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正月 親族 静かな決意

いろいろ感じたこと
01 /04 2018
今日は今年最初の燃えるゴミの日だったので
意気揚々とゴミを45リットル入りふた袋を出した。
1週間少しだけなのだけれど、
この日が待ち遠しいのなんのってない。
だってさ~、ゴミが溜まっていくのってほんと、落ち着かないもんね。

それでもね、家族が1人減っただけで年末年始のゴミ、ずいぶん減った気がしたよ。
年末から年始数日間ずっとご馳走が続くってことがなかったからだと思う。
夫婦ふたりだと年末も年始もシンプルなもので十分だったんだよ。
31日はおそばを朝に作っちゃったら、
とうちゃんは夜カレーパンとピザで終わってくれたもんね。
(もちろんスーパーで売ってる安いやつです)

年始には娘夫婦も来たから
相変わらず寿司とカニとおせちがあって、
正月系のゴミはあるにはあったんだけどね。
その後はありあわせで十分すぎるほどだった。

今年はとにかくゴミを小さく小さくすることに心を砕いてさ
紙ものは小さく切ったり、重ねたり、とにかく圧縮することにしたら
ありがたや、袋二つで余裕になった♪
これからも圧縮に心がけようっと。

娘夫婦がうちに年始に来て、思ったことがあるんだ。
あのさぁ、お宅は親戚や一族が集まったりする場合
正月の食卓はすでに用意されてますか?
それともみんなで用意するところから始めます?

うちはね、人数が少ないのもあるけど
全部私が用意して、片付けも全部1人でやったよ。
私がほとんど食べないでも済む体だから平気なのかもしれないけど
じっと座って食べることが出来なくても、
それに対して苦は感じないんだよ。
私の母もそうやって客を迎えていたから
それが普通の正月の姿だと思っているところもあるの。

でもね、夫の家は違う。
嫁に行った娘たちが戻ってきて正月の席に出す料理を作るわけよ、
正月当日になって、それをするんだよ。
その家の主婦、つまり義母さんは何をしてるかというと
なんにもしてない。

実家に帰るっていうのはつまり
「客じゃない」ってことなんだろう、そういう考えなんだろうね。
でも、私はその家の息子の妻であって、その家が実家じゃない。
正直面倒くさい。
義理の家族たちがわいわい食べて酔っ払うために
私はとにかく働くわけさ、だって私食べられないから。

自分の大切にしている家族のためならそれもいいのだけど
義理の親族のためにそれを嬉々としてはできないなぁ。
(嬉々としないで仕方なくやるけど)

私ねぇ、夫の親族全員に対してすっきりと好意を持ったことがないんだ。
向こうももちろんそうだと思うよ。
まぁ、実現するかどうかわからないけど
だからね、とうちゃんに先立たれたら、「姻族関係終了届」を出そうと考えてる。
とうちゃんがいなくなってまで、婚家のために働こうとは思わない。
会社のことも放棄したいしね。

これがいいとかいけないとか、そういう問題じゃないんだよね。
いつになるかわからない、
可能なら出さずに済むことのほうがいいな。
私が先に逝けるのが一番だね。

ただしとうちゃんの家の墓には入らない、
入れないでくれって何度も言ってある。
私は教会の墓に入るもん。
それだけはどんなことがあっても譲らないもんね。

正月の決意でありました。
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特養 母の衣類が消えていた

いろいろ感じたこと
01 /06 2018
去年の11月ごろだったか、認知症で特養に入っている母が
夜中に自室のドアに激突し、大きなたんこぶを作った。
これまでにもいろいろとあったことでもあるし
フロアーの端っこに在った母の部屋が
スタッフの動線から近く、視野に最も入りやすい
フロアーの真ん中に近い部屋に移動させられた。

去年の秋からしばらく、
忙しさにかまけて施設に足を運ばなかった私が悪いのだが
この正月、久しぶりに母の様子を見に行くと、
母は見知らぬ服を着ていた。
「これ、うちの服じゃないんですけど」


〔施設の部屋のこと:入所当時〕
部屋にはもちろん引き出しやロッカーはあるが
生来衣装好きの母は日に何度も勝手に着替えまくり
スタッフのみなさんを困らせるので
入所してまもなく母の部屋の引き出しやロッカーから
衣類が全部運び出された。
どこに持っていかれたのか、私も知らないが
着替えのときにはきちんと持ってきてくれていたので
スタッフルームとか、物置とか
母の手の届かない場所に仮置きされてきたのだろうと思う。

〔衣類が部屋に置かれなくなってから〕
部屋に衣類がないので、季節ごとに入れ替えようと思っても
すぐには持って帰れない。
スタッフさんが忙しい場合がほとんどなので
ではまた今度来るのでそのときに持って帰りますから、となる。
しかし次に行っても、スタッフはやっぱり忙しくて
母の衣類は結局持って帰れないまま季節をまたいでしまっていた。
それでも、ときどきは新しいものを買って預けたりしてきたのだが
母の衣類はどこかに紛れてしまったのだろうか。

〔今年の正月:部屋の移動後〕
認知症が進み、動きも鈍くなった母は
かつてのように自分で勝手に衣類を着替えることもなくなった。
だから今回部屋の移動にともなって、
久しぶりに部屋のロッカーと引き出しに衣類が戻ってきた。

引き出しには下着類が多すぎるくらいに揃っていた。
ズボン類もちゃんとあった。
でも、上に着るものがない。
下着と同じくらいたくさん持ってきたはずなのに
ブラウスやシャツや、セーターや、それらのものが一切ない。
引き出しの中には見たこともない他人の、上に着るものが
詰め込まれていた。

施設を卒業していった人々が残していったものなのだろう。
全部お古、お下がり、
つまりは遺品だ。
母は誰かの遺品を着せられている。

母は別段それを気になどしていない。
しかし、家族はどこ吹く風とはいかない。
施設側に悪意がないのは理解している、でも、もやもやが消えない。
腹が立っているが声に出さない。
出したらきっと怒声になるから。

そんなことをするのは不毛だ。
母が怒っていないのだから。
寒くない、汚れていないのなら、ちゃんと清潔に洗ったものを着ているなら
それでいい、と思ってみる。
それでいい、と思い込んでみる。

けれどどうしても、感じられる。
もらったものを着ている母は
まるで身寄りのない老人のようだと。

わずかな刺激で燃え上がるような種火が、私の中で消えない。
なんとかなんとか、抑えつけよう。

施設の都合で衣類がなくなるなんて、全然めずらしくないことだ。
上に着るもの全部がなくなったって、大げさに騒ぐこともでもない。
新しいものを買ってきて
名札を縫い付けて、施設にもって行き入れ替えて
誰かの古い衣類を返却すればいいだけだ。

静かに。静かに。
決して怒りを見せることなく。

母の衣類が消えていた (続)

いろいろ感じたこと
01 /09 2018
母の衣類(上衣)がなくなっているのに気付いてから二日後
5日には5枚ほど新しいのを買ってきた。

これまでも衣類にはすべて名札を縫いこんできたが
今回は左胸の下あたり、非常に目立つ所にあえて貼り付けてみた。
これなら嫌でも母の所持品だとわかるだろう。

母の部屋の引き出しの中に入っていた衣類を一つずつ調べたところ
「ユニット」と書かれた衣類が3枚見つかった。
それからよそ様のお名前の書かれた衣類が1枚。
それらはみな、左わき縫い目に沿ったタグに書かれていた。
つまり服を裏返して確認しない限り、所有者の名前は読めないということだ。

確かに、小さな子供じゃあるまいし
でかでかと名札を付けてある衣類は格好のいいものじゃない。
もう10年以上前になるが
母をグループホームに預ける際に持ち物すべてに名札の貼付を求められた時には
老いた母が哀れに思えたものだ。

けれども名札は必須である。
特にそれらを所有する母自身が、所有自体を認識できない身となっては。

思い出すのは私自身が入院中に見た
御老人の衣類の何度もの紛失だ。
私の入院していたのは療養型病院ではないので
御老人が入院される場合は緊急的医療を必要とするからなのだが

非常に残念ながら、
高度医療をも実践する大型の病院では
御老人は長きにわたって入院することはできないので
高い医療措置なくして存命が難しい御老人などは
医療レベルの高い病院を2か月あるいは1か月ごとに
次から次へと転院しなければならない羽目になる。

新しい病院は次第に御老人の地元から地方、また地方へと
どんどん遠ざかって行ったりするので
最初はマメに訪問していた家族も
次第に来られなくなり、
ついには転院時のみ来訪するという状態になってしまう。

高度医療を行う病院では
基本的に付き添い婦(介護さん)がつけられない場合が多いので
家族の来ない御老人の汚れものの洗濯や
おむつの購入は
病院看護師や、看護助手の仕事になる。

汚れものは病院でシーツや寝間着を洗う業者に出されるのだと思うが
それでなのだろう、転院の際やってきた家族が
「新しいパジャマをおいてあったんですが
なくなっているんです、どこに行ったんでしょうか?」
と、看護師によく訪ねている姿を、私は何度も見て来た。

食い下がる人になると
「あれは本当にいいものだったので探してもらえませんか?
買ったばかりなんです」と粘っていたが
転院時に来ているわけであるから
いましもその病院を出て他の病院に向かわねばならない家族は
「見つかったら送ってください」と言い残して
去ってゆかねばならないのだ。

家の中で私自身が片づけているものでさえ
「どこにしまったかしら?」と思うことのある日常
複数の人間がいくつもの仕事を受けて、
常に忙しく立ち働いているような施設では
衣類がどこかに紛れ込む、間違って他の階に行くなど
仕方のないことなのだと諦めるほかない。
家族のせめてもの対抗策として、名札くらいしか思いつかない。
格好悪くても気づいてもらえればいいし、無くなるよりはましだ。

さて、名札をばっちり付けた母の新しい衣類は
スタッフの方々に「新しいのを持ってきました」ときちんと報告ののち
引き出しにおさめ、
間違って入っていたよそ様の衣類と
ユニットの衣類はお返ししてきた。
タグに母の名前の書かれた「どこから来たの?」という衣類が何枚か残っているが
それはそれでそのまま使わせてもらうことにした。
角を立てたところで、私とスタッフの間がぎくしゃくするだけで
いいことなんかないだろう。
文句を言うなら、全部きちっとしたいなら
施設ではなくて自分で面倒見るほかはない。
認知症の世話がどれだけきついか大変かよく知っている私は
多少のことには目をつぶり、
それよりもお世話して下さる方々に感謝する方を優先したいと思う。

母の衣類が消えたという先日のブログに
親身になって怒り、心配して下さった方々、ほんとうにありがとうございます。
とてもありがたく、うれしく、頼もしく思いました。

セーターやっと出来たけど

ハンドメイド
01 /16 2018
はぁ、長くかかりましたぜ。

アランセーターやっと編みあがりました。
えっとね、見本はこれで
IMG_20171216_123950.png

出来あがったのはこれ~
DSCN0533.png

一見そこそこ見られるのだけれど
自分じゃあんまり気に入ってないんだよ。
見本編み図の幅広の半袖をやめて
普通の長袖にしたんだけど、
プラスした袖の模様がごてごてしすぎた感じがあって、
洗練されてない感じがいやなんだよぅ。

なんか刺青みたいじゃないかい?
DSCN0535.png

もう少しすっきりさせたほうがよかったなぁ。
それに袖の編み図はなかったので、適当に編み進んでしまったからさ
右と左で袖山のあたりの柄が少し異なってしまったんだよね。
(詳しく言うと1段違いで交差模様の一目をやったかやらなかったかということ)
それもいやなんだなぁ、いかにも失敗作って感じに思えてさ。

誰がなんと言おうとこれは絶対にアランセーターだという自信はあるわけよ。
これだけがっちりアラン模様を入れた手編みのセーターだから
買ったら絶対に高い、2万円するかもしれない!!!!
(毛糸代はネットで探したから4000円しなかったけど)
・・・・と自分を勇気付けるんだけど、
編みあがりの喜びがないっ! 
あ~あ、やっぱり失敗作だなぁ。

ちなみにこれは娘に着てもらいます、普段着として。
でもね、でもね
既製品のアクリル製アラン風セーターは糸も表面も
ぺったんこだからいいのだけど
純毛手編みのアランセーターは模様の高さがかなりあるんだよ、
だからね、前も後ろもぼこぼこと盛り上がっていてさ
着ると太って見えるんだよね、大抵の人は。

さらにたんすのなかでもかなり幅を取るしさ、
欲しいと言われて、編んだけれど
実際娘はどこまで重宝してくれるかどうかね。
洗うのも毛糸用洗剤で手洗いオンリーだし、
干すのも陰干しで、平干ししないと重くて型崩れするしね。

どうなるかなぁ。

「はれのひ」の事件から

出来事から
01 /17 2018
あんまり昔のことなので思い出しもしなかったのだけれど
成人式、私も着物着ていない。

成人式だから着物着る? 
なんてこと、親から尋ねられもしなかったな。

私の世代は、ハマトラとかニュートラとかが流行り
飛んでる女とか言い出して、そろそろバブルがやってくるあたりだから
決して不景気ではなかったはずなんだ。
でも、だ~れも私に着物着せようなんて思ってくれなかったみたいだよ。

母なんてデパートに勤めていたんだから
成人式前の買い物にはしゃぐ母娘とか普通に見ていたと思うんだけど
どうしてか私に着物の話をしなかったなぁ。

もしかして私、成人式のあたりも入院していたのかな。
うん、そんな気もする。
年末年始も帰宅せずにずっと入院していたこと何度もあるもん。
ほとんどなんにも覚えてないから、きっとそうだね。
事実はどうでもそう思うことにする。
私、成人式に着物着られなかったこと、
忘れるくらいなんとも思っていないんだよ。

「はれのひ」の事件ね、
あの事件を非常に強く憤慨して長々ラインして来た娘は
「一生一度のことなのに」を繰り返して
「ひどい」「かわいそう」をさんざん使い倒してた。
相当怒っていたんだろう。

娘の成人式を思い返して
そこまで本人喜んでいたかなぁと、思いながらも
じゃあやっぱり半日大騒ぎして着物着せて良かったんだな、と
今更感じたりした。

と同時に、華やかに着飾ることが当たり前と思ってる娘の意識に
なんだか少し驚いたりもした。
世の中には
レンタル着物でさえも借りられなかった新成人とその親が
必ずいると思うんだもん。
多分その子たちは
今回「はれのひ」で悲しい目にあった女の子たちほどには
悲しまなかったのじゃないかな。

テレビ画面に映ることは少なかっただろうけど
スーツやジャケットで成人式に参加した女の子もいたと思うよ。
たとえ着物でなくたって、めそめそしてないで
むしろ、背筋をまっすぐに保って、前向きだったかもしれないよ。

あのさ、「はれのひ」のせいで着物着られなくて辛いから
成人式出ないで帰る子とかいたみたい。
各所各人であらためて成人式を行うとかいう話も出てるから、
「はれのひ」のせいで式に出られなかった人たちは
そういう場に参加するのもありなんだろうね。
世の中には「はれのひ」の社長みたいなのもいるけど
優しい人もいるからね。
人の優しさに触れて大人の階段を上るのは決して悪いことじゃないからね。

たださ、着物を着るためにあるわけじゃないんだけどね、
成人式ってさ。

えへへ、ちょびっとね、豊かさの弊害みたいなものを感じちゃってね。

雪かきと世間と

いろいろ感じたこと
01 /25 2018
寒さが面倒くさくってね、書くのもだるくなって気が付いたらずいぶん更新してなかったなぁ。

なんでも東京は40数年ぶりに氷点下3度を下回ったとか報道されてて
そういえば東京にいたころは、軒からつららなんて下がってなかったもんねぇ。

あれやこれやで埼玉の生活のほうが、そろそろ東京よりながくなるところでね、
氷点下3度は確かに寒いけど、埼玉のうちのあたりだと毎冬何度かはそのくらいになるから
東京よりは寒さに強くなってるかもしれない。

てか、東京の人はそもそもが薄着な気がする。
埼玉県は今朝氷点下8度で、今日の私は
上は
あったかブラと言えなくもないジニエブラ
ヒートテックの極暖
ふつうのヒートテック長袖
厚手(ネル)シャツ
首にはスカーフを巻き付けて
イタリアンウール100パーのごく厚セーターを着て
でもっておなかと背中にカイロ1個ずつ貼ってるもんね。
下は
綿の靴下の上に超厚手のアクリルウール靴下を重ねばき
裏起毛のあったかパンツ(しまむらもどき)
その下に毛糸のパンツもはいているもんね。

あはは、すごく重ねてるから正直動きにくいけどね
まぁこのくらいは着ないと寒いんだよ、午前中はね。
それでも燃えるごみを出しに行っただけで指先の血流が止まって
しばらく痛くて痛くてしょうがなかった。

雪もね、寒さのせいでなかなか溶けてくれない。
それでもさ、きちんと雪かきしているならまだいいね。
うちのあたりは住宅街なので
その通り通りによって、雪かきをするところとしないところがあるみたい。

お年寄りだけが住んでいるとかなら
雪かき出来ない、しないとい言うのもわかるんだけど
雪かき可能な年齢の人が住まうお家の前が
手つかずの雪というのは
なんだかねぇ、
このおうち、だらしないのかな、って思ってしまうんだ。
あるいはこの程度の雪なら雪かき不要と考える
寒い地域出身の人が暮らしているのかな。

あ、でもねぇ、雪かきって性格出るよ。
自分の家の雪をどこに捨てるかっていうのは
とても大きな問題なんだよね。
うちの正面のお宅は神経質なおじいさんがいるので
雪は綺麗に片付いているんだけどさ
家の横に通る歩道にはそのおじいさんの家の雪が
無造作にバーンと投げ捨てられているんだよ。
人が通る道に雪を捨てて平気なんだねぇ。

その道を綺麗に雪かきしてくれた人もいるんだけど
雪かきされた道にバーンと捨てるおじいさんに腹が立ったのか呆れたのか
歩道はそのまんま夜ごとに凍りついてる。
おじいさんちの屋根の雪がドカンと落ちるたびに
おじいさんはその雪をせっせと歩道に投げ捨てるので
来週までは溶けたり凍ったりを繰り返すんだろうな。

向かいのおじいさんは年々変人になっていく。
向かいのおじいさん性、 狷介 ( けんかい ) 、
自 ら 恃 ( たの ) むところ 頗 ( すこぶ ) る厚く、
世間 に甘んずるを 潔 ( いさぎよ ) しとしない感じで
こう書くとかっこいいけど、ようするに意固地な年寄りになって。
う~ん、年をとればとるほど社会、世間と縁を薄めるものじゃないよね。
面倒でも手間でも、
世間と縁を持っておかないと、どんどん自分一辺倒になってしまうだろう。

ブログにもそれは言えるかもしれない。
こたつでゲームばかりしてないで、私も参加しないとなぁ。

残雪と氷とゼラニウムと代理母

いろいろ感じたこと
01 /27 2018
今年の埼玉は北国だよ。
さいたま市で氷点下9.8度って、ちょっとしたスキー場並じゃない?

うちの周辺の雪もいまだほとんど残っていて
雪かきされて70センチくらいの高さの雪がいまもしっかり家の周囲に積み上がってる。
大宮あたりの知人はうちより雪が少なかったらしいので
埼玉の雪もところによりけりみたいだね。

家が建て込んでいて日が差し込みにくい住宅街で
雪かきしなかったところは、厚さ10センチ近いコチコチの氷道という
(しかもでこぼこ氷道)どえらいことになってる。
車で通るのが恐ろしいだけでなく
家の外に一歩出るだけでもつるんと滑って後頭部強打しそう。

いつもの雪のように、溶けてくれると良かったけど、
毎朝氷点下5度を下回り、昼間も3度くらいにしかならないからさ
残った雪はしまって堅く堅く、氷となるばかりで
わずかに溶けても夕方にはまた凍るという悪循環。

そうそう、庭の花にね、つららがついてた。
ゼラニウムにつららってはじめて見たよ。
葉っぱ全体に氷が張ってしまって、
何か塗りつけたようにてかてかし、色が深い緑に変わるんだね。
きれいなんだけどさ、壮絶な、瀕死な感じがするんだ。

星型の花の咲くもみじ葉ゼラニウム、もう十年くらい生きてきてくれたけど
今年の寒さでやられるのかもしれないなぁ。
でもね、植物って強いよね、朝の寒さでしんなりしていても
昼間お日様が照ると、寒さの中でも生気をよみがえらせてくるんだもの。
とはいえ、こんなに毎日凍らされるのが繰り返されてしまえば
株は間違いなく弱るだろうねぇ、
ちゃんと生き残ってくれるかなぁ。

ええとね、ちょこっと書いておきたいの、代理母。
いいとか悪いとかそう断言するつもりはないんだ。

たださ、代理母になる側の人は経済的な事情からそうする人が大半なんだよね。
発展途上国では貧しさゆえに代理母になる人が多いのだそうだよ。
アメリカの代理母のなかには子供のほしい夫婦への貢献という動機から
代理母になる人もいるらしいけど
そういう人たちでも(アメリカだからこそなんだろうけど)
お願いするにはものすごい金額がかかるのだというね。
今回の芸能人の例もアメリカでは無理でロシアになったんだそうだ。

妊娠出産の負担とそのリスクにお金が保証として払われるわけだけれど
もしも生む際に妊婦が死亡したらどうなるのかしら。
あるいは出産に伴い何らかの体の異常を発症してしまったら。
そして何より、健康とは言えない子供が生まれてしまったらどうするの?

たとえば1000万払ったところで
他人の生涯に渡るリスクは背負えるものじゃないよね。
そこはつまり、ビジネスとして割り切るしかないわけだよね。

私はそこに納得がいかないんだ。
生まれてきたんだから「ただおめでとうといえばいいんだ」という人すくなくないでしょ
私もおめでとうって思うよ、思うんだけどね、
その子を実際に産んだ側の気持ちや状況を考えるとね
手放しでおめでとうだけ言ってはいられない気がするんだ。

生まれた赤ちゃんは、愛されて愛されて大事に育てられると思うから
それで十分祝福されてる。
ねぇ、でも赤ちゃんを産んだ代理母やその家族は
どんな風になるんだろうね。
もらったお金で幸せに暮らしましたとさ、になればいいのだけれど。


寒さにやられつつ代理母に来たコメントから考えること

こころ
01 /28 2018
寒さにも慣れた~なんて思ってたら
だめだわ、うん、だめ。

今日はね、午前中礼拝に行ってさ
午後は国道沿いのがってん寿司に行ったのね、
食べに行ったのじゃなくて、持ち帰り寿司で、
とうちゃんは帰ったらすぐ熱燗つけてもぐもぐにこにこで
がーっとお昼寝した。

私はおこたつ入ってゲームしたりテレビ見たりしていたんだけど
気がついたら、けっこうな吐き気が来ててさ、
車酔いのときのようなヤツなので
どうも冷えによる消化不良を起こしてるんじゃないかな。

私は恵方巻きを少し食べただけなんだけど
お寿司ってさ、絶対にレンチンしないでしょ、
冷たいごはんってさ、消化能力の低い人には鬼門なんだよね。
生ものも私には良くなかったのかもしれないなぁ。

午前中留守をしていたから家の中は5度ほどしかなくて
ストーブ入れたけれども、なかなか温まってくれない。
こたつに入って背中丸めて、おなかを圧迫していたのも良くなかったんだろうね、
気持ちが悪くなると同時に寒くて寒くて
インフルエンザもらってきたんじゃないかと思っちゃった。

室内は13度以上には上がりそうにないので
いろいろ着こんで、こたつに深くもぐってお腹を伸ばす姿勢で少し横になった。
2時間くらいで気持ち悪さはおさまったけど
まだ寒さは取れないなぁ。

来週には寒さが緩むという情報もあれば
木曜あたりにまた雪だという情報もあって
ほんとにほんとに油断してたら
やられちゃいそうな気がしてきた。

そういえば、いまちょうど大学の入試もはじまったんだってね。
よく行くスーパーではかごいっぱいにR-1ヨーグルトを買い込んでいく
お母さんたちを見るよ。
家族がインフルエンザにならないように心配りをしているんだねぇ。
こういう優しさって、ほんと、母親なればこそだと思うよ。

ああ、この言い方は御幣があるね、
母親でなくたって心配りをする人はいるよね、間違いなく。

代理母の問題ね、何人かがコメントを密かにくれたんだ。
貧しさから脱出するための一手段として容認出来るという考えもあるし
結局はお金がある人だけが可能な方法で、
貧しい人がいなくなったらこの方法は消滅すると考えている人もいた。
うん、どちらもよくわかるし、納得できる。

根本的なところで
何が何でも子供を持ちたいのかというコメントをくれた人もいた。
これはさ・・・・難しいよね。

私は運よく母親になれたけれど
同じ病気で重症者のほとんどの女性は
母親になることを最初から諦めていてさ、
だから結婚すら諦めている人も多いんだ。
私は、死んでもいいと思って妊娠したけど、
それは短慮だったから出来たことなんだ。

実際に死んでしまったら、とうちゃんはどうなっていたかな。
私のために何年間も仕事帰りに毎夜病院にきてくれた母は
どんなに悲しんだか知れない。
うん、母は妊娠に反対したもの。

かなり厳しいつらいことも味わわなければならなかったけれど
私は子供を産むことができた。
そしてそのために、今現在まで結婚妊娠を選択しなかった多くの重い患者たちの
何倍も体をぐちゃぐちゃにすることになった。

私が後悔せずにいられるのは、いろいろ厳しい現実を身に受けても
いま、このとき、笑っていられるからだろうな。

あのね、お母さんになる道を諦めた人もきっとそうよ。
いま、本心から笑っていられたら、それでいいのじゃないかしら。

どちらもさ、泣くことも悔しいこともいっぱい経験して、
それでもニコニコ笑顔になれる日々がくるなら
それでいいのよ、きっと。

人が望むことを精一杯やり遂げるにせよ
泣きながら諦めて唇を噛み締め天を見上げるにせよ
その人の意思を他人はあれこれいうことは出来ないのよ。

そして、当たり前だけど
どんな形であれ、生まれてきた命が決して粗末にされることなく
愛されて育つようにと、ただそれが一番大事。