痛みに効いたロッキー・ザ・ファイナル

見た映画の感想
05 /04 2013
昨日の昼過ぎ、NHKBSで「ロッキー・ザ・ファイナル」をやっていた。
そういえばこの連休が始まってからずっとロッキーシリーズを通してやっていたな
などとごくごく軽い気持ちでテレビの前に座って画面を眺めていた。

ところでこの作品、2007年日本に来たとき映画館で観た。
その時の感想はというと、私は単純に「おもしろかったね~」で
ロッキーは見なくちゃ! と大張りきりだった夫は
「ロッキーがよぼよぼになってた、やだ」であった。

まぁそう感じるのも仕方がないくらいに、シルベちゃんは老けていて、
血管がこぶこぶに浮き上がる筋肉が、ずいぶん汚らしく、痛々しく見えた。

が・・・・同じ映画だと言うのに
昨日観たロッキー・ザ・ファイナルには、
私はものすごく勇気をもらってしまった。
やはり特にあのテーマ曲が流れ始めたあたりから、俄然元気が出た。

実は愛犬の白メスが倒れたあたりから無理がたたっていて
それでも何とか切り抜けてきた私の身体の具合が
そろそろボーダーラインを超えてしまったらしいのだ。
昨日の私は体の中にあるべき多くの体液中物質を消費消耗し、
特に電解質のバランス不足がはなはだしく、
両手両足に間歇的なこむら返り、いわゆる筋肉の攣りを起こしていたのであった。

筋肉疲労や冷えで起こるこむら返りとは異なり、
電解質の不足によるものは、攣りの特効薬とされる芍薬甘草湯をもってしようとも
治まりはしない。
さらにいえば、こむら返りの強烈なものが5分10分という長さでなく、
数十分間続き、繰り返されると、けっこう肉体精神ともにキツイ。

とはいえ、まだ両手足程度だったために、
(本格的になると手足のほか内臓や上体部に来て、酷いと心臓が攣って死ぬ)
私は口から必死で電解質系を補っている状況だった。
このレベルは点滴なら即復活なのに、
経口投与だと私の身体の能力では未消化廃棄分が多いのか
なかなか痛みが鎮まってくれない。

私はロッキーを見ながら痛みに泣くのをごまかし、我慢していたが
例のテーマ曲が流れ、老ロッキーが走り込みを始めると
私もいつしか受け身の気持ちを振り棄て
「くそぉくそぉ」と筋肉の痙攣と戦うかのような気持ちになって来た。

映画の盛り上がりとともに、きっと私の脳からアドレナリンがどくどく出始めたのだろう。
私は口にクソマズイ経口電解質液を含みながらロッキーと一緒にリングに燃えた。

そしてロッキーの言葉
「痛みに耐えて前へ進むものだけが」を聞いて
ほんとに足や手が攣って痛くてたまらん私はもう

「よっしゃ~~~~~~!」

いやぁ、いい映画だったぞ。
2007年に見た当時はやっぱり若かったのだろう、
40代には老いたロッキーの本当の凄さ、かっこよさ、深さがまだ理解出来なかったのだ。
それに実際筋肉の痙攣と戦っていた私には、
痛みに耐えて立ちあがり、最後まで戦ったロッキーの言葉が、
天の声のごとく響いちゃったもんね。
(ロッキーは敬虔なカトリックだしww)

しかしアドレナリンが出すぎてしまったせいで、映画の直後に
「あっ! うちの年より黒オス犬はトイレが近くなったんだ!
おしっこ散歩行かなきゃ!」
なんて攣っている足で行動に出たから、これが少々余計だったかもしれない。

おかげでテニスの試合に出ていた夫へのメールはこうなった。
「ごめんなさい、手足がすごくつって心がくじけて折れました、
夕ご飯作れません、すみません」

というわけで、
夫は夜、閉店前のスーパーでとんかつとポテトサラダと食パンを買ってきて
サンドイッチにして食べていた。
私ももらって食べた。
ついでに、買って来てくれたロールケーキも食べた。
夫が珍しく優しかったので、心が潤った。
ついでに私の電解質不足は少しずつ治まってきた。

ともかく、ロッキー・ザ・ファイナル、痛みに効いた映画であった。
痛みどめとして、購入まで考えたりしている。
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姉夫婦のことなど

出来事から
05 /06 2013
働き続けていまや立派な管理職、
収入も地位も同世代の男性と変わりがない1歳違いの姉が、
先月新しいマンションを購入し、引っ越しした。

それまで住んでいたマンションは、義理の兄のまめまめしい管理と手入れのおかげで
我が家とは比較にならないほど美麗で傷みもなかったのに
姉によると手狭で、住み飽きた感もあるのだそうだ。
(「刺激がない」と姉が言っていた)

新しいマンションに入居し、姉はこの連休中に
満足のゆくまで各所に手を入れ、片付けをした。

「新居を見においで」という連絡もなかったので電話で聞いてみると
一昨日設置されたエアコンについて、どうも納得いかないところが出てきたらしく
最後の休日もそれら一連の
「せっかくの新居だ、満足するまで」活動に使われたらしい。

私の知っていた時代の姉は、決してインテリアに凝っていたわけでもなく、
一般の女性管理職のイメージ象とは違って成績が優秀だったと言うほどでもない。
ただ、父にも母にも流れる激しさと強さを兼ね備えた性質に、
職場によって身につけたのであろう一切の妥協を辞さぬ姿勢が
いまのぱきぱきした性質をもった姉を作り上げてきたのだと思う。

姉の夫はもともとは芸術系の人で、経済的な生活力を重視しないタイプだった。
子供を育ててゆく際に、姉は収入面ではるかに上に立っていたので
「そんな偏見なんとも思わない」義理の兄に賛成されて法的に一家の戸主となった。

(一般的に女性が戸主だと母子家庭などだと思われやすい傾向があるが
戸主は男女ともに変更可能である)

姉はバリバリ働いたし、義理の兄は仕事もしつつ、
買い物や掃除や片付けなどをきっちりこなしてくれた。
私たち姉妹の父親が死んだ際や、母が東京からわが地域に転居する際なども
義理の兄は率先して様々な場面で手伝ってくれ、
その穏やかな表情や優しさを見るにつけ、
仕事にかまけて一切ノータッチで済ませるわが夫の厚顔が、憎たらしくて恨めしくて
仕方がなかったものである。

が、その義理の兄が、引っ越しのあれこれで心労とストレスが重なってしまったのか
現在めまいや頭痛、不整脈などで通院中だそうだ。

夫婦のことは夫婦にしかわからないのだから、
私の思うのはあくまで推測なのだけれども
もしかして姉の「指示」や「引き綱」に、
もう若くはない義理の兄の心には、疲労がたまってしまったのではなかろうか。

姉は管理職であるからそうそう仕事を休むこともできず
マンションの売買や手続き、引っ越しのあれこれなど
義理の兄にずいぶん多くを任せ、求めてしまったのかもしれない。
エアコンの設置に関してすぐさま文句を言いたてて
翌日には再工事を要請し、実際に行わせてしまう姉なのである。

姉の家でコーヒーが出ると、カップが空になった途端に片付けられ、
スリッパは脱ぐそばから揃えなおされる。
食べかけのお菓子がテーブルに乗っているなどということはありえないし、
脱ぎ散らした服がソファーに有るはずもない。
しかも多くの場合「すぐに片付けて」である。

それらの性急さと指示性によって義理の兄の心が圧迫されていることは
考えられないだろうか。
正直に言うと、自分の姉ながら、彼女と生活するのは大変だろうと思うのだ。

美しく整い、センスの良い品々に飾られた落ち着く室内に、憧れがないとは言わない。
しかし、この頃の私たち夫婦は
床がみしみし言う築35年のボロ屋に住まいながら
水の入った田んぼから響く蛙の合唱をBGMに
のんびりだらだら食べたり、話したりしていると
なんと贅沢でくつろげる時間を過ごしているのだろうと幸せに感じてしまうほど
だらんだらんのユルユルなのである。

犬がげろを吐こうと、おしっこを漏らそうと、笑って拭き取れば済む田舎家。
コンセントの数も困るほどに少なくて、冬は室内でさえ5度以下になり
夏は35度にさえなる暮らし。
犬の毛が飛び、夫の部屋喫煙で壁の色はすべて変わり
私の部屋の畳だって35年物という恐るべき家。
(調べればダニの宝庫に違いない・・・掃除はしてますが)

家には夫のものや娘のものや犬のものがあちらこちらに散らかっていて、
お客さんは何としても拒否拒絶遠慮願いたい暮らしであるが
私たち程度の「大望」も「刺激」も必要としない夫婦には
こんな感じで十分である。

であるが、姉夫婦の几帳面さと清潔好きを1割くらい分けてもらえたら
うちの中も少しはきれいになるかもしれない。
(畳を変えるにはお金も欲しいけどね)
そしてうちのアバウトさ、のんびりさを爪の垢くらい差し上げよう。
そうしたら義理の兄も少しだけ落ちついてくれるかもしれない。

義理の兄の健康が心配だ。
姉がバリバリ働いていられるのは、間違いなく、
義理の兄が支えてくれているからなのである。

夏服の悩み

いろいろ感じたこと
05 /09 2013
二日前にゴーヤの苗を植えたのだけれど
今年は暑くなるのがゆっくりでいいなぁ、と思っていたのに
今日が突然暑かった。

ああ、と肩を落とした。
衣装道楽の母がボケて衣類を整理した苦労が忘れられず、
その頃から自分の衣類を徐々に捨て続けて数年目、
今日見れば、夏に着られる自分の服がほとんどなかった。

とくにTシャツの類が一枚もなかった。
仕方がない、去年ほぼ全部捨てたのである。
なぜか。

だって首繰りが(デコルテというほうがカッコいいかな)広いのが嫌いなのだ。

首は年齢相応にいろいろと皮膚に問題が見えてくる場所である。
私だってそばかすや、贅肉くらいならまだ許容できると思う。

しか~し、しか~し、
160センチ40キロで栄養状態が極めて悪く
だいたいにおいて脱水気味でいると首の周囲の皮膚はどうなるか・・・・
加えて、首の中心静脈から何十回も長くて太い針を刺して、
縫い付け定置させてきた傷跡も複数残っているとなれば・・・・
要するに首は年齢以上に老けているわけよ、え~んえ~ん(涙

だから私は普段からタートルネックやハイネックが大好きで愛用しているのだが
夏はこれが難しいではないか!
もちろん夏用のハイネックも1枚持っているけれど、
埼玉の夏には実用的ではない。
頑張って着続けていたら、ただでさえ脱水なのが進み、おそらく発熱するだろう。

夏はこれ、という定番衣類が欲しい。
首元があまり開いていなくて着やすく、扱いやすく、お手頃値段で
出来れば涼しいもの・・・・無理だろうなぁ。

話変わって、
10年ほど前に書いたいくつかの創作を密かにブログにしていたのだが
先日それを1冊にまとめた新書判サイズの本が出来た。

稼ぎの無い私の趣味だから、出来る限り安く上げようとしたので、
表紙をはがした文庫のような体裁になった。
いわば懐かしの同人誌風とでも言うのかしら。
なんだか表紙をなくしてたなざらしにしてある本のような憐れが漂っていた。

去年の夏にお友達がブログをそのまま本にしてプレゼントしてくれたが
そっちはちゃんと文芸書然たる表紙がついて立派だ。
これから本を作ろうとなさる方々に申し上げたいが
ハードカバーにこだわる必要はないものの
新書判サイズのソフトカバーにするにしても、表紙はある方がいい。
1000円くらい高くなるかもしれないが、満足のいく作りになさりたいならぜひ。

ちなみに私は短編を数本入れただけなので140ページちょっとで
1冊2500円行かなかった。
連休が挟まれて1週間ほどかかったが、普段は3日で届くのだそうだ。

ただ、友達も言っていたが、自分で行う校正が、少々面倒くさかった。

ほん1上が安い私のもの

ほん2左が私の。外側はこんな感じの差

ちなみに私は本書を本名では作らなかった。
ただし、死後ブックオフに持って行かれると困るので自費出版のいただきものと
但し書きする予定。

家族に残される自叙伝

いろいろ感じたこと
05 /11 2013
父がいわゆる自叙伝を出版したのは70代半ばを過ぎてからだったと思う。
彼はもともと作家になりたかったのだが
仕事がらみの取材や原稿執筆ばかりで、
書きたかった小説らしいものは、その年まで書いて来なかったのではなかろうか。

父の本は縁故でそこそこ大きなところから出版されたが
1冊も売れていないだろうと私は踏んでいる。

私の父は作家の夢を抱きながら、ついに1ページも作家になれずに潰えた。
というよりも、父は自身で作家に成りえないことを証明して死んだ。

父の自叙伝に、真実は1辺もなかった。
自叙伝中の父は勇敢で冷静で懸命で努力家であった。
登場する母はお嬢様育ちのままに妻となり母として君臨し
礼儀正しく見目麗しい二人の娘はすくすく育っていい縁づきをえて嫁いでいた。

整形外科の外来で老人が父の自叙伝と似たような話をよくしていないか?
「自分は会社で部下を○○人持っていたがね」
「あの件で自分は(えらいどこそこ)に言ってやったんだ、すると」
「いやぁ、こんなのは普通でね、大したことじゃない」

父の書いた本の中身は整形外科や内科の待合室で聞ける程度の
自慢話でしかなかった。

父は自分の修羅と悲惨を文章にすることが出来なかった。
自分がどれほど愚かで馬鹿なことをやってきたかすら描けなかった。

父がわずかでも真実を描き、自分の愚を理解し、認め
心のうちに悲しみと後悔を宿していることが読み手に伝わったならば、
私はまだあの本を残しておいただろうが、
あの本は私の父に対する軽蔑をむしろ決定的にし、
本はもちろん1冊たりとも手元にないし、残っていた部数はすべて捨てた。

あの頃姉はすでに父を見限っていたのか、
あるいはあの年齢の男らのアイデンティティを理解していたのか、
「しょうがないよ、あの年の人はもう人生を否定できないのよ」と
言った。

積み重ねてきた人生がどれほど罪と涙に満ちてきたかを認められない、
それはきっと自己否定につながるからなのだろう。
別にほかの老人はそれでもいい。
誰もそんな話を本気にしないし、放置すれば済む。

しかしだ。
自己の修羅と悲惨をまっすぐ見つめることなく小説が書けるのだろうか。
読み手の心に響く物語が書けるのだろうか。

先日本を1冊作ったことを記したが、
私の修羅はすべて家族にはかかわりのないところにあり
それらを家族に残そうとは思っていない。

ただ多くのブロガーさんのところに訪問するにつけ感じることは多々ある。
経てきた苦しみを、いま抱いているその苦しみを
「それでも私はなによりも家族を愛している」
「家族がいるから生きられた」と、
その両手を一切のごまかしと装飾なしに
家族に向けて広げて書いた本が作られたとするならば
それはその家族にとってはアルバムと同じくらいの大事な書物になるだろうと。

追記
とても大事なことを忘れていた。
書くことには「時期」があるということ。
まだかさぶたにもならない出血中の傷をえぐり出しかねない執筆は
書くべき時期が早すぎる、ということかもしれない。
だからどうか、書けそうになるまでは、無理はしないで欲しい。

私の背負ったもっとも重たい十字架は、父のことではなく自分の体のことだが
最高に苛烈だった若い時期の日記には毎日「痛い」しか書かれていない。
あの苦しみと先の見えない怖さ、重さを書く術は、私には与えられないだろう。
だが書く能力が与えられなくても、私はそれを経験し、それを大きな糧としたと言い切れる。

書くことがすべてではない、それも事実である。
むやみやたらと「書け書け」と言ってしまう自分を強く反省したい。

オメーモジジイノ仲間イリカ

いろいろ感じたこと
05 /15 2013
認知症の実母を病院に連れて行ったのが母の日の翌日。
月曜日が2週連続で休日となったために、待合室は混雑混雑もう混雑である。

ちなみに認知症の母が先月から受診している病院は「精神科」、
しかも認知症専門だけでなく、一般の精神科の人々の受診しているので
待合室はジジババのほかに、子供から青年中年中高年までバラエティに富んでいる。

それにしても知らない世界はやっぱり知っておいてもいい。
最近の新しい大きな精神科の病院の素敵なことったら、
一般の内科や外科の病医院に見習ってほしいくらいである。

精神科という言葉に付きまとう、暗くて怖いあの感じは一切なく、
清潔で明るいきれいな病院に
(田舎の土地を買い上げたのだろう)広く伸びやかな施設内のところどころには
たくさんの緑が植えられ、そこここにベンチやテラス、
晴れた日の散歩コースはまるで海外の映画のような雰囲気。

その道の情報でうかがい知るところによると
精神病院の患者の通院期間はおよそ二桁年数にわたることも少なくないので
病院は患者を一人つかむと、相当先まで見通すことが可能になるのだそうだ。
(もちろん老年性の認知症だとそれはないだろう、
そういえばじいさんばあさんの診察時間が5分に対して若い人の診察時間は20分だもんなぁ)

うつ病などがものすごく増加している昨今
ぐんぐん巨大化して、業績をどんどん上げている精神病院もある。
都内のある精神病院などは、看護師の出産後のための大きな保育園まで
病院の目の前に建てて、看護師確保にあの手この手らしい。

内科外科などの一般公立系病院の看護師などの人手が
予算によって減らされる一方、
大きな私立精神科病院の人手は、減るどころか増やされつつあるのだろう。
いまの世の中を思うに、
精神科系疾患の増大を食い止めるすべがあるなどとは考えられないので
よほど乱立しない限りは(かつての歯医者乱立みたいに)
精神科系私立病院は安泰のような気がする。

と、話が大幅にそれたが、つまり病院は大混雑していて、
わからんチンの母を連れている私は月曜日へとへとになったのだ。
ときどき書いてきたが、私はここのところなかなか体調がよくなくて
一歩踏みちがえるとまっさかさまに落ちるかもしれない状況にいたので
家族はそのあたりを非常に案じてくれていた。

案じてくれても、
私の代わりに認知症母を病院に連れて行ってくれるという人はいないため
私が根性を据えてそれを行うしかないわけだが、
それをやると、やり終えて家に帰るともはや家事をする体力気力が
あまり残っていない状態に陥るのである。

ご飯にインスタントのカレーと言う超手抜きの夕食を出しても
夫はありがたいことに文句を言わないでくれたが
私があまりにげっそりしていたので、
心配が不快に転じて夫はぶぜんとした顔で「大丈夫なのかよっ!」と言った。

大丈夫ではありません、だれも代わりの人がいません、
私はかわいそうなんです、母よりも病気です、
母の施設の職員さんより体弱くて元気がなくて、
パパの両親よりもっと病気で体弱いけど当たり前みたいに働かされてます。
でも誰も代わりがいません、
そんなかわいそうで頑張り屋の私なのに
昨日の母の日、パパは何にもしてくれませんでしたっ!
・・・・と当てつけがましく返事をすると

夫は視線をそらしてこう答えた。
「だって俺の誕生日なんにも買ってもらってないもん!」

なんだよそらぁ!
してくれないから、俺もしないって理論かい?
そいつは私の一番嫌いな幼稚なヤツじゃないか。
しかし確かに新しいジャージを買ってあげると言いながら
一緒に買いに行ってくれない夫のせいにして私はそれを忘れるところだった。

「じゃあ来週行こう!」
と、私はあわてて頭を下げたのであるが・・・・待てよ、
たしか夫の誕生日、私と娘は不二家に行って
夫の大好きなイチゴショートのホールケーキを買って帰った。
あれを買ったということは、ご馳走も作ったはずである。

少しの間の後、私はそうっとやさ~しく夫に言った。
「あの日、大きなホールケーキを買って帰って、ご馳走も作ったよ。
ねぇ、自分はなんにもしてもらってない、って思いこむ気持ちは
少し早いんじゃない?」

夫はなんでもないような顔をして答えなかった。

私は知っている。
「最近じいさんばあさん(彼の親のことです)は、
誕生日だとか敬老の日とか、なんにもやってもらってないってひがむんだよな、
まったく年寄りはこれだから・・・・」
と夫が先日言ったばかりなのを。


言外に「おめーもそうなってんじゃん?」と匂わせつつ、
私は心でニヤニヤするのであった。

オメーモジジイノ仲間イリカイ、ザマアミヤガレ、イジメテヤッタ。

娘の心を絞りあげ、すり潰した私

こころ
05 /17 2013
久しぶりに娘とケンカをした。

問題それ自体は大したことではない。
ただ日々積み重ねてきた感情が、問題を大きく、複雑にしていく。

ケンカしたのが午後9時ごろで、
じき翌日になろうとする時間帯、午後11時半ごろのこと、
揉め事を翌日に持ち越すまいと、
私は二階でふてくされている娘のところに忍んで行った。

同じ二階で眠っている夫に声の響かぬよう、
ドアをしっかりと閉じて、小声で娘に話しかけ、
まずは一方的に私が謝った。

娘は布団の中からすっとスマホを差し出してきた。
見ればいろいろ書いてあった。


娘は小さな頃から、私に叱られる際に繰り出される
「恫喝的表現」「脅し文句」が非常に恐ろしく、
それがために自己を折って、私に泣いて謝ってきたという。
私による「脅し」から逃れられる方法がそれだったという。

子どもを相手に叱る際の「脅し文句」とは
一般に「もうご飯作ってあげないよ」とか「ゲーム捨てちゃうよ」といった
大人には簡単なものではある。
だが子どもにとって最も大切な「ゲーム」の廃棄や「ご飯」の取りあげは
その言い方いかんによっては、
子どもを相当なところまで追い込むことのできる方法となりえるものだ。

そして私はその「恐ろしい言い方」「恐ろしい雰囲気の作り方」が
異様にうまい。
この他者を追い込む演技的な能力は、人格障害者の父の血である。

さらになにをどう言ったら相手が最も傷つくか、
嫌がるかを、即座に掴む能力にも私は非常に長けている。
これは母方の弁護士系の血筋だろう。

私は子どもが最も言われたくないことを子どもが最も怯える言い方で言う。
それは今日も同じだった。

娘は泣きながらそれをスマホで文字にして、私に見せた。
「そんなふうにママに追い詰められるとなにも言えません、怖くて何も言えない。
だから悔しい。でもやっぱり言えない」

私は腕に鳥肌が立つのを覚えた。
ブログの複数のお友達がポツリポツリ書いて来た親たちの非道な行為、
親が投げつけてきたという言葉が、暗く切迫したイメージで突然脳裏に浮かんだ。
老いて弱った親の言葉や態度に、いまも心が血を流すほどに穿たれる彼女らと
私の娘の将来が、重なった。


娘は私が「怖くて何も言えなく」なり
「泣いて逃がれる方法」でなんとかやってきたというのだ。

それらの文字にしんからぞっとした。
私はなんという恐ろしいことをしてきたのだろう。
私は娘の心を圧搾機で絞りとり、
おろし金でギシギシすり潰すような行為をしてきたのだ。

私は自分が怖かった。
少し震えていたかもしれない。
私はベッドに座っている娘の手を取った。
そして体を折ってその手に額をこすりつけて何度も謝った。
謝りながら私自身が父にそうされて育ってきたことを告げ、こう頼んだ。

「もし私がまたそんなことをやったら、『ママがおじいちゃんになってる』って教えて。
そしたらママ、すぐ気がついて、嫌になって、ぞっとしてやめられるから」

娘は泣きながら何度も頷いた。

脅かすこと、怯えさせ、追い詰め、相手の心を萎縮させて反抗心を奪い、
言うことに従わせるやり方は、暴力に他ならない。
そのやり方は、生涯にわたる深いトラウマを作るかもしれないのだ。

私は決して、その方法を用いて話してはいけない。
どんなことがあっても、するまい。
するまい、しませんように、と一生懸命祈る。
一生懸命祈る。

「減るもんじゃなし」

こころ
05 /20 2013
むかしも今も広い世界には男性と肉体関係を持つのが大好きな女性があり、
それを大いに活用すべく、その道の職業世界に入る人がいる。
あるいは収入のよさで割り切ってその世界に入る人もいる。

ただ、自ら好んで入った世界であっても
その世界に長くいれば、精神的にも肉体的にも
相当のダメージを受けることを強要されることもあろうし、
ややもすれば、自己に対する尊厳や価値と言ったものを見失ってしまう場合もあるだろう。

体の機能だけがあって、心というものがないならば、
そういう世界でもすいすいと生き抜いて、
いっそすがすがしいような顔をしていられるのかもしれない。
でも人にはどうしたって心がある。

夜明けの電車で帰る自分に「あたし何してんだろう」とふと思ったとき、
楽しいはずの時間に妙に虚しさを覚えるときにはきっと
心が何かを訴えているのだ。

そんな心が邪魔になったら、心に眠ってもらうか、心に縄をかけるしかない。
そうすれば少しは楽になって、体だけで乗り越えて行かれる。
しかし動きを、呼吸を止められた心はどうなるのだろう。

女の体に対して、とくに性行動に対して「減るもんじゃなし」というけれど、あれは違う。
減るのだ。
心のなかの何かが確実に。

これはかなり大事なことだけれど、わからない人たちもたくさんいる。
特に現在、若さのままに大いに女性機能を活用中の人たちにはわからないと思う。
母親だって主婦だって、熟した女性機能を持てあまして
家の外で活用中の人が多いという話だから、それらの人にも伝わらないだろう。

人は人とか、
自分は自分とか、
自由意思だから、とか、
そんな風に変な具合に理解あるふりなど、私はしたくない。



足りているもの足りないもの

いろいろ感じたこと
05 /23 2013
数年前だが、担当の医師が私の血液の中のセロトニンの値を調べた。
なんでも私の同病者たちにはセロトニンの不足が多々見られるとかであった。

結果を見て、医師は笑った。
「ちやこちゃんのセロトニンは標準より多いくらいだよ」

はぁそうですか、と私は間抜けな返事をしたのであるが
セロトニンがあるとないとでどう違うかということを先日知った。

セロトニンは人心に幸福感を抱かせる物質なのだそうだ。

わぁい、わぁい、「いつも喜んでいなさい」というイエス様の命令を
私ったら忠実に守っているのだ~♪

・・・・と、能天気に喜んでいたが、もしかすると
重い病気を抱えてあっちこっち痛がりながらセロトニンが多いのは
相当なアッパラパー気質なのではあるまいか。

考えてみれば大概の病気の場合、普通は精神的に落ち込んだり参ったりする。
だからそうなれば自然セロトニンが減るのではなかろうか。
(医師は、セロトニンと病気の研究をすぐに切り上げた模様)

当然だが、うつ病の人にはセロトニンが少ないらしい。
セロトニンのサプリメントを飲んで、
睡眠障害や絶望感、イライラから脱却しようとする人も少なくないのだそうだ。
そういえば、生まれてこの方、明日が大手術だというときでさえ
私は睡眠導入剤すら飲んだことがない。
決して寝つきがよいほうではないが、眠れなくてもなぜか全然焦らない。
朝まで眠れなくても平気でけろっとしている。
あれこれ空想する時間が持てたことを逆に喜んでいる場合さえある。

ところで、セロトニンが多くてもほかに大事なものが少ない場合もある。
思うに私に少ないのは「ノルアドレナリン」だろう。
なぜそう考えるのか。
ノルアドレナリンのはたらきと言ったら「すがすがしい生命感、躍動感」、
いわゆる「やる気スイッチ」みたいなものだそうだが、
私にはきっとこれが足りない、足りないと思う、足りないのではないかな、
うむ、このやる気の無さをしてノルアドレナリンがたっぷりとは思えない。

こんなにやる気がないのに、
先日私は部屋の押し入れの上段を全部出してあっちに運びこっちに運び、
簡単に言うと、グループホームの母のところへ夏物布団と衣類を運んだのであった。
さらに、冬物の布団と冬物衣類をごっそりと持ち帰り、
ダウンコートからボアシーツや布団カバーのほか、持ち帰った衣類全部を洗濯した。

うちの洗濯機はいまどき5キロまでしか洗えないサイズなので
洗濯機を何回まわしたかというと、母のものだけで6回はまわした。
さらに布団を干して、次々に仕上がる洗濯物を二階の物干しに干し
乾いたものは順次取り込みつつ、押し入れの母用衣装ケースに仕舞ったり、
布団などは圧縮袋に詰め込んで掃除機で空気を吸い込んだりと、
私にしては5日分くらい一気に働いたような感じだ。

なにぶんノルアドレナリンが少ない(と思う)ので、
無理やり仕事をした後の疲労感と言ったら、
セロトニンさえ役に立たないくらいである。
おかげで今日は両足がむくんでパンパンになっている。

実は今日もノルアドレナリンが少なくて、ブログを書く気が起きなかった。
でも、頑張って書いた。
ノルアドレナリン欠乏に引きずられて怠惰にごろごろし
セロトニンに満ちてああごろごろできて幸せだ、などと喜んでいたら
私はボケ街道一直線に違いないのだ。

小型犬の散歩量はどれくらいが適正なの?

わんこ
05 /26 2013
ひと月ほど前から、うちには子犬がいる。
小型犬の雑種で、もうすぐ生理が来るくらいの月数になる。
重さは現在3キロ半と言ったところで、20キロ弱の犬を飼っていた身には極めて軽い。

子犬に混ざっているのは猟犬系と愛玩犬系である。
体が小さく前足後ろ足の長さが違うくせに、
猟犬の血が騒ぐのか、走るのも飛びはねるのも大好きで、
我が家にもとからいた黒オスと一緒にトコトコ散歩に出たがる。

黒オスが2時間程度の散歩は軽くこなすので
チビも負けまいと付いてゆく。
生後半年もしないうちから往復1時間半散歩する小型犬というのは
ちょっと珍しい。

昨日あたりは暑さに負けて途中で道路にへたりこんでしまったそうだが、
(なにせ地面と体との距離が近い)
帰宅したらすぐに復活して狭い我が家を縦横無尽に走り回っていた。

で、なにを書きたいのかというと「小型犬の散歩」についてである。
うちの隣の家にはトイプードル、
その隣の家にはチワワが飼われているのだが、
両家が散歩に犬を連れだしている姿を見ることが、ほとんどない。
「お散歩は?」と聞いたら
「うちで走ってるからあんまり行かないんですよ」とにっこり返事をされた。

聞くところによると、「チワワは散歩する必要がないんですよ」とか
「トイ・プードルは小さいのでお散歩は少しでいいです」とかいって
それらの犬を売りつける人間がかなり多いのだそうである。

あれはどこまで本当なのだ?
チワワ飼いで日に1時間程度散歩している人もいるし、
トイプードルで、毎日2時間は散歩に出ている子も知っている。
うちのチビも生後半年にならないうちに1時間半平気で歩いたと言うのは、
先に述べたとおりだ。

・・・・ただ、私の知る上述の散歩の長い小型犬たちに共通している事柄がある。
どの飼い主も、中型犬以上の大きさの犬を長年飼っていた人たちなのだ。
うちもそうである。
柴犬やコーギー、ラブラドールなど運動量が必要な犬を飼っていた家では
散歩はあってあたりまえ、
しかも良い飼い主ならせめて1時間程度は犬と一緒に歩くものだ。
(これを朝夕にする・・・雨の日も嵐の日もやるのでしんどい)

うちもそうで、小型犬だからと特別に配慮はしていない。
(ぺたんとへばって歩けなくなったら抱いて帰る。
それに台風の日は無理だと思う、飛ばされるだろうから)

果たして実際のところ、小型犬の散歩時間はどの程度がベストなのだろう。
犬の種類にもよるだろうが、お散歩は室内だけで大丈夫という犬が
本当にいるのだろうか?
室内が東京ドームとか、ベルサイユ宮殿くらいに大きかったら、
室内のみでうろうろさせてもいいと思うのだが、一般民家ではどうなのだろうか。

ちなみに隣のトイプードルは、
暑さに窓を開け始めたおかげで、外の騒音が気になって仕方がないらしく
賢いプードルの血筋にしてはめずらしく相当に吠えていて、
あれでは飼い主も困るだろう。
チワワはトイプードルほどではないが、
それでも誰かが外を通るとグーグー吠える声をよく聞く。

私はこれらの高い吠え声を耳にする度、
散歩不足(運動不足)のためのような気がして仕方がない。
ちなみにうちのチビは、今のところ通行人に吠えることはせず、
ゲージに入るとすやすや眠っている。

裏DVD屋からの封書

出来事から
05 /27 2013
二か月に一度程度、大阪のとある町から夫あてに封書が送られてくる。
中身が一切見えないよう濃い色が使われている封筒は、やや厚みがある。
送ってくる大阪の会社は、数カ月に一度住所が変わり、会社名も変わる。
宛名のほかに、夫のものらしい会員番号も記されている。

この封書が届くようになってもう何年になるのだろう。
これが届く度、私は封筒を黙ってごみ箱に捨てる。
中身は分かっている。
いわゆる裏ものの、エロDVDの通信販売である。

夫が最初にこの会社で裏ものを買ったのは、多分私が長い入院をしていた時期だろう。
天井裏に貯め込んでいる裏DVDの数を見ると、利用回数は1回や2回ではない。

まったくしょうがねぇなぁ・・・・・と笑えればよいのだけれど
私は笑えない。
夫のコレクションを密かに観たことがあるが、
ただのバコスコモグモグと言った種類ではなかった。

それが作りものかリアルなのかは私にはわからないが
それは世に言う「レイプ」ものであった。
自分の夫がこんなものを好んでいるのかと思うと、うすら寒いような、恐ろしいような気がした。

届いた封書を興味半分に開けてみたことがあるが、
作品説明のところに
「凌¥辱」「痴¥漢」「盗¥撮」「素人」と言った文字のなんと多いことか。
(¥マークを除いて読んでください)
作品を解説してあるコメントにしても、
女性を人間とも思っていないような暴力的侮辱的表現のオンパレードであった。
人間には確か尊厳というものがあったはずだが、
それはいったいどこに行ったんだ?

あの封筒が届く度に、私は毎回どんよりと落ち込む。
自分の夫が、そんなものを愛好する男だと言う現実を思い出すからである。
夫も、「戦時下に慰安婦が必要なのは誰にでもわかるでしょう」
と言って平然としている口なのか。

男なんだからしょうがないでしょ?
ときっと誰かは笑うだろう。
それでも私は嫌だ。

夫に封書を送ってくる会社が、早く捕まってくれればいいのにと思う。
購入者名簿が発見されて、警察から夫に確認電話などがかかってくればいいのに、
とも思う。
己で種をまいたら、己が刈り取らねばならない。
そしてそれは必ず起こる。


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redeyesさん

コメント欄への返信が何度投稿しても不当な投稿になるのでこちらに書きます

浮気云々は、さすがにもうあんまり気にかかりませんww
かかる経費と病気の危険性を考えると風俗の使用を歓迎したいとは思いませんが、
DVDよりは気持ちが波立たないです。
私があれらの映像に極めて強い不快感を感じるのは
その映像に感じられる、女性の性に対する尊厳の無さです。
演技かもしれませんが、人間としての人格も尊厳も踏みにじられている女性を、喜々として見ている男性にも恐怖を覚えます。
犬猫を殺して喜ぶ人を、社会は「いずれは人間を殺すだろう」と恐れますね。
あれとかなり似た感覚です。
確かに理性と言うストッパーの存在は信じたいですが、それを越えた本能的な恐怖感、不愉快が私には存在します。
私が過剰に感じすぎるのかもしれません。
しかし男性側の性刺激への感覚麻痺というのもありそうな気がします。