幸せのカタマリなんだから

いろいろ感じたこと
09 /02 2015
親戚の娘さんが妊娠したのだそうだ。
出産は来年春ごろらしい。

これを聞いて私はまず第一声で 「まぁ! おめでとうございます!」
と言ったのだけれど、この知らせを教えてくれた側の返事は
「どうだか」、であった。

「どうだか」、の事情は聞かずともわかる。
当の娘さんがまだ17歳で、
通信制の高校に籍を置く身分であること。
そして相手の男の子もまだ大学生。

17歳の高校生で妊娠出産することは確かに
いろいろと問題があるだろう。
この子は本当に賢くて優しくていい子なのだけれど
天性なのか環境に問題があったのか
与えられた愛情や現実に満ち足りることができず
親兄弟、周囲にずいぶんいろいろと心配をかけさせてくれてきた。

中学時代はそれが特に顕著で、
まわりの人間は彼女が自殺でもするのではないかとはらはらし通しだった。
それでも通信制の高校に通うことになり
アルバイトに趣味にと精を出す様子に
「ああよかった」「ほっとした」とみんな胸をなでおろしていた。

で、ここにきて、妊娠となった。
はっきり聞いてはいないが、堕胎はせず、産むようである。

私の感覚は日本人の標準的なところからずれているような気がするので
非常識なのかもしれない。
自分の娘の話ではないから、へらへら書けるのかもしれない。

でも、思っちゃうのだ。
「周囲の困惑や思惑は置いといて、
生まれてくる子は幸せのカタマリとして受け入れるべきなんじゃない?」

相手の家との関係がどうのこうのとか
学校をやめなきゃいけなくなるとか
そんなことは、もうしょうがないのよ、命が与えられちゃったんだから。
与えられた命は、精いっぱい大切に育てていくしかないじゃないのさ!
先のことばかり案じてつべこべいわない!

正直彼女はおなかの子の父親とは結婚できないかもしれない。
だからこそ周囲は支えてあげなくちゃいけない。
文句だの心配だのより、そっちのほうが優先。

来年のお正月にはおなかのふくらんだ彼女を見ることができるのかしら。
無事に産まれたら、うんと可愛いベビー服を送ってあげよう。
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この災害に

出来事から
09 /11 2015
こんなことを書くのは、私が愚か者のバカだからなのだと思う。

今回の台風18号以降の関東東北地方の大雨による大災害、
関東地方はほとんどすべてのテレビ番組で、画面の左端と下側などに
災害情報のテロップが延々と今現在も流れ続けていることにも
影響を受けていることは疑いようはないが、

それでもなお、
私の属するブログ村カテゴリの新着記事たちの大多数に
ほとんど災害についての内容が記されていないのには、
なんというか、
こっちの勝手な思い入れと世の中は違うものだとわかっていてもなお、
なんだか、
「自分のことしか考えてないんだから!」と思ってしまう。

かつて秋葉原で通り魔が出て複数の人が殺された翌日に
ブログ村に属するキリスト教徒たちのブログに
その件に関する悲しみも祈りもまったく記されていなかった現実に
異様に不愉快を感じた覚えがあるが

今回は、不快と言うより、呆れてしまった感が強い。

ブログは感じたことを全部書くわけではないのだし、
災害の大きさに書くことが出来ない人たちもいると思う。
それでも、毎日毎日愚痴愚痴と書き続ける能力があるなら
ひとこと
「怖い」でもいい、「自分がああなったら」でも「どうか元気で」でも
「少しでも被害が少ないように」と願いの言葉を書けただろうに。

この非難は間違っていること、わかっているけど、書きたかった。
私はバカだ、思い込みが強すぎる、人にはそれぞれの事情がある、
書き方だって、思惟だってある。
でも書きたかった。

関東地方のテレビ地上波は、もはやこっちが欝になりそうなくらい、
延々と河川の決壊の様子や住宅街が水に浸かっている俯瞰画像を流し続けている。
何もかも失って「命があればいいんだ」という人々も
やがて現実の生活を余儀なくされる。

なにか、どうにかして、助けられることがあれば、と思っている。

犬の咳きのこと、安保のこと、ボランティアのこと

わんこ
09 /16 2015
大雨以降、黒オスわんこ犬の繰り返す咳き込みはかなり治まっていた。
あの大雨の日は室内の湿度が95パーセントを超えてたし
それより後も、家のなかの湿度は70パーセントはあったので
老犬ののどにはありがたい状況だったのだろう。
(家の中は湿っぽいし、カビは出るしさんざんだったが)

ところが昨晩、昼間がからりと晴れていたせいか老犬ののどはまたやられて
夜中に近所にご迷惑がかかるのではないかと案じられるほどに、よく咳き込んだ。
咳き込んで咳き込んでほとんど眠らなかったくせに
朝の散歩前には元気にぶんぶん尻尾を振ってくれ、
よっしゃ、と外に連れ出して10メートルも歩いたら、突然
黒オスは両足をピンと突っ張ったまま
どうっと横に倒れてしまった。

意識もあるし、すぐに立ち上がることも出来とりあえず家に戻って少し休ませたが
黒オス自身が行きたがって、結局再び短い散歩に出た。
今度は何事もなく行って帰ってこられたけれど、
こうやって少しずつ体力を落としてゆくのか。
今は秋雨で雨もよく降ってくれるから老犬ののどは潤いを与えられるけれども
冬がきたら、どうしたって乾燥してくる。
そのとき、この犬はどこまで頑張れるのだろうか。

ちなみに一時まったく食を受け付けなかった黒オスは
娘が必死で複数のたんぱく質を持ち帰ってくるようになって
(職場での残り物で廃棄するべき調理済みの肉や魚。
大量に作って余ったり、材料注文時に多く入ってきたりするそうだ)
いつもではないにしても、安心な分量は食べてくれるようになっている。
非常手段ではあるが、食べられるものがあるならそれでいい。

・・・・と、犬の咳を聞きながら私のこころは中途半端な位置にある。

いまは国会前で安保法案反対のデモや座り込みが日ごと逃げしくなっている様子が
夜のニュースで映し出されている。

正直私はよくわかならい。
この前まではとにもかくにも憲法死守で戦争反対一本やりの気持ちであった。
今だって戦争は反対だし、憲法も守って欲しい。
けれどふと感じてしまったのだ、
いま日本に中国や韓国や、北朝鮮など、近隣の国が武力的なけんかを吹っかけてきたとしたら
現段階ではアメリカ軍が助けにくるのかもしれないが
アメリカ軍人の母たちは、はたして自国のためでもないのに出兵していく息子に
他国の防衛で死ぬかもしれない息子に、どんな気持ちになるのだろうか。

その思いを想像したら、軽々と「安保反対」を言えなくなってしまったのだ。
「専守防衛だから自衛隊員になったんだ、
他国で戦うために自衛隊になったやつは1人もいない」と
今しがたデモに参加していた元自衛官が発言していたのを見て
また、それを感じてしまった。

戦争は嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
ただ、この国を守ってもらうために、よその国の人が戦って死ぬのも
あんまり理不尽な気がしてしまうのだ。

それから、いま国会前に集まっているたくさんの人たち、若者は
茨城や宮城の災害ボランティアに
仕事を休んでまで参加する大人や、学生たちについて
どんな風に考えるものなのだろう。

いまここにある生活の再建よりも、先の巨大な危機のほうが
大変な問題に決まっている・・・・・のだろうな。

私は、悲しいほどに無力で小市民なので、
災害地で泥を掬い取り、何度も何度も雑巾で床を拭くボランティアの姿のほうに
心打たれている。

わからないことだらけだ。

毎度どこにも出かけなかったよ、でもね

こころ
09 /23 2015
シルバーウィーク中、楽しい場所にはどこにも出かけず
素敵なご馳走を食べたりせず、特別な休日を一切過ごさず、
特段のことも無く、いつもの平日と同じように過ごした人、
あるいは、連休すべて家族の中で自分ひとり家にいて、不貞腐れて、ごろごろ過ごした人、
私は、お友達ですぜ。

私に限って言えば、こういう状況はこの連休に限ったことではなく
だいたいすべての休日、私はこんな風に家に1人でいて
いつもと同じ家事をやっているわけだけれども、
それでもなんというか
世間が楽しそうだと、なんだか自分だけがやけにつまらない気分になるもので
ほんと、この感情困ったものだわ。

でもね、この休みひとついいことがあったわけ。
とうちゃんは連休を全部仕事に充てて、気の毒なくらい働いていたので
なんか、かわいそうでねぇ、

(いつも人手の足りない零細工場に
ひと月の実働時間19日でやれっていうのがそもそも無理なのよ。
とうちゃんの零細工場は
昭和の東京オリンピック前の町工場の実働と、なんら変わってない気がするわさ)

だから好きなおかずを揃えたりなどちょっと気を使っていたんだ。
娘が彼氏と旅行中なのでふたりっきりだから、さびしい夕ご飯なのだけどね。

いずれ近い将来、
私たちはふたりきり毎日こんな風に向き合う夕食時間を過ごすようになるね、
だから、仲良くしていきたいね、
お酒の肴メニューばっかりになるかもしれないね
ラグビーのことや、相撲のことなんかも、話したかな。
仕事すごく頑張ってて、ほんとえらいね、
愚痴も言わないでマジかっこいいね、とか。
出来る限り穏やかないい時間を過ごしたいじゃない、つんけんするよりはさ。

で、ついでだから、
とうちゃんが二階の自分の部屋に上がっていこうとする階段の下で
その背中に、ぺたっと張り付いてみたわけよ。
別に下心とかじゃなくてさ(そんなものはとうに失っておる)
いつもありがとうね、という気分で。

そしたらとうちゃんが私の手首を見てから、ふっと握ったのね。
で、しみじみ言った。
「こんなに、ユニセフのコマーシャルに出てくる子みたいに細くなっちゃって。
骨と皮じゃないか」

「えー、今に始まったことじゃないよ、ずっと触ってなかったから
忘れちゃったんでしょ、もう長いことこんなだよぅ」

「太らなくっちゃ」
「これでも春よりは太ったんだよ」

それでとうちゃんは、当然ひとりで二階に上がり
ひとりぐーすか眠ったのだけども、私はね、
なんだか嬉しかったんだ。
とうちゃんが今現在の私に触って、
痩せたと案じてくれたことが、うれしかった。

私の体の事情でセックスなんか長いことないし、
お互いに勝手な方向を向いていることもままあるし、
思いやりなんかどこ吹く風の日々だってあって
不機嫌をぶつけ合うときもあるけどね、
私みたいな出来損ないを 見捨てることもせず、
毎日きつい仕事に我慢しながら、とうちゃんはがんばっている。

むっちゃ腹が立つことも、包丁刺したいと思ったこともある、
だいっ嫌いだと思ったり、
離婚したいって考えたことも何度もあるけどね、

来年は銀婚式だしね、
神様が結びつけたふたりだと信じて、
嫌だと思っても、また好きになれるよう、努力もしよう、
心も素直に持とうと思うんだ。

ふたりのことをふたりで守っていかないとね。

この休みもどこにも行かなかったけどね(笑




今夏の庭仕事が終了

ガーデニング
09 /26 2015
夏には毎年なにかしら植えて、育った咲いた実ったと、
ひとりニマニマ喜んでいるのだけれど、
今年は、初めて植えたトマト以外は、なんとなくぱっとしなかった。

千葉県野田市の清水公園で、デルモンテ社のトマトの苗木を2本買って、
それはもう、近所の人たちがたまげるほどたわわに実ってくれた。
なんてったって清水公園はキッコーマンと縁続きの公園だから
デルモンテの苗もすばらしくいいのが揃っていたのがミソだった。

夏の代表格、朝顔もぱっぱと咲いてくれたらいいのに、
うちの朝顔はみんな小ぶりで、薄らぼんやりしたピンクとか紫めいた青だとかが
しょぼしょぼと、丈ばかり長くなって終わった。
落としだねで勝手に咲いているマリーゴールドや
ニチニチソウ、キンギョソウはまだ長々咲いてしっかりしているけれども、
花期が長すぎて見慣れてしまった。

今年は花屋の売れ残りの西洋朝顔のヘブンリーブルーを二階に向かって伸ばしたが
結局一輪も花芽がつかないまま、
どんどんみすぼらしく枯れていったために、今日ついに引っこ抜いた。

ヘブンリーブルーに挑戦するのは二度目だが
前回も今回もうちで天国のような青い花を見ることは出来なかった。
もうしばらく、もうしばらくと待ち続けて、抜くのにもためらいがあったが
今日引っこ抜いて正解だとわかった。

直径5センチはあろうかというヘブンリーブルーの茎の根元のすぐ下に
てらてらした白い幼虫が6匹も見つかった。
よくわかならいが、たぶんカナブン、コガネムシの幼虫だろう。
さらにこの間の関東の大雨で土が乾かず、根っこがずいぶん腐っていた。

ああ、こんなぐちゃぐちゃのじめじめの気持ちの悪い虫のいる場所からは
天国の青い花は咲かないんだろうな・・・・・・
なんてひとりごちてしまった。

さてもうひとつ、家の脇の花壇にぽいっと種をなげたまま、とうに忘れていたオシロイバナが
この夏どーんと咲いていた。
オシロイバナというのはだいたいその辺の道にわやわや咲いているから
花が夕方にならないと咲かず、しかもかなりいい香りなんてことは全然知らずにいた。

だがオシロイバナは、路の脇の狭い土の上に肥料もなく咲くべきであって
肥やしたっぷりの花壇にまくような花ではなかった。
強靭なオシロイバナはとにかくでかく育つのだ。
目線より上にある、背より高いオシロイバナなんて、私はこの年まで見たことがなかった。
背が高いから傍らを通るだけで花の香りが広がっていたのかもしれないが
あまりに強大で、自らの重さに広げた枝が折れるほどになり、
さらに秋いっぱい咲いて成長しそうな勢いだったので
もういい加減かんべんと思って、これも今日引っこ抜いた。
種がいっぱい落ちたと思うので、来年もきっと発芽するが
見つけたら間引くことにする。
うちの家の脇の道路にでもでてくればいい。

花を育てるのは楽しいが、何にもなくなってさっぱりした土を見つめるのも
なぜか楽しい。
チューリップなんか植えない。
コガネムシだかなんだかを退治するべく、この冬はしっかり手入れをして土を寝かせ
来年に備えよう。
もう朝顔は撒かないと思うが。