娘のデートに決意する

出来事から
06 /01 2013
就職活動の真っ最中であるうちの娘、内定を一つ持ってはいるものの
まだ心を決めかねて就活を続けているが、
落ちる落ちる、試験すら受けさせてもらえない会社も複数あるし、
最終で落っこちたところもいくつもある。

6月なかばには教育機関での実習があり、
8月には臨床での実習があり、
なおかつ卒業式翌日には国家試験があって
その勉強もしなくてはならないというのに、
梅雨の晴れ間の今日土曜日、娘はるんるんデートに行ってしまった。

なんでも今日は湘南に行くのだそうだ。
海には早いし、湘南で何をするのと聞いたら
「しらす丼食べてくる」などと言っていた。

別に湘南に行かないでも鎌倉あたりでもしらす丼は食べられるような気がするが
ああだこうだと割り込んで意見する必要のないことなので黙っておいた。
意見する必要があるべきものは、以下の3つ、もちろんちゃんと厳命した。

「不本意に車で連れ込まれることだけは避けなさい」
「する場合にも、妊娠はダメ」
「夜の10時には帰りなさい」

相手は28歳なのだそうだ。
姉に話したら、呆れていた。
娘にではなく、相手の男にである。
「就活してる子に28歳がつきあったりするんだ~」

姉が言うまでそこに気が付かなかった。
確かにこれから仕事を探し、社会に出ようとしている子に
結婚適齢期と言って差し支えない男子が、交際を申し込んでくるというのは
確かにちょっと微妙である。
しかし考えても仕方がないのであまり考えないようにした。

ところでだ。
今日は彼氏が車で迎えに来ているらしいが
落ち合う場所は、我が家から自転車で10分という駅前である。
きっと帰りも駅前なのだろう。

ここで私には軽い疑問が湧く。
なぜ28歳男子は、うち家の近くまで来ないのか。
気まずがった娘がそれを阻止したのかもしれないが、
28歳にもなれば、相手の親に対して、
もうちょっと然るべき接し方もあるのではなかろうか。

もうこんな考え方は古臭いのだろうか、うむ、古臭いのだろうなぁ。
しかし私は完全放任主義などならないぞ、
娘の行動に対しても、その彼氏に対しても当然持つべき節度と責任は追求するぞ。

うるさい親と思われたくない?
いいや、思われても結構である。
恋にうつつを抜かして国家試験に落ちたりしたら、私は娘を徹底的に叱るつもりだ。
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頑張り屋さんが多すぎるので

いろいろ感じたこと
06 /02 2013
若い人たちで作っているバンドが教会にあって
そのなかにまだ20代はじめくらいの可愛い女の子がいるのだけれど
びっくりしてしまった。

彼女は二児の母だった。
まだ22歳ほどで、きれいな高い声で歌を歌い、ピアノもとても上手で弾き語りもこなす。

あの子ね、小学校の時ひとりでひょっこり来たのよ~、と
教会の友達が教えてくれた。
いろいろあったけど、今はとっても穏やかになってくれてよかった、と。

彼女は悲しい事情で産みの親から離れ、里親のところにつれてこられたそうだ。
その里親の家から逃げ出して行方不明になったこともあり、
その際は教会総出で探しまわったらしいというから、
またびっくりしてしまった。

教会の日曜学校に来る子たちには、問題を背負わされている子が少なくない。
家にご飯がなくてご飯を食べに来る子もいるし、
騒がしいから外に行ってなさいと家を追い出され、来ている子もいる。
上述の彼女のように、親御さんとの間が非常に複雑な場合もある。

いまは素直な笑顔で、美しい歌声を響かせているけれど
彼女は私なんかよりもずっとずっと苦労をして来ている。
教会の友達と二人で、ふむふむまったくそうだと、うなずきあった。

「私なんか苦労のくの字も知らないで楽で楽で楽でさ」
「そうなのよ、苦労なんかしたことなくて、これも困るの成長しないから」

ほんとにね~、と2人でへらへら笑ったが、「楽で楽で」と笑っている友達にも
重たい十字架が背負わされていることを私は知っている。
友達は数年前に大きな癌の手術をした。
そして固い意思決定によって抗がん剤や放射線治療を一切拒絶し
同じ癌患者や多くの病気の人たちの相談役、支え手として、ボランティア活動をしている。
もちろん、医療関係の仕事もきちんとやりこなしている。
ほかに整形外科系の難治性の病気も抱えていて、ときどき辛そうだ。
さらに先年、関西に一人暮らしをしていた母上様を家に引き取られ
その面倒もみているのである。

それをあっさり「楽で楽で」と言ってしまえる友達はすごいなと思う。
私の周囲には、そういう尊敬すべき頑張り屋が多すぎる。
だから私は自分を怠惰でいい加減でどうしましょうと感じるのである。

ちやこさんは楽をしなくてはいけない、と
思いやりある言葉をいただいたのだが、
私は上述の方々に比較すると、まさに、ほんとに、
どうしようもないくらい、楽をして、怠けているのだ。

今年の緑のカーテンとオーニング&すだれ効果

ガーデニング
06 /03 2013
梅雨が来て、気温も次第に上がってきた。
ゴールデンウイークに植えたゴーヤ苗2本のうち1本は順調に育ち
はじめてのことだが1本は立ち枯れた。
農家出身で野菜作りが趣味の義母によると
ウリ科の植物ははじめのうちは合成肥料に弱いらしいのだが、
私はその合成肥料を盛大に混ぜ込んだ土にゴーヤを植えてしまい、
それがよくなかった。

2年前はじめてゴーヤを植えた折りには土を山のように買い込み
プランターでばんばん育てたが、
秋にはその土をどこに片付けたらいいのか、ものすごく困った。
土は結局ある程度ふるいにかけて分け、我が家の狭い花壇にドカンと埋めた。
花壇はその一年間、土饅頭のように盛り上がってしまったが
去年の夏にはその土饅頭をいろいろな肥料や栄養物と混ぜ合わせてプランターに戻し
またゴーヤ苗を植えたのであった。
しかし土の再生がいい加減だったために、去年のゴーヤは出来がよくなかった。

ということで今回は昨年秋に再度作り上げた土饅頭の上に
じかにゴーヤ苗を植えてみたのだ。
ゴーヤを植えたのは二か所で、
ひとつの場所には油かすや腐葉土など自然素材をしっかり混ぜ込んだが
枯れた方の土には上述の通り合成肥料も混ぜてしまっていた。

丈夫の代表みたいなゴーヤが枯れるなんぞ、前代未聞かもしれない。
前代未聞となれば、さすがにその土にほかの苗を植え付けるのも無駄な気がして
仕方がなしに一袋だけ新しい土を買ってきた。

そして新たな苗を植える予定のあたりの土を取り除いて、
きれいな土を加え、そこにはヘチマの苗を植えた。

去年作ったヘチマたわしがあまりに重宝なので今年もヘチマが欲しかったのだ。
ヘチマたわしはイモやごぼうの皮をこそげとるに最適だし、
普通に皿も洗えるし、シンクも磨ける。
非常に丈夫な繊維なので切れない限りは使いこめる。
しかも水切れの早さ、乾きの早さはスポンジの比ではない。
きれいな土の威力だろう、おかげさまでゴーヤの枯れた同じ場所で、
ヘチマはすくすく育っている。

今年もフウセンカヅラと朝顔を混植しているので
濃い緑のゴーヤにヘチマ、薄緑のふうせんに、色とりどりのあさがおという
個性的なカーテンが出来上がることを期待しているが、
まだまだカーテンと呼べるには日にちがかかりそうだ。

ところで、毎年豪勢に緑色の葉っぱで覆い尽くしていた南側の窓では
今年はオーニングとすだれで日除けを作っている。
今の季節は本気の暑さではないので、オーニングとすだれだけで
室内は高原のように涼しくていい感じになってくれる。
これは素敵な新発見だった。

だが、ただでさえ軒の深い日本家屋に
オーニング&すだれ、などで日陰を作ってしまうと、
室内はうっすら暗くなるのが欠点だ。
でもやっぱり日陰は涼しい。
網戸を通して入ってくる風は常にひんやりしている。

これで私はまた眠たくなる。
なんて素敵なお昼寝場所を作ってしまったのか。
気持ちよすぎる。
むにゃむにゃ・・・・・

オーニングとすだれ

テンプレートを変えたい

いろいろ感じたこと
06 /04 2013
ときどきふわっと思い立ったように、ブログのテンプレートを変えたくなる。
この欲求は、一度感じるとなかなかしぶとい。

ブログを借りているFC2には、やたらにテンプレートの数が多く、
探そうと思うと一日がかりで探さなければならない。
何百とあるテンプレートのなかから、やっとひとつをダウンロードしても、
ここが今一つ、あそこが今一つと、完全に気に入ると言うことがない。

まず、文字の大きさが大事である。
読者に老眼鏡が必要な場合、あまり字が小さいと
読もうとする意欲がたちまちにして失われる。
これは経験している人間でないとわからないが、
どんなに興味深そうなブログであっても、
老眼の人間の目に親切と慈悲が一切感じられない場合、
老眼の人間は簡単に「お呼びでないのね」とまわれ右をするものだ。

これは当然、老眼で書く側の人間にも当てはまることで、
ゆえに選ぶテンプレートの文字は大きめになってくる。
しかしあまりにも字ばかり大きすぎると「かっこ悪い」という気持ちが先に立つ。
実用性とブログのデザインと、その二つがいい塩梅に両立したものが望ましい。

先に文字の大きさと書いたが、文字の間隔、フォントなども
私にはいろいろ好みがある。
実は今現在使っているテンプレートのフォントはそれほど好みではない。
だが、文字の間隔、行間隔は好きである。
ちなみに今現在はフォントのサイズを少々大きくしているので
一番上にあるカレンダーがときどきはみ出てくるが
いじると面倒なので見ないようにしている。

それからかなり大事なのが「軽さ」である。
私はいまだにADSLなので重たいページはなかなか辛い。
なので素敵な写真、イラストの使われたブログテンプレートに憧れはあるものの
クリックしてもさっと出て来ないとイライラするから使わない。
このテンプレートの背景にはもう一枚ストライプが敷かれていたのだが
ADSLだと先に背景だけが映り出し、全体がきれいに見えるまで1秒ほどかかっていた。
たかが1秒が嫌だったので背景のストライプをとって軽くした。

さらに上部のイラスト部分はどれくらい軽くできるのか考えた末に
素材屋さんから借りたラインを使って9KBまで下げてみた。
すると動きはかなり軽くなった。
ほんとうは上部イラストの幅さえもっと浅く詰めたいのであるが
わからないからもうやめた。

私の文章はだいたい長く、まどろっこしいので、
テンプレートはせめてあっさり見せたい。
だったら文字のみにすればいい、イラストなんぞいらない、かというと
この文章でわかるとおり、私の文章は可愛くないので
せめてイラストでも添えてちょっとは可愛く見せたいのである。

数年あまりテンプレートを一切変えない人もいる。
そういう人たちは大抵、文にも思考にもスタイルが定まっていることが多く、
なんだか大人でかっこいい。

ブログは何より中身が大事でしょう、
テンプレートなんか二の次です。
と、誰かが言ったとしたら、その人はとてもえらい。

えらいけれども、
飽き症で人間の中身も薄っぺらく、文も思考も浅い私には無理である。



5万円もらえるはずだったけど

こころ
06 /05 2013
プロテスタントの教会の半分くらいだろうか、十一献金というのがあるのは。
ええと、これは収入の10分の1を神様にお返しすると言う献金で
その根拠は聖書に明記されているから、ということになっている。

たとえば20万円の給料があったら2万円献金することになるわけで
そういうことをしたことがない人たちは、クリスチャンでさえ
「そんなに出せるかっ! 使途不明金に決まっている! 律法主義だっ!」
なんて、たいがい否定的である。

おかげさまで、私の様な無収入の人間は「10分の1も!」と
嘆かないで済むのがありがたい。
とは言え、私の場合偶然1万円お小遣いをもらったとすると
1万円そのまま献金してしまうことが多い。

それでも、私はちゃんとした十一献金をしてみたかった。
自分の稼いだお金で、その10分の1を献金するのは
長年給与と縁のない私には、とても有意義な行いに見えていた。

日曜日に、私は十一献金が出来るようになりたいな、と思った。
もしかしたら、祈りの言葉に加えたかもしれない。

すると、今日職場の税理士から電話があった。
「奥さん今月から5万円給料もらって」

ほげほげほげ~~~~~~~っ!
ええと、義父母の作り上げた会社の経理事務を手伝い始めて、もう5年ほどになるのか
ついに無給から脱却したのか~~~~~~~~っ!
これで私は十一献金が出来るじゃないか、神様パネェ、超パネェ!

・・・・だが、夫はどうもその5万円を私個人の給与とはみなしていなかった。
考えてみれば夫の給料はまるまる家庭経営のために出しているのに
私だけが、全部個人のものとするのは、いい気分はしないだろう。

夫は一気に不機嫌になり、「お前は威張っている」と言いだした。
「俺はすごく頑張って働いている、なのになんの見返りもないんだ」。

うるさいので5万円のうち4万円渡すことにした。
家庭経営にまわすのかって?
いいや、夫にまわすのだ。
夫の小遣いを4万円増やせば、彼はとりあえず大人しくなるらしい。
本当は5万そっくり欲しかったらしいが
献金分だけは私に残してくれと言ったので4万になったと言う次第である。

数年間ただ働きでやっと5万円と思ったらこれだものなぁ。
でもまぁ、いいかな、私は献金がしたかったのだ、
給料そのものが欲しかったわけではない。

それにしても、夫の「男」は地に落ちたものだ。
優しいときは優しい、いい人なのだけれど、とにかく克己心に欠けている。
その4万円にしても、どうせタバコ代、酒代、パチンコ代に消えるのだろう。

そう考えるとさすがに悔しい気持ちになるけれども
そんなことでムカムカしていたら
拝金主義になりかけているようなものだから
ここはするっと通り抜けて平然としていられたらと思う。

・・・・いやきっとどこかで復讐するね、これはww

髪を切ったぞ

出来事から
06 /06 2013
コマーシャルに出ている蒼井優みたいな髪型になった。
つまり髪を切った。
ベリーショートに。

何年振りだろう、ここまで短く切ったのは。
この年でこういう髪にすると、自然おしゃれにしないといけない気持ちになる。
おしゃれをしないベリーショートは、
老人施設のおばあさんと同じになる。

なぜ切ったのか。
もちろんクサクサしているから。
昨日の夫の態度の悪さがどうにも忘れられず気分がよくないのだ。

美容院で「ダンナと喧嘩したから髪切る」と言ったら
美容師も隣の客も笑った。
いわゆる、あるあるあるある、なのだ。

60代と思しき隣の奥様は髪を染めながらおっしゃった。
「男の人は年をとればとるほど子供に戻るのよ!
ほんと、どんどんわがままになって、かまってちゃんになるのよ」

「子供が大きくなって離れると、今度は俺の番だってなるのかもしれないわね。
それとやっぱり、お金が原因の喧嘩が一番多いわよ」
美容師はいろいろな客から聞いた旦那の愚痴を総合して意見を述べ、
「じゃあとにかく、ばっさり行っちゃいましょう!」。

というわけでばっさり。
この頭を見て髪を切ったことに気付かなかったら、坊主にするしかない。
旦那の髪より短いもんね。

だが残念ながら、髪を切ったからといって、この気持ちが変わるわけでもない。
今回の夫の態度は、私の彼に対する意識をかなり悪いところまで引きずり下ろした模様だ。






風呂天井がカビるんるん

出来事から
06 /07 2013
夜、もうもうと湯気の中で見る浴室の天井は
確かに少々カビてはいるが、全体的に色は薄く白っぽく見える。
(だからえらいこっちゃとは思っていなかった)

しかし今日昼間に同じ天井を見上げると
ぎょえええええええええっ!

バイキンマンとドキンちゃんがカビるんるんをいっぱい引き連れて来て
うちの風呂場に放り込んだのではないか・・・・
と思いたくなるような天井だったのである。

ああ、夜、湯気のまわった浴室の、電気の下で見あげる天井、
しかも私はメガネをはずしている状態でしか
これを見上げたことがなかったのだ。
ああ、これがいわゆる「白日のもとにさらされる」というやつだ。
せめて昼間に風呂に入ったことがあったら、こんなにカビが広がるまで
放置したりはしなかったのにっ!!!!!


私はまずパンツ一丁になり、捨てる予定の長そでシャツを着、
古いセーターを腰回りにエプロンのように結び、
頭にレジ袋をしっかりかぶり込み
マスク手袋着用で、天井のカビと戦い始めたのであった。

うちの風呂場の天井部分は昔ながらのモルタル?というのか
こするとぽろぽろ落ちてくるタイプである。
だから窓ふき用ワイパーできゅっきゅとこすり落とすようなわけにはいかない。

クイックルワイパーに犬のオムツを裏向きにかぶせ
オムツにカビ取り剤を吹き付けて天井にピタピタ当てる。
これがずっと上を向いているから結構な労力である。
カビ取り剤の使用量も、かなりなものだ。

およそ1時間余り、窓を全開し、扇風機で風を送りながら
一生懸命カビ取りをやったが、それでも全部きれいに落しきることは出来なかった。

途中カビ取り剤の毒気のせいか、ずっと上を向いているからか
少々気分が悪くなったので中断、ここから先は次回、それでも無理なら
次々回にと、何度にも分けて落し切ってやろうじゃないか!

と決心して、体調回復のためにもさっそく風呂を沸かして入ってみた。
カビは7割がた取れたようだが、全面的に斑となって残っている。
と、最初はそのように見えていたが、湯気が回るとやっぱり天井は白くなって見えた。
しかしもう騙されないぞ。

カビ取り剤が降ってきた可能性もあるので、すぐに髪を洗ったが
う~ん、さすがにベリーショートはラクチン、
洗うのも簡単だし、バスタオルで拭いただけであっという間に乾いた。
しかもドライヤーが必要にならない乾きっ放しOKのスタイル。

いやいやうれしいねぇ、ベリーショート、お薦めですよ、奥さん。

柔らかさがありません

いろいろ感じたこと
06 /08 2013
さて今日もきのうの続きで浴室の天井カビと格闘した。

昨日よりもお天気がよくからっとしているので、浴室内にカビ取り剤の毒気が溜まりにくく
ああいい調子、きっと慣れたのね♪ 
などと思ってえっさかほいさとカビとりをしていたら
うわっ、目が痛いっ!

しゅっしゅとまき散らしていたカビ取り剤が目に入ったのかもしれない!
これはやば~~~い!

と思ったので、今日も半分だけやって切り上げることにした。
う~ん、お風呂場の天井半分きれいで半分まだらのまんまだわよ~

さて、今週水曜日に勃発した夫と私の不穏な日々の動きを書いておこう。
木曜日、私がばっさり髪を切る。
金曜日、夫が「ママちゃんの好物」といって「イワシの刺身」を買ってきた。
今日土曜日、昼間銀行から戻ったら夫が私の分まで「かつ丼弁当」を買ってあった。

髪を切った日、夫は前日の当てつけにパチンコに行って帰りが遅かった。
遅く帰ると私の髪がズバーンと短くなっていたので、ちょっと驚いたようだ。
昔むかし、子供が3歳のころ、夫にブチ切れた私は
突然髪をテクノに切って、金色に近い茶色に染めたことがあったが
夫はそれをデジャヴュのように思い出したのかもしれない。

夫が「イワシの刺身」を買ってきた昨夜、
「あら、ありがとうございます、ではいただきます」と、私はそれを一切れだけ食べた。
だって別にイワシの刺身が好物ではない。
結婚して20年以上過ぎても、夫は私の好物を知らないのだな、
とそこにばかり焦点が合った。
イワシの刺身はよほど新鮮でないと、私はちゃんとお腹を壊す様に出来ている。
夜のスーパーで売れ残り、ヒスタミンの湧きでてしまったイワシの刺身なんか
むしろ食べたくない。
まったく「なんで私の好物がイワシの刺身なんだ!」。

先ほどテーブルの上にあったかつ丼弁当は
「まぁご親切に、恐れ入ります、ご馳走になります」ときちんと礼を言って
夫がテニスに出て行ってから食べた。
イワシの翌日のかつ丼なので、夫の気遣いだか計算だかがちらついた。

かように夫は妙に私に気を使っている。
ここ数年来の、信仰心に溢れたワタクシは、「ああ優しいわが君よ」と
すぐに両腕を開き、寛容と慈愛によって受け入れてきたのだが
今回はどうもそう素直になれない。

髪を切った日、道を歩きながらつくづく思ったのだ。
「ここまで来たら、もう簡単じゃないぞ」

夫とはしゃべらないわけではないし、無愛想にしているわけでもない。
家事もちゃんとやっている。
ただ、私は今、夫に対して柔らかさがない。
これは意識して行っている。

・・・・・しかし、きっとそう長くは持たない。
明日礼拝に行ったら、昼にはあっさり、夫の前でニコニコしているかもしれない。
なにせ7回の77倍許せとイエスさまが直々に言われたのだものな。
私はイエス様の言葉には滅法弱いのだものな。

どうするべきなのか、もはや自分でもわからないので神様にお任せする。

わんこ回春す

わんこ
06 /09 2013
礼拝から帰宅した途端に家の中が臭くてたまらず、
その悪臭源である黒オス犬を、猛然と洗いたくなった。

シベリアンハスキーを2頭と柴犬を1頭飼っていた犬友達がいうには
うちの黒オスは、ハスキーと黒柴のハーフに間違いない! らしい。
そのゆえか、黒オスの体を洗うのはかなりの労働だ。
要するにダブルコートどころかトリプルコート、
あるいはそれ以上に密生して毛が生えていたりするわけだから
シャンプーも大変だし、乾かすのはもっと大変なのだ。

力が強いから、亡き白メスのようにシャンプーに猛反発されたら、
私なんか手も足も出ないだろうが、
黒オスはハスキーの血がそうさせるのかとにかく穏やかで素直だ。

白メスがいた時分は、まず反抗的な彼女を先に洗ったので
黒オスの順番になると、人間はびしょ濡れで、疲労困憊していた。
白メスがいなくなった余裕で、黒オスは実に丁寧に、
30分あまりかけて二度洗いされ、
バスタオル5枚を使って徹底的に拭かれて仕上げにお日さまにあたって乾かされ
ぴかぴかにきれいになった。

13歳黒オスは最近、生後半年のチビのおかげか、ずいぶんと若返ってきた。
チビが赤ちゃん犬から少女犬に変わり出したころから
黒オスはチビのお尻に鼻をつけ始め
チビは片足を上げて黒オスにぺろぺろさせたりする。
我が家の健全で色気のなかったリビングに
じいさん犬と女の子犬が非常にエロティックな行為を延々やらかすのだ。

体の高さが25センチもない小さい犬のまたぐらに
体高50センチ以上は超える大きめの中型犬が、鼻さきを突っ込んで
ぺろぺろぺろぺろやる。
しかもやられている方も、楽しそうだ。

もう見慣れたが、最初それを始めた頃には、黒オスのあまりにしつこさに、
娘が思わず
「もう、やめてぇ~」と引き離したほどであった。

とは言え13歳黒オスは、生後半年の底なしの元気さにはついてゆけず、
チビ犬の「もっと遊んで!」要求に対して
「遠い目」をしてやり過ごすこともよくある。

白メスが死んでから、うちでは黒オスの散歩は一日3回になった。
年を取った犬に12時間のおしっこ我慢をさせるのは
もはや残酷に思えてきたからだ。

朝、夕方、夜中、黒オスは喜々として散歩に出る。
もっと年をとったら、散歩の回数はさらに増えるかもしれない。
そう考えると黒オスの回春は喜ばしい。


言葉に疲労する

いろいろ感じたこと
06 /11 2013
今月もまた、母を病院に連れて行った。
アリセプト一本やりだった前病院から転院して、新しい認知症薬メマリーも加わり、
現在様子見中というところ。
なので母の状態はまだきっちり安定してはいない。

今日の母は、アリセプト一本だったときのようにマシンガントークがさく裂していた。
だが以前とは少し違う。
作話だらけのマシンガントークならまだしも、
この頃の母は、道や病院ですれ違った人たちの外見に対して
ものすごいことを言うようになった。
だから私は母を外に連れだすたびに、かなりひやひやしなければならない。

以前の病院は認知症の専門病院だったので外来患者は全員が年寄りであったが
今回の病院は精神科でもあるために、若い人も年配の人もたくさん来る。
精神科の投薬のある種類のものは、服用中に体重増加やむなしというものが多いそうで、
母は外来で体の大きな人々を見るたびに強烈な一言を私に言い、
かつそれに対して同意を求めるてくるのである。

あれは薬の副作用なのだと何十回教えても、認知症の母はそれを覚えない。
そして1分前に言った失礼千万な言葉をまた、口に上らせる。

私の中には、その同じ言葉を、母に言いたい欲求が湧きあがってくる。
母よ、あなたが脳の病気になりたくなかったように、
あの人たちだって病気なんかになりたくなかったのだ。
あなたが病気の初期の混乱に苦しみ、死にたいと泣いたように、
あの人たちも何十回も泣いて来たのだ。
今のあなたは完全に現状把握が出来なくなって平気だけれど
あの人たちはまだ苦しんで泣いているかもしれない、
死にたいと思っているかもしれないのだ。

しかしそれらを母に伝えること、理解させることはもう出来ない。
そのことが私を余計に疲労させる。
怒るに遅いものであれ、と何回自分自身に言い聞かせたことか。

そうそう、もう一つ言葉に関してアレ?っと感じた出来事。

教会にきている2歳前の子供のお母さんが言った。
「昨日ちょっとお熱が出たから、薬を飲ませているんです。
でも元気だから、よく見守っていれば大丈夫かなと思ってここにいるんだけど・・・
子供を育ててたら、熱が出たくらいでいちいち大騒ぎすることないですよね?」

ああ、かわいそうに。
このお母さんは、この人のことである。
このお母さんは、いろいろな人にいろいろな意見を聞かされ過ぎているのだろう。
確かに、熱が出たくらいでと言えないことはない。
熱が出ていても子供は元気に遊びまわっていたりする。

けれど、子どもみんなが「熱ぐらい大丈夫」と言いきれるわけもない。
熱ぐらいと言い切れるなら、子供病院にあんなに入院患者がいるはずがない。
教会の女性たちの平均年齢は高く、彼女らは二人三人と子供を育て上げた人たちではある。
しかしその子育てはすでに数十年も前の話なのだ。
彼女たちの記憶は、決して正しくないと、私は思う。
ほんの10年前娘を小児科に連れて行っていた私でさえ、
その記憶があいまいになっているのだ。

「どうなんでしょう?
子供にはそれぞれ体質もありますから、
一概に熱でも大丈夫と言えるかどうかわかりません。
人の意見に惑わされずに、自分の目で見て判断するのがいいのではないですか?」

「もしものこと」は可能性としては低くても「ゼロ」ではない。
過剰に心配して過保護になってはいけないが、
多少の「心配しすぎ」くらいは、「親心」のあらわれとして
寛大に受け入れてあげられる器が欲しい。

私自身が「大丈夫だろう」という慢心からこの体になった。
だから、簡単に「それくらい」とは言えない。
そして、どうしても思ってしまう。
無責任に「それくらい」という人は、「それくらい」で済まなかった場合にも
無責任なままでいるのだと。