だらだらリア充・・・・

いろいろ感じたこと
04 /30 2015
しばらく記事を書かずにいたら、広告が持ち上がっていたので
「そんなのあっちゃイヤ」な感じで書く。
けれど、さしてコレといって書くべきことが見つからない。

なので、だらだら書きをする。

最近ワタシは何をしているかと言うと、
日常的な家事の他には、だよんだよんしながらペン習字をし、
ごろんごろんしながらテレビを見、
とりあえず週一ペースでお仕事に行き、
2週に一度お習字のお稽古に行ってお茶を飲み、
行かねばならんと言う義務を少々覚えつつ毎週礼拝に行ってうとうとし、
読みやすかった本を再読しては「あら、こんな話だったの?」と思い、
そして至極まれにウクレレを練習するという
ワタシ的には「リアルはなかなか充実している」と言える状況である。
(これでか!! これでだ!!!)

いや、本当にワタシとしては、日常はこんなところで十分だ、
十分過ぎるくらいだ。
まるまる一日あっちへ行ったりこっちへ行ったり、
キャーキャーワーワー騒いだり、
楽しいことや刺激を求めるより、
生き生ききらきら輝く日々なんぞよりも、
ババ臭いワタシは、空いた時間にほっこりお茶を飲んだり、
お花を眺めたりしているほうを好む。

お花と言えば、今年は埼玉県幸手の権現堂に桜の花見に行ってきた。
一応都会育ちだったワタシなので、
千鳥ヶ淵とか靖国神社とか浅草隅田川沿いとか上野とか、
いわゆる都内の桜の名所は複数行ったことがあるのだが、
数キロ周囲にいっさいのビル群や道路が見えない
ただただ桜と菜の花が咲く広いのっぱらは、
「ああ、桜の花を見た!」
「花を見に来たんだ!」
「だって花しかない!」
「なんかすごい!」
と、とても新鮮であった。
ちなみに、菜の花も満開で咲き乱れていたけれども
満開で香り立つ千本桜の存在の前にはなんてこともなかった。
幸手の権現堂はかなり不便な場所で、駅から歩いてなぞとても行けないので、
必然酔っ払う連中が非常に少ないのも、素晴らしい。

そういえば気付けばうちの近所の田んぼも水が入り、
夜になるとカエルが合唱を始める時期となった。
ふわっと散歩に出れば、近所の庭先にもっこう薔薇が満開で
クレマチスもそろそろ咲き始め、
さくらそうやきんぎょそうも矢車草もそれぞれきれいな色を
さぁ見なさいよ、ここにいるわと見せっこしている。
予定では連休明けにお習字のおばちゃんたちと
清水公園でぶらぶら花を観に行くことになっている。
これを自称リア充といわずしてなんといおう!

とはいえ、実のところ体のほうがイマイチ充実していない。
先週、暑さのあまりアイスコーヒーを喜んで飲んだら
思い切りたたられて、吐く、下痢、痩せるの3拍子。
年齢のせいなのか、虚弱な病身故なのか、あるいは季節なのか
まぁ様々な理由があるのだろうが、なかなか栄養失調と脱水から回復できず、
日ごろよくしゃべるこのワタシが、だるさから言葉すら出せず、
寝床から出るのもつらかった。
しかしながら、脱水と栄養失調は体内の水分や各種ミネラルバランスを著しく崩すため
筋肉痙攣と言う激痛が繰り返し襲ってくるので、
結局は3日間、ほぼ眠ることは難しかった。

しかし、痛みに耐えて本を読むくらいのことはしなければ
ただただ痛くて泣いて怯えて、最終的にはヒステリーを起こすので
(お産と似ているな)
襲い来る苦痛を読書と眠気で、なんとか冷静に撃退(誤魔化すともいう)した。
われながら、なかなか立派で頑張ったと思う。
恵み深い天の父なる神様は、けなげなワタシを憐れみ、
少しずつ少しずつ元気にさせて下さっている最中である。

だいたいワタシは、批判ばかりして、不平不満が多すぎる。
だから美しいこの世界を与えたもうた神様にも感謝がなさすぎる。
空気も水も、光も風も、すべてただで与えられながら
当たり前のことだと思いこんでおるから、
ときどきはこんな風に「神様から試練をいただく」ことで
平穏に感謝せねば、との念が育っていく。
大事、ここ、大事。
(でも試練は緩やかに、かつ短いものであってほしい・・・・)

不平不満と言えば、
ウサギのゲージに3歳児を監禁して死なせてしまった親のニュース、
あれを耳にしたときはさすがに細木数子になってしまった。
「おまえら地獄に落ちやがれ!」
(でもこういうことは決して言ってはいけないのです、聖書に書いてあります・・・)

なぜ最後にこの言葉で締めるのか、わからない。
今日の事務仕事が5時で終わる予定だからである。
ということで、またこんど。
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