疲れてしまった

こころ
04 /03 2013
いろいろあって疲れた。

昨夜はついに一切を放棄して寝床に入ってしまい、
今朝も夫を送り出したのちは昼まで眠った。

愛犬の死で落ち込んでいる娘は、
ちゃんとバイトもしているし、先月末には二度目の街コンに参加したし
昨日は新宿のルミネ吉本に行くくらい元気だが、
それでもときどきしょげ返り、家ではゲームばかりしては
愛犬のいない寂しさを紛らしている。

さびしいからだかなんだか、娘はいま
自分のしたくないことに対して非常に積極性を失っていて、
私が仕事で夜遅く帰ってこようと
台所の流しには娘の使った食器が置きっ放しだし、
風呂も立てていないし、掃除もしていなかったりする。

私はいちいち注意しているが、まだ平常に戻るにはかかりそうだ。

犬の看護や介護、死とその始末には、肉体的に疲れた。

同じ時期にあった夫の家で法事には気疲れした。

いろいろ弱ってきている義理の父母にそこそこ当てにされることも多くなり
それははっきり言って負担である。

夫は相変わらず家事にはノータッチで、仕事帰りに遊んできて
私のつくった飯が気に入らないと文句を言う。

母のいるグループホームは、薬を変えろ病院を変えろとうるさい。
犬のてんかん薬服用後の変化を見て、脳の薬の怖さは実感したので
グループホームの職員たちが母の服用する薬に不安感を抱いているのは
感情として理解できたのだが
(服用中の薬より新薬を進めてくる)

認知症で、ゆっくりゆっくりしか歩けない母を
紹介された遠方の病院に連れて行くのは大仕事だし、
私にそこまでの体力と忍耐を期待しないでほしい。

私は普通に見えるだろうが、身体障害者手帳を持つ身の上だ。

私は元気に見えるし、いつも一生懸命動くし
出来ることは頑張るけれども

私の肉体は、この心ほど強くはないのだ。
心でカバーできないほどに肉体が悲鳴を上げ始めたら、そのとき
私の心は肉体の最優先を肯うようになっている。

肉体を最優先することを心が決めてしまったら、
私は日常のすべてを投げうっても平然としているだろう。
これまでも、肉体が心に勝つとそうなってきたのだ。

娘のことも、夫のことも、仕事のことも、義理の親も、認知症の母親のことも
私は一切顧みない。

知らない。

疲れてしまった。
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元気です

こころ
04 /07 2013
書くことは別にないけれど、元気ですよ、と書こうと思ってやってきたら
新しいコメントが一つ届いていて、
そこにお返事を書いていたら、あら書くことがあったわと気がついたので書く。

思うのだ。
どの家にもきっといるだろう。
「なんでわたし(俺)ばっかりがやらなきゃならないんだ!」
と怒ったり嘆いたり、ため息をついたりしている家族が。

うちの夫の会社は今現在、とにかく小さく小さくなって、
なんでこれが株式会社なんだよ、というレベルまで縮小しているが、
夫の仕事量はバブルの時代とほとんど変わらないときもあって
そんな月が続くと
夫は必ず不機嫌になり、威張り、愚痴るのだ。
「俺ばっかり働いてるのに、見返りはなにもないんだ!」

家庭の主婦も似たようなもので
自分の時間を削りまくって子育てし、家事をやり、
親戚と付き合い、町内会の仕事や学校の役員までやらされ、
老親の介護や世話までやっていても、
当たり前だと褒められもせず、見返りなんかなんにもない。

だから先日の私のように、ぶちっと切れ、激しくふてくされ、
口を開けば愚痴と文句と嫌味と皮肉・・・になったりもするのだ。

だが。

私はまだ、テレビを見て笑えるぞ。
食事の味もわかるし、美味しいと思えるぞ。
家族とも話せるし、洗濯も掃除も、日常の家事もちゃんと出来る、
それだけの気力も体力も、まだちゃんと残っているぞ。

ぶつぶつ愚痴愚痴文句を言いながらも、私の体はまだ動き
いつもと変わらない日常を回しているのだ。

だから私はまだ壊れていない。
壊れるかなぁ、壊れかけたかなぁ、と思っていたが、
数日の間、向上心克己心をどこかへ置いて過ごしたら、
だらだら数独を解いて、映画を見て、眠くなったらこたつで眠って過ごしたら
昨日すき焼きを作って、今日はトンカツを揚げて
美味しく食べていたら、なんだか元に戻ったような気がするぞ。

文句を言っても愚痴っても、
体を起して動かすことが、苦痛でなく出来るのならば、
テレビを見て笑うことが出来て、食事の味がわかるのならば、
それはきっと、まだ大丈夫だってことなのだろう。

明日が来ることを、全然恐れていないのだから、
もちろん大丈夫ってことだろう。

だらだら書いて要領を得ないが、
とにかく、そういうことだ。



・・・・ところで、数独ってハマるものだね。





犬の骨

わんこ
04 /07 2013
白わんこが死んで、火葬して帰った時にはまだ骨壷が熱かったので
2時間ほどおいて冷ましただろうか。

骨壷が冷たくなったので、私は骨壷の中身を新聞の上にざっと広げてみた。

なぜそんなことをしたか?
単純にそうしたかったからだ。

愛犬の骨を娘と二人で一つ一つ確認して並べた。

「この骨どこの骨だろうね」
「なんだか可愛い形だね」なんて言いながら。

幸運だったなと思うのは、犬の頭がい骨がまるまる残されていたことだ。

犬の頭がい骨は残す必要がある。
バラバラにされると、犬だかなんだか分からなくなるからだ。
と、言うことで、まるまる残った綺麗な頭がい骨を持ち上げると
中身がちゃんと入ったままだった。

もちろん火で焼かれてカスカスになっていて、
指でほぐせばぽろぽろ崩れ去ることは間違いがないが
白わんこの頭がい骨中に見えたのは、黒い紙のように薄くはなっているものの、
まさしく白わんこの脳や神経やもろもろの器官であった。

調べてみると、頭蓋骨の内容物は、頑丈な骨に守られて非常に燃えにくいらしい。
10キロほどの犬がそうなのだから、
人間の頭がい骨の中身はさらに量も多く、燃えにくいに違いない。

どうも人間の場合、
火葬途中である種の力を加えて割ってしまう場合もあるのだそうだ。
割らずに脳の内容物まできれいに焼き切るためには近代的な火葬装置が必要で
旧型だと相当の長い時間が必要になるらしい。

そうえいば昔むかし、40年くらい前は
火葬場での待ち時間は半日くらいも必要だったと思うが
今はそんなにもかからない。
火力が強力になったとかいろいろあるのだろうが、
実際のところは、そういうハード面だけではないようだ。
考えてみたら、まるまるの形で焼き上がったら、骨壷に納めることも難しい。

まるまる上手に出来た頭がい骨を、かち割って骨壷に納められたら
家族親族としては、胸中穏やかではいられないので、
むしろ見えないところで処理してくれた方がいいかもしれない。

と、話を犬に戻して。
乾燥脳みその詰まった頭がい骨他多くの骨は骨壷に戻して
それはピアノの上にとりあえず置いてあり、
娘は犬の下あごや(牙のついたもの)可愛い形の小さな骨をいくつかと
骨盤と思しき割れ骨を、アオハタのマーマレードの空き瓶に納めて
自分の部屋のベッドサイドに置いている。

毎晩眠るときは、マーマレード瓶に向かって「おやすみ」と挨拶をし、
「また会えるように」と神様に祈りながら(泣きながら)眠るのだと言う。
また会えると言ったって、そうすぐに会えたら私が困るのだが。

ところで、犬の骨を焼いた火葬場では、
火葬に骨壷、骨壷袋のほか、
白木の位牌と線香とおりんと線香立てと、ろうそく立てとろうそく
などがついて3万円しなかった。
(犬の大きさによって値段が違うそうだ、うちの犬は死ぬ前には10キロなかった)

殴り書きのようなへたくそな字の書かれた白木の位牌も
(しかもうちの名前が間違っていた!)
おりんも線香立ても線香もろうそく立もろうそくも、
火葬場から帰った翌日にはゴミに出して捨てた。
うちの犬は仏教徒ではないので、そんなものはいらない。

きらきらした糸の菊模様の骨壷袋すら個人的になんだか好きではないので
そのうち可愛い骨壷でもみつけて、ちょこんと置いておきたいと思っている。

(犬の骨壷は脳みそ入りなのでカビが湧く場合があると言うから少し心配である。
庭に撒くか、木の根元にでも砕いて埋めるか、そのどちらかがよいのだが
今のところ、娘のオーケーは出そうにない)







カーネーション放送中止ってさぁ

出来事から
04 /09 2013
テーマ曲からして「喜劇」という感じの朝ドラ「あまちゃん」を
見るのは朝の7時30分である。

そして、面白ければ8時の地上波のほうでも見たりする。
これは続く番組「あさイチ」でのイノっちと有働アナウンサーの
朝ドラへの反応コメントを見たいがためでもある。
だれかが、この二人のコメントを朝ドラの後の30秒番組として
やってくれればいいのに、と言っていたが、私もそう思う。
大きなニュースや、有名人ゲストが登場する場合は、このコメントが割愛されるので
がっかりすることがあるからだ。

で、今日はなにを書くかと言うと、BS7時半の「あまちゃん」のまえに放送する
過去の朝ドラ再放送枠の話である。

先日までその枠では「おひさま」をやっていた。
その前シーズンに放送されていたのは「ゲゲゲの女房」であった。
つまり順当にいけば、この枠では今シーズン「カーネーション」が始まる予定だったのだ。

それを楽しみにしてテレビをつけた私の落胆は大きかった。
はじまったのは「カーネーション」ではなく「純情きらり」だったからだ。

別に宮崎あおいの演じる主人公が優秀で真面目で頑張り屋すぎるとか
義母の介護を立派にやり遂げる部分がなぜか妙に癇に障るとか
もういい加減話が古臭くて説教めいている気がするから嫌
・・・とかいうだけの理由ではなく

単純に「カーネーション」が見たかったから「純情きらり」では嫌だった。

なんでも「カーネーション」に出演したチョイ役の俳優が
わいせつ目的の誘拐の疑いか何かで逮捕されたのが放送中止の理由なのだそうだ。
う~~~~~、残念無念である。

以前も書いたが、私は「カーネーション」が大好きであった。
主人公がどすの利いた啖呵を決めるところなんか、最高にかっこよかった。
バリバリに働く女というのもかっこよかった。
「家族のために第一線から身を引く」なんてことを、考えもしないところがよかった。

どうも朝ドラの主人公たちは「家族のために」が多すぎるのだ。
「家族のために」喜んでキャリアをなげうって満足するタイプが多すぎて
共感出来ない女性も少なくなかろうと思う。

実際世の中の多くの女性たちは、喜んでキャリアをなげうってはおらず、
家族やその他の問題があって仕方なしに放棄したり、職を変えざるをえなかったりする。
だから、猛烈な主人公が猛烈に仕事に突き進んで
「家庭的な女」になろうとしなかったその姿には快哉の感があったのだ。

・・・っていまさら昔の朝ドラのことを持ち上げたってしょうがないので
「あまちゃん」の話にするが、
やっぱりドラマは脚本家の色に仕上がるものだと、つくづく感じる。
宮藤官九郎の脚本の軽さ、明るさ、能天気さ、キャラクターの変人さ、は
見ていて愉快である。
(それでも朝ドラだからクドカン色はやや抑えめだが)

「純と愛」を見ていたときにはその手のことをすっかり忘れていたが
「あまちゃん」の主人公の女の子の顔が、すっごくかわいいのである。
私が男だったら、絶対に恋しちゃう顔、と言ってもいい。
「こんな娘がいたらうれしい」と言ってもいい顔。

クドカン作品では明るくて軽快な内容が
突然どか~~~んと衝撃的に暗い話になることが多いが、
今回それは東日本大震災の場面になるのだろうか。
多くのクドカン作品では、
不思議とその暗い暗い話を、主人公たちがふわっと乗り越えているので
今回もそういう感じであってくれたらいいなと思う。

とりとめがないが、夕食の支度をする時間なので今日はここまで。
ちなみに今夜は酢豚である。

10年後はどうなっているのだろう

いろいろ感じたこと
04 /10 2013
中国では鳥インフルエンザの脅威がどんどん拡大中だし
北朝鮮は今夜夜中にも、どこかへミサイルを発射すると言うし、
アジア圏は、いま、えらい状況になりつつあるのに、

私ときたら、ごくごく小さな事柄でああだのこうだの・・・・

と言うわけで今宵、隣国でミサイルがいましも発射されるかもしれないときに、
この国の防衛省がまんじりともせず情報を分析しつつあるときに、
韓国が自国の存続をかけて勇気と決断を奮い起こそうとしているときに、
丁と出るか半と出るかで、アメリカと中国の二つの巨大国家が
大きく動き出すに違いないそのときに、

私は相も変わらぬ小さな日常ネタを書く。
曰くこれを小市民という。

今日は少し遠い場所まで出かけたが、行きと帰り、電車の中であらと気がついたことがある。
行きも帰りも私は座ったのだ。
わりと人が立っている車内で。

席はちゃんとひとつ空いていた。
ただ、隣に座って眠りこけている男性の開脚幅が肩幅よりもはるかに広くて
空いている席にもしも誰かが座れば、その人は足を1本しか置けないかもしれない
・・・・というような、つまり
ふた席分にまで足をおっぴろげて眠りこけているオヤジがいて、
その席だけが空いていたということだ。

なんと、私ったら少しも躊躇することなくその席に座ったのである。
眠りこけていたおっぴろげオヤジは、隣に人が来たと知ると少しずれて
足も少々幅を狭めた。
つまり、座ってみたら、なんでもなかった。

平気で座ってしまった自分に、ちょっと呆れた。
極めてお行儀の悪いオヤジの隣にちゃっかり座る50がらみのおばさん、
うわぁ、私もついにそれになったか!
なんとそれが帰りの電車でも同様であった。

ちなみに私は、やせ型160センチの42キロというすんなり体型なので
155センチ70キロの洋ナシ型が、土俵入りのようにして
席に尻をねじ込んだわけではないから、そこは誤解のなきようにお願いしたい。
でも、空いている席に遠慮も躊躇もなく座る姿は、
やはり年相応の厚かましさに満ちていたことは否定しないでおこう。

次は駅のパン屋での一こま。

パンをトングで取ってレジに並んでいた。
私の前に並んで会計をしていたご婦人が、財布の中にお金を入れるのに難渋して
なかなか場所をどかない。
「私ったらいつもそうなのよ、娘にも怒られちゃうのよ」などと
言葉だけはにこやかに悠長に、手元はかなり慌てて財布を開き
お札をしまおうと必死になっているが、動きは非常にたどたどしい。
見るに見かねて店員さんが、「次の方どうぞ」と言うので
私は前に出て支払いをしたが、その間もご婦人は財布をいじり
鞄を開き、ときどき顔をあげては「いつもこれだから」とニコニコ笑う。

ご尊顔を拝すると、ご婦人は70代かそれ以上で、
人の良さそうなかわいい笑顔とはいえ、
なにぶん鼻の下の産毛が相当長いこと放置されて手入れされていないと拝察した。

ご婦人は「娘が怒るのよ」とまた言いつつ「それでおいくら?」。
「もうお支払いは済みましたよ」と若い店員さんが困ったように返す。
「あら、そう、だからボケちゃったみたいだって言われるのよ、
ねぇこれじゃ言われても仕方ないわねぇ、娘に怒られちゃうわ」
若い店員さんは返答に困惑し、中途半端な笑顔を返すのみである。

・・・・言えやしない、ボケちゃったのではなく
ボケてきてます、いえ、そろそろ危険範囲です、などと。
ご婦人をよく叱る娘さんは、心配をしながらも、いまだ手を打ってはいないのだろう。
自分の母がボケたとは、信じたくないのかもしれない。

しかしあれは、はっきり言って危ない。
悪い人たちに目をつけられたらいいカモにされて、金を巻き上げられる、
変なものを買わされる、など危険がいっぱいである。

子や孫に「ボケたんじゃないの?」と言われて
「お母さんしっかりしてよ!」とか怒られるのは
子供を育てて来さえした大人としては、複雑であろう。
ただでさえ、自分のやったことや記憶が上手に結び付かなくなったり途切れたりして
心の中は不安と困惑で乱れているだろうに
ニコニコしながら「娘に怒られちゃうわ」と冗談めかした言葉にして
少しでも自分を守ろうとするのが、見ていて切なく、痛ましかった。
きっとあれは、あと10年もしたら私自身姿になるのだろう。

10年後、北朝鮮と言う国はまだ存在しているだろうか
鳥インフルエンザのワクチンは出来ているのか。
それは神様しかご存じない。
今夜のミサイルがどうなるかも、神様しかご存じない。



強さなんて

こころ
04 /12 2013
むかしむかし十代のころ、私は刃物のような子だった。
なんでも白黒をつけ、命令してくるものには切りかかり、
守ろうと近づいてくる人をも、刃で傷つけずにはおかなかった。

人間で、私を正す人は現れなかった。
いや、いたのかもしれないが、私はその人も傷つけただろうし、
とてもよく切れる刃物だったから、
抱きしめてくれたが最後、相手はずたずたになってしまったのかもしれない。

だから神様は私に病気を下さった。

人格障害の父親がいるゆえに背負ってきた多くの問題、
暴力とか貧困とか犯罪とか家庭不和とか、
過去の私には何より自分を責め縛る鎖であったはずのそれらが、
なんでもなかったと思えるほどの、
圧倒的な力を持って、病気は私を内側から浸潤した。

私は何百本もの針やメスで血にまみれ、熱と痛みに攻め続けられ、
泣いて、叫んで、何年間も飢え続け、二度とない若い時間をベッドの上で浪費した。
友達と言えるならそれらの子たちは、
みな元気に華やかに美しくなって、学校や社会に羽ばたいていき
私は病院以外に行く場所のない、行くことのできない長い時間を過ごした。

失ったものは多い。
得たものよりもずっと多い。

けれど、得たものは失ったものすべてより大きい。

私は「強さ」を失って「弱さ」を得た。
そして知った。

私が持っていた程度の「強さ」なんて、「強さ」ではなかったのだ。

本当の強さは人を傷つけるために使われたりはしないのだ。
本当の強さは何か尊いものをうみだすために使われるのだ。

強さは人から見えなくてよい。
知られなくてよい。
それを持つ本人すら気付かなくてもよい。

弱い火種が、いつか大きく燃えるように、じっと小さいままに守っているのがよい。
火種で周囲の人を傷つけないように、自分の掌の中に包み込んで
自分の手だけを焼き続けるのがよい。

そうして顔だけはいつもにこにこしていたい。
あるいは
穏やかなばか面を晒して、おひさまの光に喜び、風に笑って、雨に夢見て、曇りに眠る。

ああ、いい季節だ。
桜も終わって、次に来るのは桜よりも美しい新緑。




義母が入院し夫がしょげ返る

出来事から
04 /14 2013
三日ほど前、義母がすってんころりんと転んだ。
腰のあまりの痛みに医者に行って診てもらい、骨は折れていないと言われ
薬を飲んで眠っていたら、少しは痛みが取れたらしい。

しかし夜中に痛み止めが切れたら、痛くて痛くてもうなにも出来ない。
寝返りはもちろん、起き上がること、座ること、歩くことなどもちろんできない。
そして結局昨日、義母は入院した。

「一人でトイレもいけない、パンツも上げられないんだから
入院してもらった方が助かる」
と義父は言った。
実際その通りだろう。

義母は73歳。
2年ほど前にも自転車で転んで膝をやったが、足を引き引きしていたものの、
貼り薬で何とかごまかして、いつしか落ち着いてしまったことがあった。
しかし腰はさすがに難しかろう。
それに70代を超えると1年違うだけでずいぶん体の状況も変わってくるという。

ここ数年間、義父は癌手術を2回やり、入院もたびたびあって、
長男である私の夫は、義父の抜けた会社の仕事を
ずいぶん頑張ってやり抜いてくれたものだが、
今回の義母の入院に関しては、どうも義父の時と雰囲気が違う。

夫はなんだか元気がないのだ。
しゅんとしているのだ。
癌による義父の入院の見舞いに行くのも面倒くさがった夫が、
昨日入院したばかりの義母のところに「行かなくちゃ」と自ら言葉にしたのだ。

ああ、男の子はやっぱり「お母さん」が大事で大切なのだ。
日頃、義母のことを平然とバカ扱いし、
義母の作った食事を残し、食器が洗いきれていないから不潔だ、などと抜かしている夫が、
今日いそいそと義母の入院した病院へ車を飛ばしている。
朝にテレビで見た「長崎のびわ」を買っていってやろう、などと
殊勝なお見舞い品まで持って行く算段までつけて。

息子と母親の密接な関係というものを、私は実際の身近に知らずに来たが
しょげ返る夫を見ていたら、
「ああ、まちがいない、彼は母親に対してはある部分が子供のままなのだ」
と思った。

小さな赤ちゃんのころ、おっぱいをくれ、
うんちおしっこの世話をしてくれ、おんぶしてくれ、だっこしてくれ、
子守唄を歌ってくれ、手をつないで歩き、泣いたら助け起こしてくれた人。
そうだ、義母はおっぱい時代からずっと、
もう50年も夫の食事や世話を焼き続けた人なのだ。

義母は夫にとって自然な存在、あって当たり前の存在なのだ。
だから義母が老い、その体が弱くなっていくのは、どうにも受け入れたくないし、
受け入れられないのだ。
それはもう理屈ではないのだろう。

しょげ返る50がらみの男、つまり夫を見て、私はなにを思ったか。
ただひとことだ「コイツしょうがねぇなぁ」。

決して言いたい言葉ではなかったけれど、
こういうしか、彼が安堵しないだろうと思って、私は言った。
「出来ることは私もやるからさ、一緒に頑張ろうね」

夫は小さくうなずいた。
そして少し間を置いて、笑ってビールを飲んでいた。

私の父が倒れたときも、母のことで苦しんでいるときも
なに一つ手伝ってくれなかったくせに、という恨みの言葉は喉もとで止めた。

思い出せば腹も立つが、過ぎたことはもういいし、これもしょうがない。
しょうがないことは言ったってしょうがない。

確かなことは事実のみ。
人はみんな老いるのだ。
いずれ私も、夫も。

だから助けよう、出来ることしか出来ないが。

義母のこと実母のこと

いろいろ感じたこと
04 /17 2013
今日は、2人の母の話。

まず夫の母であるが、入院経過は良好で、痛みもなく落ち着いて病室で過ごしている。

義母の入院しているのは、夫の実家からバスで数分の病院で、
知る人ぞ知る上野のパチンコメーカー会社や展示場が集合している地域にある。
ショーウィンドゥには
パチンコやスロットのかわいいキャラクター、あるいは劇画調の、
あるいはコミカルな、あるいは3Dっぽいものなどが描かれていて、
通りの雰囲気をなかなか個性的なものにしている。

病院が近いのに、花屋はごく小さいのが1件しかなく、
過去にそこで花かごを作って品質の古さにげんなりした覚えがあるので
義母への土産には、他の駅でクッキーの詰め合わせを買っていった。

義母は入院後、検査も処置も何も無く、
こんなに何もしないのならば、入院なんかしなければよかったかしら?
なんて言っていたが「何もしないでいいから痛みが起きない」のは間違いない。
退屈そうなので売店で雑誌を3冊買って持って行った。

入院中読むのに一番適しているのは、
重量も内容も軽く読んでも読まなくてもいい女性週刊誌だと思うので
それをまず1冊。
そしてそれより少々ややこしいのが読みたい場合は、そこから発展した「婦人公論」。
どちらも「愛」「性」「噂話」「夫婦」などが話題の中心で、
無責任にテレビを見る感覚で流せるところが、おばさん向きなのだ。
(美容院と同じだね~ww
料理系月刊誌やビジュアル系ファッション誌は重いので病人によっては読みづらい)
ほか、
お義父さんもよく来て時間をつぶすのに難渋しているそうなので週刊朝日もついでに買った。

話らしい話はほとんどなく、
「迷惑掛けてごめんね~」「そんなのいいですよ~」の繰り返しみたいなものだ。
それでも一応顔を出したぞという気持ちで終了。

病院前の竹隆庵岡埜で和菓子を買って帰った。
外見はみたらし、中身は上品なこしあんという塩気と甘みがなんとも粋な
門前団子が江戸前でよろしい。
初代最中の皮には小麦ブランでも配合されているのか、
香りが濃いのもちょっと新鮮で、
この店に寄れると思うと今後義母をお見舞いに行く楽しみが出来た。

実母はというと、先日ホームに薦められた病院に二度目の診察に行った。
初診時は認知症の母と半日を費やしたので、私の疲労は半端なかったが
今回は行って診てもらって帰って3時間半ほどだったのでかなり楽であった。

・・・・ただ、どこかに連れて行くと、母はなにか食べて行きたがる。
その「なにか」を決める思考は失われていて「おまかせするわ」となる。
どこだろうとなんだろうと、美味しく食べられるらしいが
前回の初診時の帰路にラーメン屋に寄って懲りた。

前回ラーメン屋に寄ったところ、母は非常に喜んでバクバク食べたが
老人の消化能力を超えている食物だったのだろう、
食べている途中でゲーゲー言い始めた。

食い意地だけは忘却していない母は吐きそうになっている口に
ラーメンを入れようとしては、ゲーっと上げかける。
店のテーブルに嘔吐されたらと気が気ではない私は
ラーメンを食べたがる母を無理やり立たせて、急いで店を出た。

そのようなことがあって、母には外食させたくなかったが、
母は子供のように食べ物屋の前で立ち止まるのだ。
ああ仕方がないなぁ、と思ってパン屋に入り、
小さなチョコレートパンをトングで皿にとって並んだ。

と、振り返ると、母が素手で売り物のパンを握っているではないか!
ああああああああああああ

電車が始発でがら空きだったのを幸い、買った小さなチョコレートパンを
母に電車の中で食べさせた。
(素手でつかんだ大きなパンは買って帰ってきた)
「おいしい、おいしい」と母は喜んで食べ、
チョコレートの付いたビニール袋を舐め、入れ歯を出してはそれを何度も舐め取った。

あさましい姿に、私は何度も目を逸らした。
この母と外で食事をすることは、もう多分ないだろう。
そろそろ無理になってきた。
これが私の母だ。
会って楽しいことは、もうなにもない。

会社のホームページを作り直すのがだるい

いろいろ感じたこと
04 /22 2013
会社のホームページを作りなおそうと思っていたが、
さっさとくじけた。

昔は必要もないのに自分のホームページを作って
毎日のように更新しては喜んでいたのだが
よくまぁ、あんな七面倒臭いことが出来たなと我と我が身を感心し、
たかが趣味にかくも時間を与えて喜んでいた自分の若さに
少々あきれ返った。

いまはホームページを作ると言っても、
いちからタグを打ってえっこらえっこら作る必要がない。
無料のテンプレートが世に出回っていて、
会社のホームページでさえそこそこちゃんとしたのが出来あがるようである。

しかし、私はそれでも面倒臭く感じた。

そもそも、夫の会社にホームページなんか必要なのか。
ホームページを作っても、見てくれるのは
すでに顔見知りで付き合いのある人たちばかりで
いちげんさんや、検索から来てくれる人など皆無である。
昔の私の個人サイトでさえ、迷惑メールがわんさか来たのに
会社にはその手のものはいっさい来ない。

石原良純が広告しているタウンページにしたって
もう長いこと広告を出しているが、
それを見たからと電話してきた来た人はいまだだれ一人いない。
なので長い付き合いだったが、タウンページからは卒業することにした。

だいたい広告を出して客が来るような業種ではないのだ。
この世界に足を突っ込まざるを得なくて知ったのだが
製造業という業種は、人間関係イコール仕事関係なところがあって
能力技術もさることながら、
義理人情もそれと同じくらい重要視される世界なのである。

見知らぬ若手が立ち上げた格安な技術よりも
多少割高でも長年の付き合いの相手を選ぶ。
長年の付き合いのいいところは
たとえば双方に無理やら相談がきくことだろう。

今月の支払はきついから半分翌月まで待ってもらうとか
そういう都合を相談できるのである。
お互いよく知った間柄で、長年の信頼があれば
「この仕事はあそこに出すのだ」という取り決めは言外に決定されていて
そこに新規が割り込むのは非常に難しい。

伝え聞くところによると、東京電力が今回のあれこれで財政難のため
各電力系の大手下請けに値下げ要求を申し入れているそうだ。

たとえば今まで10万円で買い上げていた必要品を
8万円にしろと言ってきているわけだ。

10万円で売っていたものを8万円にするためには
いままで1個作るのにかかっていた費用を安くしなければならない。
大手下請けはそれを作っている二次下請けに
材料費あるいは製作費用を下げろと申し入れる。

ところがどっこい電力系はこの数十年上り調子に上り調子の安定企業だから
二次三次の下請けといえども値下げなんか求められたことがない。
このあたりが白物家電やら自動車業界なんかとはその意識を異にするようで
「うちはこれ以上安く製造することは出来ない」と断ってしまう。

で、どうするか。
大手の下請けさんは上から下げろと言われ、二次下請けからは下げないと言われて
自分の身を削るかと言えば、それはありえない。
数十年探したこともない他の製造業へ当該製品の試作をもちかけてみるのである。

するとびっくり、
電力系列の二次三次の下請けがいかに高値で物を作っていたかがわかる。
自動車や家電の製造業者は長年頼んできた下請けに比較して
そうとうお安く品物を仕上げてくれた。
しかも製品はいつも頼む下請けと比較しても引けを取らない。

それくらいになっても義理と人情はまだ続く。
それまでその製品を作っていた二次下請に、他社が安く作った製品のことを報じるわけだ。
するとさすがに二次下請けはひるむ、そして世の中は広いということを知る。

自分たちのしてきた仕事の難易度は高く、
安く作れるはずがない、と思っていた人々は
他の製造業者の実力を見せつけられて
ついにしぶしぶ値下げを受け入れるしかなくなるのである。

・・・・かわいそうなのは値下げを受け入れざるを得ない下請けの下請けかというと
いや、そんなことはない。
難易度の高い試作品を作らされた他の製造業者である。

電力系と聞けば、世の製造業者にはいまだ安定株のひとつといえる。
その席がほしいばかりに難易度の極めて高い製造物を
ねじり鉢巻きで作ったのかもしれない。
しかし結局それはあて馬にされただけなのである。

というように、業界は業界から、業種は業種から、企業は企業から
そう簡単に外へは出て行かない。

そんな世界の広告とはいったい何の役割を果たすのか。
結局は企業イメージなのかもしれない。
「ちゃんとした会社なんだな」という。

しかし、だ。
まだ製造業種は広告イメージを業者間で重用しない。
企業イメージはあくまで購買層、サービス相手に向けてのものでしかないのだ。

ここまで書いてきて、ふと思った。
これくらい書けるんだったら会社のホームページも書けたかもしれない、と。

いや、いらんな。
古いままであっても、存在しているならまだ上等である。
数百人を抱える大きな会社でも、いまだホームページを持たない製造業があるくらい
まだまだ日本の物づくりの世界は昔気質なのだ。

新しく作るのが面倒なので、このように言い訳して終わる。
ちゃんちゃん。

高次元の魂

いろいろ感じたこと
04 /24 2013
先日読み終えた本に「高次元の魂を持った人」という言葉が出てきた。
この言葉に漠然とながら、理解を示せる人はどれくらい存在するのだろう。

高次元の魂、までは行かなくとも、透明無垢な魂になら
何人か会ったことがある。
透明無垢な魂を持った人は、心が表面にあらわれて、その存在自体が透明で無垢に感じられる。
私の知っている透明無垢な魂を持った人たちは
どなたもみな透き通るような悲しみを身の内に秘めていた。

高次元の魂を持つ人とはどんな人だろう。
普通の人間なら心も体も破壊されるほどの、善意や良心など吹き飛ぶほどの
凄まじい経験を経てなお、人間を愛し、信じ、喜びに満ちている人なのだろうか。
命が弾み、溢れるように流れ出して、周囲にその喜びが伝播するような人。

その本の主人公は、ルワンダ紛争の生き残りのツチ族である。
彼女の家族はみな尋常ならざる殺され方をしたが、その殺戮を実際に行った人間に対して
彼女は泣きながら必死で言ったのだ。「あなたを許します」。

テレビで残虐な犯罪を見聞きするだけで、赤の他人の私でさえもが
「こんな奴は死刑になればいい」と言ってしまう。
それを実際の被害者の家族が、殺人者に向かって「許します」と言った。

高次元の魂は、そこまで出来ないと獲得ならぬものなのだろう。
本の作者である彼女に会った人は、彼女から発するなにか尊く喜ばしいエネルギーに
圧倒されてしまうのだそうだが、私もちょっとだけ会ってみたい。

彼女はどうも普通ではない人だから、
この本を読んで疑問を抱いたり、嘘だと糾弾する人も少なくないそうだ。
多分それらの人たちは、
普通でない魂を持った人たちのことを知らず、
(透明無垢な人にすら)会ったことがないのだろう。


ところで、この半月来、あるブログ同士で諍いがあり、
この二人をなんとか普通の間柄に出来ないかと気を揉んでいたのだけれど、
私の中で今日、なにか決定的な感じがあった。

私はどちらにも長所を認めていたし、短所にも気がついていた。
どちらにも見習う点があり、どちらにも批判できるところがあった。

双方どちらにも謝罪があり、その度にどちらかが態度を硬化させ
ねじれ、ねじれて今日まで来たのだが、
その一切がたったひとこと「わたしはあなたが嫌いです」で終わってしまった。
(諍い中に使われたのは二度目?だが)

それは正直な言葉かもしれない。
だがそれは刃物の言葉だ。
直截的に世の中の出来事を語り、身内を家族をズバッと切るのはかまわないが
(お身うちは慣れておいでだと以前返信いただいた)
心を持ったほかの人間、個人に対して切りつけるのはもはや暴力である。
非常に凶暴な暴力である。
少なくとも、大人として使用するべきではなかった。

言葉は刃物だ。
言葉だけでも人はズタズタに切り裂ける。



ふっと思い出した。
ふたつ目の大学を卒業したとき、部活動に仲の悪かった子がいて
その子が電話で私に謝ってきたことがあった。

「謝ればすべて済むって思ってるんだろうけど、
大人なんだからちゃんと理解しなさいね、
謝っても許してもらえないことってあるのよ、今回がそれ。
私はあなたを許しません」

確かそんな風に私は言い放ったのだ。
彼女は半泣きだった。
ああ、なんて愚かな、バカげたことをしたのだろう。
あの子はまだ21歳だったのに。
いったいどれほどのことをしたんだって言うのだ「許さない」だって?
家族を殺されて民族種族が何万人も殺されて自分だって何度も危ない目に遭って
それでも許しますと言う人がいるこの世界に、
どれくらいすごい「許さない」があったっていうんだ、
ああ、私ってどうしようもない。

Kちゃん。
ごめんね、あのときは。
私の方がどれほど馬鹿で愚かで狭量だったか。
なにが許さないだよ、ほんと、私って大馬鹿、もうどうしようもない大馬鹿。
ごめんね、ほんとうにごめんね。
ごめんね、ほんとうにごめんね。
どうか私を許して下さい。