見合い結婚って

いろいろ感じたこと
08 /01 2012
お見合いというものがよくわからない。

結婚のためを前提として会い、たがいに承諾すれば話が進み、一緒に暮らすようになり、
うまくいけば死ぬまで夫婦でいる仕組みのことである。
私にはせいぜいそんな風にしかとらえられないので、こんな書き方をしたが、
ある人は「おぜん立てされた出会いがあるだけで、あとは恋愛の行程と同じ」という。

好きになってから結婚するのではなく、
結婚するために好きになる、あるいは結婚すると思うと好きになる、
もしかすると結婚してから好きになる、など心はきっといろいろな動き方をしていくのだろう。

先ほどネットのお友達が感動したと言うNHKドラマ「開拓者たち」を見たが
あれも満蒙開拓団の男性に、写真だけの見合いともいえぬ見合いをした若い女性たちが
乙女らしい未来を抱いて嫁いでくるところから始まっていた。

あのドラマでは、女の子たちはそれぞれちゃんとした若い男性のところに嫁いだが、
以前見た同じようなドラマでは、20年前の見合い写真を見せられていた女の子が
満州に来て見ると相手は老人だった、なんてことも描かれていた。

そういう悲惨な例はともかくとして、今日見たNHKドラマでは、
満州で結婚した夫婦たちはそれぞれ仲むつまじく、
互いに助け合い愛し合っていた。

私はこれがちょっと不思議なのだ。
いや、理論ではわかる。
「結婚してから恋をしたのさ!」というふうに解釈すれば。

だが、この「結婚してから」と言う形が私にはどうにも釈然としない。

結婚式も挙げられるし生活も出来ると思うが、「性」の問題が越えられない。

頭で考え過ぎなのかもしれない。

一度「して」しまえば、恋しい思いは後から付いてくるのかもしれない。
でもなぁ、私に出来るだろうか、どっちでもいいような相手と致して、
「ああもう大好き!好き、好きぃ!」とか思うようになるのだろうか。


『あの人は、首をかしげて、それから私を縁側の、かっと西日の当る箇所に立たせ、裸身の私をくるくる廻して、なおも念入りに調べていました。あの人は、私のからだのことに就いては、いつでも、細かすぎるほど気をつけてくれます。ずいぶん無口で、けれども、しんは、いつでも私を大事にします。私は、ちゃんと、それを知っていますから、こうして縁側の明るみに出されて、恥ずかしいはだかの姿を、西に向け東に向け、さんざ、いじくり廻されても、かえって神様に祈るような静かな落ちついた気持になり、どんなに安心のことか。私は、立ったまま軽く眼をつぶっていて、こうして死ぬまで、眼を開きたくない気持でございました。』

これは太宰治の「皮膚と心」という短編の一部分である。
主人公の全身にポツポツか出来て、それを夫に見てもらっているという場面であるが、
この二人が見合い結婚するゆくたても書かれているので、青空文庫で読んでみるとよろしい。

見合いで結婚して、まだそう日の経たない時期に、こんなふうにカンカン西日の夕暮れに
全裸で縁側に立って、体中を夫に確認してもらうなどということが、
しかも恥じらいを含みつつも、愛されている確かな喜びに溢れ、相手への信頼に満ちて、
その行為を為すことができるとは!

これが男女の不思議というものなのだろうか。
男が求め、欲し、恋しがってやまないという事実を知れば知るほど、
女は悦びに溢れ、愛と信頼という形でそれを返そうとするのだろうか。
コトここに至れば、もはや恋愛だの見合いだのと区別する必要さえもないかもしれぬ。

しかしだ。
恋愛結婚で離婚したとしたら「好きだった過去」は存在するが
見合い結婚で離婚した場合は「好きだった過去」さえない可能性もある。

いや、結婚継続中であっても見合いでくっつかされて「お互い好きになったことのない」夫婦は
きっとどこかに存在するだろう。

それがどうにも、それがなんとも、見合い結婚のの欠点のような気がするのである。

最初や、きっかけなどどうでもいい、すべて重要なのは現在、
あるいは未来である・・・・とも思う。
恋愛だろうが見合いだろうが継続中に「嫌い」になったら同じである。
恋愛結婚でも「嫌いなまま」継続中の人はきっといる。
それももっともな話だ。
みんなもっとも過ぎて、答えがひとつにならない。

ああ、こんがらがってやっぱり見合いが理解できなかった。
一度くらい見合い結婚というものを経験してみればよかった。



おまけ:言うまでもないが、上述の太宰の文章はすごい。
「皮膚と心」は女性が読めば実にわかりやすく、共感性も高いのみならず、
ここまで女の心を描ける男性作家が存在していた事実に新たな感動を覚える人もいるだろう。
メロスしか読んだことのない人、特に女性には断然お勧めである。
(と、ちょっと太宰について書きたいことを混ぜ込んでみる)
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お金がすべてであってはいけない

神様
08 /04 2012
今日は久しぶりに娘が自宅にいるので、昼御飯を炊いていたら、
「沖縄の打ち合わせにココス行ってくる~」と突然家を飛び出していった。
さらに「そのままバイト行くからね~」。

と言うわけでまた今日も1人になった。
ちなみに夫は今日もお仕事に行った。
気温35度のなかで1000度近くのステンレスを、たった一人で溶接しているわけなので、
夫はこの頃ときに鬱っぽく、ときにヒステリックになる。

夫は大学の工学部の機械科を出たので、そちらは専門であるが
会社の経営その他に関しては、まったくわかっていない。
株式会社にした以上、会社のものは私物ではなく、
会社の利益は個人の利益ではないこともよくわかっていない。

日本にも景気の良かった時代があり、その頃に義父の会社を継いだ彼は、
会社の金をわりとテキトウにいじって自己の買い物に使用していた義父義母を見ていたので
「稼いだら自分のものになる」的な認識をいまだに強く持っている。
だから「こんなに仕事してるのに何でボーナスがないんだ」と私に対して文句を言ってくる。

言われたって私は知らない。
税理士がOKしないから出さないだけの話である。
なんでも役員と言うのは年俸制で、利益いかんによってボーナスなんか出ないらしい。
しかしまぁ、今現在雇用しているのは老人の工員1人だけになったのに、
何が社長だ、何が役員だ、何が株式会社だと言う話である。

それにしても、仕事の見返りに「金ばかり欲しがる」というのは
やはり見ていて醜いし、虚しいものである。
ボランティアではないのだから報酬は当然であるが、
夫の「やっただけの金が欲しい」と言うたびたびの発言に、
私はときどき嫌悪に近い感情を抱いてしまう。

夫の苦労もわかるし、報酬を求める正当性もわかるが、
彼には、過去に苦労してきた父母への感謝と、現状の健康や環境への感謝の念が
まったくひとつも、これっぽっちも見いだせない。

まぁ、それもこれも、義父と義母がそう育ててしまったからである。
仕事第一主義であると同時に、
「仕事=儲け=給料が増える」の思考を完璧に彼に植え付けたのは両親なのである。

なにせ夫の家は孫でも子でもすぐに「お小遣い」と称して現金を出すのだ。
私はそれが嫌いで、お金をもらう度に娘に言い聞かせてきた。
そして出来る限り「私はいりません」と拒否するようにと教えた。

いい成績を取ったご褒美にお金、お土産を買ってきてくれたお返しにお金、
遊びに来てくれたご褒美にお金・・・

「ありがとう」とか「えらかったね」とか「いい子だね」とか言って
心から褒めてくれればそれが一番大事なのに、夫の両親はまずお金で示す。
そうやって育てられた夫は、仕事の価値を金でしか測れないようになってしまった。

お金だけが物差しになると、お金が入らなくなった時、その人の価値は無になる。
年老いたとき、病気になったとき、健康を完全に失ったとき、
そのときに人を支えるものがお金だけではないことにやっと気付くのだが、
それでは遅い。

夫がそれに気付いたら、きっと、今より生きるのが楽になる。
仕事がきつくてもボーナスがなくても、いま程度に生活できるなら、
必ずもっと笑えるようになる。

祈ろう。それしかない。





引き出しを投げないで

冗談もどき
08 /06 2012
いや、周囲の人たちはなんだか非常にうまくいったのだ。
どうなるのだろうと思っていた話し合いは、意外にすんなり、
やっぱり親子で、親に深い愛情があった場合は、
そんなにひどい問題に発展することはないのだ。

主人とその両親の間に横渡る、初代と二代目のちょっとした川は、
二代目のうまい方法と、初代の親心がうまく噛みあい、
今日のところはなんとなくきれいに落ち着いたのであった。

・・・・で、問題があったのは私であった。
払わなくてよい税金をさっさと払ってしまった私は
税理士に電話口でため息をつかれたのである。

税「だからこっちが連絡してからだって言ったでしょう」
私「すみません・・・・」
税「だから・・・はぁ・・・・(声が小さくなる)」
私「そ、そんな落ち込まないでくださいよぉ」
税「いやもう、泣いちゃうよ、ほんと」

仕事でミスして電話口でため息をつかれたのは初めてなのだが
意外に応えるものであるな。
ため息というものによって伝わってくるのは「コイツなんてバカなんだ」
「やれやれ本物だったか」「もうこの担当やめたい」などという、
非常にマイナーな感情ばかりである。

向こうのため息のおかげで、私がやや落ち込みそうである。
いンや、私が愚かだったのでしょうがない。

ところで、ため息をつかれる場合と怒鳴られる場合はどちらがいいだろう。
こっちに全的な瑕疵があればどちらもきついには違いない。
ため息は今日の私のようになり、怒鳴られたら半泣きになりそうである。

そうそう、もしも怒った相手にデスクの引き出しを投げられたらどうしよう!

実はある文章の中にイライラしている時期に後輩に引き出しを投げつけたと、
いましがた見つけてしまった。
人様にご迷惑をおかけし仕事を増やしてしまった責めにさいなまれている今日のような日に
なんとふさわしい、いや、なんとぐさっとくる一文であったことか!!!!!

もしも引き出しでも投げられたら、運動神経極めて悪い私なぞ
直撃を受けて流血の惨事に違いない。
せめて灰皿、いや灰皿も大きいと怖いから、ティッシュの箱くらいにしてほしい。
いや、ティッシュの箱だって角が当たれば私はきっと怪我をする。
じゃあティッシュの箱の中身のほうでよろしくお願い出来ないだろうか。

ふわ~ふわ~と投げつけていただければ、もう全部投げてくれても私はきっと大丈夫、
何とか逃れられる。
ふわ~ふわ~と舞い散るティッシュ中で、土下座でも何でもするので
どうか許してやってほしい。

なんだかきれいそう。
赤ちゃんの遊びみたいで微笑ましささえ漂うではないか。
ときどき猫なんかもそれで遊んだりするし、ラブリーである。

もちろん床に広がったティッシュの山は私がちゃんと拾ってごみを振るい落とし、
再びきれいに畳んで使えるようにしておくぞ。
そんな風に怒ってね、お・ね・が・い

・・・・・と馬鹿を少し書いて元気になるのであった。









水やり

ガーデニング
08 /08 2012
ひさしぶりに涼しい夜が来ていて幸せだ。
先日は立秋だったとのことで、気付けば日の沈みは速くなっている。

庭の朝顔はそろそろつるの伸びが止まっているものも出てきた。
節ごとに咲く花も、一番上まで咲ききって、
根元から再び新しい小さな葉をつけはじめたものもある。

私は早朝と、夜、毎日2回水やりをする。

昼間の暑さで死んだようになってしまった草花たちが、
与えられた水で再び力を取り戻すまで数時間。
そのまた何時間か後には朝が来て、新しい花が咲く。
その花も昼前には枯れ、昼を回れば葉も全体に萎れ、一部は黄色く枯れ落ちる。
毎日枯れかけては復活し、枯れかけては復活する。

日々激烈な生死の境界を行き来している庭の植物たちのうちでも、
実をつけるゴーヤとへちまは、さらに苛烈。
限りある小さなプランターのなかで、生き残るのに必死。

炎天にも実には豊かに水を貯め込もうと、
彼らの茎は厳しいポンプ労働を物語るように筋ばって固く固く締まった。

ゴーヤにもへちまにも根元の茎の周囲には、
自らを炎天から守ってくれるための葉は、もはや一枚もない。
プランターでは若い葉を伸ばし、実をつけ、育てていくのがぎりぎりで、
根元の葉にまでまわせる水分がないのだ。

葉の無い根元の茎は痩せ筋ばって、貧相な醜い姿になった。
すでに、緑色の針金のようだ。
広い地面にゆったり植えられていれば、この子らはもっと伸びやかだったであろう。
もっと青々と美しい葉が根の周囲までびっしりと茂っていたであろう。

私の哀れな茎は、与えられた狭いプランターに目いっぱい根を伸ばしている。
そして伸び育って広がった複数の葉や、成った実生に向けて忠実に水を送り続けている。
だから私はこの頑張る根茎のためにも、毎朝毎晩、どこもかしこも蚊に刺されながら、
せっせせっせと水をやる。
水をやる分流れ出て行く土の栄養を補うために、追肥も入れるし、土も足す。

頑張れ頑張れと応援しながら、私はたいてい喜んでいる。
一筋に生きる姿は美しい。
とくに己の身を削り、他者のために一途に生きる姿は尊い。
時期が来て、彼らに終りが来るその日まで、私は一生懸命面倒をみるのだ。
頑張れ、頑張れ。


神様も同じように、人間を見ている気がする。
終りが来るその日まで、せっせせっせと、頑張れ頑張れと面倒を見ている。
そしてきっと、与えられた使命を一途に生きる人々に喜んでいる。

変よね

いろいろ感じたこと
08 /10 2012
「ちやこさんって変よね」とずいぶん久しぶりに言われた。

集団社会のなかにいた頃は、本当によく言われたものだ。
そう言われた理由をいくつか思い出してみると

1、ちやこさんはキツイことをズケズケ言う
2、ちやこさんは女のくせに猥談が好きだ
3、ちやこさんは運動音痴のくせに恥ずかしがらない
4、ちやこさんは他人をやりこめて喜ぶ

と、並べてみると、要するにほかに人が躊躇するようなところで躊躇しない、
と言うことに尽きる。
今回「変よ」と言われた理由は2番だと思われる。

私はシモネタ好きを公言しているが、私のレベルなんてかわいいものだ。
下品な造語を使うのが非常に嫌いで、それだけはしないと決めているし。

よくエロ小説に出てくるようなアイエキとかミツツボとかニクボーとか
そういう表現が何よりも何よりも何よりも嫌いである。
もし書くなら医学用語を使えと言いたい。
アイエキではなくバルトリン腺液、スキーン腺液、子宮頚管粘液それらの混じったものと書けっ!

・・・・というような事柄を真面目に、熱を込めて書くので
「変よねぇ」と言われて幾星霜。

ところで私のこの感覚を「異常だ」と決め付けた人がいる。
一般教養で古典「大鏡」を取ったとき、えらい教授に言われた。
「この美しい古典の文章のなかに、
出産時の血や汗や糞尿の臭いをたちこめさせようとするのをやめなさい!
あなたの感覚は異常です!」

閉めきった部屋でうんうんお産して、血や分泌液と言った汚物の臭いがしないわけはないだろう、
というのが私の感性であるが、
教授はそこにあくまもで典雅古雅優雅を求めたのであった。

難産に典雅古雅優雅を求める方がおかしいのだと思ったが、
教授は特待生奨学金の審査員でもあったので、逆らうのは得策ではないと思い、
私はおとなしく引っ込んだ。
数日して教授から「なぜあんなことを言ったのか」という葉書が家に来たので
しち面倒くさい爺だと思いながら返事を書いた。

「お気になさらないでください。
私は小学生の頃から先生の指摘されるようなことを教師から言われてまいりました。
どうも私の感性は一般と異なったものに興味を惹かれるところがあります。
それを独自の感性として見て下さった方もいましたが、ほとんどの教師は先生と同様でございました。
きっと私がおかしいのでしょう、仕方がないと思っております」

この慇懃無礼さ!!
えら~い大学教授に向かって、あんたは小学校の教師と同じだ、と言っているわけだ。
確かこの爺さんは、卒業後も何度か葉書をくれた。
国語系の教師は中学時代も高校時代も何人かは思い出したように葉書をくれたが、
この爺さんには何度か抱き寄せられそうになったので、
卒業後は一度も返事を書いていない。
今頃はきっとこの世の人ではないだろう。

話が勝手にあの夜に行ってしまったが、これも盆のなせるわざかもしれない。
覆水盆に帰らず、というところで、お粗末。ちゃんちゃん

ご機嫌である

本にまつわる
08 /11 2012
 例の新聞連載小説をまだ読み続けている。
主人公が白皙の美少年となって、いよいよ危険な香りがぷんぷんしてきた。
頼むから悪いガキンチョたちにいじめられて、
下着を脱がされるなんてことを書かないで欲しいと願っている。

 最近の私は面白い娯楽小説に恵まれているので、非常にご機嫌である。
先日偶然読んだ「三匹のおっさん」、すでに有名でシリーズ化されたが、
能天気に楽しめる話で、サクサク読んでも後悔なくすっきりと楽しめた。
はやく2冊目が文庫化されてほしいものだ。

 以前からの知り合いだった友人がネットに過去の作品を掲載しているのだが、
それも非常に面白くて、毎日読みに行くのが楽しみになっている。
敷いてあった伏線を見事に拾って、きっちり読了させてくれそうで、
これがもしも文庫化されたら私はお金を払って買うだろう。

 枕元に置いてあるのはここのところ夏目漱石の「明暗」である。
父親からの送金を当てにしている主人公が、当時としては当たり前なのかもしれないが、
自立できないガキに見えて仕方がない。
親に金を借りて、返す方がおかしいという論拠は、私には首肯出来かねる。
この「なぁなぁ」さが、ともかく嫌いだ。
どうせ最後まで書かれていない作品だから、私の読み方もいい加減でいいと思っている。
漱石のベストは誰が何と言ったって「猫」だという思いは変わらない。

 先日見合いから始まる恋愛について思い出した檀一雄の「リツ子その愛・その死」も
ベッドのわきに重ねてある。
これはすでに新潮文庫では絶版になってしまったが、闘病もの、看病ものとしては
断然一位の名作であると思う。
結核に病む妻を献身的に看病した檀一雄の実体験と、そのときの心があからさまに、
時に残酷なほどの正直さでつづられているからこそ、その力強さは半端がない。
病みきった妻の希望的な言葉に「まだ生きるつもりか」と感じてしまう夫の心の声を読んだとき、
治らぬ病気を抱えた私の体中に、震えが走ったのを覚えている。
明暗を終えたら再再読をはじめるつもりだ。

実は私の愛読書には絶版本が複数ある。
出版社のほとんどは売れる本しか刷らなくなった。
だから私は結婚時に持ってきた数十冊の文庫だけは、死ぬまで手放さないつもりだ。
死ぬとき一緒に燃やしてくれたってかまわない。
私はそれらの本とともに煙になって、きっとご機嫌だろう。


このおっさんたちの顔がまたいいんだよね

妻か愛人か

読んだ本の感想
08 /16 2012
離婚したり、死別したり、あるいはまだ一度も結婚したことのない
私くらいの年の女が恋をするとすれば、相手は大抵妻子もちである。

妻子持ちと恋をし、関係を持てばふつうは「不倫」と言われる。
しかし彼女らはそれを決して不倫と言わず、ただ「恋」という。
「倫」という字は人と人との整然とした関係や、すじみちの正しいことを言うので
「不」をつけた「人と人とのぐちゃぐちゃな関係」「すじみちの正しくない」という言葉など、
その大切な「恋」の頭に修飾したいはずがない。

彼女が経験してきた孤独や苦労が深いほど、新しい恋に対する喜びは大きく、
相手の男に対する理想化も激しくなるような気がする。

誰かの夫で誰かの父親である「恋人」について、彼女らは
とても素敵な形容でもって褒め、ときには自慢さえもする。

そのとても素敵な彼氏の妻は、その彼氏の素敵なところを理解しないことが多く、
彼氏はそのおかげであまり幸福ではない、と彼女らは言う。
幸福ではないけれども、彼は子供を愛しているから仕方なく結婚を続けている、とも言う。

私のある友人は、恋人の妻を「あのバカ女」と表現した。
「あのバカ女」といる限り彼は家庭でも安らげないのだという。
それはつまり、家庭でのあれこれを男が彼女に話していたということである。
家庭で報われなかった思いを、彼女いわゆる愛人に語って、
「君だけはわかってくれる」と、自分で満足し、女をも喜ばせているのである。

仮に実際女房がバカであっても、
女房をバカから利口に引き上げられなかった男の管理能力のなさには
彼女は気がつかない。
バカとはさみは使いよう、という言葉を知っていてもだ。

私は不倫関係を肯定はしないが、完全に唾棄するほどの拒否感情も持っていない。
いわゆる不倫関係であっても、真実なる愛情がそこに存在する場合もありうるからだ。
愛情は既婚未婚にかかわることなく(場合によっては性さえ飛び越え)、
非常に高度なレベルに昇華する場合もあると思う。

ただ、そこに妙な競争意識や比較、順位付け思考がないことが前提である。

先日、あの「火宅の人」檀一雄について書かれた、
沢木耕太郎のノンフィクション「檀」を読んだ。
これは檀一雄の妻ヨソ子夫人への取材を重ねて、ヨソ子夫人の目から見た檀一雄を
夫人の言葉にして書きつづられたものである。
(実際は沢木独自の表現である不思議な三人称も入る)

ヨソ子夫人は檀一雄から「事を起こした」と突然告白される。
では出ていきますと言って、夫人は出て行った。
日本脳炎の後遺症で寝たきりになった次男を含む、子供5人を残して家を出たのである。
そのときの夫人には、檀への怒りがいっぱいで、子供を置いて出てゆく後ろめたさなどなかった。
夫人はのちに言っている。
自分は子供たちの母親として檀に接したのではなく、常に妻であったと。

家を出て行ったはいいが、自立できないヨソ子夫人は、別れるつもりの檀に連絡して、
行き先を世話してもらう。
しかも檀は、懇切丁寧に紹介状を書いて、妻を安心できる場所に預けるのである。

檀一雄も不思議だか、ヨソ子夫人も不思議な人である。
ヨソ子夫人は結局檀の家に戻ったものの、夫はすでに愛人と暮らしている。
それでも夫人は夫を少しも憎めず、求められれば肌さえ合わせるのだ。
檀一雄もまた、離婚を考えながら、「子供たちをよろしくお願いします」と書き、
性のぬくもりのある関係を保ちつつ、「あなたが必要です」と書く。

私はこれまで、一般に離婚に応じない妻の理由を
「子供の将来に差し支えるから」
「経済的な困窮を避けるため」などとしか考えてこなかったが、
実はもう一つ、一番大事な理由が存在していたのである。
「まだ夫を愛しているから」。

ヨソ子夫人は数年間にわたり檀一雄の火宅の裏で、静かに耐えた。
檀一雄は愛人との激しい恋に魅せられながら、ふらっと家庭に戻ってきては
また愛人のもとに帰ってゆく。
ヨソ子夫人はそれでも檀を憎まない。
檀は女性にそばにいてもらわなければ、寂しくて生きていられない人なのだという。
檀は呼ばれたら勢いよくばっと振り返るような機敏なヒトで、
全然汚れのないきれいなヒトだった・・・・・と言う。

こんな風に自分を慕って信じて愛してくれる女房がいれば、
男は最後には女房のところに戻っていくよりないように思う。

愛人の女優との数年間は、蜜の時間を過ぎると次第に息詰まる苦しいものへと変化していった。
あるとき檀一雄は愛人の浮気疑惑に怒り狂って2度目の中絶直後の愛人を殴り飛ばし、
引きずり回し、とっては投げとっては投げるほどの暴力を振るったという。
檀一雄はこれほどの暴力を、女に振るう男でもあったのである。

しかしヨソ子夫人はここまでひどい暴力を檀から受けたことは多分ない。
情熱的な檀は冷静でしっかりしているヨソ子夫人を物足りなく思いながら、
その冷静さと忍耐強さに頼り、救われているのである。

私の友達のピアノ教師は、妻子ある男と恋をして子供を産んだ。
男は妻に離婚を迫るも、妻は受け入れなかった。
間に立った人の話によると妻は「待ちます」と言ったそうだ。

ピアノ教師をしながら彼と暮らし、子を3人産んで15年目、
男は再び妻の元に戻って行った。
男の妻は彼を当たり前のように受け入れたそうだ。

「待ちます」と言う言葉を子供の将来や経済のために発したとばかり思っていた私は、
昨日読んだ「檀」で気付いた。
この男の奥さんも、夫をずっと愛していたのだ、ということを。

妻子ある男に恋をして、
その妻が夫に愛想を尽かしてくれれば、何も問題はないが、
その妻が夫を愛し続けていたら、愛人に勝ち目はないかもしれない。

いろいろと考えさせられた読書であった。

家計簿やめました

いろいろ感じたこと
08 /17 2012
2か月ほどためこんでいたレシート類をついに捨てた。
正月以来なんとか記録し続けていた家計簿は、やはり今年も最後まで続けられなかった。

家計簿をつけることで、少しはお金の出し入れが上手になるかと思ったが、
ただケチになり、家族に節約を求めて嫌われただけだった。
いや、最後までつけ続けたらきっと私の家庭経済の管理の能力はレベルアップしていただろう。
しかし出来なかった。
日々にたまっていくレシートを見るのも鬱陶しくなり、
いつの間にかレシートでパンパンになった財布も嫌になった。

大丈夫、別に家計簿をつけなくたってこれまでなんとかやって来られた、と
とりあえず負け惜しみを言ってみる。

私は貧乏な家に育っているので、多少吝嗇の性分もある。
同時に数学、物理系の能力が限りなくゼロに近いため、
「これくらいあるから、これくらい使える」とか
「これくらいしかないから、ここまでしか使えない」とかの雑で簡単な計画さえ立てることが出来ない。
そういうわけで、私は生れてこの方常に
「使わなければ減らない」という、極めて単純な思考を主として暮らしてきた。

なのでこれからもそれで行くことにする。
しかし、「使わない」つもりでも税金や保険料、水道光熱費などはどんどん値上がりする。
特に租税公課の上がり方と言ったら、
もう「不愉快」を飛び越えて「春かい」ってなくらいである。
2年か3年か前の住民税の額を見たときには、あまりの上がり方に叫びそうになった。

消費税も上がることは決まっているし、「使わなければ減らない」なんて気楽なことでは
済まないのかもしれない。
だが家計簿を眺めてはため息をついて、いらいらしたりいじけたりするのは
家庭の主婦として家族へのマイナスでしかない。
(増収が望めるならため息だけじゃないかもしれないけど)

とりあえず我が家は、娘が大学を卒業したら、年間120万円の学費支出だけでも無くなるのだと
そこに安堵を見出している。
ああ、はやく卒業してくれ。

さて、話が変わるが、先日ブログを本にしたと言う人から聞いたのだが、
FC2ブログはブログ出版局という製本の会社と提携したので
書きためている内容を本にするのが非常に簡単になったのだそうだ。

一番いいのは1冊から製本が出来ると言うことだろう。
いわゆる自費出版だと数十万円はかかるらしいし、最低100冊単位からとも聞く。
素人が100冊も本を印刷してしまったら、誰彼ともなく配布するしかないのだが、
あれはもらった側が非常に迷惑なので、やめるに越したことはない。
私もいろいろな人から自費出版の本をたくさんいただいたのだが、
いま手元には1冊も残っていない。
全部捨てた。
しかも燃えるごみに出した。
(ブックオフでは買ってくれないし)

ブログは人によっては非常に面白いし、育児日記やペットの記録などなら
安価な値段で1冊だけ本にして、大事に大事に持っておくのがいいと思う。

ブログを安価で1冊でも製本してもらえるのは、もっとも時間と人手のかかる
「校正作業」が申し込み者任せだからである。
恐ろしいことに、素人の私たちが校正作業を上手に出来ないまま注文をしてしまったら、
それがそのまま本になって仕上がってくるのだそうだ。
これが案外面倒だそうだ。

今回ブログ製本を頼んだ友人は、ほとんど最大手の出版社に勤めているのであるが、
「必要なのは5冊」であることと、「ネット製本のやり方に興味」もあるとのことで
ちゃちゃっと校正して、ちゃちゃっと申しこんだのだそうである。
話によると、モノクロ印刷ソフトカバー200ページ少々で送料込みの3800円ほどだったらしい。

これは非常に安いと思った。
5冊作っても2万円以内なのである。
写真などのカラー印刷だともっと高くなるそうだが、
もしも私が育児日記などをブログにつけていたら、
記録、記念として、絶対に製本を頼んだだろうと思った。
まったく素敵な時代になってくれたものだ。

ちなみに、自分のブログを製本する意志を持つネットフレンドさんがいるのだが、
gooブログの場合、有料版でないと申し込みが出来ないのだそうだ。
(無料版でも出来るが、校正に際してひと手間ふた手間が必要になるらしい)

私は過去長いこといろいろなブログを書いては消去してきたのだが、
製本の値段の安さと1冊からという話を聞いて、ちょっと興味が出てきている。



ややこしさを楽しむ

こころ
08 /19 2012
人間関係が面倒でも、それを続けていくことの大切さを教わったのは45歳を過ぎてからだった。

両親から教わったのではない。
私の両親は双方ともにややこしい人間関係を嫌う人で(夫婦の関係が十分ややこしかったww)、
父も母も退職後に元の仲間と行き来することはしなかった。
父は勤めていた頃から本当の友だちを持てる人ではなかったので、
仕事を辞めると当然誰からも連絡はなかった。
母は仲間内から慕われていたが、誰からもお誘いのこない父が嫉妬するので、
結局退職後は家に籠るようになった。
夫婦二人の暮らしの中、両親の楽しみは多分、私と姉が子供を連れて顔を出すことだけだったと思う。

元気に働いていたころは、「ややこしいものとわざわざ付き合う必要はない」とばかりに、
両親は自治会とも、町内会とも、近所とも、一切縁を持たなかった。
そして、年月が過ぎ、両親は親しい人たちを一人も持たぬ老人となった。

「面倒なものは切って捨てる」という考えは、確かに合理的で、簡便である。
己を縛る義理人情や義務から解放され、その部分はとても気楽で自由であったことだろう。
大正と昭和初期に生れた人間にしては、都会的でクールなやり方だったと思う。

一方、夫の両親はその逆の生き方を選択してきた。
夫の両親は人との縁を常に優先する。
夫と結婚した際、まず近所に挨拶に行かされたときには、なんのためにやらされているのか、
全然理解出来なかった。

縁を切らないからと言って、相手を尊重しているかというと、そうではなく、
陰で隠れて相当ひどい悪口も言うのだが、それでも義父母はそれらの人とつながり続ける。
物品の行き来も頻繁であり、ときどき「~を上げたのに、お礼を言うでもない」と
恩着せがましいセリフも聞かされる。
この義父母とうまくつきあうには、マメな「物のやりとり」が必要なのだろう。
この辺りに、私は正直今も釈然としないものを覚えてはいる。

しかし、人を批判しつつも、いつものように物を送ったり挨拶をしたりを
義父母はかかさない。
だから義父母のところには年がら年中友達や知り合いから電話が入ってくる。
一緒に旅行に行く友達もいるし、飲み友達もいる。
ややこしい会の役員を押しつけられたりもするが、義父母は夫婦二人で孤独になったりしない。

私は義父母の、他人様との濃すぎる人間関係に辟易しつつも、
老いた今も友達が出入りする二人に、とても感心しているのである。

人と人との関係の根本は、詰まるところ許容にあるのかもしれない。
面倒だから、気に入らないから、と人との関係を切っていくのは、
もしかすると愚かな行為かもしれない。

別に結婚するわけでも、一緒に暮らすわけでもない。
多少のややこしさには、目をつぶってしまえばいい。
白黒をつけなくても、灰色やゴマ塩のままでも、私は笑えるし、冗談も言える。
そのくらいのことは出来る年齢になった。

昔はこういう状態を偽善だと言い、
「自分を誤魔化している」とか「正直になった方がいい」などと言った。
だが私は今、敢えて言える。
「大人は誤魔化すのが上手」。
バッサリ切ってしまったら知ることの出来ない面倒くささと、そこにまつわる様々な経験を、
多少の感情の起伏を味わいながら、楽しんで行けるのが、きっと真の大人なのだ。

お化けさんこんばんわ

こころ
08 /20 2012
霊感とか、その手のものをあまり信じていない。
でも、ときどきそういうものと出くわしてしまう。
それでもこの3年ほどお目にかからなかったのだが、久しぶりに今日会った。

夜、夕食の後片付けをし、一日分のごみをまとめて
勝手口の外に置いてある大きなゴミ箱に入れようとしたとき、
私の足に柔らかい、人の体のようなものがあたり、振り返るといたのだった。

なんだかなぁ、この手の人たちは喋りはしない癖に、なんだか訴えようとするので鬱陶しい。
言わないんだからわかるわけがないだろう。

若い女の人、ショートボブの女の人、20代くらいだろうか。
身うちではないと思うので、勝手口に面したところに庭のある、裏の家の縁者だろうか。
実は裏の家は今日から外壁塗り直しをするようで、家の周囲ぐるりと足場が組まれたところである。
その足場がお化けさんにとって不愉快なもので、それを訴えに私の後ろに立ったのだろうか。
だからわかりませんって、他人様の心のうちなんか!
第一裏の家に「あの~昨夜お宅さまのご縁の方がおいでになって足場が嫌だと・・・」
なんて言いに行けるはずがないだろう、ネジが1本外れていると思われるのが落ちだ。

というわけで立っていられても迷惑なので「あっち行って」と追い払っていたら、
娘が「気持ち悪いこと言わないでよ!」と抗議してきた。
まぁそれが普通なのだろうが、娘は怖いお化けの話などを非常に怖がる子なのである。

だが私のところに姿を見せるお化けさんたちで、怖かったり、異形だったりした人はいない。
みんな生身の人間のままの姿をしていて、初めて会ったときなどは、
本当の肉体を持っていない人だとは気付かなかったほどである。
だから私が怖がっていないものを、娘は怖がる必要などさらさらないのだ。

娘は少々文句を言い続けていたが、リビングにいる犬の1匹が、
誰もいない方を見つめて、尻尾をるんるん嬉しそうに振った。
「どうやら犬好きのお化けさんらしいね」と私が言うと、
娘は急に落ち着いて、「なんだ犬が好きな人ならいい人だから怖くなくなった」と、
安心して少年ジャンプを読み始めたのであった。
(パソコンをつけたら電磁波の影響なのか、しばらく動かなかったために、
ジャンプを読んだらしい)

それにしても、だ。
この3年間あまり、お化けさんがたとは、波長が合わないでいられたのに、
また波長が重なるようになってしまったのだろうか。
心当たりはある。
先月の中ごろからすでに1ヵ月半、私は教会に通っていないのだ。
暑さに弱い私は毎年夏には礼拝を休むのだが、
それでも去年までは夜の礼拝には出来る限り顔を出していた。
しかし今年は全休である。

夫の会社を手伝う量が増えて、仕事以外で疲労するわけにいかないせいもあるのだが、
単に怠けている気持ちも大きい。
神様に「やめます」と言ったはずの小説なんかも、再録といえども書いているし、
私が自分で神様との距離を作ってしまったのだろう。
いかんなぁ、と思う。

こうして今書きながら、背中の左の肩甲骨のあたりにさっきの人の手が貼りついているのである。
やめんかいっ、くすぐったいわっ!

お化けさん、今左足首を掴んでいるが、もしかするとこの人
あんまり優しいお化けさんではないのかもしれない。
聖書を読んで祈れば、パッと消えてくれるので問題はないのだが、
もっと妙なもの(悪霊とか悪魔とかね)を引っ張ってこられたら鬱陶しいので、
そろそろ「自分を信じる」とか「自分で決める」なんていう
傲岸不遜な思考をぽいっと捨てる時期かもしれない。

私には信じるほどの自分などない。
ましてや、自分の判断に信を置くなど出来やしない。
私の根底は、常にこれである。

「God's in his heaven--
All's right with the world! 」