はじめてのぬか床があまりに簡単だった

ハンドメイド
07 /02 2013
いつか美味しいぬかみそを漬けたい、と思っていたわけだ。

若いころ、スーパーに売っていた「出来がったぬか床」を買って
「手間なし、おいしい、その日のうちから食べられる」という文句を信じ、
どきどきしながらきゅうりを漬けるんるん夕食に出した。
それはただただ酸っぱい、乳酸菌の匂いのきついキュウリであった。

数日使っても、ただただ酸っぱいキュウリが出来、
結局嫌になってぬか床ごと捨ててしまった。
それでもぬかみそ漬けへのあこがれがあって、この手のセットを3回くらいは買った。
そして買う度に「酸っぱい!」ので捨てることになった。
学ばない女である。

ところで小さな畑の畝にきゅうりを一列植えただけで、
ひと夏に何本のキュウリが収穫できるのだろう。
100本や200本どころではないような気がする。
趣味でやっている義母の畑には、この夏もキュウリと茄子がどんどん実る。
キュウリなんぞ4日も放っておいたら、30センチくらいには育ってしまう。

義母は相手が農家の人ではないとわかると、それらの実りをホイホイ持たせる。
そういう理由で、夏の我が家にキュウリと茄子が消えることはまずない。

キュウリも茄子も漬けものには絶好の素材であり、
夏の漬けものの王者かもしれない。
そんなキュウリが冷蔵庫のなかでしなびてしわしわになってゆく様を見るのは
毎年非常にせつない。
しかし、キュウリを毎日数本食べ続けるには
私の調理の腕と、知識が断然足りないのである。

(でも茄子はね、残らない。
揚げ浸しにすると娘が10本は消化してくれる)

やっぱりぬかみそが漬けたい!
漬けたい漬けたい漬けたい!

しかし過去のごとくにもったいないことはしたくない。
だから、経費は最低限に抑えた。
5月にいりぬかを買ったのだ。500グラム入り88円。

で、袋に書いてある方法でタッパーウェアーにぬか床を作った。
ネットでも調べて、塩麹や昆布やトウガラシや、粉がらしも加え、
釘も大きいのを一本いれた。

ぬか床は半月しないうちに、そこそこ美味しく漬け上がるようになっていた。
信じられない。
100円かからなかったぬかと、くず野菜と塩と、
備蓄の昆布やトウガラシだけで、当たり前のぬか床が出来上がるのだ。
手間がかかるとか、あの味は出ないとか、いろいろな先入観に踊らされていたが
普通のぬか床なんて、ちょちょいのちょいの手間ではないか。

うちのタッパーウェアーサイズなら
発酵を進ませたくない場合は冷蔵庫に入れておけばいいので、
なおさら手間がかからない。
もしかすると、50代のおばちゃんだから手間がかからないと思えるのかもしれないが
同世代なら一度作ってみるとよい。
あまりに簡単に美味しく出来上がるので、ぬか漬けきゅうりを買うのが馬鹿らしくなる。

だが・・・・・・ぬか漬けも毎日だと飽きると知った。
大根キュウリ茄子にんじん、たくさんのぬか漬けを作ったが
やっぱりなんでも続くと飽きる。

しかしまだ台所にはキュウリが10本ほど転がっている。
ああもうっ! ということで今からし漬けなるものを作った。

これも砂糖と粉がらしと塩だけで出来る。
ビールのお供に最高なのだそうだ。
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オレオレ詐欺に出くわした

出来事から
07 /03 2013
田舎町の中心街だという場所に、小さな郵便局があり
私はたまたま収入印紙を買うために入ったのだが、
そこで初めて出くわした。

奥から出てきた郵便局長が、ごついオヤジ二人に
しつこくくどくど絡まれているのかと思ったら
その周囲に入ってきた警官二人が囲むように立ち、彼らの話に耳を傾けはじめた。

妙な雰囲気ながら、他の郵便局員は普通に利用客の相手を続けていて
私もなにごともなく収入印紙を買いいれた。

客のうち、だれかれともなくささやく声がした。
「さっきのおじいさんだ、きっと」
「そういえばものすごく急いでた」

郵便局長がごついオヤジに質問されたらしいことを平局員に尋ねる。
「あのおじいさん、何に使うか言ってた?」

「いや、確認してないです」と局員が応えると、
ごついオヤジの一人が苦笑いした。
「だからちゃんと教育しておいてくださいよ」

はてなんだろうか、と思いつつ郵便局を出て行くと
外には警官が一人見張りのように立っていた。
ほかに郵便局を利用し終わった人たちが何人か固まって
けっこう大きな声で立ち話をしている。
「私の先に割り込んできたんだから相当急いでたのよ」
「そういえば年金の支給日もこの前だ」
「車の横に立ってたあの男がきっと犯人グループだ」

いわゆる、おれおれ詐欺の事件直後の現場に私は遭遇したのだ。

各人の言葉を耳ダンボにして聞き拾い、つなぎ合わせて想像するに

私が郵便局に入る数分前、
おじいさんが大金を貯金から引き下ろした。
窓口に並ぼうとして、おじいさんに先にするりと割り込まれた女性もいたほど
おじいさんは「非常に急いでいた」。
そして少々混雑していた郵便局では、大金の使用目的を確認することもなく
金を渡した。

郵便局の外、数メートル先に車が横付けされており
そこには若い男が立っていたという。
おじいさんがその男に金を渡したかどうかまでは
人々の立ち話の中にも見つけられなかったが
どちらにせよ、刑事や警官が飛んで来たのだから事件は起こり被害は出たのだろう。

おじいさんがどれほどの金額を持って行かれたのか知らない。
誰か警察に通報したのかもしらない。
ただ、郵便局の帰り道には、あたりを巡視しているらしいパトカーを二台見かけた。

想像が膨らんだ。
騙されたと分かったときのおじいさんの驚きや悲しみ、怒り、
老い先のための資金が奪われてしまったことへの恐怖感。
そしてあて馬にされた身内の側の怒りと憤り。

義父と義母は、今年になって3度もその手の電話を受けたそうだ。
犯人は風邪をひいたといって声の違いを誤魔化し
携帯電話を濡らしたとか落したとかで番号の変わったことを告げ
ちゃんとメモしておいてくれよなどと親しげに念を押して電話を一旦切った。
なんでも普通はその数分、数時間後に、その電話番号から
「急に金が必要になった」という電話が入るのだそうだ。

義父は最初の時に、息子の一人とすっかり信じて犯人の電話番号をメモしたが
用事のために息子の嫁に電話をしたことで詐欺と気付き、警察に届けたのだそうだ。

警察は「騙されたふりをしてほしい」と、捜査協力を頼みこんできたらしいが
「仕返しで火でもつけられたら」という家族内の猛反対にあい
協力は断ったのだと言う。

増えているとは聞いていたが、まさかこんなところで
というのが正直な感想である。
姿も見ていないおじいさんが、今日もまだ気の毒で仕方がない。
息子だか孫だか、身内を助けようと急ぎに急いでと金を下ろしたのだろうに。
生きる気力をなくしたりしないとよいが。


ゴーヤがどんどん育っているよ

ガーデニング
07 /04 2013
6月の初めに植えたゴーヤの成長が目覚ましい。
この数年、夏ごとにゴーヤを育ててきたが、ここまで元気に育ってくれたのは
はじめてである。

むしろ育ち過ぎて、ちょっと不気味だ。

ゴーヤ一苗でここまで広がっている

二階のベランダから見下ろしたゴーヤだが、
これ、こんなに広がっているのに、ゴーヤの苗はたったひとつなのだ。
ゴーヤ農家になれるかもしれないと思うくらい成長している。
葉っぱばかり茂って、実がならないかもしれないなどという人もいるので
これから先は分からない。

さて、ゴーヤのほかにヘチマと朝顔、フウセンカヅラも混植しているのだが
そのヘチマが今日大きな花を咲かせた。
葉っぱの大きさはキュウリくらいだが、花はかなり大きい。
写真の、大きい方がヘチマの花、小さい方がゴーヤの花である。

ヘチマの花とゴーヤ

朝顔はゴーヤの勢いに押されてほとんど見えないが、
やっと外に出てきているものがあったので、これ。

あさがおも

フウセンカヅラは完全にゴーヤの陰になって見えない。
でもあの子たちは多分ヘチマやゴーヤ朝顔よりも強いので
したたかに生き抜き、やがて上にのびてくると思う。

ほかに、家の脇にも朝顔とヘチマ、フーセンカヅラが育っている。
去年だかおととしだかのゴーヤや朝顔の落しだねが芽を出して
庭のそこここに、今さらフタバ本葉が出始めている。

今年は朝顔にすでに青虫を二匹見つけてぎょっとしたのだが
先日、近所の家の軒先にアシナガ蜂が巣を作り始めたので
うちの庭は、この夏、毛虫青虫からは守られそうである。
アシナガ蜂よ、うちの庭の虫は思う存分食ってくれ。
(ただし人は刺さないでね)




暑さでやられています

出来事から
07 /07 2013
気象予報士の森田さんの予報、予想は、経験上それほど的中率が高くないと思う。
少なくとも天達さんのほうが的中率が高い。
(森田さんはTBSのお天気キャスター
天達さんはフジテレビのお天気キャスター)

だからといって森田さんの「今年の夏は千年に一度の猛暑」
という最上級暑さ予想を軽視出来る余裕は、私には無い。

埼玉県は海がなく、内陸になればなるほど暑い。
「暑いぞ熊谷!」の熊谷市は埼玉県である。

今日うちのあたりの最高気温は35度であったが
朝10時、車に乗ったら41度という表示が出た。

うちの老犬黒オスは、滅多にぜいぜい言わないテンションの低い犬だが
昨日今日は朝7時に散歩に行っても、9時近くまでハァハァ言っている。
チビ犬はむくむく毛の犬だが、雑種の幸運で、ダブルコートに生まれついていないのと、
なにせ若いから、ちょっと休むとすぐ元気溌剌になる。

ちやこは昨日も今日もだれている。
数日前から顔が蒼くなっていて、今日はついに奥目になった。
経口補水液OS-1をと言ってくれる方が多いが、残念ながらあれは
ちゃんとした消化器系臓器を持っている人には利くけれども
水分摂取のための臓器を摘出されている私には利かない。

2か月に一度の点滴でなんとか自宅で生きながらえている私だが、
次回は二日後の火曜日が点滴日で、つまり現在は薬が完全に切れている。

二日の我慢だ頑張れ、と自分を応援したいのだが
その前に試練がちゃんと用意されている。
明日、私は母親を精神病院に連れて行かねばならない。
精神的にも肉体的にも、その負担は半端ない。

なのでブログを書ける余裕がない。
だから少し余裕が出るまで休むと思う。
このブログもやっと書けた。
夫が珍しく、私の顔色の蒼さに気を使って焼き鳥を買って来たのだ。
強烈にしょっぱい焼き鳥だった。

ああ、しょっぱい、ああおいしい。
パパちゃんありがとう、久しぶりに愛を感じたわよ♪

とりあえず生息中

出来事から
07 /11 2013
まだ7月に入って10日あまりしか過ぎていないのに、
月曜日からこっち4日間、
朝の9時から夜中の12時近くまで、エアコンをつけっぱなしだ。
28度か27度設定なのだが、朝からつけていると、
室内温度はなんとか30度にならずに済んでいる。
(密閉性の高い家だったら、もっと涼しくなるだろう。現在埼玉は37度)

原子力発電には反対しているのに、電気使い放題なのが申し訳ない。
ごめんなさい。

体調は、無理をしなければなんとか大丈夫そうになった。
ありがたい近代医学のおかげで、私はこの夏もやっていけそうだ。

月曜日、母と精神病院に行った。
母は完ぺきに私を介護職員と思いこんでいる。
一見落ち着いて、大人しく週刊誌を見ることもできるようになった母は
マシンガントークも抑えられるし、目が浮いたような感じも見られなかった。
だが母はこれまでの過去をほとんど失っていた。
お気に入りの「優しかった(母の)お父さんの思い出」すらも母の記憶からは消されていた。

その代わりに、母は自分の過去をどんどん新しく作り出している。
母は自分の過去を瞬間ごとにとめどなく作り変えては信じ、
それによって優越と満足を得て落ち着くのだ。
私にはそれが苦い。

母には娘がふたりいて、いまはどっちも遠くに嫁ぎ、あまり会わない、
娘はふたりとも元気なのだという。
私を説明するときに必ず付いた「この子は体が弱いから」という言葉はもう、
二度と聞かれないのだろう。
そもそも私はもはや、母には介護職員にしか見えていないのだ。

私と母の間にあった密接な関係、過去は現実のみならず、母の心からも消えた。
あの愛情と思いやりを覚えているのは、私だけになった。
一方通行の思い出だけを支えに、私は母をこれからもみてゆくしかない。
母に悪意はないのだから。

神様が一方通行の愛を、神様を知らない人々に注ぎ続けているのと一部似ている。
どんなに恵みを与えても、人間は文句を言い続けて足りることを知らず
神様に感謝するどころか、その存在すら認めようとしない。
あるいは神に呪詛し、恨みをぶちまけさえする。
と、愚かな私は神様の壮絶な孤独を想像して、自分を慰める。

いまの母が私を知らないくらい、なんでもない、と。

私は出来ることを、誠実にやるだけだ。
胸の温まる母の愛の思い出があるのだから十分幸せのはず。
失ったものを嘆くより、残されたものに感謝しよう。

北鉄のユイちゃんからあっちへこっちへ

いろいろ感じたこと
07 /15 2013
ミス北鉄の足立ユイちゃんは、けっこうかわいそうだ。
ずっとアイドルを夢見ていながら、大人の都合にもちゃんと応えて来て
やっとこさめでたく東京の芸能プロダクションに発とうという前夜、
大黒柱の父親が倒れてしまう。
やがて看護疲れの母親も蒸発し、ユイちゃんはますます地元を離れられなくなった。
かくしてユイちゃんは、「夢破れてグレた」。

なにせドラマがあんな調子なので、「かわいそうにね~」という調子も
「おしん」に対して言ったようなのと全然違って気楽なわけだが、
それでも年頃の女の子を持つ親としては、
グレてしまったユイちゃんには、そこそこ同情していた。

で、今朝、主人公天野アキちゃんが、
世をスネ、いじけ、親友にまで毒づいてきたユイちゃんに
ついにブチ切れて発した言葉が「どれだけ不幸かしらねぇが」だった。

おお! そうだ、アキちゃん、あなたが正しい!
どれだけ不幸か知らねぇが、他者を巻き込むべからず、は鉄則であった。

親が倒れたとか、親が蒸発したとか、アイドルになれないとか
女にもてないとか、金がないとか、政治が悪いとか、税金が高いとか
どれだけ不幸を感じようとも、
通りすがりの10歳の女の子をぼこぼこに殴って意識不明にさせたり、
役所の窓口に火炎瓶を投げつけたりしてはいかん! いかんぞ!
てか不幸自慢も大概にしやがれ、甘ったれてんじゃねぇ、
細木数子だったら言うこと言ってるぞ、(゚Д゚)ゴルァ!!

・・・・と、話が逸れたが、不幸をこれ見よがしに世間に見せびらかすのは
要するに甘えか自慢のどちらかなのだろう。
ユイちゃんは怒りや絶望や悲しみがごっちゃになって、ああいう外見と行動になったが
あれもやっぱり「甘え」なのだろうな。

親の都合で人生の道筋を変えざるを得なきゃいけない子なんて
世の中ごまんといるわけで、その子たちがみんな「グレる」わけではないものね。
ユイちゃんはお金持ちのお嬢ちゃんで、優越感の上に何不自由なく育ってきたから
この程度の挫折に負けて、世をすねちゃったわけだ。
その根本的なところを私ったらきれいに忘れて「かわいそう」がって、
ちょっとダメ親注意報であった。

親の都合で道を曲げられた子といえば、「赤毛のアン」もそうだった。
(親というか、育ての親というかww)
努力して努力してやっと手に入れた大学進学と奨学金だったけれど
考えるまでもなく、あの赤毛の女の子はポイッと放棄して、
自分の選択した曲がり道を、当たり前のようにまっすぐ見つめて
スネたり、いじけたり、落ち込んだり悲しんだりなどせず、
堂々と踏み出して行ったのだ。

これまで何度もあの本を読んで、アンの元気の良さに勇気づけられてきたけれど
いまこの年になって、
あの主人公の一番のすごさは想像力の豊かさでも、元気のよさでも、
負けず嫌いの大変な努力家だと言う事でもなく、
苦労や不幸をえいやっと受け入れて、
なお喜びに満ちて天を見上げることの出来る魂の強さにあったのだと気がついた。

この手の強さは、正視できない人も少なくないほどまぶしいものだ。
これが小説の主人公でよかった。
実際周囲にこういう人がいたら、私はきっとまぶしがる。

ユイちゃんに同情するのは、きっと、彼女が全然まぶしくないからなのだろう。
いかんぜユイちゃん。
まぶしくならにゃあいかんぜ。


半月の夜に母は

出来事から
07 /17 2013
夜、仕事から帰ってきたら、母宛ての後期高齢者保険証が役所から届いていた。
先週の暑さが一時的に落ち着いて、夜の気温は25度以下に下がっているので、
私がトコトコ歩いて保険証を母のいる施設に届けるのは、
涼しい夜風の吹く、今日この夜しかないように思った。

炒めものばかりの夕食をさっさと作り、
ひとりパクパクっと食べ終えると、
嫌いなものばかりの食卓に無口になっている食事途中の夫を残して
家を出た。

円を真っ二つに割ったような半月が、曇った空にぼんやりと上がっている。
道はところどころに暗く、その足元はなにも見えないが、
不安を紛らす恋しい涼風に慰められて、夜の道を行った。

施設には灯りがともり、
リビングに入ると男女の入居者がふたり、仲良く隣同志に座って
静かな声でむかしの歌を歌っていた。
老いた声に虫の声が重なり、不思議な音。
隔たった世界に生きる人々の不思議な世界。

摩訶不思議な世界の世話をする現実の職員が出て来るそのうしろから、
夏の色のパジャマを着た母があらわれた。
どうやら眠る前に、廊下をふらふら歩きまわっていたのだろう。

私はいつものように母に目で挨拶を送った。
母はニコニコしながら近づいてきた。
職員に母の新しい保険証を渡す。
「よく似てらっしゃるわねぇ」と職員が私と母を見比べた。

「だって親子だもん、似るわよ」
当たり前のように、こう答えたのは母だった。

母は私を子供だと認めた。
母が私を自分の娘だとわかっていた。
ただそれだけだ。
母親が娘を、自分の子だと認めただけ。
でもそれで、私はどうにもうれしい気持ちになった。

そのうれしさを誰にも告げず、私はすぐに施設をあとにした。
滞在時間は短い方がよかった。
短かったから、よかった。

母は私を自分の子供だと、親子だと言った。
そのとき母は、わずかの時間の間だけ、私の母に戻ったのだ。
母だ、母だ。母だった。私のことをわかってくれた。

帰路の心はうれしさに弾んだ。
もう、そろそろ逝くかしら、そろそろ逝ってもいいよ、と
ずいぶん長い間思っていたはずなのに、
今夜、半月の下を涼風に吹かれてトコトコ歩きながら、私はふっと思ったのだ。
うん、元気でいて欲しいな、長生きして欲しいな、と。

あれは特別な時間だった。
そして2時間が過ぎ、私はまた日常に戻ってきた。
母もまた、私などきれいに忘れて、もとの世界に戻ったことだろう。

母に長生きしてほしいだろうか。
思わない。
そう遠くない適当なところで、いいころ合いに、静かに、するっと、
眠るように。
どうかどうか、苦しまずに。

暑い夏の日に、うんと涼しい夜風が吹いた、半月の夜。
今夜は特別な夜だった。




グリーンカーテン二階に届く(ゴーヤレシピ教えて!)

ガーデニング
07 /19 2013
小学校もそろそろ夏休みである。
うちのあたりでは、子供たちがめいめい学校から自分の植木鉢を持って帰るのだが
1年生から6年生まで同じ大きさの植木鉢なので、
小さい子には大きくて重くて大変だろう。
何年生がなにを育てるのか知らないが、もちろん、朝顔を育てる学年もある。
夏の植物の成長は本当に早い。

我が家のグリーンカーテンは日々に成長して、ついに二階に到達した。

二階に届いた

前回のガーデニング記事ではまるっきりその存在が見えなかったフウセンカヅラは
ゴーヤとヘチマと朝顔の大きな葉っぱの隙間から
ひょろひょろ背丈伸ばしてきたぞ。
細いくせに生命力は抜群で、もしかするとゴーヤより強いかもしれない。

フウセンカヅラ

そろそろはじまったゴーヤメニューの日々。
正直苦味が得意ではないから、うちではゴーヤ料理は砂糖必須。
今日などは薄切りして1時間余り水にさらした後
まぶすほどに砂糖を使って味噌とめんつゆで佃煮にした。
(ご飯の友になった)
写真の、奥のつるんとした長いのがへちまで、短いのがゴーヤ。

ゴーヤ成り始めた

これを室内から見るとこんな感じ。
涼しげでしょ。
ちなみにここは私の部屋。

簾の向こう

毎年朝顔を這わせる東の窓には今年も朝顔。
しか~し、思いがけず落しだねのへちまがこんなに育ってしまった。
こちらは花ばかり咲いて実にならない。
しかも朝顔よりヘチマの花がでかいのよ・・・・

東の窓

朝顔は日よけにはならないけれど、朝方はいい感じ。
昼になると朝顔の葉っぱはしおしおになるから
暑さを強調されるようでげんなりする。

東窓の向こう

ゴーヤ料理の、苦み少ないレシピ、募集中。
健康野菜だから、頑張って食べるけれど、いつまで続けられるか
あまり自信がないのだった・・・

池上彰の毒っぷりが見事

いろいろ感じたこと
07 /22 2013
選挙の夜、ツィッターでは池上彰の選挙特番に関するツィートが大賑わいだった。
かく言う私も、選挙特番は迷わず池上さんを見ていた。

ツィッターでのあまりの盛り上がり方に、関東圏以外のユーザーは
BSジャパンでも見られるぞ! との情報にテレビに飛びつき
やんややんやと一緒に騒いでいたようだ。

前回の衆議院議員選挙番組で、私は初めて池上さんの持つ
ジャーナリストとしての「見事な毒っぷり」を知った。
NHKにいた頃には、こどもニュースを解説する「物知りおじさん」でしかなかったし、
フリーになっての民放の教養バラエティ系番組でも、
その穏やかで分かりやすい解説や説明は、こどもニュースの延長線上にあった。

しかし彼はただの「物知りおじさん」などではなかった。
今回の選挙でも池上さんやってくれた。←ちょっと長いけどおもしろい発言まとめ

どの司会者もコメンテーターも
偉い政治家先生には、物言いも遠慮がちで、ズバッと切り込むなどということを
およそしてこなかったと思う。
少なくとも石原慎太郎に「だから暴走老人って言われるんですよ」
なんてことを中継で堂々と言ってのけたりはしなかった。
(前回の衆議院議員選挙で)

暗黙の禁忌とされている
コーメイトーとソーカなんとかについても平気でガンガン攻め込む蛮勇ぶりに
(上記リンクをちゃんと見ていくと出てくるので見てね)
池上さんがテレビ界を干されるのではないかと心配するツィートまで出てきた。

テレビ東京に圧力がかかって
池上起用の選挙番組が組まれなくなることもあるかもしれないし
他のキー局が氏を使わなくなる可能性はさらに高率かもしれないが、
池上さん自身は、干されようが干されまいが、落胆しないだろう。

さらに大きな力による懐柔策も効かないだろう。
そもそも池上さんはテレビ界には未練などなく、
ジャーナリストとしての本を書きたくてNHKを辞めたのだと聞いた。
テレビには出られなくても、
出版の世界にはまだ気骨のある編集屋がいるから
あの人が本を書けば必ず世に出るはずだ。

池上さんの性格の悪さ、年齢による強みは、今現在
日和見主義のテレビ界にはとても貴重。
ほかの番組で見る池上さんは好きではないが、とりあえず
池上さん頑張れ、応援するぞ、と言っておく。



タンポンといにしえの技

いろいろ感じたこと
07 /23 2013
女性向きの話をする。

久し振りに見た。
タンポンのコマーシャルを。

最長8時間までの吸収力!
だなんてすごいことを堂々と宣伝していた。

夏、プールに海にレジャー、
そしてたださえ暑いこの季節に、さらに暑くなるようなナプキンを
足の間に貼り付けずに済む快適さは、確かに便利で快適である。

コマーシャルを見た娘が、さっそくタンポンを買ってきた。
そして初めて使ってみた。
その夜、娘はやれやれ、という顔で私に告げたのであった。

「さすがに不安だからナプキンも当ててたんだけど
タンポンしててもナプキンしっかり汚れてた」

「ああ、そういうことってあるよね」

「でさぁ、抜くときさ、ものすごく膨らんでてさ、なんじゃこりゃあってくらい
抜けなくてさ、やっと抜けたけど無理に広がった感じで痛いよー」

「ほへ~、相当量が多かったんだね」

「6時間しか入れてなかったのにさぁ」

「はぁ?」

「夕方に入れてバイト行って帰ってきたから6時間ちょっとだよ、
なのに漏れだすんだもん」

「・・・・何日目」

「今日なったばっかりだよ」

コマーシャルのせいである。
最長8時間などと宣伝するから、娘は「コンスタントに8時間使えるもの」だと思い込んでいた。
経血の量には個人差があり、
月経困難症や子宮筋腫のある人のようにじょばじょば流れ出る人もいれば
閉経直前のちょろりちょろりの人もいる。

じょばじょば系は当然8時間持つはずはないし、
ちょろりちょろり系は24時間でも漏れだしては来ないだろう。
吸収力が増えたこともさることながら、一番大事なのはここで、
経血の多少に関わらず、一日3回は取り替えてください、という意味でもあるのだ。
娘はそこにちっとも気付かなかった。

婦人科の看護師さんから直接聞いた話だが、
タンポンを入れっぱなしで忘れてしまい、抜くに抜けなくなった患者は
そう珍しくはないそうだ。
で、それを抜去する際の悪臭は強烈らしい。

そのときの看護師さんも、自身ではタンポンは使わないと言っていた。
内科の医師にもタンポンは使わないように言われた。
なぜ使わない方がよいのか、具体的なことは聞いていないが
漠然と想像できる。

ちなみに私は30代くらいまではときどき必要に応じてタンポンを使っていた。
それも30代前あたりから「ミニ」とか「レギュラー」ではなくて
どかんと「スーパー」を使用していて、
われながら立派な女になったものだと密かに自負したものだ。

最近、ネットで見て驚いたのだが、
江戸時代あたりの女性は、経血を垂れ流したりせず、
トイレに行ってどばっと出して済ませていたのだそうだ。
つまり出す、留めるを調節できたのだ。

現代では再びこれを試みて成功している女性たちもいて
ネットで探すと体験談や方法などを見つけることが出来る。
そんな技が存在するなどとは、思ってもみなかった。

やってみるかい? と娘に聞いたら
やだ、できない、と言下に拒絶された。

もったいないことだ。
(絶対にうっふんな効果があると思う)
私ならとりあえず試みるくらいはしてみただろうに。