だらけたい自分を引き止める説得

こころ
08 /19 2017
先週があまりにも涼しくて快適だったので
昨日今日の久しぶりの暑さがこたえて、ちょっとナニな感じの今日。

明日は日曜日だから礼拝なんだけど、
もしも今日みたいな30度超えで蒸し暑い日だったら
久しぶりに教会休んじゃうかもしれない。
去年退院したときね、
死にかけの命をこうして永らえさせてもらっているのだから、
神様に感謝しないといけないって、
教会サボらずに行こうって、決心したんだよ。

で、とりあえず今年は、自宅にいない場合以外に休んだことはなかったの。
でもさ~、先週とかその少し前とか
暑いとマジきつくてさ、牧師の説教を聴いてられないんだ~

でも、でも、でもね。
神様は私が自分が決めたことを絶対に喜ばれているからさ
私はその期待に沿えるようがんばらねばならないのよ。
だって神様の命令ではなくて自分で決めたことなんだから、
よっぽどのことが無い限り、家でだらだらするくらいなら
教会は行くべきなのよ、自分的に。

人間ってさ、安易なほうへ安易なほうへと流れていくじゃない?
少しがんばれば出来ることをやらないじゃない、
楽だからってさぼったりやすんだり投げ出したりあるいはみょうちくりんな理屈つけたりしてさ。
私なんかその典型というか、もう見本みたいなモンでさ
体が弱い、病気だってことで、いろいろ周囲に甘ったれて
なんだかんだと見逃してもらってきたわけよ。

テヘへって後ろ向きでベロだしたりもしたよ、
あー助かった、って。
でもさぁ、面倒くさいからってどんどん逃げてたらさ
結局ボケるだけじゃない?
認知症の人を介護したことある人ならわかると思うけどさ
家事とか片付けとか人付き合いとか習い事とか
そういうの「わずらわしい」「面倒だ」ってやらなくなるとさ、
ほんと、スムーズにボケる道筋を自分で作ってるようなモンなんだよね。

と、いうことで、いま書きながら明日の教会の礼拝から逃げるのを
自分で引き止めてみた。
「自分で決めたことだからやり通せ!」
「怠けるとボケるだけだ!」
「神様が悲しそうな目をなさるぞ!」

ううむ、がんばろう、がんばるのだ、ちやこ!
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