小満(しょうまん)でござんす

いろいろ感じたこと
05 /25 2015
ええと、小満(しょうまん)というのだそうだ。
いまのこの時期、この季節、今日の日は小満なのだそうだ。

日本には四季があって、いまは春も終わりかけ夏の始まり
月でいえば5月、皐月というやつで、
それをさらに二十四節季とやらに分けちゃうと
1年が24の季節に分けられるわけで、
5月21日から6月4日ごろは二十四節季では「小満」に当たるのだそうだ。

ショウマンとは、どうも音がよくないし
中途半端に変な意味が思い浮かびそうであるので意味を調べると
おやまぁ、なんということでしょう、
なんて素敵な意味かしらん。

「小満とはあらゆる生命が満ち満ちてゆく時期のこと。
太陽の光を浴び、万物がすくすく成長してゆく季節です。
     暦生活HPより http://www.543life.com/season-syouman.html」

日本語ってほんとときどきたまげるほど繊細で優しくて
高い美意識と愛に満ちている。

上述の暦生活HPを見ていると二十四節季も感動的だが
それをさらに72に分けている七十二候なる言葉も
それぞれかなり素敵ではないか。

などと季節を表す日本語の美とセンスにひとしお感動していると
俳句などを詠んでみたくなる。
だらだらした言葉数ばかり多い日本語を日常的に使用している私には
全17文字で詩を詠むごとき高度極まる技術は
無理無駄不可能の範疇のものであるが
こんなクソ饒舌のわが身でさえも
「ああ、一句詠めたら」などと憧れずにはいられない。

正直なところ、
短歌は多少なりとも頑張れば普通以下程度にはなれると考えている。
なぜならあれは私の得手とする感情表現を中心とすることも可であるからだ。
しかるに俳句は感情を言葉に乗せることなく
花だの緑だの風だのといったものに詠み手の思いや心を託し
そこに感情や動きや広がりを受け手に感じさせるという
間接的な感動伝達を行う言語活動なのだ。
そんな言語として高度極まる様式を、
こんなクソ長いばかりの文章を書くような私に
できるわけがなかろうが!!!!

なのにねぇ、ちょっと魅力を感じているから困っている。

と、困ってみたところで1カ月ぶりの記事もたいしたことのないものであった。


スポンサーサイト