴られ、泣いて怯えて、無理やりピアノに通わされた。

習っていた同学年の子たちが中学生になって辞め、
残っていた子も高校受験で当たり前のように辞めていき、
音大受験の子以外の同年輩がほとんどいなくなっても、彼女はピアノを続けた。


15年。
彼女の左手指3本の関節は相変わらず曲がらないし、
右手に比較して左手全体が数センチも小さく、左手だけが子どもの手のようだ。
しかしピアノのおかげでマッチ棒の太さだった左手4本の指の先端は
標準の太さよりやや細いくらいまでになってくれた。

15年間習ったにしては、彼女はショパンも弾けないし、年数の割には上手ではないかもしれない。

それでも昨日、発表会で聞いた彼女のピアノは、もう大人のものになっていた。

発表会のたびに
傍らでびくびくドキドキが伝染しそうなくらい緊張していた子供のころの彼女は
もういなかった。

堂々と顔を上げてステージに立った彼女。
いくつかの間違いはあっても、少しも怯えや焦りを見せず、力強く一気に引きこなした彼女。

彼女はもう子供じゃない。
もう、大丈夫だ。
もちろんまだ迷いも失敗もあるだろうが、彼女はもう一人でなんとかやっていけるだろう。

子供の時のように私が頭ごなしに彼女を叱ったりすることは、もう、ないだろう。
私は彼女が誇らしく、うれしかった。

そしてほんの少し、ほんの少しだけ、さびしかった。

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順位なんか糞食らえ

いろいろ感じたこと
09 /22 2011
私はブログ村というものに入っているのであるが
村を散策しているといろいろ考えさせられることがある。

人間はどうしてこうも順番や順位付けにムキになるのだろうか。
ある犬種のブログで、長いこと1番人気だった人の記事がさがったとかだが
代わりにトップになったブログには何通ものイヤミの書き込みが寄せられているのだそうだ。

書き込みされた側も「順位とかそんなこと興味ありません」と書きつつ
「ポチしてね!」としっかり書いているのは、要するに負けたくないということなのだろう。

ライン

子供のころから私たちはいつも順位を付けられてきた。
家ではお父さんお母さん子供の順番、子供のなかでもお兄ちゃんお姉ちゃんが上になる順番。
学校に行けばもちろん順番。
体育ではかけっこが早い子と飛び箱が飛べる子、鉄棒がうまい子は上位になって
足が遅くて鉄棒も飛び箱もダメな子は下位になる。
テストの成績がいい子はもちろん上位。
ダメな子は下から数えたり。

ここ数年子供間の競争をよく思わない変な親が意見するのか
運動会にかけっこなし、とか学芸会ではわき役なしとか
「みんなが同じ」「みんな仲良し」「みんないい子」「みんなお利口」ごっこを
演出していて鬱陶しいし、病的だ。

かけっこなしで運動会が盛り上がるわけはなく
走ることだけがとにかく好きで得意という子を集団でいじめているような傾向は
絶対に大なる間違いであると断言する。
また、全員が主役を張っている学芸会は馬鹿げている。
桃太郎が20人ぞろぞろ登場するような劇は、ほのぼのするどころか
わがまま親子のバカを助長しているだけだ。
そんな学芸会をするくらいなら、辞めてしまえと思う。

「みんな同じで競争なし」にまで持って行こうとする親たちの真意はたぶん
「うちの子がビリになるなんて、わき役になるなんて、絶対ダメ!」という危機回避手段である。

「だからみんな主役よ!」と能天気なことをやって良しとしているつもりだろうが
逆に「ビリ→ダメ」「一番→偉い」という認識を
破棄したつもりで要するに強調していることになるのを
親たちは気がつかないのだろうか。

そんな教育を受けてきたが最後、
子供たちは「一番になれない」ことに幻滅して鬱になったり
「主役になれない」と泣いて自殺未遂することだって、「あるあるある」のではないか!

競争というものの醜さやいやらしさは、確かに世の中にうれしいものではない。
だがそれは常に厳然として存在するのであって、どんなことをしても決してなくなりはしないのである。

ライン

蓮舫議員がかつて「なんで二番じゃいけないんですか?」という疑問を口にした折
世の中にはずいぶんと反発や怒りの声があがったものだ。
1番を目指して血涙努力を続けないとモノにならん、最初から二番を狙う馬鹿はいないなど
世論のあまりの剣幕に「さようでございますか」と言うしかないわけだが

「1番を目指さないでなんとするか」というのは正論のようで正論でない気がするのは私だけなのか。
奮励努力は大変結構であるし、立派なことではある。
国力充実とか世界に先駆ける意味とか、そのような大義名分を掲げているのも
私だってわからなくはない。

だが・・・・・これだけ日本中に災害被害や死、放射能被害などの測りがたい恐怖が
溢れているこの今を見ると、
国力充実だの、世界の先駆け開発だのと言った言葉が極めて虚しく
極めて遠く、感じられるような気がするのである。

満潮のたびにひざ下まで水があふれ続けている災害地に住む人々は
これからどう処していくべきだろうか。
家を失くし職を失くし、家族を失くし、お金も持たない人々は
まだ長い年月、何を支えにどうやって生きていけばいいのか。
作業する多くの人々の健康を犠牲にしながら放射能をいまだ完全に閉じ込められもせず、
その被害さえ予測不能で、私たちはこれからどう対応していけばいいのか。

ライン

私は常に近視眼的で、世界の情勢や未来への計画は見えないけれども
今日のご飯が食べられなくて、だが世界の先駆けの開発だなどと言われたら
激怒して泣きわめいてしまうかもぬ。

競争がなんだ。
1番がなんだ。
勝利がなんだ。
人間の勝利など天から見ればゴマ粒みたいなものだ。

話が大きくなりすぎて頭が痛くなりそうだから、元に戻そう。


かけっこで一番が取れない子には親として与えるべき言葉は山のようにあるだろう。
「すごくがんばったねぇ!」
「もう最高にかっこよかったよ!」
「いっぱい走ったからお弁当がすっごくおいしいくなるよ!」
「ママとパパにはあなたがいつでも1番だから!」

本当の愛情と真実の笑顔の前には順位など屁のつっぱりにもならぬ。
人間はその意気で存在していくべきであろう。


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書かないことの方が多いのさ

いろいろ感じたこと
09 /23 2011
「文は人なり」という言葉がある。

まぁ、だいたいのところで「文は人なり」ではあると思うが
人の100パーセントが文に現れるわけではない。

「大変な感動作」を書く人が作品のように感動的な人柄であることは
古今東西非常に希有であると存ずる。

文のなかに人の片鱗が見えたり感じられたりすることは多々あるが
書かれていない事柄が人間にはあるのだと言うことを
読み手はある程度認識しておくものだ。

少し前、小さな子どもさんに関するブログを書いていたお友達がいた。
その方はとにかく優しくて、子供さんのわんぱくをだいたい許してしまわれたのだが
ある日子供さんは米櫃をひっくりかえして、なおかつそこに泥団子をいれてしまった。

ブログの主は「おやおや困った」という感じで書き、
いつものように穏やかに笑いを誘う形でその日のブログを終えていた。
ある読者がブログ主さんに噛みついた。
だいたい予想がつくであろう。
なぜ子供をしからないのか、食べ物を粗末にしてはいけないときちんと教えるべきである、
そんな育て方をしていては恐ろしくわがままになるぞ、といった内容である。

ブログ主さんはいつものように「困りました~、気をつけます」で済ませてしまったのだが
一人の読者が援護の書き込みをした。

ブログ主さんが農家の出で、お米を粗末にするはずがない
書かれていないだけできっとお子さんをしかっているに違いない、などである。

ブログ主さんは感激したのか長い返事を書いていた。

お米はふたりで最後の一粒まで拾い、二人で泥を落とし全部洗いました、
たくさんありましたが何度かに分けて、ご飯を炊きました、
食べきれないので冷凍室がいっぱいになりました、
一生懸命育てたお米を泥まみれにされて、農家の人はとても悲しいだろうこと
食べてもらえなくなったらお米がかわいそうだということを息子に話しました。
(坊やに向かって)きみのごはんは、
お米を作ってくれる農家の人や、炊飯器を作ってくれた工場の人や
電気を通してくれた会社の人や、お茶碗を作ってくれた人がいて、
はじめてここにあるんだから、きみはみんなにありがとうをして
ちゃんとありがとうで食べなきゃいけないんだよ・・・・・・と。

人のコメント欄を見て、「ずん」と感じ入ってしまったのは、その時が初めてだった。
書かれていなかったら、私はこのブログ主さんの深さを、気付かないままだっただろう。

その時から私は「行間にこそ人のあれ」
「書かれぬものとて人ぞ持ちたる」だと認識するようになった。


追伸:
前々回のピアノの記事に「ほぅ」と思って再訪してくださった方が
前回の「順位うんぬん」の記事に「げっ」となさってしまわれたのだが
申し訳ないが、「ほぅ」の記事風の思考のみで私が出来上がっているわけではないことを
最後に書き加えておくことにする。

「美しきことも述ぶれどあさましきわれに流るる毒のみなもと」


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ブログの存在意義とかを適当に語る

いろいろ感じたこと
09 /24 2011
私の書くブログの存在意義ってなんだろうか。

ニュースやトレンドを発信するでもなく
鋭い論点で語ったり、時代を先取りした意見を開陳するでもなく
地域の情報を伝えるわけでもなく

50前後の女が得意げにあれやこれやと
ちっとも重要でない事柄を 「どや顔」 で語っているブログ。

「きちんとした骨格なし」「しっかりした肉づきなし」「ベースの粗末を化粧でごまかしている」
かのような極めて適当な私のブログ。


いったいなんなの、この中身の無さは

・・・・そう思うとブログ書くのがむなしくってしょうがない。

(でも書く)

空しいなぁ、虚しいなぁ、とつぶやきながらブログをザッピングしていたら

「父母会って必要なのか」という記事を見つけた。
子供を持って失った自分の時間、さらにそこへ父母会がねじこまれる、そんなの本当に必要なのかい? 
親だって自由な時間が欲しいんだ、というような内容だった。
「わかるよ、うん、わかるよ、みんなその道を通るんだよ」
と書いてあげればよかったが、
「一番かわいい時期なんだから今は自分のことはあきらめて我慢云々・・・」
とシュウトメもどきなことまで書きそうになったので書かずに過ぎた。


「人気が出たので自分のことがどこかで誰かに書かれているのかも知れなくて、怖い、もう書けない」
というブログがあった。
私は書いてお金をもらっていたこともあるから知っているが、そう、書くってすごく怖いことだ。
読み手にもらえるのは共感だけではなく、反感も中傷も罵詈雑言も
身に覚えのない恨みまで買うことがある。
ブログが全盛期になって、誰でも簡単に書いて世に流すが、
言葉は勝手に独り歩きをし、著者の知らぬところで判断され用いられ、評価される。
ネットではさらに最悪の場合、
書いた本人のプライバシーが晒し上げられることにもなりかねないのだし
本当に怖いことも今そこに起こっているかもしれない云々・・・・
と書いてあげればよかったが、脅かすようだし書かずに過ぎた。


かわいい木彫りのお人形の展覧会が紹介されているブログがあった。
あ~、これかわいい、と思いながらきっと高いだろうと値段を想像し、
アフィリエイトではないから値段も書かれておらず、
だからこそ落ち着いて眺めることができた。
しかしこれを紹介した人はハイソらしいのできっと買えるのだろうなぁ、いいなぁ
あ、でも買ってもうちにはお人形を飾れる場所がないや・・・
と書いても書かなくてもいいことを思いながら過ぎた。

その他いろいろ回って結局コメントを何も書いてこなかったのだが
これがいつも意外に面白く、
気がつけばシンデレラがボロボロに戻る時間になっている日々である。


家にいながらにして、私は
見知った友でもないその人たちの喜びや悩みや笑いを教えてもらっている。
内面を語れる友達の作りにくい主婦と言う環境にあり
ただでさえ社会性の欠如の恐れがある私に
ネットをつなぐ回線は、世の中の人々の内面をその一部分でも垣間見させてくれる。

私の自己満足ブログも、そんなふうに、誰かの退屈しのぎになってくれていればよい。
そんな風に考えてやっと、私のブログの存在意義は「ある」と言えるのかもしれない。

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「ふぞろいの林檎たち」的な

出来事から
09 /26 2011
むか~しむかし、「ふぞろいの林檎たち」というドラマがあって
その第一回のことを、私は今でも覚えているのだが、
今日ほとんどドラマそのものの会話を、間近に耳にした。

ライン2


A子は都内の女子大に通っている。

A子の通う女子大学は、それほどお利口さんが集まるところでもなく
かといってお利口でない少女が集まるわけでもない。
しかしながら知名度はかなり高く、
お金持ちではなくても育ちの良いお嬢さん方が、どういうわけか集まっているらしい。

A子はアルバイト先でXという同世代の青年と知り合い
バイトでの飲み会などを通して、
Xの大学の友達とも面識を持つようになった。

Xの友達YはA子に頼んだ。
「Aちゃんの大学とうちの大学で合コンしない?」

A子は迷ったが、とりあえず学校の友人に言ってみた。
「○○大と合コンしないかって誘いがあるんだけど」
A子の友達はみな、少しの悪意もなく首をかしげた。
「○○大ってどこ?」
「聞いたことないんだけど…」
「知らないなぁ」

A子はXにもYにも真実を伝えられず「場所が遠いって・・・」と話を濁すつもりだそうだ。

ライン2

その話を聞いたある人たちが苦笑しながら言った。
「○○大じゃ相手にされるわけないじゃん」
「あんな大学せいぜい××大学とか□□大学とかと合コンやってりゃいいんだよ!」
「○○大生なんか、どうせバカなんだから」


・・・・正直なことを書けば、私も○○大学にはあまり優れているイメージを持ってはいない。
それでも、こんなに笑われて馬鹿にされているのは・・・・やっぱり気の毒だ。
あそこは建物も立派だし、決してお金の安い大学ではないだろう。
親御さんは一生懸命パートしたり、自分たちでは節約して仕送りをしているかもしれず、
そんな風に想像すると、私はなんだかたまらない気持になってしまう。

でも、これが現実社会なのだな。
いまでもやはり、こうなのかな。


「ふぞろいの林檎たち」の主人公たちは
さまざまなコンプレックスを抱えて成長し、
それぞれが世の中というものの複雑怪奇さを経験していく。

三流校と言われながらも、彼らはその学校で出会い友情をはぐくんだ。
そして学校は当たり前に複雑な世の中から彼らを守っていたのだ。
学校とはそういう役目を持つのである。

ライン2

ちなみにA子は、近々予定の合コンにわくわくだそうである。
参加希望者がどんどん増えているのだそうだ。
相手校は六大学ではない。医大でもない。
防衛大学校だそうだ。

・・・・・むかしも今も、女は軍服系の制服に弱い。