うたの才能

こころ
06 /03 2014
以前ある歌人の短歌について記事を書いたら、
「短歌の良さはちっとも全然なにひとつ分からない」という方が現れたので
興味のない人はお読みにならないが良かろうと思われる。

鉛筆あかライン


悲しいくらいうたの才能がない。
歌ううた、ではなくて、詩歌のほうのうたである。

子どもの頃、うちには3冊の詩集があった。
時代の子と言うか、昭和30年代から40年代に大いに流行ったサトウハチロ―が二冊と
若き日のやなせたかしの詩集。
詩集の装丁は今も昔もほぼ変わらず、
美しい上質な紙を使って、余白の美と黒い文字の美と
独特な挿絵の美が、子ども心に印象的であった。

詩の朗読の方法を父に教わった。
紙の上の余白のように、美しい間合いで読む言葉。
私が朗読される言葉のリズムに常に魅せられ、リズムに乗らぬ文章には
あまり好意を感じないのは、この詩集の影響かもしれない。

日本語の朗読リズムが、とにかく好きなのだ。
その最たるものが短歌、俳句であろうと思う。
(漢文のリズムも捨てがたいけどね)

当然私は詩にも、短歌にも憧れ、試みた時期もあったが
才能のないのは歴然とし過ぎていて、今は作るのもためらわれるほどである。

映画アマデウスの主人公である作曲家のサリエリが
「私には曲を作る才能を与えず、
モーツアルトの曲の素晴らしさを理解できる才能だけをお与えになった」
と怒りとともに嘆いたごとく、
私には詩歌短歌俳句を作る才能はないけれども、
鑑賞し感動できる才能だけはあるのかもしれない。
おかげさまでサリエリのような野心のない私は、
優れた歌に接するたびに非常に幸福である。

今日はなんとなく、私が最近出会って
「うわぁ!」とか「ほぉ~」とか「ううむっ!」とか感じた短歌をあげてみたい。

このゆびは人さしゆびと名づけられ星座を指した、戦旗を指した   /笹原玉子

どの病室【へや】も花を愛せり人間のいのち稀薄となりゆくときに /葛原妙子

死ぬことが大きな仕事と言ひゐし母自分の死の中にひとり死にゆく /河野裕子

孤独にて生きよと葉書にありしこと十五年後のわれを支える  /中川佐和子

とここまであげて、女性歌人のものばかりだと思った。
そしてあにはからんや、恋の歌が一つもない。
どれもみな、重い内容のものばかりだ。
ああ、女も50を超えると生きるとか死ぬとか孤独とか、そんなのばっかりになるらしい。
「サラダ記念日」の流行時にはそこそこときめいたものだがなぁ。

それから最後に、むかし私がつくったものをひとつだけ。

愛されるために生れた子供らに降り注がれる神の沈黙

親に見捨てられて死んでしまった子どもが、また発見された。
大量のごみの中に数年あまり放置されていたそうだ。
被害者はいつも幼い子ばかりである。

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とても大事な問題意識

出来事から
06 /09 2014
今朝、ツィッターを開いたら、とても大事なことをつぶやいている人がいた。

彼女は宮城県女川町の住民で、
あの大震災で自宅を失ったために石巻に仮住まいしているそうだが
故郷女川の復興のために小さな団体を起こして活動されているという。

その人が深夜に発した連続ツィートに、私は朝から考え込んでしまった。














このリアルな言葉の重みはどうだろう。
脱原発の活動をされている方々はきっと、自分たちや子供たちの将来がかかっていると
力強く反論されると思うけれども

被災地は「配慮のない言葉に耐えられるくらいの心のスタミナがまだない」人々が
きっと沢山いる、もしかしたらほとんどの人がそうかもしれないのだ。

脱原発の活動は必要だし、決して間違っているとは思わない。
ただ、実際にその地で暮らし生活を営む人々がいること、

そこには被災され、
先行きの生活に深い不安を抱き続けている人々もいることを
常に理解し、意識しなければならないはずだ。

だから難しいのだ。
復興と脱原発の両方なのだから。

私は答えを持たない。
こんな浅慮で持てるはずもないが、ただ、このツィートで
リアルと結び付いた問題意識を持ったように感じる。

とても大事な。


夏の日差しに悩んでおるぞ

冗談もどき
06 /16 2014
日陰の女である。
炎の街、暑いぜ熊谷を擁する埼玉県民のこの私が
夏の日なたが大好きだなどと、どうして言えるものか! 
(最近ようやく自分を埼玉県民だと言えるようになった、20年以上かかったが)

夏は日陰くらいがちょうどよい。
うちは現在外壁塗装のための足場にぐるっと取り囲まれているのだが
塗料が周囲の住宅に飛んだりしないようにと、
上から下までしっかり張られた幕が、室内に差し込む光を和らげ
自然木陰のような日差しとなっていて、
午前中まではひんやりするほどで、なんとまぁ気持ちのよいことか。
できるならこの幕をひと夏そのままにしておいて欲しい、
お願いしますと頭を下げ、ついでにお中元にメロンを進呈したいくらいである。

外が見えないから鬱陶しいでしょうなどと言う人もいるが
ここまでカンカン晴れた初夏や夏は、いやとんでもない、
むしろありがたいことでして、と力の入った説明をするに差し支えない。

しかしその幕が明日には撤去されてしまう。
ああまた、夏の直射日光が南向きの我が家にこれでもかこれでもかと
光を射込んでくるのか。

これまではこの脅威から逃れるようにと、
私は本当に本気で、もう、ものすごいマジで、対策工夫をしてきた。

で、本題。
これまではオーニングとすだれと、グリーンカーテンで、
非常に心地よい日陰作りに成功してきたので
ちょっと自慢するから見て欲しい。

グリーンカーテン
東側の窓は毎年グリーンカーテンで光を遮っていた。

オーニングとすだれ1
南側リビング、庭にした窓は去年すだれとオーニングのダブル使いで凌いだ。

すだれの向こう
私の部屋である和室の窓はすだれとグリーンカーテン。
実がなった
この和室前のゴーヤの収穫が素晴らしかったのもいいおまけ。

これら光と熱の遮断方法がとても気に入っていた分だけ
この夏はどうするべきか悩んでいる。
きれいに治された壁に、無神経にネジをはめたり釘を打ち込んだりしたくないので
実はすごく悩んでいる。
とても悩んでいる。
朝から楽天市場を3時間も見て、なお悩み続けている。

どうしよう。

また脆弱なワタクシの肉体

こころ
06 /20 2014
昨日で外壁塗装ほか家の修復が一応終了した。
40年近く放置してあった木造家屋だからお金もかかったが
時代の流行を反映した木部の多さのゆえに職人さんの手間も相当かかり、
都合3週間ほどであった。

この間、私はとにかく体調を保つよう心掛け、
まともな食事をとらずに、医療系栄養に多くを頼り
おかげで体重も40kぎりぎりから43.6まで増えていた。

が、すべての作業が終了した当夜の午後9時を回ったころだろうか。

私は突然大量に嘔吐した。
吐しゃ物は100円ショップで買ったゴミ箱に半分近くあっただろうか。
吐く10分ほど前から急に悪心が始まり、
どうも変だと思って、ふとゴミ箱を抱えた途端に
噴射した体であった。

家族の夕食の後片付けをし、風呂に入り、さっさと横になったのだが
どうも非常に寒かった。
横になったのが10時半過ぎで、最初に目覚めたのが12時だったか、
相変わらず寒気が強いために、熱でもあるのかと測ったら
軽く38度を超えていた。
寒くて当然だったわけだ。

と言って、何をするでもなく、再び眠って、
朝までに目覚めること4度ほど。
午前5時には6度台に戻っていたので、
おかげで予定通り今日は仕事に来られた。

何が原因なのかはっきりとわからないけれど、
外壁塗装ほか家関係のことが一段落して気が抜け
それで嘔吐発熱強烈な下痢(これは今も)を起こしたのなら、
自分の脆弱極まる肉体に、またしてもため息をつくしかない。

しかし43キロ台まで増えていたおかげで
今日の私はそれほど消耗していない。
朝には42キロに戻っていたけれども、それでもこの2キロがあるとないとでは
体力が本当に違う。

2キロくらいならいくらでも、何度でも差し上げますという方々、
ぜひください、もう、ぜひに。
(これ何度か書いているが、ほんと、ほしいのよ)

と、今日はこれを書きたかったのではないが、
それは長くなりそうなので午後に書いてアップしようっと。

うそつき

いろいろ感じたこと
06 /20 2014
本当のことのように、良心の呵責なく、
すらすらと嘘が口から出る人が世にはいる。

記憶に新しいのは、担当弁護士をも簡単にだました
PC遠隔操作事件の犯人だろうか。

中学生のとき、学業優秀な知り合いが、その種類の人だった。
彼女の語っていたことが「嘘」とわかったのは卒業後で、
幾人もの学友が、「彼女の抱える事情」のゆえに金銭を貸したという
事実が明るみに出たときだ。
その彼女の事情が相手によって微妙に違うだけでなく、
借金の返済をごまかすための新しい「事情」がまた、それぞれに違うものだった。

入院中にも、嘘をつく人に出会った。
明朗で快活な、話も楽しい人だったが
彼女もまた嘘をついて病人たちからお金を借りていた。
しかも生まれたての赤ん坊をえさに、借財を頼むからたちが悪かった。

大学時代の嘘つきさんは、「嘘つき」という枠から少し毛色の違う方向に流れていた。
彼女の嘘は2時間も過ごせばすぐにそれと知れるような、幼稚な嘘ばかりだった。
幼稚な嘘を重ねて、そこを追及されると、すぐに嘘でカバーし
嘘が巨大化していくのだが、それがあまりにもあからさまで顕著であることから
誰しもその先へ進むのが怖くなり、追及をやめてしまった。
弁護士や精神科医、言葉で相手を責めるのに快楽を感じる人以外には、
彼女を追いかけてゆくのは無理だっただろう。
私も入口あたりで追及を諦めて引き返した。
素人が無理やりにもゴールにたどり着いてしまったら、
相手は塩の柱のように崩れ去ってしまうかもしれない、
心が壊れてぐちゃぐちゃになってしまうかもしれないと思えたのだ。
大学の教科書にあったとおりの精神病系の症状を見せていた彼女は
1年ほどで別の大学に行ってしまった。

こんなことを書き始めたのも、久しぶりに「嘘つき」に会ったからだ。

(6/23編集 以下数十行に渡り、夫の会社で短期間就労していた50代男性について
年齢に関する詐称(と思われる点)や
複数発言から起きた言質の矛盾に関して具体的に記してあったのですが
これに関しては職業上の守秘義務なんか持たないでありますが
それでも一応倫理的に、かつ信義則に留意して削除したであります。でへへ)

残りの給与ほか手続きに関してやることがあり近日中に来るように伝えると、
「今日はハローワーク行くので」と断られ
あろうことか「明日なら行きますから、いてください」といわれた。
明日は全国的に土曜日のはずだから、「いてください」はすごい。

当然だが、再雇用の話は夫によって言下に拒絶された。
明日「いてください」も即却下された。

話がころころ変わる相手の何を信用できると言うのか。
相手の都合を思考の他においている人間に、しかもすでも50を越している人間に
どんな成果を求められると言うのか。

・・・・それにしても、習慣的に嘘をつく人たちはどうして
あんなに自然で、普通に見えるのだろう。
なぜあんなに自分に自信があるように振る舞うのだろう。
なぜあんなに、すぐにわかるような嘘を次から次へと口にするのだろう。

妄想性演劇性人格障害者だった私の父は年がら年中嘘をついた。
実際仕事も出来、頭の極めていい人で、話も面白く、
金払いもよく、一時は非常にもてはやされたようだ。
父は自分を世の中に対して大きく立派に見せたくて、
山のような嘘をつきつづけた。

その嘘を真実にするために、こすっからい犯罪にも手を出し、
嘘が通用しない「警察」と言う現実に、異様なほどに委縮した。
委縮しては再び元に戻り、虚言をばらまき自分の盾にして数十年、
高齢になるころには父の周囲に友人は誰もいなくなっていた。
(家族もいなくなりたかったが、それはできなかった)

75を超えて嘘と現実の区別がつかなくなるころには、
父ははっきりした嘘をつかなくなった。
嘘をつく気力すらなくなったのか
老齢による作話が恣意的な嘘を減じたのか分からない。
父はただ委縮した、かわいそうな爺になって、母にも娘二人にも見捨てられるように
死んでいった。

父を見てきたからこそ、私は嘘が嫌いだ。
私には濃い嘘つきの血が流れているからこそ、嘘が近すぎて、嘘を憎む。

ネット依存から抜けようと思う

いろいろ感じたこと
06 /28 2014
ネットやブログに書くことも、よそ様のものを読むことも好きだし、
ネットでちょっとしたこと調べるのも好きだ。
ときどきゲームをするのも好きだし、
根も葉もないうわさ話や批評、悪口に名高い某掲示板を拾い読みするのも好きで、
「この人誰だっけ?」とか
「なんの映画だっけ?」など、あいまいな点を確認するときも
すぐにネットを頼る。

しかし、調べ物をする場合などは特に、それ一つ調べれば済むにもかかわらず
ブラウザに並んだ幾つもの検索結果に興味をひかれて
当該問題にはまったく関係のないところへ飛んで、
気がつけば数時間過ごしていたりするなんてのは、ザラもザラ、日常茶飯事なのだ。

そうやって好奇心と興味を広げてゆくのは脳に刺激があってよいのではなかろうかなどと
良い方に考えることもできるが
ここ数日、そうは思えなくなってきている。

無用な波乗りは、有限な私の時間の、無為な消費に他ならないのではなかろうか。

夜近くなって、ときどきふと思うのだ。
「今日、私はいったい何をやったんだろう」と。
掃除洗濯メシ作りなどの、ルーティーンワークは済ませたものの
ほかになにか、自分自身として「これをやったぞ!」と自負できるものをしたのかと問えば
大かた「いいや、なんもしてない」。

「なんもしてない」くせに、時間だけはキレイに消費し、
別段、暇で暇で、脳味噌のしわが伸びそうなほど退屈だったわけでもなく、
やることがなくて自己嫌悪になったりしたわけでもないのだ。
しかし「じゃあなにをしていた」と自己に問えば
やはり「なんにもしてないや」でしかない。

この「なんにもしてない時間」になにをしていたのかというと
多くの場合「ネットしてた」のだろう。
だらだらと色々な情報を流し読むのだが、結果、頭にはほとんど何も残っていない。

私の命の時間があとどれほど与えられているのかわからないが
無限に長いわけではないのは確かだ。
老眼で視力も日々に衰えてくるし、集中力も続かなくなるし、
記憶力なんて全盛期の3分の一も残っちゃいないだろう。

有限の期間も1秒ごとに短くなる。
だから、無為なネット世界の散歩に甘んじていてはいけないのではないか。
一日15分でもよいから本を読んだり、手や目や、体を動かす趣味をやったり、
自分自身の内部に風を通すような、顔をあげた行為をするべきではないのか。

・・・・と言うようなことを強く感じたのは、ここ数日パソコンの調子が極めてよくなくて
ダラダラサーフィンなど到底無理な状況にあったからだ。
自分がいかに日常的にパソコンに頼っているかを思い知り、
パソコンを使えない時間がいかに有効に使われるかを感じた。

パソコンへの、インターネットへの依存傾向を直したい。
パソコンの代わりにやれることは、いくつだってあるのだ。
とりあえずパソコンの前に座ってネットをする時間に制限を設けることにした。
子どもみたいだが、きっとこれは効果がある。