患者の貧富

いろいろ感じたこと
08 /02 2017
先日亡くなられた高齢のお医者様について、
名医とされる現役の医師が
「あの人を良く言う人はね、お金のある人ばかりなんだよ」
と、なんでもないようにおっしゃった。

ああ、確かにそうなのかもしれない、その可能性はあるな、と思った。
あの病院は実際的に、貧しい人を進んで受け入れるようなところではないかもね、
あのすばらしい建物を見れば、ある程度豊かな患者を掴んでいない限りは
経営の維持が難しいだろうからさ。

でもね、倫理的に受け入れざるを得なかった、貧しい患者だって
多分受け入れたことはあると思うんだ。
ただ、長く入院していることは出来なかっただろうけれど。

それからね、お金持ちでなくても、ちょっと貧乏な人でも
あの先生や病院に感謝している人はいると思うよ、
そこは間違いないはず。

間違いないとか書いたって、私あの病院受診も入院もしたことないので
知らないんだけど、願わくばそうであってほしいわけ。

けどさ~けどさ~
実際ある程度お金持ちでないと、病気が治らなかったり死期が早まったりするの
あるよ、絶対、これはある。
病気になってさ、治療費が非常に高い場合さ
完全な治療が出来ない人たち、実は意外と少なくないんだよ。
お金なくて、治療できずに亡くなった人、知ってるもの。

だからさ、お金持ちが亡くなったあのお医者を高く評価するのはさ
いい治療をたっぷりしてもらえた財力の関係もあるんじゃないかな。
それらお金持ちが望むレベルの医療技術ってのは
人件費も医療機器も当然相当お金かかるだろうから、
病院はせっせとお金を儲けないといけないわけだ。

医は仁術なんていうけどさ、
きれいごとじゃあ済まない。
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だめじゃん

出来事から
08 /04 2017
ぐんぐん育って青々とした葉にたくさんの青系の花をつけてくれた地植えの朝顔が急に枯れた。
根っこをコガネムシの幼虫にでも食われたのかと思ったけど違った。
ここしばらくの曇りと雨で、地面が乾かず、
繁りすぎた根元の茎が、腐りかけていた。

葉っぱがほとんどしおれてしまっても
つぼみだった花はいくつか開いたけれど、
葉っぱのない朝顔って、きれいに見えないの。
なんか痛々しい趣さえ加わっちゃって。

毎朝ね、朝顔の青を見ては、きれいだなぁと嬉しがっていたからさ
かなり凹んだけど、数日様子を見た末に抜いて捨てた。
もうすぐ2階のベランダまで届くところだったんだけどな。

地植えの朝顔のほうが良く育つと思い込んでいたけど
植木鉢に育っている大輪朝顔のほうが花も大きいし今も伸び続けてる。
植木鉢のほうが水はけが良かったんだね。
朝顔好きだから、来年は植木鉢で育てようっ、負けないもん!

斉藤由貴、わりと好感持っていたんだよね、
過去の不思議ちゃん時代を経て、落ち着いた大人になったんだろうなって
勝手に思ってた。
でも違ったのね~

50歳で主治医と手をつなぐ神経って、やっぱりわからない。
診察台の上とか術後とか、「良くがんばりましたね」的に
手を握ってくれる先生はわりといるけどね、
そのまんま道を歩くってないわ、ありえない。

てかさ~
1日おきに自宅で美容系の治療をしたってなんなんでしょ?
点滴もしたっていうけどさ、美容系の点滴ってなんだぁ?
静脈から美容成分入れるって、どんなの?
疲労時に栄養系点滴を行うってならわからなくもないけどさぁ。

斉藤由貴もそのお医者さんも、配偶者がいて子供もいるわけでしょ、
しかも50代なら子供だってベビーじゃないだろうから
今回のスキャンダルをあっちこっちで聞かされてるはずだよね。

不倫関係じゃないというのが嘘だろうが真実だろうが
親の異性交遊は子にとってはかなり心理的に厳しいと思うな。

まったく50過ぎてなにやってんだか。

嘆きは踊りに変わる 

生きていくこと
08 /06 2017
あのね、長々愚痴になっちゃうから、ごめんね。

去年の8月のはじめに右胸の上にいれた中心静脈栄養。

うんとね、これはね、
医者ものの洋ドラではセントラルラインって言ってね、
鎖骨の下からチューブを挿入して
心臓に向かうぶっとい静脈にチューブを留置して、
そこから体内に栄養輸液などを補給するためのものなんだ。

普通の体の人は、外科医の若手さんとかがやっても
それほど難渋しないで入れられるものなんだけどね、
私はこれまで散々この中心静脈栄養をやってきたらからさ
使用する血管がどんどん傷んでだめになってきてるからさ
1000例こなした大ベテランの外科医でさえ
2時間半かかってやっと入れられるくらい、ヤバイのよ。
だからさ、今現在入っているこのチューブね、
「大事に使ってください」って外科医に何度も強調されてるの。

(あ、これは私が痛がるからでね、
意識が無かったり、全身麻酔してたりしたら
痛がらないので、無理やりぶっこんで短時間で入ると思います)

中心静脈栄養は栄養や水分を補給するにはすばらしく効率が良くてね
癌の人がこれをやってると、まず、痩せない。
でもこれ、ものすごく高額な医療費が掛かるので
今は癌の人でもこれを持続する人はとても少なくなってきた。
お国が、厚労省がこの医療費負担を渋るみたいよ。

それでもさ、必要時はやらなきゃならないしさ、
抗がん剤とかを定期的に入れなきゃいけない人にとっても
この中心静脈栄養は便利なんだよね。
末梢の細い静脈から抗がん剤を入れて
もしも、血管内で薬が漏れたら、大変な激痛が起こっちゃうらしいからさ
ぶっとい静脈だと安心なわけよ。

でもね、この中心静脈栄養には、大きな欠点があるの。
それはね、感染。
たとえば汗とかに大腸菌が入ってたとするじゃない?
それがチューブに沿って感染物質が体の奥深く入ったりするわけ。
もちろんチューブ内を通って感染物質が内部に到達しちゃう場合もあるよ。
当然急いで対処しないとヤバイ。

感染は患者本人にもつらい出来事だからさ
私はこの1年かなり注意しながら過ごしてきたんだよね。
おかげで、感染は起こさずに済んだ。

でもさ、昨日の朝、チューブにつなぐシュアプラグという部品に異常が見られてね
交換する必要があるのに外れなくなっちゃった。
力任せに外すとチューブ自体が損傷しちゃうから、それが出来なくってね
明日病院で診てもらうことにしたの。

場合によっては中心静脈栄養チューブを抜かなきゃいけないかもしれない。
抜くのは外来診察室で出来るからね。

チューブ入れるのは手術室で行うからさ、予約が取れればいいんだけど
去年入れるときには1ヶ月待たされた、
その間、家で高カロリー輸液をせずに、
経腸栄養剤だけで生きていける自信が・・・・ないんだ。

食べることは出来るんだよ、ただ消化が出来ないの。
消化できないだけじゃなくてね、不消化な食品は下痢を起こして
体内の水分ごと奪ってしまうの。
経腸栄養剤は消化吸収には非常に優れているんだけどね
使える腸がほとんどない私には、あんまり役に立ちそうに無いんだ。

今はね、45キロ近くもあってさ、かなり体調が落ち着いているんだけどね
水分を吸収できる大腸もないし、
さらに人工肛門がついてるから、水分はほとんどダダ漏れなのよ。
中心静脈栄養はずしたら、脱水になるには2日もいらないし、
栄養を吸収する小腸もほとんど残ってないから
栄養失調になるにも4~5日で十分だね。

娘の結婚式までは、元気でいられますようにって祈ってきたんだけど
どうなるかな。
神様は最善を為してくださるって信じているけど
その最善が苦や痛みの無いつるんとした最善とは限らないから、
そこがちょこっと怖い。

問題のプラグがあっさりと外れて、交換でき
ああ助かった、良かったって、帰れたら最高だけどね、
私はクリスチャンだから、
神様は私を常に磨かれようと試練をお与えにもなることも知ってる。

もしちょっとした試練が与えられることになっても
私がそれを耐え抜いていけるように祈ろう。
耐えた後に最善があるんだと信じよう。

よし。
嘆きは踊りに変わる (詩篇30)




お祈り感謝いたします

生きていくこと
08 /07 2017
私のチューブから外れなかったプラグね、
看護師さんがふたりで、ほんとがんばってがんばって外してくれたからね、
私、脱水にも栄養失調にもならずに済みました。

内科の処置室詰めだった看護師さん1人が
もう1人中心静脈栄養に詳しい看護師さんを呼び出してくれて
その2人が、1時間近くかけて、うんうん言いながら
やっとこさ外してくれたの。
神様がみんなのお祈りを聞いてくださったから、
なんとその場に、
中心静脈栄養を20年やってきたという患者さんがたまたまいたんだよ、
彼女はチューブからプラグが外れなくなる問題も
何度も経験してきたって教えてくれてね、
「確かそれ、外すコツがあるんだよ」ってアドバイスしてくれた。

神様は最初からそれらをすべて整えていて、
私をその場に送り込んだみたいだったよ。
そのコツを見つけたらしい看護師さんは
「こういうことがよくあるんだったら、私たち練習しとかなきゃいけない!」
って言ってた。
看護師さんたちは専門性を高めるためによく勉強会をしているけど
今回のことは看護師さんにとってもいい練習になったのかもしれない。
私と同じような状況になる患者が出てきたときのためにも、
良かったんだと思うの。
私自身も、誰かのためになることが出来たのならうれしい。

神様に感謝しながら、炎天下の中帰ってきたんだけど
今ブログを見て、4人もの人が、私のために
祈ってくれたんだって知って、
私のプラグが外れなくなった理由が、分かった気がした。
神様は私の周囲にある人の優しさや思いやりをご存知で、
私にそれを教えるために今回のことをなさったんだと思うの。

私ね、実際には会ったこともないネットの中のお友達に
祈ってもらえたから、こうしていま、
通常の状態でここにいられるんだ。

神様は私のために自分の時間を使って祈ってくれた人の心を
きっと喜んでくださった。
その4人は、クリスチャンでもないし、お祈りのやり方もしらないけれど
身内でもなんでもない私を案じてくれたその優しさを思いやりを
神様は大切に扱ってくださった。

チューブのプラグが外れなくなった土曜日の午前中から
私の心は重たくて、滅入りがちだった。
また重病人に戻る日々がくるのかなぁって、怖かった。
でも、昨日ブログを書いて、少し自分に言い聞かせることが出来た。
多少の苦があっても必ず最善となる、
私は必ず喜ぶようになるんだって。

そして、今、私は苦労さえなしに、喜んでいるの。
ちょっと泣きそうになっているくらい、うれしいの。
顔も知らない私のために、祈ってくれた人たち、本当にありがとう。
あなたたちが祈ってくれたので、私はいともすんなりと
悩みから開放されました。

もしもあなたたちのお祈りが無かったら、もう少し
私はつらい時間を過ごさなければならなかったと思います。

私のために祈ってくれた4人の方に、本当に感謝します。
また、私に知らさないままに、祈ってくださった方がいるとしたら、
その方にも心からお礼を言います。
私にはわからなくても、神様はその方の優しさと思いやりを
きちんとご覧になりましたから。

人間はね、常に誰かの祈りによって支えられているのだって
いろいろな人から、聞いてきた。
私もいま、こうして祈りによって助けられ支えられていることを
実感してる。

ありがとうございます。
もしも、おつらい事やお苦しみがあって
私に祈ることを許してくださるなら、どうぞ、
どこにでもよいので、密かにでもよいので書き込んでください。
私もみなさんのお力になれるなら、なりたいと思っています。

感動的な生き物

わんこ
08 /08 2017
なんかね~なんかね~、
犬が主人公になっている小説って、どうして必ず犬に過酷な状況が描かれるの?

最近いくつか犬が主人公の小説を読んだけどさ、
出てくる犬は人間のせいでかなり悲惨な状況を潜り抜ける必要に迫られるのよ!
必ずなのよ!
必ず、ひどい境遇に陥ったり、危険な状況になったり
死んじゃったり、残酷な殺され方をしたりするのよ!

ひどい目に遭わされてもなお
犬は人間のために尽くしたり、信じたり、誠実だったりするのよ、
究極の善良さを少しも損なわないのよぅ、もう、なんでなの~~~~~!!

あのね、犬にまつわる伝説らしいんだけどね、
アダムとイブがリンゴを食べて、エデンの園を追放されるときね、
神様はアダムとイブの夫婦と、そのほかの動物との間に大きな溝を作られたのだって。
溝はどんどん広がって大きくなっていって、
人間とそのほかの動物との間のすべての絆が切れかけそうになったとき
犬だけが走ってその溝を飛び越え、人間の側についたのだって。

この話、以前洋ドラで聞いたんだけどさ
先日読んだ小説のラストにもこれが出てきてさ
犬は神への「反逆」を試みたので、人間と同じように
この世界で苦しむ必要がある、みたいになっててさ、
なんと申しますか、半分納得して半分釈然としなかったよ。

犬の善性を直接知るにつけ、私なんかはつくづく感じるのよ、
こいつら、ただ飼い主が家に帰ってきただけで何でこんなに喜ぶんだろ、
なにがそんなに嬉しいんだろ、
少しもかまってやらない飼い主にさえ必死に尻尾を振るのはなんでだろう、
飼い主でいる限り、無条件に人を愛し、信じようとするこの子らは
いったいどういう生き物なんだろう、
このけなげさに気づかないまま、殺してしまう人間もいるのに
なんでこいつらこんなに善なんだろう・・・・

でね、上記の伝説と考え合わせて私が得た結論はね、
神様は犬が人を求め慕うように
人間が神を求め慕うことを望んだのではないか、ということなの。

たとえば、留守番していて飼い主の帰りが真夜中になってもさ
犬は帰りが遅い! って怒ることなんかしないで
帰って来た帰って来た!って、ただただ喜びでいっぱいになるでしょ?
空腹でもおしっこしたくても、ずっと我慢して
ただただ喜んでいるでしょ?

私ねぇ、犬のひたむきさや、究極の善良さを見ているとね
こんな風な人になれればなぁって思うのよ。
神様が与えた試練に対して憎みも呪いもせずに受け入れて
ただひたすらに信じて慕って、善である性質。
神様は人間にその尊さを教えるために、犬を傍に置かれたんじゃないのかなぁ。

アメリカの刑務所でさ、受刑者が野良犬を訓練して
すばらしい家庭犬にして希望者に譲渡するっていうのがあるでしょ、
まぁ、失敗した例もあるけど、
上手くいくと、受刑者の再犯がほぼなくなるっていうね。

あれはやっぱり、犬が無条件に人を信じて従う
その善性に、受刑者が心打たれる、学ばされ、教えられるからだと思う。
世の中に信用できるものなんか無いって腐ってた受刑者たちが
こんなにもピュアで信じるに足る命があるってことを知って
ある種衝撃を受けるんだと思うんだ。

えと、話を戻して、つ~ま~り~、私は
普通の犬が、優しかったりおっちょこちょいだったり、
時々怒ったりする人間たち家族の中で
普通に飼われて愛されて、笑ったり、しょげたりしながら
平和に歳をとっていくような、なんでもない小説があって欲しいわけよ。

極限状態に追い込まれる犬とか、そういうのかんべんして欲しいわけよ、
そういうのなしでも、犬は感動的な生き物だって私知っているんだもの。

夏の花と戦争

ガーデニング
08 /10 2017
お盆ってとりあえず明日からだと思うんだけど、
うちのあたり今日すでにお盆になったかのように静かだよ。
スーパーだけは開店そうそうご年配の方々の大量買い込みで混雑してたけどね。

ふるさとに来る家族、ふるさとで迎える家族、
休みを使って遊びに、旅行に出かける人たち、
なんかね~、平和なのね~

ねぇ、突然爆弾が頭の上を飛んできたらさ
高速で渋滞なんかしてる場合じゃないわさ。

ほんとに戦争起こると思います?
すぐにも起こるという論調の人もいれば
まだ様子見だという人もいて、どうなんだろ?

トランプさんの発言がついに「俺はやるぜ!」みたいになってきてるけど
あの人、本音と言動がイコールじゃない場合が多くてさ、
実際のところどう動いていくんだろうね?
北の刈り上げくんの行動ひとつで、地球の運命が変わっちゃいそうで
おっかないよ。

おっかないわりには、私ものんびり花なんかいじってる。
昨日はついに37度くらいまで気温が上がって
南側に置いてあったクレマチスの葉っぱが、黒ずんで垂れ下がっちゃった。
暑すぎちゃって瀕死なんだろうね、思い切って葉を落とすことにした。
秋には多少復活してるといいんだけどね。


ミニひまわりがやっと咲いたんだ。
さすがだね、37度にもびくともしなかった。
むしろ暑さを歓迎してるみたい。
これまで曇りが続きすぎて、葉っぱの色が冴えないんだけど
黄色い花はやっぱり目を引くよ。

DSCN0361q.png
こっちも夏にバリバリ強いポーチュラカ、
ボケたような赤で、あまり好みじゃなかったんだけど
いっぱい咲くと予想外にきれいだったのでニマニマしてる。

DSCN0358q.png
絶対マツバボタンだと思う、「びっくりポーチュラカ」も元気いっぱい。
この赤紫の花色は目立つよ~
うちの近所にはこの花を毎年植えてる人が多いみたい。
放置してても丈夫できれいだもん。

DSCN0359q.png
ゼラニウムもいくつか咲いているんだけど、
今日はこれが一番バランスよく咲いてる。
真夏は葉焼けしちゃうのね。
咲くことは咲くんだけど、葉っぱの色が抜けちゃってる。
濃い葉色に戻るのは秋かしら。

DSCN0360q.png
植木鉢の朝顔も相変わらず元気。
ひまわりと朝顔があれば、夏の花は完璧だって気がする~
戦争があった頃も、終わった日にも、朝顔とひまわりは咲いていたんだろうね。

一輪の花さえ、人を慰める力を持っているんだよ。
焼け野原に咲く朝顔は美しかっただろうな。
でも、私はごく当たり前の庭や畑に花が咲いているのを見るのがいい。

こんな平和な朝が続いてくれるといいな。

幸福(さいわい)なるかな、平和ならしむる者。
その人は神の子と稱(とな)へられん。

お盆休み1日目、とうちゃんとモラージュ菖蒲

あっちへこっちへ
08 /11 2017
とうちゃんの夏休み第一日目、
なにをしようかネ、なんて無計画にはじまったけど
思いのほか楽しい一日になったんだよ。

今日は娘も彼氏とデートで、
とうちゃんと私が出かけたら家にはチビ犬だけが取り残されちゃうからさ
まずは朝の9時過ぎに家族三人とチビ犬で、公園に行ってきたんだ。

チビ犬はひょこひょこ歩く中国王朝系の犬の血筋が混じっているおかげで
200メートルも全力疾走したらはぁはぁ疲れ、満足してくれるからね、
飼い主としてはありがたいよ。
白い女王様はえんえん30分間走り続けられる猛者だったし
(しかも放物線状に走る)
黒オスは20キロの荷物と飼い主の乗った3輪自転車を引っ張って20分走っても
息切れひとつ起こさない子だった。
(こっちは直線に走る)
積もった雪の中でも30分平気で走り回っていたあの子達を思い出すと
わずか200メートルで、お腹をぺたんと地面につけて冷やし始めるチビ犬は
もう、ほ~んとらくちん。

疲れ、満足したチビ犬はおうちですやすや眠ってお留守番をしてくれるので
娘はデートに、とうちゃんと私はちょっと車でモラージュ菖蒲という
県内最大のショッピングセンターに行くことに。

とうちゃんがモラージュ内にある大戸屋でご飯食べたいって言ったからね。
大戸屋もだけど、飲食店は全部混み混みだった、
あたりまえだね、お盆だもの。

食事の後、時間あるからって、3階のゲームセンターに行ったよ。
とうちゃんったら3000円分もメダル買ってさ、
でね、ペア席状態で並んで座ってね
わーわー、きゃーきゃー騒ぎながら
「マリオパーティ ふしぎのコロコロキャッチャー」を2時間半もやっちゃった!
いや~、おもしろいんだ、これが!!

3000円でメダルが容器いっぱいにあったからさ
モラージュ菖蒲はわりと良心的なんじゃないかな、
大量のメダルがあったからあんなに長い時間できたんだと思うけど
目が疲れちゃって、しまいには50枚ほど残ったのを
スロットできれいに片付けることになったよ。
3年前もここでマリオのゲームをとうちゃんとして
楽しかった思い出があるんだけど、楽しさがまた上書きされたんだ、
ニコニコ。

とうちゃんはね、本当は競馬とか、さもギャンブルっぽいメダルゲームがすきなんだけど
(浅草育ちなのでメダルゲームに競馬は必須みたい、モラージュには競馬ゲーム無かったけどね)
私と一緒にやるために、わざわざマリオを選んで、一緒に並んでやってくれたんだ。
とうちゃんは外で遊ぶときは大抵1人で行動して、発散してくるからさ、
それが続くとすごく勝手な、自己中野郎に見えてくるけど、
今日みたいに私のことを考えてくれると、ああ根っこが優しいんだなぁって
うれしくなっちゃうの、うふんニコニコ。

そのとうちゃんは今、2階の自分の部屋でぐうぐう眠ってる。
まだ夕方だから夜には目を覚まして、お風呂とご飯に降りてくるよ。
お盆というのにまるで秋のように涼しい今日、
神様にいっぱい感謝しようっと。

夏休み二日目、娘を泣かす

娘の結婚
08 /12 2017
「明日は彼のところに泊まるから」
昨夜遅く、娘が突然言った。
「だからチビ犬お願いね」

この休みの間に彼のところに泊まりに行く計画を、私は聞いていなかった。

「だってさ、焼肉食べに行く時間、私は昼だと思ってたんだけど
夕方からだっていうんだもん、そこからうちに帰ると遅くなるしさ、
彼氏の家に泊まるほうが便利で疲れないしさ」

焼肉が昼か夜か、なぜ事前にはっきりさせておかなかったのか、
お互いが思い込みのままで確認せずにいたのはどうしてか、
あなたたちはどうしてお互いの言い分を明確にしておかないのか、
曖昧なままでずるずると行動するのは個人の範囲内でやってくれないと困る、
もしも私にも予定があったら犬はどうするつもりだった、
そもそもあなたはまだ嫁に行っていない、
彼はどうして当たり前のように家に泊まれなどというのか、
しかも突然それを言ってくるのはどうしてだ、
私たち親に対して礼儀を失しているとは思わないのか。

・・・・娘は私の背中側にまわり鏡台の前で
スマホをいじりながら黙り込んでしまった。

私は平然とテレビを見ている。
吉幾三が酔っ払ってダウンタウンと坂上忍を相手に面白い。
言うだけ言ったので、もう知らんから、と決め込んでいた。

「あのね、彼はねいつも突然言うわけじゃないんだよ、
ちゃんと前から予定を立ててあるんだけどね、
私がね、ぎりぎりまでママに言わないの、
怒られるだろうな、いやだな、と思ってね、言えないの」

「遅く言っても結局嫌な顔されるんだけどさ、
でも怖くって、言えないんだ。
明日の焼肉が夜だって言うのは今日わかったんだけど、
泊まりにおいでって前から言われてたの」

結局怒られるってわかってるなら、ちゃんと覚悟して言いなさい。
あなたが突然言うせいで彼まで悪者になっているんだから。

娘は涙を拭きながら二階へ上がって行った。

・・・・・自分が死んだ父と同じに思えた。
娘は私が怖くて事実を告げられないと言った。
25歳の娘が、いまだに私をそこまで怖れていた。
きっと私の怒りは父のそれに通じるところがあるのだろう。

到底子供に向けるものではないほどの迫力で怒りを爆発させていた私の父
私は父が怖くて怖くて、いつも怯え、逃げ回り、いい子のふりをして身を守ってきた。
結婚し父の家から完全に離れ、自分の居場所を得たときから
私には父は怖いものというより、ただ厄介で、面倒くさいだけの存在になった。
父は相変わらず怒りを抑えずに爆発したが
そのころの私は、ただ面倒を避けるためだけに大人しいふりをした。
父に関することはすべてがもうどうでもよく、
死期の近い父に対しても真摯な感情は一切湧くことがなかった。

私は今すぐに娘に向けてきたこれら怒りを捨て去らなければ、
消滅させなければならないと思った。
娘が社会人になってしばらくした頃に1度、親業から卒業するぞと決めたのに
最近結婚式や新居の準備など、
多くのやるべきことが遅々として進まない娘に対して、
私はイライラを溜め込んで、ついついあれこれと文句を口にしていた。
私はきっと怒りの父と、感情的な母を全身で表現していたに違いない。

小さな子なら叱ったり怒ったりで言うことを聞くが、大人は違う。
私が怒れば怒るほど娘は逃げるか、あるいは無関心になりつつ
面倒を避けることだけを考えるか、そのどちらかになるだけだ。

猛省した。
早朝、娘の部屋に行くと、娘はすでに起きていた。
半分寝ぼけているかもしれない娘に向けて
床に座り、額を床につけて詫びた。
娘は寝ぼけてなんかいなかった、すぐにぼろぼろ泣き出した。

出来るだけ一生懸命に謝り続けた。
娘がかわいそうで、私まで泣きそうになった。
何年か前にも同じことがあって、私はあの時も、もうするまいと思ったのだ。
なのに。

そして今、夕方5時40分。
娘は彼氏と焼肉に行き、今夜泊まって来る。
もうすぐチビ犬の散歩の時間になる。

夏休み3日目 間違ってアマゾンプライム入っちゃった

娘の結婚
08 /13 2017
娘の結婚式にはとりあえず親類は呼ばないの。
娘は双方の両親だけを招く予定だったんだけど、
うちのとうちゃんが「じいさんばあさんには話さないと」なんていうからさ、
それでうちは私たち夫婦ととうちゃん系の爺婆になった。

そしたらなんだか向こうは
兄さん一家と、お祖母様がお二人、そしてご両親になってた。
新郎新婦以外で両家あわせて10人ほど。

まぁ、私が点滴だのナンだのあるから娘が海外挙式をやめてくれたので
こんな風になっちゃった感はあるんだ。
海の向こうだったらジジババは来なかったと思うんだ、
私も行けないだろうけどさww

でさ、もともと両親しか呼ばないつもりだったから、
娘たちは式場に招待状なんか頼んでない。
ところがさ~、ジジババには招待状ってのは必須みたいなんだよ。

何度口で何月何日どこそこで何時からと伝えたって
決して覚えやしないんだわ。
はなっから、覚える気が無いんだね。
いつものように招待状が来て、それで確認するものだっていうのが
長年の習慣になっちゃっている。
招待状が無いなんて、そんなの彼らのなかでは想像外なんだろうね。

で、仕方が無いから娘にジジババ分の招待状を作って欲しいと頼んだの。
結婚式場で頼むのじゃなくて、普通にカードとか買って
パソコンで作ればいいだろうと思って。

娘はいいよ~って軽く請け負った。
ところがさ、
東急ハンズで50枚入りの招待状を売ってたけどそんなにいらないし、
きれいな便箋買ったからそれに書くっていうんだよ。

便箋に手書きですかぁ?

若い子ならばそれもよいでしょう、むしろ手書きも素敵かもしれない。

でも相手はジジババだからさ、特別な紙に印刷された文字が必要なんだよ!
ジジババ世代は手書きを素敵だなんて思うしゃれっ気ないのよ、
「まぁぬくもりがあって、いいわ!」
なんて思ってくれないんだってばぁ!

特別感がないと、普通の手紙と思ってその辺にポイと置いといて
なくしちゃうかもしれないし、
「きっと招待状は別に来るんだろう」とか思っちゃうかもしれないじゃない!

・・・・と、強く強く思ったのだけれど
それをやいのやいの言うと、また娘のやることにけちをつけるみたいになるから
潮が引くみたいに私はスーッと引いたんだ。

で、夕べ真夜中アマゾンで招待状を探してみると
あるじゃないさ、ちゃんと10枚セットのがたくさん!
もう、どうにでもなれって勢いでクリックしちゃったわよ、
勢いが強すぎて押す気なんか無かったアマゾンプライムで
「注文(登録する)」しちゃったじゃないのよ!
アマゾンプライムなんかなんに使うのよ~!
うちLANもwifiもないし光でもないし、いまだにADSLで
アマゾンプライムなんかどう使うか知らないわよ~

・・・・とにかくアマゾンプライムのおかげで今日の3時には招待状が届いた。
安っぽいけれども、便箋よりはマシだろう。

使う使わないは、娘たちに任せるつもり。
ああ面倒くさい、
何でこんなところケチるんだろうあの子達。

ちなみに今日はとうちゃんは朝プールに行くと出たまま、
今現在5時前まで戻って来ません。
きっとパチンコだな~

夏休み4日目、娘ととうちゃんのデート

娘の結婚
08 /14 2017
先日娘が彼氏と夕方から行った焼肉、
そこは彼の兄弟のおうちで、なんとそこには彼のご両親とおばあ様まで
揃っていたそうだ。

彼自身がどこまでそれを知っていたのか判然しないのだけど
行き先こそ知ってはいたものの
お身内がそこまで集っているとは知らない娘、
さすがにびっくりしちゃったらしい。

サプライズって言うわけではなく、ただみんなで楽しく焼肉を食べて
めでたしめでたしだった・・・・・

なのにさ、この話を娘から聞かされたとき
寂しいのだか、悔しいのだか、どうにも複雑な感情がわきあがってきたんだ。
これは決していい感情じゃなくて、
これを膨らませたり、心の中心に持ってきたりしちゃいけないんだって
理性を働かせて大人の対応をしなきゃならないんだって思った。

これはどういう感情かを少々真剣に分析してみると
まずね、
私たち夫婦の娘が、私たちのまったく知らない場所で、
私たち夫婦のよく知らない人々の間に
新たな家族として迎え入れられていることの違和感。
この違和感は、理性とあきらめで大人しくしているけれども
不快感と結びついているのが正直なところ。

生まれたときから娘を家族にしてきたのは私たちだったのに
それがよそ様に持っていかれたという気持ち、
これは大事なものをとられた感情で怒りと近い。

けれども私たち夫婦は娘の結婚を許したのだし
娘を祝福し、その人生を尊重するべき責務があるので
結婚相手の家族と今回のような状況になるのを
怒ったり皮肉ったりしてはいけない。
そのために私たち親は娘の話を笑顔で聞き
喜んでやらなければいけない。

私には何とかそれが出来た。
「人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである。
彼らはもはや、ふたりではなく一体である。
だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」
聖書に書いてあるなら従わないわけにはいかないじゃない、
だからこの複雑な感情を征服しなくちゃいかんのよ。

でもねぇ、とうちゃんはクリスチャンじゃないし、
聖書を読んだこともないからね
当たり前の父親として今回はつらかったみたいで
娘が話している途中で、さっさと二階に上がっちゃった。
聞きたくなかったのだろうし、冷静でいられる自信もなかったのかもしれないね。

で、それが昨晩の話。
今日、娘ととうちゃんは連れ立って「もんじゃ焼き」を食べに行った。
それから地元の温泉施設にも寄って来るのだそうだ。
とうちゃんはそれが、娘の思いやりだってことに気づいているのかしらん。

私が入院のときには常にとうちゃんが一生懸命娘を守り育てていたから
とうちゃんは立派なイクメンだったといってあげよう。
とうちゃんは、この25年間、娘を一度も叱った事が無いくらい
娘を大事に思ってきた。
娘はだからとうちゃんに懐いてなついて、
いまもとうちゃんが大好きなまま、結婚しようとしている。
彼のところに行きたい気持ちと、とうちゃんや我が家と離れたくない気持ちと
娘の心もいま、少しだけ波立っているらしい。