感動的な生き物

わんこ
08 /08 2017
なんかね~なんかね~、
犬が主人公になっている小説って、どうして必ず犬に過酷な状況が描かれるの?

最近いくつか犬が主人公の小説を読んだけどさ、
出てくる犬は人間のせいでかなり悲惨な状況を潜り抜ける必要に迫られるのよ!
必ずなのよ!
必ず、ひどい境遇に陥ったり、危険な状況になったり
死んじゃったり、残酷な殺され方をしたりするのよ!

ひどい目に遭わされてもなお
犬は人間のために尽くしたり、信じたり、誠実だったりするのよ、
究極の善良さを少しも損なわないのよぅ、もう、なんでなの~~~~~!!

あのね、犬にまつわる伝説らしいんだけどね、
アダムとイブがリンゴを食べて、エデンの園を追放されるときね、
神様はアダムとイブの夫婦と、そのほかの動物との間に大きな溝を作られたのだって。
溝はどんどん広がって大きくなっていって、
人間とそのほかの動物との間のすべての絆が切れかけそうになったとき
犬だけが走ってその溝を飛び越え、人間の側についたのだって。

この話、以前洋ドラで聞いたんだけどさ
先日読んだ小説のラストにもこれが出てきてさ
犬は神への「反逆」を試みたので、人間と同じように
この世界で苦しむ必要がある、みたいになっててさ、
なんと申しますか、半分納得して半分釈然としなかったよ。

犬の善性を直接知るにつけ、私なんかはつくづく感じるのよ、
こいつら、ただ飼い主が家に帰ってきただけで何でこんなに喜ぶんだろ、
なにがそんなに嬉しいんだろ、
少しもかまってやらない飼い主にさえ必死に尻尾を振るのはなんでだろう、
飼い主でいる限り、無条件に人を愛し、信じようとするこの子らは
いったいどういう生き物なんだろう、
このけなげさに気づかないまま、殺してしまう人間もいるのに
なんでこいつらこんなに善なんだろう・・・・

でね、上記の伝説と考え合わせて私が得た結論はね、
神様は犬が人を求め慕うように
人間が神を求め慕うことを望んだのではないか、ということなの。

たとえば、留守番していて飼い主の帰りが真夜中になってもさ
犬は帰りが遅い! って怒ることなんかしないで
帰って来た帰って来た!って、ただただ喜びでいっぱいになるでしょ?
空腹でもおしっこしたくても、ずっと我慢して
ただただ喜んでいるでしょ?

私ねぇ、犬のひたむきさや、究極の善良さを見ているとね
こんな風な人になれればなぁって思うのよ。
神様が与えた試練に対して憎みも呪いもせずに受け入れて
ただひたすらに信じて慕って、善である性質。
神様は人間にその尊さを教えるために、犬を傍に置かれたんじゃないのかなぁ。

アメリカの刑務所でさ、受刑者が野良犬を訓練して
すばらしい家庭犬にして希望者に譲渡するっていうのがあるでしょ、
まぁ、失敗した例もあるけど、
上手くいくと、受刑者の再犯がほぼなくなるっていうね。

あれはやっぱり、犬が無条件に人を信じて従う
その善性に、受刑者が心打たれる、学ばされ、教えられるからだと思う。
世の中に信用できるものなんか無いって腐ってた受刑者たちが
こんなにもピュアで信じるに足る命があるってことを知って
ある種衝撃を受けるんだと思うんだ。

えと、話を戻して、つ~ま~り~、私は
普通の犬が、優しかったりおっちょこちょいだったり、
時々怒ったりする人間たち家族の中で
普通に飼われて愛されて、笑ったり、しょげたりしながら
平和に歳をとっていくような、なんでもない小説があって欲しいわけよ。

極限状態に追い込まれる犬とか、そういうのかんべんして欲しいわけよ、
そういうのなしでも、犬は感動的な生き物だって私知っているんだもの。
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