嘆きは踊りに変わる 

生きていくこと
08 /06 2017
あのね、長々愚痴になっちゃうから、ごめんね。

去年の8月のはじめに右胸の上にいれた中心静脈栄養。

うんとね、これはね、
医者ものの洋ドラではセントラルラインって言ってね、
鎖骨の下からチューブを挿入して
心臓に向かうぶっとい静脈にチューブを留置して、
そこから体内に栄養輸液などを補給するためのものなんだ。

普通の体の人は、外科医の若手さんとかがやっても
それほど難渋しないで入れられるものなんだけどね、
私はこれまで散々この中心静脈栄養をやってきたらからさ
使用する血管がどんどん傷んでだめになってきてるからさ
1000例こなした大ベテランの外科医でさえ
2時間半かかってやっと入れられるくらい、ヤバイのよ。
だからさ、今現在入っているこのチューブね、
「大事に使ってください」って外科医に何度も強調されてるの。

(あ、これは私が痛がるからでね、
意識が無かったり、全身麻酔してたりしたら
痛がらないので、無理やりぶっこんで短時間で入ると思います)

中心静脈栄養は栄養や水分を補給するにはすばらしく効率が良くてね
癌の人がこれをやってると、まず、痩せない。
でもこれ、ものすごく高額な医療費が掛かるので
今は癌の人でもこれを持続する人はとても少なくなってきた。
お国が、厚労省がこの医療費負担を渋るみたいよ。

それでもさ、必要時はやらなきゃならないしさ、
抗がん剤とかを定期的に入れなきゃいけない人にとっても
この中心静脈栄養は便利なんだよね。
末梢の細い静脈から抗がん剤を入れて
もしも、血管内で薬が漏れたら、大変な激痛が起こっちゃうらしいからさ
ぶっとい静脈だと安心なわけよ。

でもね、この中心静脈栄養には、大きな欠点があるの。
それはね、感染。
たとえば汗とかに大腸菌が入ってたとするじゃない?
それがチューブに沿って感染物質が体の奥深く入ったりするわけ。
もちろんチューブ内を通って感染物質が内部に到達しちゃう場合もあるよ。
当然急いで対処しないとヤバイ。

感染は患者本人にもつらい出来事だからさ
私はこの1年かなり注意しながら過ごしてきたんだよね。
おかげで、感染は起こさずに済んだ。

でもさ、昨日の朝、チューブにつなぐシュアプラグという部品に異常が見られてね
交換する必要があるのに外れなくなっちゃった。
力任せに外すとチューブ自体が損傷しちゃうから、それが出来なくってね
明日病院で診てもらうことにしたの。

場合によっては中心静脈栄養チューブを抜かなきゃいけないかもしれない。
抜くのは外来診察室で出来るからね。

チューブ入れるのは手術室で行うからさ、予約が取れればいいんだけど
去年入れるときには1ヶ月待たされた、
その間、家で高カロリー輸液をせずに、
経腸栄養剤だけで生きていける自信が・・・・ないんだ。

食べることは出来るんだよ、ただ消化が出来ないの。
消化できないだけじゃなくてね、不消化な食品は下痢を起こして
体内の水分ごと奪ってしまうの。
経腸栄養剤は消化吸収には非常に優れているんだけどね
使える腸がほとんどない私には、あんまり役に立ちそうに無いんだ。

今はね、45キロ近くもあってさ、かなり体調が落ち着いているんだけどね
水分を吸収できる大腸もないし、
さらに人工肛門がついてるから、水分はほとんどダダ漏れなのよ。
中心静脈栄養はずしたら、脱水になるには2日もいらないし、
栄養を吸収する小腸もほとんど残ってないから
栄養失調になるにも4~5日で十分だね。

娘の結婚式までは、元気でいられますようにって祈ってきたんだけど
どうなるかな。
神様は最善を為してくださるって信じているけど
その最善が苦や痛みの無いつるんとした最善とは限らないから、
そこがちょこっと怖い。

問題のプラグがあっさりと外れて、交換でき
ああ助かった、良かったって、帰れたら最高だけどね、
私はクリスチャンだから、
神様は私を常に磨かれようと試練をお与えにもなることも知ってる。

もしちょっとした試練が与えられることになっても
私がそれを耐え抜いていけるように祈ろう。
耐えた後に最善があるんだと信じよう。

よし。
嘆きは踊りに変わる (詩篇30)




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