ご利益なんかいらない

神様
09 /09 2013
7月から庭に面した窓にかけていたオーニングや簾を外した。
外し終えると午前9時半で、久し振りの太陽が、裸の庭にまぶしい光を降り注いできた。
育ち過ぎたグリーンカーテンも、もうじき外そう。

まぶしい光を直接に浴びないように慌てて家に引っ込んだ。
1週間前から免疫抑制剤を服用し始めていて
紫外線には注意しなければいけなくなった。

7月8月と暑さを口実に、ずいぶんとだらけた生活をした。
衣食住と求められる会社の仕事、実母関係の用事、自分の通院以外には、なにもやらなかった。
なにもない時間には、ただテレビを見たり、ぼんやりしたり、
あるいは昼寝に使ったりした。

パッチワークはなにひとつ進んでいない。
本も読んでいないし、ペン習字の練習も、ボケ防止のドリルの類も放置してある。

いい加減そういう生活からは抜け出さなければいけない。
簾、オーニングをはずして、リビングがかなり明るくなったので
また細々と初めて見ようと思う。
面倒がらずに、ブログも書かないといかん。

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薬疹はまだ残っているが、どうやら増えてはいないような気がする。
同じ箇所に消えてはまた現れ、
すべすべと美しい肌、密かに自負し自慢していた私の唯一の美点を、神様はやすやすと奪われた。
体の数か所は多分、ざらざらと尖ったサメの肌のように変化したまま
治ることはないのだろう。
残念ではあるが、それもまた、きっとなにか理由があるのだ。
神様はいたずらに私を精錬なさったりはしない。
神様は私からすべすべした皮膚を取られ、
もっと良いものを授けて下さるおつもりだ。

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『苦難にある者たちの告白』
〜ニューヨークの病院の壁に書かれていた作者不明の詩〜

大事を成そうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるように
命を授かった

求めたものは一つとして
与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りは
すべてかなえられた

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されたのだ



A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

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「願いはかなう」と呪文のように言う人がいるが
「ご利益」的な叶い方ならばそれは、私の信じる神様のやり方ではない。

人間の愚かな頭で考えついた欲得づくの欲望ではなく
その人間の根本に存在している「満ち足りたい」という願いを
神は予想外のやり方で与えてゆく。

泣きたいときは思いきり泣けばよい。
どうしてですか、と問えばよい。
ああ、このためだったのか、とすべてがわかる瞬間が、いつか必ず訪れるから。
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眼鏡の話

いろいろ感じたこと
09 /10 2013
老眼と近眼、メガネを二つ作ったのは八月初めの頃で、
とにかくパソコンの画面上の文字がよく見えることがうれしくて
これがベストに違いないと思い、それであのような記事を書いたわけだが
1カ月が経過して、受け止め方が変化したのでそれを書いておきたい。

近眼と老眼をその時々の必要に応じて掛けかえる手間を惜しまず
それを煩わしいと思わないならば、老眼と近眼は大変快適であろうと思う。

しかし現実に暮らしていると、そのひと手間がなかなか難しいことがわかった。
例えば車に乗るとき、運転をしていなくても
老眼鏡のままで乗ると先方がかすんで、気持ちが悪くなってくる。

ならば近眼鏡にしようと掛け替えると当然快適であるが
そのままコンビニに寄ったりすると品物の値段の数字が
ぼんやりどころが有無さえ分からない。
となると、仕方なく眼鏡をひょいと上げて、目を細めて値札を見る羽目になる。

これは非常に不便だ。
缶ジュース1本くらいのちょっとした買い物ならこれでもいいが
スーパーマーケットなどに寄ったらどうなる、
他店との比較などの値段で判断するべき買い物が、まず出来なくなってしまうのである。

室内は老眼でもそれほど問題はない。
近場の慣れた店などには老眼でもよい。物の値段は良く見える。
ただし慣れない店などで物がどこにあるのか
広く見渡して探す場合は、老眼鏡では難しい。

1カ月間、老近使い分けてみてわかったのは、これがベストではない、
ということであった。
しかし果たしてベストなどあるのだろうか。

年をとると、目の問題はどうしても避けられないらしい。
しかもそれは老化現象でどんどん進むのだ。
けれどもなんとか誤魔化したり工夫したりして、粘らないといけない。

老女が料理や掃除をしなくなる理由は、関節や筋肉の老化で疲れるからだけでなく
視力が弱って手元が見えなくなるからでもあるらしい。
それら複数の理由が重なって、何をするのも面倒になり・・・ボケの原因を作り出す。
よし、粘るぞ。

いままたツィッターで

いろいろ感じたこと
09 /11 2013
ツイッターを再び始めたのは震災のあたりだったと思う。
それ以前にも多少やってはいたが、その面白さがよくわからなくて
結局は放置していたのだ。

震災時のツィッターの活躍はすごかった。
個人病院のドクターが、患者の食事が無いとツイッターに書いたら
数時間のうちに近隣の街から食事が届いたという話が有名だ。

さらに幼稚園だか保育園だかの先生が、津波で子供たちを連れて
なんとか言う学校の屋上に避難しているが
水に囲まれ全然助けが来ない、と海外で働いている息子に向けて
メールを打ったら

その息子がツイッターにそれを書きこみ
現都知事猪瀬直樹(当時は副知事)がそれを知ってすぐに自衛隊を救助に向かわせたとか
たくさんのフォロワーを持つホリエモンが
被災地への支援活動への橋渡しをするようにリツィートしてリツィートして
リツィートしまくって支援活動の支援をしたり
とにかくあの時期のツイッターは、いろいろあってもやっぱり偉かったと思う。

しかし最近はご存じのとおり、
とにかく目立ちたいだけの人間が、いわゆる迷惑行為、反社会的行動、
または違法行為を世に晒して、悦に入るツールとしても利用されていて
とてもとてもとても、残念である。

だが今日、久し振りに、ツイッターがその本領を発揮すべき内容のツイートが
多くの人々によって複数発信され、リツィートされてきたので
ちょっと嬉しい気持ちがした。

うれしい気持ちがする反面、その内容の重さが、身に応えた。

その内容は、このブログに分かりやすく詳しく書かれていて、
これを利用して発信されたツィート、リツィートも大変多い。
私などはむしろ、このブログによって起きているコトを知った。
『25年かけて取り戻したもの、今一瞬に』
東京の葛西臨海公園にカヌー競技場を作るという計画があるのだ。
たった4日間の競技のために、やっと都会が取り戻した自然を、
破壊してもよいのだろうか。

オリンピックに絡む福島や東北、放射能汚染、汚染水の問題は
すでにものすごく多くのツィートが発信されている。
オリンピックまでの7年間、この流れが消えないといい。
能天気に喜んでいられる状況のはずがないのだ。

ブックオフに持ち込んで売れなかったもの

出来事から
09 /13 2013
本を売りに、ブックオフへ行って来た。
この1年ほど、通院のたびに軽い小説類を買っていたので、
わりと新しいものが20冊ちょっとあった。

ほかには本棚の整理を兼ねてやや古びた本から数冊を選び出した。
以前はなんとなく大事な気がして残してあったギュンター・グラスや
どうにも読む気が起きないまま上巻のみで買わずにいたモームなどであった。

ブックオフは本そのものの価値ではなく、作品の流行や、
本の状態で買いとり価格が決められていることは良く知られている。

かようなブックオフなので、
40数冊持って行っても1000円帰ってくるかどうかと思っていたら
なんと2200円も戻ってきた。

内訳をみると、やはりこの数カ月の間に出てきた新刊の文庫本が
1冊50円。
それと、古い単行本でも人気のある作家のシリーズものだったりすると
150円の値段がついていた。
娘の持ちこんだダイエット関係の雑誌が5冊で310円
ほか、50円の児童書、安く飼われて10円20円30円で買われた文庫もあった。

で、売れない本が毎回必ずいくつか出てくるのだが
今回の売れない本は、なんと上述のギュンター・グラスとモームであった。
言っちゃナンだが、
この二種の本は150円で売れた妖怪やお化けの時代劇の単行本より
いわゆる小説や文学としての価値は比べちゃいけないほど高いのだけれども
ブックオフではちょっとした日焼けがあるだけでも売れないのだそうだ。

それよりももう一つ、驚いた売れ残りがあったことをそっと書こう。
娘が袋に入れて出してきたまだ新しい箱入りの辞書と、未開封のCDである。

信じられないが、
うちの娘は高校の卒業時にもらった辞典をブックオフに出していた。
「名前入りのものは買いとり出来ませんので」
店員は丁寧に言った。
卒業年度と学校の名前の書かれた三省堂の立派な辞書を
よくもよくも娘は売り飛ばそうとしたものである。

ああかなしや。
電子辞書ばかりを使っていた娘にとって、紙で出来た事典類はどうでもいいらしい。
使いもしないのに重いし邪魔だ、という。

ああ、ありえねぇ。ありえねぇ。
こんな娘に育ててしまった私がバカたれであった。

それともう一つ未開封のCDとは、同じく高校の校歌応援歌の入ったもので
これもやはり卒業時に配布された。
愛校心というものが著しく欠けているわが娘にとって
校歌CDも無用の記念品なのであった。

帰宅後、辞書は私がもらいうけた。
使うにせよ使わないにせよ、新品の三省堂を捨てるなど私には無理だ。
(無理でいい、無理であるべきだ、と自慢気味に感じるところあり)
校歌のCDは・・・・・私にも無用の長物なので、燃えないゴミの日に廃棄する予定である。

眠る前にちょっとだけ考える戦争

こころ
09 /14 2013
アメリカによるシリアへの武力行使は、ここ数日の感じからすると
とりあえず行われなさそうだと思われ、ちょっとだけほっとしている。

半月ほど前、昭和の戦前の小説たちをいくつか読んでみたのだけれど、
描かれている世の中の状況が、今の日本と似ていたような気がして
もしかして今は、近い将来に「戦前」と呼ばれるようになるのだろうかと、
漠然とした不安を抱いたりした。

私はどういうわけか小さい頃から「戦争」というものが怖い。
誰に教えられたわけでなく、やたらに怖い。

小学校にも上がらぬころ、私は何度も同じ夢を見ていて
もしかするとそれが戦争と関係があるのかなと思う。

トタン板の壁に挟まれた細い道、人が一人やっと通っていける程度の細い道を
私はふうふう言いながらなにかから逃げるように早足に進んで行くのだが
やっとその細い道が終わって、普通の通り道に出たとたんに
目の前のすべてが、真っ赤ないろになるのだ。
私は燃えているんだ、と思うあたりで目が覚める。

十代の終り頃、沖縄のひめゆり部隊のドキュメンタリーを見ていたら
なにかに憑依されて体が動かなくなり妙な言葉をしゃべりだしたこともある。
自分が言っている言葉はわかっているのだけれど、
なぜそれを言うのかわからなかった。

この手のことは自己暗示やちょっとした思い込みや、体調の問題もあるかもしれないので
スピリチュアルな出来事だと言いきるつもりはないが
いま思い出しても気持ちの良いものではない。
ただ、戦争に関するなにかしらの情報が、私のなかでそんな風に働いたと考えている。

20代の半ばだったか、
東京の神代植物公園の梅園を彼氏と手をつないで歩いていたとき
園内の拡声器から一斉に放送が流れた。
それは多国籍軍によるイラクへの爆撃が開始された、という内容であった。

湾岸戦争がはじまったという情報がなぜ梅の季節の神代植物園に放送されたのか
その理由はちっとも知らない。
ただ、私が好きな男と手をつないで梅の香りに深呼吸をしているその時間に
海の向こうでは戦争がはじまっていた。

Wikipedeia に「戦争一覧」という項目がある。
ご覧になるとわかるように、地球上に戦争が起きなかった時代は
非常に少ない。
(Wikipedia は100%正しいことのみが書かれているわけではないので注意が必要だが
それを差し引いても、戦争紛争内戦と、多すぎないかい?)

人間はなぜこうも戦争ばかりするのだろう。
ある少女漫画では「守るべき人がいるから戦う」だなんて言うセリフがあったけれど
相手にだって守るべき家族や友達がいるに違いないのだ。
ほとんどの人間は、みんな誰かの家族で、誰かの友達であるはずなのだ。

兵士と少女



ディズニーにもダ作があるよね

いろいろ感じたこと
09 /15 2013
「ディズニーが嫌い」という人が、どういうわけか周囲に多い。

それらの人たちは大概、冷静で理知的で、芸術方面に一言あったりする。
まったく興味がないから無視する、というスタンスではなく
「嫌いだ」と強い目つきで言ってはばからない雰囲気である。

それらの人たちが結婚し母親になると、
ディズニークラシックなんかを普通にツタヤで借りて来て子供に見せたりする。
やがて一緒になって視聴して、あら面白いわ、なんてことになる場合もある。

ディズニーが嫌いな人の理由はいったい何だろうと考える。
私自身はどちらかというと嫌いではない、好きである。

子供時代、連れて行ってもらえる映画は浅草で「ガメラ」「ゴジラ」「東映まんが祭り」
ばかりだったので、ディズニーアニメには憧れが強かった。
小学校3年生で買ってもらった絵の具セットのケースが101匹わんちゃんだったときの
うれしさったらなかった♪

ディズニーが嫌いだという理由を想像すると、主にこれではないだろうか。
「絵にかいたような幸せ」を見るに堪えない感覚。
「こんな嘘だらけはくだらない」という軽蔑。

子どもはそもそも夢の世界を行ったり来たりする生き物だと思われ、
その子供が「ディズニーみたいな白々しい世界は馬鹿らしい」というとしたら

その子はよほどの変わり者か、
あるいは厳しい現実のなかに凛として存在するのを余儀なくされているのか
あるいは
親が「あんなものくだらない」と吐き捨てていうのを
そっくりそのまま信じて「くだらない、馬鹿馬鹿しい」と思うようになったか

のいずれかではなかろうか、と無責任に思ったりしている。

と、そんなことは前置きで、今日は先日娘がレンタルしてきたディズニーアニメについて
ちょっと書きたい。

それはかなり前のディズニーアニメで「ヘラクレス」という。
ヘラクレスというからには、ギリシャ神話がもともとの話である。

ギリシャ神話にはもちろん英雄譚もたくさん登場するが
その根底に常に存在するのが男女の愛憎劇で、
しかもそれはお昼のメロドラ以上のどろっどろと決まっている。
(しかもそのどろどろが、赤い色をしているのよ!!!)

ディズニーのヘラクレスは、
ギリシャの大神ゼウスが相手をだましてやっちゃったあげくに出来た子供ではなくて
正妻との間の由緒正しい子供であった。
なので、ヘラクレスが乗り越えてゆく冒険も
ゼウスの正妻ヘーラによって次々に仕掛けられる恐ろしい罠ではなくて
世界征服をたくらむ死者の国の支配者、ハデスの悪だくみになっていた。

良い子のためのディズニーだもの、
大神ゼウスが大変な女好きで、手段をえらばずあっちこっち種付けしまくってたとか
(雨になって女のなかに入ったりする!!)
それを奥さんヘーラが激怒嫉妬の挙句に生れた子を殺害しようとするなんて
しかも何度も殺そうとするなんて、
とてもじゃないけど、描けるはずがな~~~~~~い!

そのような次第で、ディズニーのヘラクレスは出生から死んで神にされるまで
まったく全部ギリシャ神話と違う話になっていた。
さらには神にされたと思ったら、恋しい人間の女性のために
神の地位を去ったりするのである。

もうしっちゃかめっちゃかで、ここまでぐっちゃぐちゃにするなら
なにもギリシャ神話から話を持って来る必要なんか
ひとつもなかったのではなかろうか。

リトルマーメイドやターザン、美女と野獣も原作をかなり変えているけれども
作品としてのおもしろさ、キャラクターの素晴らしさが
「まぁ、いいか、おもしろかったし」と思えるのだが
「ヘラクレス」だけは、きっぱりと、いただけなかった。

借りてきた娘に向かって私は
「くっだらねぇ」と言ってしまいそうになり、
慌てて「これはいかんね」に抑えたのであった。






ガーデニングは怖いよ

ガーデニング
09 /17 2013
台風が過ぎた朝、気温が20度を割った。
吹く風が東からで、かすかな冷気さえ含んでいる。
しかも雲ひとつない晴れ。
わんこ達も早起きをして、涼しい外に出たいのか、目がきらきらしている。

夫を送り出し、ごみ出しをして7時少し前。
いまやらないでどうするか、という意気込みでグリーンカーテンを外す作業にかかった。

2階のベランダにくくりつけた網と、
容赦なく登ってきた植物のツルを思いきりよくバチバチ切りまくる。

2階のベランダの隅っこに、とりそこなったゴーヤが熟して割れ、
干からびて張り付いていた。
ちょっと力を入れてはがしたら、大中小と色見の同じ幼虫が3匹
困ったぞと言わんばかりにあらわれた。

ガーデニングを趣味とするなら幼虫ごときに負けてはならぬ、
と思っちゃいるがやっぱりキモい。
放置もできない、踏むのも嫌で、軍手で掴んで下に落した。
一緒に落したツルに紛れて、なるべく見ずにゴミ袋に入れてやろうと思うのだ。

お日様が意気揚々と上がるまでに、絶対にやり遂げるという気持ちで頑張る。
途中2度家に上がって朝ご飯代わりの経腸栄養剤をちょびちょび飲む。
7時前開始で、すべて終わったのは9時をちょっとすぎていた。

切り終えて下に落としたツルをゴミ袋に収納するべく、またちょきちょき短く切る。
切っては袋に入れるを繰り返すうち、
最初に見つけた3匹と同じ種類の幼虫を何匹も見た。
数えてはいないが20匹くらいはいた。

ゴーヤに虫は付かないと聞いてたが、しっかりついていたようだ。
私の経験から思うにヨトウムシであろう。
こいつは昼間に葉っぱにいないので見つかりにくいが、
黒く丸っこいフンを残すことで存在がばれる。

あたりをつけて土を掘ってみてうぎゃあああああっと叫んだ己の過去を思い出す。
美しい花菱草の咲くプランターの土のなかには数十匹もの・・・・うううう
あれはガーデニングが流行り出して間もない20年ほど前のことで
あのとき私はガーデニングを趣味とするものが必ず通る悪夢の瞬間を経験したのであった。
思い出したくないが、今日思い出したぞ。

しかしだ、私は少し学習したので今日は土をほじくらなかった。
朝早くまだツルにいたヨトウムシをまるまる葉っぱごとゴミ袋に押し込めて終わりにした。
(20年前は怖くて泣きながら全部踏みつぶした・・・)

根っこ及び土の処置はまた後日やるつもりだ。
さらに言うと、ヨトウムシが出現しても踏みつぶしたりしない。
踏みつぶすと、その感触の記憶を上書きするから、なるべく避ける。
ヨトウムシ御一行は、先日の台風で流れを速めた用水路に落ちてもらいたい。

虫の類が一切ダメだと言ってはばからぬ人は、
ガーデニングを趣味としない方が賢明である。







溺れわんこ救助の一幕

出来事から
09 /18 2013
現在会社の残業中。
というか、夫の仕事がまだ終わらないので、私は適当に時間を潰しているところ。
先程起きたてほやほやの事件を書くぞ。

今日の昼過ぎから、何やら耳に付きまとう小さな小さな犬の声。
それほど遠くもなく、近くもなく、断続的に鳴く声。
吠えるのではない、鳴く声。

とりあえず愛犬家の私はその声が耳について仕方がないのに、
私以外のだれもがそんな声には気がつかない。
義父と義母が会社を去ると、
私はもはや我慢が出来ず、鳴き声を頼りに犬を探しに出たのであった。

周囲の家はやたらに犬を飼っていて
2匹3匹4匹までもが庭先に普通にいるから、
なじみのない私が道を通るとあちらこちらから犬が吠えたてる。
なので肝心の細鳴き声が聞き取れなくなるが、
なんとか耳を澄ませ、必死に聞き分けて歩いた。

もしも子犬なんかが捨てられていたら、私はいったいどうする気だと自分に質問しながら
それでも放置できなくて、
自分の耳を頼りにあっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。

そして、声の発する場所が分かった。
いくつものビニールハウス郡の一角にある給水ポンプの水貯め場。

いつもなら丈夫な網が掛けられているその1メートル四方ほどの水貯めに
台風で網の一部がはがれてしまったに違いないその水貯めに
中型犬は落ちていたのだった。

水貯めの淵から水までの高さは40センチほどで
40センチの高さなら、水底に足さえつけば水から飛び上がることが出来そうだったが
水貯めの深さは犬が立つことはできないほどに深いらしく
犬はもがくように泳ぎながら、助けてくれと鳴き続けていたようだ。

さてここで、勇気ある本当の愛犬家ならば手を伸ばして犬を救い上げたかもしれない。
しかし私は嫌だった。
パニックになった犬に噛まれたりするかもしれないぞ。
臆病風に吹かれた私は近所の家に飛び込んで助けを求めた。

犬4匹を飼うその家の主婦が出てきて、おぼれている犬を見にいき、
幸いなるかな「あっ!この犬知ってる!」

飼い主に電話をして、その飼い主が軽トラで来るまでおよそ3分。
溺れて弱っているはずの犬が、聞きなれた車の音に狂気の如き叫び声をあげた。
きれいな白い柴わんこを助手席に乗せた軽トラから降りてきた飼い主は
見るからに農業の人というイメージそのままに、溺れる犬の首輪に手をかけて
ずいっと水から引き揚げた。

「もうこいつ死んじゃえばいいのに、80過ぎの爺さんだぞ」と
飼い主は口が悪い。
またそのあとがいかにも田舎で、飼い主は助けた犬も助手席の犬も放っておいて
電話をかけた主婦のところへお茶を呼ばれに行った模様だ。

さっきまで溺れていた犬は80歳とは見えない勢いで猛然と枯れ草溜まりにダイブして
濡れた体を必死に乾かそうと転げまわっていた。
中型犬と見えたのは、顔と胴の長さばかりで
足の長さはどう見てもコーギークラスであった。
どうりで水貯めの縁に飛び上がったり、前足をかけたりすることが出来なかったはずだ。

さて、用事がなくなったので、もう落ちるなよと目で語ってから、
私は会社に戻って行った。
とにかく、犬が助かってよかった。

ねぇねぇ、と自慢げに夫に語りたかったが、忙しそうなのでここに書きつづった次第。
めでたし、溺れる犬を見殺さなかった一幕であった。

ちゃんちゃん

朽ちてゆく家

こころ
09 /20 2013
中古に引っ越してきて20年、うちが入る前にすでに10年が経過していた我が家は
相当にくたびれている。
なにせ30年間一度も外壁を塗装し直したことがない。

この家に来て3年目だったか、うちの真裏に大手のツーバイフォー住宅が出来て
その冬に大雪が降ると、新しい裏の家は、お宅の雪が庭に落ちると、
うちに文句を言いに来た。
それはそうだろう、うちの裏手は田んぼだったのだから
雪が落ちないようには作られていないのだ。

けれど裏の家のおっさんは強気に
「雪止め瓦をつけてくれ」と申し入れてきた。

こっちにも事情がありますと言っても
「そんなことはうちは知らない、関係ない」とばっさり。

この時点で私もかなりカッと来たが、隣人関係で住みづらくなるのも困るから
すぐに不動産屋に連絡して、数日のうちに雪止め瓦を入れてもらった。

あのとき、主人は私に向かって確かにこう言った。
「そのうちこの家を建て替えて3階建てにして、
裏の家なんか日陰にしてやるからな!」

それを信じて10年ほど過ぎ、一向にその気配がないのにしびれを切らし
「とりあえずまだ先だろうから外壁塗ろうよ」と夫に相談すると

なんだかよくしらないが、住まいの外壁にかかる金額の高さは
絶対こっちの損だなどと息巻いて却下された。

それから現在までの間、親の介護や娘の進学や、まぁいろいろと物入りで
家にお金を掛けられる余裕もなかったので
実際問題としてガタの来始めた家のことは、見ないようにしてきた。

この10月に娘の大学の後期分を払えば、
とりあえず家にお金が掛けられるようになるだろうと踏み
少々早いとは思ったが、
冬になるとキイキイ鳴って凹む廊下の板の張り替えだけでもと考えた。
(ある日突然床が抜けたらえらいことなので)

夏休みにその計画について、少しは夫と話した覚えもあったから
今回はすーっと話が進むかと思ったら
夫の答えは、またNOであった。

その理由は以下の通り
 消費税値上がり決定でうちの仕事に注文が増えるのは必至である
 新しい取引先との仕事もまだ滑り出し状態で油断が出来ない
 ⇒そんなときに家で工事などの面倒を持ち込んで欲しくない
 ⇒⇒私の健康問題により家の修理に立ち会えるとは限らない
 ⇒⇒⇒そうなったらなにもかもぐっちゃぐちゃになる

そうですか、それもそうですね、と私は大人しく引き下がった。

確かに現在、夫の抱える仕事上の責任と重さは大変なものであり
しかも変わってくれる人間はいない。
私はそれを手助けするべき立場にあるが
この夏の薬疹の問題以降、体調を保持するのが非常に難しい状況になった。

私はなんとか入院や手術をせず、家族に迷惑を掛けないようにせねばならないが
(かつては小さかった娘にそれを思ったが
現在は文句垂れの夫のためにそれを思っている)
家の修繕だの工事だのまでやりはじめたら
それは間違いなく、私の精神的肉体的負担になるだろう。

たかが大工が家の中にしばらくはいるというだけなのに、
そんなことでも、私は壊れるのだろう。

自分の肉体の脆弱さを、いまさら嘆いても仕方がないが
なにが面映ゆいといって、夫が一番に考えるものが
必ず仕事であることが、私の心根の弱っちいところに刺さってくる。

私の病身を知りつつ結婚したとき、夫の中の一番は、仕事ではなく私だった。
仕事を一番に考えていたら、こんな体の弱い女と一緒にはならなかっただろう。
それがいつのまにか、私はどんどん順位を下げて行った。

一番は娘になったり、趣味のテニスになったり、仕事になったり
そのときどきによって変わったが、私が一番に戻ることは、なかった。
そしてもうこのまま、ないだろう。

そしてこの家は、なにひとつ手入れされないまま、私たち夫婦と一緒に
じわじわと朽ちてゆくのかもしれない。




生産的生活への焦燥

こころ
09 /21 2013
廊下のギシギシと凹みを直せないと決まったからなのか、
私はどうしても何かしたいらしくて
新しい食器棚やテーブルをネットでいろいろ探してみている。

食器棚もテーブルも確かに傷んで来てはいるけれど、
まだちゃんと使えるので、急いで買い替える必要はない。
けれどもなぜだか惹かれている。

新しい食器棚とテーブルをセンス良く配置したいなんて
私にしてはものすごく珍しい欲求が
なんだかどうにも増大して仕方がない。

これはきっと代替え欲求なのだろう。
単純に家の修繕を出来ないことに対応するものかもしれないが
もう一つ心当たりがあるのが、食欲が満たされない状況に対するものだ。

盆に薬疹が認められ、持病の特効薬を使用出来なくなった私に残されているのは
持病の悪化を食い止めるために、なるべく食事をとらないという方法である。

私は口にあれこれ食べ物を放り込む代わりに、
必要な栄養と熱量が入っていて、なおかつ消化器に負担のかからない栄養剤の液体を
摂取しなければならない。

これがなんとも美味しくない代物なのに、ゆっくりゆっくり摂取する必要があって
私は「まず~」と思いながらそれを日に1リットル余りも飲んでいる。
しかも、家族の食事の面倒は相変わらず私にかかっていて、
夫などは私が欲しくても食べられない物を平然と残しやがる。

まぁこんな状況も、我が家では本来普通なのだ。
むしろこの2年余り、私がそこそこものを食べられた事実の方が
普通ではなかったのかもしれない。

それにしてもこの状況は、何十年経験してこようとも
私の精神を決して穏やかにしてはくれないものである。
思えばこの飢餓感をまぎらそうとするがゆえに
私はひたすら読書をし、編み物などの手芸を覚えた。

まだいまのところ、疲労感の方が強くて手芸熱が起こって来ないのだが
安い毛糸でも手に入れようものなら、一気に火がついて
セーターだってザクザク編んでしまうかもしれない。

少しでも生産的なことをやっているのは
いまの私にとってずいぶんな慰めとやりがいになるだろう。
ああ、早くそうなりたい。
そうなれれば、まだまだ使える食器棚やテーブルを、
めまいがするほどネットで探すような愚な真似は、せずに済むに違いない。