朝ドラについてぐたぐた書く

いろいろ感じたこと
04 /03 2012
朝ドラ「カーネーション」が始まった当初は
ほとんど全然期待していなかった。

主人公が、小さな女の子のくせにやけに金にしっかりしていて
いかにも大阪人が喜びそうなその設定に
江戸っ子のワタクシは、そこに子役のかわいらしさを見出せなかったのである。
(厚かましさしか感じられず・・・・)

が、見ていくうちに主人公糸子の強さと根性と際立った前向きさに
驚きや感心を越えて、もはや同性として「かっこいい!」と見惚れてしまい
ドラマが終わってしまうのが惜しくて惜しくて仕方がなかった。

「カーネーション」に関しては、いくらでも書けるけれども
冗長になりそうなので自粛しておく。
とにかくこのドラマを、私が朝ドラを見始めて以来の
堂々1位に上げよう。

尾野真知子演ずる、熱燗飲んでごろ寝してスルメをかじっている、おっさんのようなヒロインが
すばらしく魅力的だったので
続く朝ドラ「梅ちゃん先生」の堀北真希には魅力を感じないだろうな…と思っていたら
彼女自身の細さや愛らしさ、そしてなによりあのおでこ全開姿に
「まぁ、なんてかわいい子!」とニコニコしてしまったのであった。
ドジで明るくて頑張り屋さんというヒロイン設定に
いずれ辟易しないとは言い切れないけれども。

ところで私の周囲には朝ドラをNHKBSの7時30分から見ている人が大半である。
8時からよりも7時半から見た方が、朝の片づけにはありがたいのだ。
が、今朝そのNHKBSに驚きを発見した。

信じられない!
NHKBSはなんと「梅ちゃん先生」の始まる前番組に
なんと「ゲゲゲの女房」の再放送を持ってきたのである。

くっそ、NHK!
もし点けてたら、絶対に見てしまうではないか!
となれば、朝の7時15分から45分までのきっちり30分間
私はテレビに束縛されて、家事がおろそかになること間違いない。

思えば「ゲゲゲ」も面白いドラマだった。
「カーネーション」とは真逆の、「大人しくて、素直で、内気」なヒロインだったが
だからこその「家庭の主婦としての最大限の努力をし夫を助ける妻」の姿が
とてもまぶしく、立派で、教えられる気持がしたものだ。

え、「てっぱん」? あれは実は途中で見なくなった。
あ、「おひさま」? 見ていた時には面白く思ったのだが
いまはなぜか記憶にさえ残っておらん。

とまぁ、朝ドラのヒロインについて語ってしまったわけだが
もう一つ書いておこうと今朝気が付いたのは
朝ドラヒロインの父親についてである。
やっぱり女が見るドラマにおいては父親役は非常に大切だ。

「ゲゲゲの女房」のヒロインの父親役は大杉漣であった。
渋い。背も高い。声も低い。
ちょっと怖くてちょっとひょうきんなお父さん役、す・て・き!!
「カーネーション」の小林薫、これはもうなにをいわんや!
60過ぎてなおあれだけセクシーでチャーミングでかわいい男なんて
もはやこの両巨頭だけ!と言いたいほどである!

(「おひさま」の寺脇康文はカーキー色のジャンパー着て走り出すんじゃないかと)

「梅ちゃん先生」は高橋克実だが、あまり厳格な父ばかりやられると
面白くもなんともないので、少しはかわいくやってほしいと願う。
「男親のかわいい部分」があるだけでも
主婦・妻・娘はきゃっきゃと喜ぶのである。

ちなみに2年後でもよいから
「カーネーション」全編再放送を望むぞ、と書いておこう。


    


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いじけたワタクシの情景

いろいろ感じたこと
04 /08 2012
イースターのウサギがポコポコはねながら、うれしそうにゆで卵を配っていた教会から
桜の花が咲き乱れる道を通って自宅に戻ってきたら
家には留守番をさせられている犬しかいなかった。

娘は夕方からアルバイトだけれど
それまでどこかに出かけたらしく車がない。
夫は日曜出勤して、帰りに近所の温泉施設に寄ってくると言っていた。

こんな素敵な春の昼下がり、
ワタクシは一人自宅で憮然とした。
癪に障ったのでウサギがくれたゆで卵ふたつを、誰にもやらずにふたつとも食べた。

日曜日、夫が家にいないのは、もうとうに慣れてしまったけれど
娘がなんの予告もなしに、男と車で出かけて行くことにはまだ慣れない。

娘が1年半ほど続けたドーナツ屋のアルバイトを辞めて
威勢がいいのが売りのガテン系回転すし屋に移ったのが今月初め。

娘の新しいアルバイト先の寿司屋さんは
学歴より実力、実力よりやる気を掲げて
例えば問題があって学校を途中でやめてしまった子たちを広く受け入れて
一本立ちさせてくれるタイプの会社であった。

かくして、おっとり型のわが娘は
叩き上げの勇猛果敢な年下の同僚の末席を汚し
実力派のベテラン高校生から日々鋭く教えられているのだそうだ。

娘は昨晩こう言った。
「お店はね、私が小中と避け続けてきた世界に属しているみたいなんだ。
体育会っぽいというのか、上下関係とか、人間関係にすごく厳しくて、
教えるところは教えるけれども、甘ったれは許さないっていう感じでね」

娘は昨夜アルバイトから帰宅して深夜の2時近くまで
仕事場での緊張が抜けずに眠れなかったらしい。
ワタクシと夫は、昨夜娘の疲労の色を見たとたんに
「とりあえず笑わせる」「とりあえず慰める」
「とりあえず元気にさせる」「とりあえず応援する」事を互いの暗黙のうちに行って、
娘をリラックスさせようと頑張った。

しかしだ、
結局親が多少頑張ったところで、彼氏との語らいに勝てるはずはないのだな。

「明日、朝にもう一度はいるから抜かないで」
と言われてそのままにしてあったゆうべの風呂の湯もそのまま、
犬の敷物も毛をつけたまま日にも干さずにそのまま、
飲みかけてある紅茶もそのまま、
半分かじった菓子パンもそのまま、
娘はさやからはじけるエンドウマメみたいに、ぽーんと出たのだろう。
恋人に会って、慰めてもらうために。

ああ、素晴らしすぎる天気。
春の歌がそこここで聞こえてくるような。
イースターのウサギが、卵のいっぱい入ったかごを持って
陽気にポコポコ歩く素敵な一日。

ワタクシはあいも変わらず米を研いで飯を作り
洗濯物を畳んで仕舞う。
そして気がつけば肩を落として溜息など。


青春の歓喜に嫉妬しないためには、こっちの日々が充実していないといけないぞ。

娘の好物のハヤシライスを作り、皿にいっぱいよそって食べた。
玉ねぎが甘くておいしい。
少し落ち着いたような気がした。

娘は一度帰宅して、バイトに向かった。
夫はまだ帰宅しない。

春の素敵な一日、まじめで善良な主婦は
やっぱりすこしいじけて、さらに善良な犬どもを率いて
夕方の散歩の予定を立てた。

今宵の散歩は夜暗くなって後にしよう。
しんと静まり返った田舎道を夜桜目指して歩くことにしよう。

ふんふんふん

きっと夜桜はワタクシにもきれい。







夫の浮気を経て現在

いろいろ感じたこと
04 /11 2012
NHKの「あさイチ」昨朝の特集は
起きてしまった「夫の浮気」をどうやって乗り切るか、であった。

浮気されない工夫とかではなく
浮気をされて「人格そのものを否定された」ごとく自信を失い、
傷ついている女性たちをどうやって立ち直らせるのか、
というところに主眼が置かれていた。

番組への意見は1000通を超え
なかには「浮気なんかを朝から取り上げるな、不愉快だ」というものや
「浮気ありき、で話を進めていること自体誤りだ、浮気はあってはいけない」
というものもあった。

見るともなしに見ていて
「夫を100パーセント信じてる」と発された言葉を
私も懐かしく思った一人である。

100パーセントどころか、200パーセント信じていたと言ってもいい。
切迫流産から始まって10カ月まるまる入院していた病室でも、初産の妊婦ほど
「夫は浮気なんかしない!」と信じ切っていた人が多かった。

夫の子を宿して24時間の点滴を受け、強い薬に心臓をバクバクさせ続け、
点滴台とともに動かなくてはいけなくなっている若い妻たちに
「そうやって家を空けてるすきに男なんかね・・・」
と意地悪な注進をする人間はいなかったが

2人目3人目で入っている妊婦などは、
気を使って言葉にしなかっただけなのかもしれない。
もしいま、私が同じ場所に入院していたとしても
つねに動悸を覚え、おお汗をかき、血管を傷だらけにし続ける妊婦たちに
「男は浮気するもんだ」など残酷なことは言わないだろう。

私は病気を持っているので、妊娠出産は相応の計画と覚悟の上であった。
しかしホルモンの関係で心の不安定さも加わって
入院中は非常につらかったし、体の状態はもっと厳しかった。
そんななか、私は夫に浮気をされていた。

夫は私のいない時期と、会社のごたごたが重なって
とても精神的に苦しかったのだろうと思う。

病気の悪化も死も覚悟して妊娠したつもりだったが
実際に肉体の苦痛に襲われると、人間はまことに弱い。
私はすでにボロボロになっていたが、そこへ夫の浮気の発覚である。

あの日、私は夫への100パーセントの信頼を終わらせた。
あの日以降、夫を盲目に慕い、恋しがった覚えもない。

幸運なことに、私は夫の浮気で自信を無くしたりはしなかった。
自己肯定意識だけは異様に強い生まれつきなのである。

私と夫は、その後も結婚関係を続けたが
どの家庭にもあるような諍いやいがみあい、ケンカはもちろん経てきた。
離婚なら何十回も考えた。
満足な金さえくれれば、今すぐにでも離婚を受けるくらいの気持ちもある。

でも夫のことは嫌いではない。
もはや惰性、なれ合いとして嫌いではない。
夫はときどきかわいいし、だいたい平穏だし、ごくまれに優しい。

NHKの「あさイチ」の最後に
浮気をされて傷ついたの女性を長年フォローしてきているNPOの代表が
「夫には、あんまり期待しないことです」と言ってほかの出演者に苦笑を買っていたが、
私も実際そう思っている。

ロマンスも情熱も誠実も、優しさも、夫にはあまり期待しない。
ただ積み上げてきた日常性を尊ぶ意味で、夫を遇している。
なにより実は一番難しい「ふつうの日常」を与え続けてくれたことに
そのために努力を惜しまず続けてくれていることに感謝している。

どうやら「浮気」と男は切っても切り離せない、と私は思っているが
「浮気」だけが男のすべてでもない、とも思っているようだ。
曖昧でグレーな日本人的な結論だが
この年になると、そんな風に考えるようになるらしい。

チューリップとごみ屋敷と母

ガーデニング
04 /13 2012
去年の秋の末に植えたチューリップが咲いた。

チューリップ1

インターネットの安いお店で購入して40球で950円。
オランダ産は使ったことがなかったし
この冬はうんと冷え込んだので球根も凍ってダメになったかと思っていたが
ちゃんと咲いてくれた。

値段が値段だけに小ぶりの花が多いけれど、質より量。
結構きれいなので、満足している。
チューリップの間に咲いている小さな花は黒花のネモフィラ
ペニー・ブラックという。
数年前にこの場所に植えて落としだねで毎年出てくるのだが
黒なのでどんな色の花ともそこそこ相性が良い。

チューリップ2


左隅に咲くパンジーは冬前に植えたが、今年も寒さにも負けず
とてもよく育ってくれた。
顔のあるパンジーはあまり好きではないので、毎年顔なしの単色パンジーを植えていたのだが
この咲きっぷりを見ても、顔のあるパンジーの方が
寒さには強いのではなかろうか。
毎年この時期はすでに丈が長くなりすぎてみっともないのだが
今年のパンジーは丈も大きさもベストだ。
来年これも落としだねで咲かせられるとよいな。

チューリップ鉢1


だぶっていた黄色と紫のチューリップを鉢で育ててみたら
予想の他個性的でモダンな色合わせになって、お気に入り。

チューリップ鉢2


これも2色植えなのだけれど、片方がまだ開いてもいない。
なに色が咲くのだろう。
どちらにせよ、赤色がちょっとくどそうだ。

今日は認知症の母を認知症専門病院に診察に連れて行った。
私の体調がいまひとつなので、大盤振る舞いでタクシーで3駅先の病院まで行く。

優しい運転手さんで、咲き乱れる桜の木々のあるところを走ってくれて
母と二人タクシーの中から花見をしたような気分になった。

向こうは気が付いていなかったが、私はその運転手さんを知っていた。
年寄りに丁寧で優しくて、とてもいい感じの運転手さんは
私と同じ町内の、ゴミだらけの家に暮らしているのだ。
常に「火事でも起きたらどうするのかしら」と言われ続けている家の
変人でおっかないと噂され、近隣住民から敬遠されている家長その人なのだ。

常々、あの人のタクシーには遭いたくないと思っていたのだが
実際に出会ってみたら、あの家のご主人は仕事では気さくで
とても優しい人だった。
だからといって、それがあの運転手さんのすべてではないだろうけれども。

こんな見方はどうかと思うが、家がゴミだらけで荒れている状態はやはり
心にもよくないと思う。
仕事でいくら頑張って人にやさしく接しても、
帰って行く家がゴミの山だったら、帰ってもゆったりした気持ちにはなれないだろう。

さて、母は相変わらず元気いっぱいであった。
日にもよるのだろうが、母の話は100パーセント全部「作話(さくわ)」になった。
認知症と診断がついてから6年になり、
母が一番大切にしてきた「大好きなお父さん」の記憶も
だんだん「創作あとづけ」が多くなってきている。

夫や兄弟の生存判断が母に不確かなのは去年あたりからそうだったが
ついに「大好きなお父さん」も死んでいるか生きているかわからなくなっていた。
「死んじゃったよ」と言ったら、母はものすごく驚いていた。

「だってママ80超えてるでしょ?
ママはお父さんが40超えて生れて大事に大事にされたんだもの、
生きていたら120歳を超えてるよ」

目を丸くして驚いていた母は、元気に笑った。
私もとりあえず明るい顔をして笑った。







ワタクシ

冗談もどき
04 /14 2012
ここ数日ぽかぽか暖かかったが
今日は3月並みの寒さになってくれるそうで
先ほどストーブに火を入れてほくほくしている朝、
もちろん家には犬2匹とワタクシだけ、極めてのんびりした土曜日である。

雨音がしとしと、家の中は暗く、湿度は65パーセント。
うむ、いかにもしっとりした午前、お肌にも喉にもよさそうだ。
(しかし家にはよろしくない)

ええと、今朝はこんなことを書きたい。
声を大にして書くぞ(?)

ワタクシは日本国内から出たことがない!

ワタクシの周囲には海外経験のない人間がまったくいない。
夫の両親でさえもフィリピンだかハワイだかに行ったことがある。
今や1万円あれば韓国に行けるのにワタクシはこの「豊葦原瑞穂國」から
一歩も出たことがない。
いまどき、昭和30年以降の生まれで完全土着型日本国民は
もはや絶滅危惧種ではないだろうか。
絶滅危惧種は大切に保護されるべきなのでワタクシは大切にされるべきだ。
大切にしないとニホンオオカミのように絶滅してしまうのも早い。

しかもワタクシは国内においても
東京埼玉千葉茨木群馬栃木
東海道新幹線東京岡山区間に存在する府県
新婚旅行で行った長崎熊本大分
以外の県に訪問したことがない。
飛行機と電車、高速道路も完備されたこの日本で、ここまで他の地域を知らぬとは
もはや前時代的、通行手形なくしてはどこにも行けなかった江戸時代なみなので
きっとさらに希少価値がある。
だからワタクシはさらに大切にされるべきだ。
さらに大切にしないと日本トキのように手遅れになる。

その上ワタクシは各種免許を持っていない。
大型船舶の船長になる免許がないし
ヘリコプターを操縦する免許もないし
大型自動車を運転する免許もないし
普通自動車免許もないし
原動機付き小型自転車の免許もないし
自転車を運転する技術もない。
多分三輪車もこげないし
遊園地のゴーカートも運転できないに違いない。
もはやここまで免許がないと希少価値に違いないので
ワタクシはどこまでも大切にされるべきである。
大切にすれば西湖で生き延びたクニマスのように生存し続ける。

さらにワタクシは弁護士ではない。
公認会計士でも税理士でもない
医師でも薬剤師でも管理栄養士でもなく
看護師でも助産師でもない。
美容師でも理容師でもなく
教員資格も保母の資格も持たない。
ここまでないないづくしになると、われながら
大変立派であると感心する。
もはや冷凍マンモスが完全な形で発見されるくらい大切にされてよいと存ずる。

このように立派なワタクシを妻とし母とし
主婦とするワタクシの家族は大変な果報者であると思うと同時に
それにしてはワタクシへの感謝が足りない。
犬もワタクシへの尾の振り方が足りない。

しかしワタクシは心が広いので家族の無理解と
犬の怠惰を寛容と愛を持って許容する。

そして大切にされるべきワタクシを
そこいらに落ちている棒きれのごとくにしか
その存在を意識せぬこの世界においても
ワタクシの寛容は許容しか持ち得ぬのである。

ああ、ワタクシって素敵である。
ワタクシは素晴らしい。
どれくらい素晴らしいのか自分でもわからないが、
きっと素晴らしい。
こんな素晴らしいワタクシは娘にメールを入れることにした。

「帰りに駅でロッテリア買ってきてね」
うむ、半熟テリタマを食べてみたいと思うのであった。


鉛筆あかライン





ツチヤ先生のシリーズ・ワタクシは大好きで大変な影響を受けている。
かように宣伝を打つので先生には感謝していただいてもかまわない。
ちゃんと著書も買っていることをきちんと書いておく。
(先生は疑い深い)

自己保身

いろいろ感じたこと
04 /16 2012
昨日の夜から「自己保身」について考えている。
考えが全然まとまらないし、非常に難しい問題なので
私程度の人間に手に負えるものではないが
書かずにいると落ち着かないので書くことにする。

昨晩「クルーシブル」という映画を観た。
アメリカ史の汚点、セイラムの魔女狩りがモチーフとなっている映画で
観る側の好みによるだろうが、私は非常に興味深く思いながら鑑賞した。

この映画を観たのは2度目だが、観た人の多くが言うように
作品内容は相変わらず「非常に理不尽」で腹立たしいものであった。
娘はこの作品を初めて観たのであるが、しまいにはおいおい泣きだしてしまった。

一般普通の日本人が観れば、「この理不尽さはなんだ!」と
負の感情を持つであろう話の終り方については
(というか歴史の事実がそうなのだからハッピーエンドはあり得ないのだが)
今回私はラストにまったく反対の感情と納得を持って観終えることができた。
が、これに関しては宗教話になるのでここでは書かない。

それよりも1行目に書いた「自己保身」である。

(史実もそれに近かったであろう)「セイラムの魔女狩り」は
恋やオカルトやセックスに興味を抱く複数の少女たちの、
異教的な遊びがその端緒とされている。

アメリカ初期のピューリタン社会においては
異教的な遊びを若い娘たちが行うことに寛容ではなかった。
少女たちは大人たちから断罪されることを恐れ
全員が「悪魔に取りつかれてそんなことをした」と言ったのである。
(研究者にはこの理由のほかに各論が存在するが、映画=原作戯曲ではこの理由で描かれている)

その悪魔はどこから来たかと問われ
少女たちは浮浪者や、黒人の女中や、弱い立場の人々の名をあげて
それらの人々のせいに仕立て上げた。
さらに全員が狂ったように「私は神様を愛しています! 私を救ってください!」と
猛烈な芝居を打って見せるのだ。

ピューリタンの掟には「告白した人間」を罪に定めてはいけないという決まりがあるので
少女たちは他人の名をあげることで助かるのであるが
しかしすべての悪循環はここから始まった。

讒訴に次ぐ讒訴。
自分が助かるために、名指しされた人々は次々に他人の名前をあげてゆく。
自己保身の讒訴のみならず、私怨復讐を遂げるための名指しまでもに拡大して
もはや誰もが疑心暗鬼、セイラムの町は恐怖のどん底に陥るのである。
悪魔と契約していると言われた人間が、それを認めて告白するか、誰かのせいにするか
あるいは正当にそれを覆すことができなければ
待っているのは死刑である。

内容に関して書きすぎるのも野暮なのでこれ以上は辞めておくが
讒訴に次ぐ讒訴、さらには讒訴の虚偽を知りつつ裁判、処刑の続行
というのがまったく本当に
観ているものの胸糞を最高に悪くする。

私はユン・チアンのベストセラー「ワイルド・スワン」で読んだときに感じた
あの信じがたい現実の恐怖を思い出した。
私がすでに生まれて育っていた時期に起こった文化大革命にも
セイラムの魔女狩りのような延々たる讒訴の連鎖が起きていた。

日頃ニコニコ挨拶をしていた隣人たちが
自分の家族を守るために周囲の人々の罪を作り上げて訴える。
いつも気に入らない隣人だとか、インテリぶっているとか
金を貸してくれなかったとかいう簡単な理由で人々は罪をでっち上げられて
逮捕され、酷いときには殺され、あるいは投獄、肉体的な刑罰を受けさせられる。
だれも信用できないこととは、なんという恐怖だろう。
私が幼かった時期、隣の国ではそういう世界が現実に存在していたのだ。

自己保身という言葉は醜い。
醜いが、私たちはこの言葉そのものの行為を
実は幼いときからごく普通に行ってきた。

「これ食べたのだぁれ?」
「私じゃないよ、○○ちゃんだよ(食べたのは私なのに)」

「これ壊したのだぁれ?」
「知らない、私さわってない(私が壊したのに)」

嘘をついてはいけない、とあんなに小さなころから教わってきながら
私はこれまでずいぶん嘘をついてきた。
嘘も方便といって、「優しい嘘」や「人を傷つけないための嘘」などの
別口は「あり」と考えたりもしてきた。

しかし昨夜、映画を観終わって私は
残りの人生、嘘をつくのは辞めよう、嘘をつかずに生きるべきだ、と強く感じた。
小さな嘘もいつか恐ろしく成長して、
本当に悪魔の高笑いが聞こえるような現実を招きかねないのだ。

真実を口にして、叱られたり嫌われたり、非難されたりしても
あるいは相当ひどい目に遭うとわかっていても
出来る限り、私は嘘をつかずに生きたいと願う。
ものすごく難しいが、努力をしようと思う。





あ~、とりあえず書けた。
ちょびっとすっきりした。

きゅうり苗は田んぼに水が入ったら

いろいろ感じたこと
04 /17 2012
うちから車で少し行くと茨城県に入る。
茨城県の田んぼは、昨日の朝あたりから水を入れ始めていて
昼過ぎには広い田んぼのうち一枚二枚くらいまで
水が広がっていた。

高級ハイブリット車を運転しながら義母が茨城なまりで言った。
「ありゃっ!田んぼに水はいったぞ!
こりゃ大変だ、きゅうり植えなきゃいけねぇべ!」

ほんの一時間前に
「布団干してやっても暑くて眠れなかったとか
顔は寒いとか、文句ばっかり言うんだから
もうどうしようもないよっ!」
と義父を猛烈に愚痴った義母は、その同じ口で

「お父さん毎朝きゅうりもぎって味噌つけて食べるの好きだから
きゅうり植えなきゃどうにもならねぇべさ」と言った。
ううむ愛だなぁ。

さて田んぼに水が入ると、茨城県あたりではきゅうりの苗を植えるらしい。
茨城あたりの農家の生まれ育ちの人にとっては
そんなことは、春の後に夏が来るのと同じように、
知っていて当たり前の知識なのかもしれない。
が、結婚するまで「農家」とは縁がなく
旅行や遠足で乗り物の窓から見た以外、田んぼも見たことがなかったワタクシにすれば
生れ育って50年、初めて知った知識であった。

(ああこの年になっても新しく知ってうれしいことっていっぱいあるぞ!)

東京の巨大団地で育ったワタクシの周囲には田んぼや畑はなく
田舎の親戚も農業とは無縁、
もともと外に出ていきにくい狭量なワタクシの世界には
広大な美しい田畑の風景は存在しなかった。
茨城県の広々した美しい農村風景を間近に見て
ときどきは収穫した野菜までいただけるのは、まさに農家出身の義母のおかげである。

そんな喜ばしい気持ちを覚えながら今日は通院の日である。
農家よりは馴染みの深い街、新大久保に行く。
あの街には十代の終わりからしばらく、数年間暮らした。

いまでこそ韓流ブームで、駅に着いた途端におばさんやお姉さんが邪魔でうるさいほどであるが
私が生活していたバブル前後の新大久保は、いまでは想像できないほどに怖い街であった。

1996年、馳星周という作家が「不夜城」というノワール小説を書いてベストセラーになったが
あの性と暴力と麻薬の暗黒社会の舞台が新大久保近辺で、しかも
ちょうどその時期、私はその街に寝起きしていたのだった。

普通に生活していれば、バブル前後の新大久保は山手線では最もマイナーな駅で、
ごく普通の街というだけだったが、たしかに年に1度や2度は発砲事件が起きた。
さらにいまでは韓流ファンの女性でいっぱいの駅前には
どこの国から来たとも知れぬ女性たちが
ものすごく短いスカートにストッキングもつけずに毎夜立っていた。
彼女たちはお客を拾うと駅裏のラブホ群(今はほぼ韓国料理店ww)に消えていくのだ。
女性のみならず歌舞伎町経由の怖いお兄さん方も駅前に立って男性に声をかけていたが
なにを売っていたのか、私は知らない。
(新大久保は新宿の隣駅であり、歌舞伎町から新大久保は歩いても行ける)

アジア系の人たちが多いのはあの頃からすでにそうで
いまはもう無いハンバーガー屋などでは(韓国料理屋になっている!)
どこぞの謎のアジア人や謎の中東人やコワイ日本人を交えて
薬だ何だと怖い話を平然とやっていたのを聞いたこともある。
周囲はそんな話を片耳に聞きつつ、無関心を装って普通にハンバーガーを食べていたっけ。

まぁそんな暮らしをふつうに身近に見聞きしてきたのだから
田んぼに水が入ったの、きゅうりの苗を植えるのと
自然と会話しながら生きる人たちの生活が遠かったも無理はない気がする。

田舎に引っ越した際は、須磨明石に流された光源氏のような気分もあったのだが
いまは田の水入れやきゅうり苗の買い入れに忙しい人々が身近にいる暮らしが
なんともすがすがしくてナチュラルで好きである。

ただし都会が遠すぎて、通院時にはそれだけが億劫だ。
さぁ、今日は病院の帰りにおいしいものを食べて帰ろう。


追伸:結局フォー・ハノイというベトナムキッチンでフォーのセットを食べて帰った。
寄り道のせいで帰宅途中で雷に遭い、嵐の中を徒歩で帰るはめになった。トホホ

人の噂話ばかり

本にまつわる
04 /19 2012
2年か3年前、いい年をして生まれてはじめて
井上靖の「しろばんば」を読んだ。

そうして、幼い主人公洪作の、繊細で単純で素直で幼稚で
天然のままの美しい石ころのような
とんでもなく尊い心と行動に出会って
心をわしづかみにされてしまった。

その後、続編である「夏草冬濤」を読みたいと思ったままに日が過ぎて
先日ようやく読み始めることができた。
今現在は上巻を読み終わったところである。


「夏草冬濤」には「しろばんば」の頃ほどには無垢な少年たちは
あまり出てこない。
主人公たちの会話は、もっぱら周囲の人々のうわさや行動に関しての
あれこればかりである。

その本を読んでいて、つくづくと思った。
ーーー今現在の私の周囲の人々の会話と大差ないな。

あの家は昔は良かったが、いまの代になって
誰それが馬鹿だから身上を潰しかけているとか、

あの男は努力して学校も行かずに校長になったから立派だが
挨拶の仕方も知らないからあれ止まりだとか、

あのばあちゃんは因業でみんなの嫌われ者だったとか、

誰それはいい学校に行ってほんとうに立派だとか、

ああやれやれ、まるでその場にいて
それらの人たちの悪口やら評判やらを聞かされているみたいである。

人間の話すことはどこへ行っても、
どんな時代でも、結局は人の噂ばかり、こんな程度なのかもしれない。
しかもたいていの場合、毀誉褒貶のうち貶めけなす方の量が多い。

人をけなし非難する言葉の数は、学のある人もない人も
褒め言葉の数倍多く携えている気がする。
せっかく会いに行って、人の悪口だけを聞かされ続けていると
だんだん不快になってとっとと帰りたくなるのは
誰しも同じである。
それが続いて、いつしか友人関係がしょぼ~んと消えてゆくことも
私の場合多々起こる。

むかし、頑張って遠くの大きな公園まで毎日犬の散歩に出かけて
犬友達をたくさん作ったが
散歩しながらの会話がしゅうとめの悪口ばかりだったので
ふた月ほどで私はその公園に行かなくなってしまった。

ボランティア活動に熱心なクリスチャンの友達がいて、
その人は多くの人々のために日夜身を削って働いているのだが
ある日、その人が
「○○先生のところへお子さんが生まれたお祝を送ったのに
電話一本よこさない。
私は、それは大人として社会人として非常識だと言ってやった」
と自己行動を開陳してくれたので
その人に対する私の評価はガクンと落ちてしまった。

出産祝いを請求されたわけでもなかろうから、
言ってみれば、その人は自分の意思で送ったわけであるが
その返事が来ないと言って怒るのはどうかと思う。
さらに本人に向かって「返事もないのは非常識だ」まで言うとなると
もはやその人の行為は
「神のしもべ」というより「世の君のしもべ」に近い。

人間は日々神様に愛されて守られて
日々の食料を与えられていながら、神様は一度でも
「お前らは私に礼の一つも言わない、非常識だ」なんて怒らないではないか。
(いずれこれらの「ツケ=審判の日」がくるにしてもさ)

「夏草冬濤」を読んでいると「礼も言わない」「挨拶もしない」といった
ことが原因の批判非難中傷がずいぶんたくさん出てくる。
挨拶やお礼の大切さを否定するつもりはないのだけれど
それをしなかったから、し忘れたからといって
その人の人格を否定し貶める必要もなかろうと思う。

人のうわさ話ばかりで物語が進んでいっているようで
本作は「しろばんば」ほど愛着を感じはしないのだが
それでもサクサク読み進められるのは
なんだかんだいいながら日本人の原点的な感覚に
馴れた心地よさを覚えるからなのであろう。



うぉっほぉぉぉぉんぶぉっほぉぉぉーん

冗談もどき
04 /24 2012
うぉっほん、うぉっほん、ぶぉっほん、ぐぅぉっほん、げほげほげほ・・・・

威張っていたら生来の謙虚さが表面に出てきて
咳になってしまった。

それでもまだ足りんと見えて痰までからんでしまったが
鶏が絞殺されるようながぁぁぁっぺぇぇぇ、
などという下品な声を出さずとも
咳とともに喉の奥から行儀よく痰が出てくるので
やっぱりワタクシは生まれながら謙虚で上品に出来ている模様である。

しかも非常に思い切りも良く大胆であるのは
ダイナミックを旨とする天使のようである。
インフルエンザでもないのに昨日は39度7分まで行った。

ワタクシは謙虚で上品でダイナミックな天使さながらであるが
さらに忍耐も抜きん出ているので
ロキソニンなる解熱剤も医者からもらってはいるものの
39度7分になるまで使用しなかった。

ほぼ丸一日8度5分以上あったのだが
忍耐強いワタクシは平然と熱を楽しんでいた。
しかし40度を超えるのを案じた家族が
ワタクシに熱さましを飲め飲めと進めたので
家族思いのワタクシはやれやれと服用したのであった。

昨日はワタクシ、仕事に行かねばならん日であったのだが
会社の人々もワタクシの体の方が大事だと休んでも良いと言ってくれた。
(感染るのを怖がったとか、そういう下品な思考を想像してはいけない)
申し訳ないので今日出社しようかと思ったが
上品なワタクシは2日ほど、ほとんど食事をとっていないために
少し動くと深窓の令嬢のように貧血で倒れそうになり
そのあまりの美しさに周囲の仕事の手がおろそかになる危険があるために
仕方なく今日も休んでいるのであった。

一日でも早く回復せねば、ワタクシを密かに恋い慕う男女の心に
杞憂の種を受け付けることになる。
なにせワタクシは生命力にあふれた太陽的美女とは真反対の
月のごとく青白く神秘的な痩身の美(少)女風なのである。

と、いうことでブログなんぞをのんきに書いてはいられない。
食の細いのを無理にでも広くして上品にビスケットでも食べることにするのであった。


    

50を過ぎた夫に

いろいろ感じたこと
04 /29 2012
男は50過ぎたあたりから、わがままが出てくる。
ーーーーと、通っている美容師さんが言った。

それまではごく普通の聞き分けの良いダンナが
50過ぎたあたりから妙に扱いづらくなる。
ちょっとしたことに不機嫌になり、
言葉が厳しくなり、細かな文句が増えてくる。
まったくどうしちゃったんだろううちの人・・・・・

と、馴染みの客たちに愚痴っていたら
年配の客が教えてくれたのだそうだ。
「50過ぎの男はいろいろ抱え込み始めるから、
苦しくなって、女房にわがままになる年なのよ」と。

50代と言えば、サラリーマンでは管理職というやつで
上からはあれこれ注文され
下からは文句と突き上げがきて、
なおかつそれなりの業績があって当たり前とみなされる厳しい位置である。

みんなやっているから、そう大変でもあるまいとか
気がつけばそんな時期も乗り越えているものさとか、
そんな悟り済ました思考でひょいひょいと通り抜けられるくらいならば
世の中にうつ病の患者などあらわれまい。

鉛筆あかライン

ところで私の夫は基本的にわがままな人なので
50を返して急に自己主張が強くなったわけではないが
確かに以前よりはるかに背負うものは重く大きくなっている様子だ。

私は夫を10代のひょろひょろ痩せのころから知っているせいか
肉づきが30キロほど良くなって、厚かましさや鈍感さも相当磨きがかけられ
若い頃のようにすぐに青ざめたり、きょどきょどしたりはしなくなったにしても
50代なりのあんな荷物やこんな重荷がくくりつけられているのかと思うと
正直ちょっとかわいそうにもなるし、心配にもなる。

実は夫の父親は今度2度目の癌手術をすることになった。
前回は内視鏡手術であったが、今回は開腹だそうだ。
胃をほとんど取り、腎臓も切るのだか取るのだかするらしい。
昔堅気のワンマンな父親の下で、夫はずいぶん耐えてきたが
仕事上ではまだ父親に頼らざるを得ない部分も
まだいくつも残されたままになっているはずだ。
会社においてもまだ重要である夫の父の先行きが不安定となれば
夫は50過ぎて新しいことをまだまだ覚えていかねばならなかろう。

このまえ私が熱を出して
「日頃大事にされてないからこんなになったんだ、
もっと私を大事にしないと入院しちゃうぞ」と脅かしたら

夫はふっと遠くを見て冗談ぽくつぶやいた。
「もう、どうでもいいや。もう死んじゃって全部終わりにしたいと思うぜ」

重たいのだろう。
誰でも経験しなくてはならないことであっても、実際かかってくると重いものだ。
継がねばならない会社のことも、この不景気も、
生活のかかっている社員のことも、死ぬかもしれない親のことも。

夫は正月以来土曜も祭日も仕事に出続けている。
給料は結婚以来1度しか上がったことがなく、
5年ほど前には不景気でさらに20パーセント減って現在もそのままだ。
それでも仕事があるだけましなのだと、義父も義母も言う。
まぁそうなのかもしれぬ。

私が夫を助けることは多分、直接的には出来ない。
ただ、夫の気持ちがすこしでもやわらぐように夕食の支度をして待つだけだ。
このごろ夫は脂っこい物を食べなくなった。
白菜の漬物とか、板わさとか、酒の肴もシンプルなものを喜ぶ。
疲れているのか、年をとったのか。
思えば髪もずいぶんボリュームが減った。
目尻の皺も深くなった。

出来るだけ優しくしてやろうかな、と思う。
50代の男が弱みを見せられるのが女房だけなら、致し方あるまい。

鉛筆あかライン


こんなことを書くとちょっといい女房のようであるが本音はちがう。
夫にはあと10年は働いてもらう予定でいるのである。
がんばってくれ。