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ばらが咲いた

今年もマリア・カラスが咲いた


15日過ぎあたりには、また書き始められるとよいなと思っていた。

今日は17日だから二日ほど遅れた。

なにを書こうか。
書かなかった間に起こった出来事やあったこと、読んだ本、観た映画
考えたことなど、思いめぐらしてみたが
これこそといったものは、飛び出してきそうにない。

とりあえず今日は、まず朝のうちにやるべき家事を全部済ませて
それから取りかかろうと決めていた。

起床、家族の朝食作り、行ってらっしゃいと送りだして
そのころには1回目の洗濯が終わっているから洗濯物を干し
それから「梅ちゃん先生」を見たら外に出て家の周囲を掃いて、
燃えるゴミを出し、洗い物を片付け、麦茶を作って掃除機をかけて
2回目の洗濯を終えて干して

ようやく現在に至って午前10時35分。
ちなみに起床時間は5時45分であった。

この一連の朝の家事を一気にやってからでないと
パソコンの前に座ってはいけない。

なにしろ私はパソコンの前に座ると長いのだ。
朝6時に座って、気がつけば昼なんてのはざらである。
(さめがめやスパイダソリティアだけでも3時間は出来る=もはや病気)

特にブログを書き始めたりすれば、それはさらに長くなるから
順当にやるべき家事に手をつけるのは遅くなり
だらだらやっているうちに面倒になり
昼間にするべき家事(主に買い物や銀行など)が押してきて
夕方にするべき家事(主に夕食作りと風呂の準備と犬の散歩)が差し迫って
特に目立ったなにかをしたわけでもないのに夜になって
ああまた無為な日を過ごしてしまったと思うことになるのだ。

この状況が私自身を自己否定的気分に追い込んだ理由の一つでもあろう。
無目的、無為に日々と時間を消費しているという感覚が
自己否定、自己嫌悪につながるらしい。
(私の場合は)

必ずしも無為ならず、実際的には家族のために
掃除洗濯食事つくりくらいはやっているのだが
そこに到達感、満足感がない場合に自己に否定的になるような気がする。
(私の場合は)

必要なのは行動に対する目的意識と
達成した時に抱く満足感や喜びである。
義務感のみで、刺激の少ない主婦業という日常業務をこなし続けていくのは
正直かなりの忍耐を必要とすると思う。
(私の場合は、と、くどい)

ブログを休むひと月以上前から、私は心を闇に向け始めていたのだが
その自覚をあえて否定し続けたがゆえに
心はかなりひねくれ歪んでしまった。

だがそれもどうやらとりあえず回復し
心が光の方へ向き直った感じがするのは
家族がここしばらく、私に徹底的に気を使い
やたらに優しくおおらかに接してくれたおかげである。
(もちろん家族は大変な被害者であった)

特に夫が私にやさしくし、
ポケットマネーを惜しまず使ってデートに連れ出してくれた
功績が大きいような気がする。
(やはりなにごとも金は大事だ)

要するに私は馬鹿で単純な女だと言うことだ。
「大事です、大事にします」と扱われることで
俄然元気が出て、浸っていた赤い水からホイホイ上がってきてしまう。

声を大にして言ってしまおう、その方が気が楽だ。
「私は馬鹿です、単純です」


そうして優しくされたので私はいま、加齢臭持ちの、腹の出てきた
酒飲みで煙草中毒の亭主を、本気で恋しがろうと決めた。
もちろん昔のような激しい恋ではなく
ゆったりした、落ち着きとユーモアのある恋、
限りなく「この人好きだなぁ」に近い「恋」ではあるけれども。

青臭い話題でお恥ずかしいが
「恋」と「愛」では絶対に「愛」が上なのは百も千も承知であるが
「愛」には忍耐も練達も品格も必要とされるので
馬鹿で単純な私はエンジンのかかりやすい「恋」のほうがいい。
エンジンがかかれば、私はきっとそこそこ快調に動くだろう。
(だが燃費のいいのは「愛」である)

相変わらず支離滅裂な日記となった。
そろそろ昼だし、ここまでにしておこう。
私のブログは素人のままでいる。
読み手におもねる文章は当分書かないことに決めた。

そのほうが心によい。
それに気が楽だ。

独り言みたいなものを読んでくださって、あなたもとても優しい、
そんなあなたに感謝します。

黄色いバラ

ゾンネ・キントも咲いた

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