思いやりで耐えること素直に泣いてすがること

こころ
04 /10 2017
教会での結婚式の誓いの通り
互いに信じあい愛し合い助け合い守りあってきた後期高齢者のご夫婦。
仕事のことお金のこと子供たちのこと舅や姑のこと親戚のこと、
大概の苦労はひととおり、人並みに、いや、人の倍は乗り越えてきたご夫婦。
子育てや介護、生活の苦労は当たり前に。
70代になって隣家からの出火で自宅が丸焼けになっても、
互いに入院するような重い病気になっても、
お二人は仲良く手を取り合って、支えあいながら乗り越えてきた。

ただ、今回は違うのよ、と奥様が語った。
ご主人の半年前の手術で取りきれたと考えられていた癌が
非常に良くない場所に、良くない段階で見つかってしまってから
ご夫婦の形が少しだけ変わってきたのだという。

明るくて活発で意志の強さを隠さないご主人が
何をするにも気力が出ないようになり
(抗がん剤のせいもあるらしい)
身の回りのものなどを、処分、片付けはじめ、
滅多にしないはずの書き物に没頭していることもあるそうだ。

「お父さん言いたがらないから、私も聞かないんだけど、
かなり良くないんだと思う、心も体も」
奥様は続けて、だからどうか主人のために祈ってください、
と、婦人会のメンバーに小さく語った。

クリスチャンは、死を恐れるようには教えられてはいない。
天国にいけることは約束されているから、むしろ喜びでさえあると
そんな風に私は考えてきていた。
だが、このご夫婦の話を聞けば、そう簡単には割り切れないことがわかる。

信仰篤いご主人は死を恐れてはいないだろう。
ただ、最愛の奥様やお子さんたちと、これまでの自分の人生との別れに
折り合いをつけるのが、非常に辛いのかもしれない。
お互い死ねば天国で会えるはずの二人であっても、
遺して行くのは心配でつらくて、遺されてゆくのは寂しくて悲しい。

厳粛な事柄を精一杯覚悟しようとしている夫に
妻はただ変わらぬ日々を守り、自然に振舞い、
流れに任せ、事実を探りはしない。
これは夫婦のよそよそしさでも溝でも秘密でもなく、
互いを思う愛の形に他ならない。

私もこのご夫婦くらいの年齢になったら
そんな風に夫を静かに見守るように愛せるかな、と考える。

今の私は愚か者だからきっと、耐え切れずに夫に泣きつき
死なないで欲しい、と言ってしまう。
むちゃくちゃな言葉とわかっていても言ってしまう。
言われたことで相手がさらに苦しんでも言ってしまう。

私の行動は思いやりがない、忍耐もない包容力もない。
なにより夫の苦しみを黙って見守ることのできる強さがない。
私はぐちゃぐちゃに泣くだろう、
夫もぼろぼろになって泣くかもしれない。
一緒に泣けるだけ泣くのも、大事な時間だと、無理にも思う。

愚かでも素直なのがいい場合もある。
大事なもののためには愚かになってもかまわない。
と、いまだ青い自分を見つめている。
スポンサーサイト