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台風の夜と思い出の子

わんこ
10 /01 2018
昨夜11時ごろから、午前3時あたりまで
埼玉も台風の暴風雨圏内となり、
洗車場みたいな四方八方から降りつける雨の音とともに
今まで耳にした覚えがない風の音が、
もう、生き物みたいに迫ってきては走り去り、通り過ぎた。
雨戸を閉めていたけれど、あの風がいまにも
雨戸を吹き飛ばし、硬い飛来物で窓ガラスをぶち割ってきそうで
こわかった。

雨風の音がうるさくて、どうしたって眠れそうにないので
ゲームをし、スーパーからとってきた衣類通販のカタログを読み、
ツィッターをのぞいたりした。
ツィッターには、この雨風の音で、飼い猫がひどく落ち着かず
怖がり、すり寄ってきて離れないという書き込みを何個も見つけた。

猫は嵐を恐れるものらしい。
ちょっとした隙によって、嵐の中へ猫が逃げ出さないようにと
注意喚起する愛猫家も複数いた。
家の中よりも外は雨風がもっとひどいはずなのだが
怯える猫たちはとにかく現状から逃げ出したいがために
ややもするとパニックになってしまうのだろう。

死んだ黒いオス犬も、そういう子だった。
図体の大きいのんびりした性質の子だったが
雨が激しく降ったり風がびゅうううっと鳴ると、非常に怯えて
耐えられないレベルになると震えながらくうーんくうーんと鳴きだす。
いつもは自己主張しない子がそのときばかりは決して引っ込まず
助けてくださいと鳴き続け、震えてバタバタ動き回るのだ。

もしも昨晩の台風時にあの子がいたら
風や雨よりあの子の鳴き声がうるさくて
怯えて歩き回る足音が耳について、
かわいそうだけどどうしようもなくて困り果てたことだろう。

何年前になるのか、雷が数日続いたある夏、
黒オスは真夜中の雷がとうにおさまった朝に
犬の散歩にでようとした娘ととうちゃんをすり抜け、
玄関を飛び出し、猛烈な速さで走り去っていってしまった。

黒オスは雷の音が数日来怖くて怖くて
それが収まってもなお恐怖から逃れられず
パニックにとらわれたままだったようだ。

娘はぎゃんぎゃん涙を流しつつ黒オスを探して歩き
とうちゃんも懸命に探して歩きまわり、
諦めかけて自動販売機でコーヒーを買おうとしたそのとき、
とうちゃんに走りよってきたのだそうだ、黒オスがとてもうれしそうに笑いながら。

近づいた後、また走り去ろうとした黒オスの首輪をとうちゃんはすかさず握り
ほとんど家に引きずるようにして連れ帰ったという話だ。
娘は黒オスを見てわんわん泣き、泣きながらひっぱたいたらしい。

(私はその日入院してた、手術の日だった、娘もとうちゃんも
その日に黒オスを探しまわるハメになり時間に遅刻してきた)

昨日のような日は、あの子が天国でのんきにしていてくれてよかった。
けれどこれから何年たっても、
こんな悪天候のたびにあの子をこうして思い出すに違いない。
ううん、雨風のたびにあの子を思い出していたい。
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こころ
10 /01 2018
昨日、台風がまだ関東に接近していない昼ごろ、
とうちゃんと私は認知症実母のいる施設に秋冬物の衣類を持っていった。
実母は今度の誕生日で90歳にもなる。
以前はひとりでマシンガンのようによくしゃべり
わけのわからない歌を歌い続ける明るい認知症症状を見せていたのだけれど
昨日の母はすっかり大人しくなって、出てくる声も小さかったし、
表情もほとんどなくなり、ただぽつんと座っているだけだった。

母には新しいパジャマとズボンも買って持っていった。
いつも複数枚のパジャマを持っていっているのに、介護の人たちはきっと忙しくて
手近なものばかり着せ続けてしまうのだろう、
去年の秋冬のパジャマが一枚、部分的にぼろきれになっていたからだ。
ズボンも一枚、ポケットから脇にかけて、ざっくり縫い目が割れていて
これもきっと去年はカタキに着させられたのだろう。
洗ってある清潔なものだとはいっても、毎回同じ格好をさせられているかもしれないのは
身内としては多少悲しい部分もある。
だが、これが預けるということだと、線引きをする。

ホールには誰も見ないテレビが台風情報を流しており、
母はただ無表情に椅子に座っていた。
母の隣に私はしゃがんだ。
母を苗字「●●さん」で呼ぶ。
母にはもう過去がないので、私という娘も存在していないから
介護の人みたいに苗字で呼ぶことにしている。
「●●さん、元気ですか、今日は雨ですよ、台風なんですよ」

母は私を見て、よくわからないことをつぶやき、
不思議な旋律に不思議な言葉を載せてひとりごちる。

「●●さん、ご飯食べましたか? おいしかったですか?
寒くないですか? 」
母からまともな答えなど最初から期待していない、
なんでもよい、ただ瞬間に気持ちを通わせるために
母の顔を見ながら思い切り微笑んで細い肩を抱きしめると
母はやっとこさ、にこにこーっと笑い、また不思議な言葉をしゃべる。

秋の終わりごろ、母にはひ孫が生まれるのだ。
母が私を懸命に支えてくれたように、私もいまできる限り
娘の力になろうとあれやこれやと努力協力しているが
それでも私の娘は健康体だし、近くに住んでいてくれるし、
車を運転して自らうちまで来てくれる。

私が母にかけた心配や苦労はこんな比ではない、
比べるのもおこがましい。
重い病気を抱えて子供を産んで育てるという私を
母は出来る限りのすべての労を惜しまず
あらん限りの心を注いで助け支えてくれたのだ。

母が必死に守ってくれた私、
私が通院するたび遠方から幼い娘をみにきてくれた母、
その幼かった娘が子供を産み、私はおばあちゃんになるのだ。
その私がこうして生きられたのは、この母の愛によるのだ。
こうしていくつも命が続いていくのは、
この母が持ちうる限りの愛を惜しまなかったからなのだ。

母の体を優しく抱きしめながら、お祈りをして、
ありがとう、といってみたら、もう涙がとめどなくでてきて
しょうがなかった。
母は相変わらず不思議な歌を小さな声で歌っていた。
もう日本語すらほとんどわからなくなっているのかもしれない。

ひとり小さな声で歌い続けている母を置いて
母の居室に入って衣類の整理をした。
オシッコの拭き残りがまだ床に少し残っていて
臭いが鼻をついた。
てきぱきと衣類を入れ替えるとまたホールにいる母のところに戻り
「●●さん、また来るね」と挨拶をした。
母は笑っているのかな、という曖昧な表情で、ちょっとだけ手を振ってくれた。

ベビーブランケットできた

ハンドメイド
10 /04 2018
少し前にどうにか出来上がったの。
まじめに編んだはじめてのかぎ針編み。
(テキトウに、いい加減に編んだことならあるんだけどね)

古い人間なので、「かぎ針編み」にはダサいイメージを持っていたのだけれど
(わかります? 昭和のかぎ針編みのイメージ、
長編みばっかりの渋い色のセーターやベストを着ていたおじさんとか)
そのイメージかなり変わりました。
かぎ針編みもなかなかいい感じに作れるってことがわかったので
これからはときどきやってみようかな。

301004.png

たださ、かぎ針編みって裏と表がわかりにくいのだわ。
特に今回のブランケットなんか編み物知らない人が見たら、
どっちが表になってもいいような感じ。
そこがなぁ、編み手としてはちょっとナニかな。
もしも、裏返しで赤ちゃんにこれがかけられていたら
私絶対表に戻しちゃう。
よく見ればわかることなんだけど、編まない人にはきっとわかりにくいよね。

さてこれからの編み物なのだけれど
とりあえず、あまったベビー用毛糸でちっこいベストなんかを
テキトウ(今度はまじめにじゃなく)に編み始めたよ。
かぎ針じゃなくて棒針編みでね。
うは~、毛糸が細いからさ、針が細い細いんだわ、でもさ
モノがちっこいのでそこそこちゃっちゃっと出来そう。
(まめに編めばね、でもテキトウだからな~)

昔々、姉に赤ちゃんが生まれたとき
頑張ってベビードレスを毛糸(棒針編み)で編んだのだけれど
毛糸の細さに参っちゃって、ほんと編むのが嫌になった覚えがあるんだ。
でも何とか編み終えてプレゼントしたのだけれど
今思うとさ、きっとへたくそだったね。
あれを着せてくれたかどうかも、私の記憶にはなくってね、
いまあれ、私に返してくれたら編みなおすのだけどなぁ。
姉のことだから、きっと誰かに上げちゃったんだろう。

この前ネットで読んだの。
赤ちゃんが生まれて間もないおかあさんがね
赤ちゃんの手編みのベストをご主人のお祖母さんにもらったんだって。
たしかにね、田舎っぽい昔ながらの手編みベストだったそうだけどね
赤ちゃんのお母さんは、手編みなんかもらったことも見たこともなくて
手編みの内包する「やさしさ」みたいなものを感じて
感動してウルウル泣いちゃったらしい。

そんなこともあるものなのね~
まぁ、産後の繊細な時期だったのかもしれないから
泣いちゃったんだと思うけどさ
泣いてくれるような人にだったら私も手編みをプレゼントしたいと思ったよ。
娘はというと、手編みを見慣れてるせいか
「かわいいね~」のひと言で済んじゃったww

でもまぁ、きっとそれでよいのだわね。
いろいろなものが売っている現在ではさ
手編み製品はどうしたって必要な衣類ではなくて
言ってみれば編み手が「編みたい」からつくるという趣味の品物だからね。
趣味のものを相手が喜ぶかどうかは相手の趣味との共鳴が必要だもんねぇ。

それにしても、やっぱり美しいセーターとか編みたいな。
去年はアランセーターだったから
今年はフェアアイルに憧れちゃうなぁ。
大人が着られるフェアアイルセーター。
この冬は赤ちゃん系の編み物しかできないような気がするから余計にね。

オプジーボ

いろいろ感じたこと
10 /05 2018
ノーベル生理学、医学賞を本庶博士が受賞なさったということで
テレビではその功績業績をたくさん流し続けてくれたので
博士の研究結果からいち早く日本で使用されるようになっていた
抗悪性腫瘍剤のオプジーボの薬価が
どーんと4割も下がるのだそうだ。

報道では、言葉に慎重を期して説明する番組もあれば
まるで夢の新薬登場みたいに能天気に報道するところもあって
日本に山ほどいる癌の患者さんやその家族たちが
情報に一喜一憂して振り回されてないとよいなと思う。

オプジーボの薬価が下がっても、
一般庶民にはなかなかに厳しい値段であることは間違いがない。
さらに、この薬がすべての癌に適用されるわけでもない。

テレビの報道を希望的に受けすぎた人々、あるいは藁にもすがる勢いの人々は
「どうかオプジーボを!」と
病院につめかけているのではあるまいか。

しかし私が今日書こうとしているのは
オプジーボが世に知れ渡って、テレビでもてはやされても
病院に問い合わせるどころか
金銭的な問題で治療をあきらめざるを得ない人々のことである。

そんな人はいないと、思っている人の方が多いのかもしれないが
実は普通にいるのだ。
癌になっても病院で治療を受けずに、
受けられずに亡くなっていく方々は。

オプジーボの効果が何度も報道されて
私が最初に思ったのは
癌治療を受けられずにいる人々の気持ちは
どんなだろうかということだった。

後期高齢者とか、いろいろと医療費を削減出来る方法はあるが
癌進行が遅くならない年齢の人たちは
たいていの場合そこに引っかかることが出来ず
有り金はたいてなお医療費が足りずに
ついには癌治療そのものを止めてしまう場合もある。

あるいは癌と診断を受けたけれども
貧しさのゆえに通院が出来ず
短い間に亡くなってしまった人々も見て来た。
この日本で、この時代に、医者にかかれない人たちがいるということを
リアルに知る機会は一般的には多くはないだろう。

だが金銭的な問題で
子供にご飯を思い切り食べさせてやれない親がいるのだから
癌治療なんてとんでもない話だということは
想像に難くないはずだ。

日本国憲法 第二十五条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、すなわち「生存権」にある
「最低限度」には高額な癌治療はおおよそ含まれはしない。
現実は、いつもたいてい厳しい。

偏狭な読書感性

読んだ本の感想
10 /07 2018
むかしむかしは、本読む子供で
むかしは、本よむ少女で
10年前なら、本読むおばさんだったのだけれど
本読むおばあさんにはなれないとはっきりわかってきた昨今、

本の内容の理解度においても著しい偏向があったことを
今またあらためて思い知らされてしまって
へこもうか、へこむまいか、いや、
この程度でへこむ私じゃないやと開き直った今日の午後です。

私はとあるブロガーさんの読書について
以前から敬意を持って拝見してきたのですけれど
そのブロガーさんが、しびれた100冊を選び出すことをはじめて
昨日の「コレクター」に関する賞賛はまだ理解できたのですが
その前に選び出したアゴタ・クリストフの「悪童日記3部作」を
賞賛感嘆絶賛してなお余りあるブロガーさんには
後ろめたい気持ちで、ぺこりと頭を下げたくなったのでした。

アゴタ・クリストフの「悪童日記」は日本語訳された当時から
一部の読書家の間に大変な衝撃を巻き起こして
たとえば糸井重里も、自作のゲームキャラクターの名前に
「悪童日記」の双子の名前をつけたりして
その「どっぷり」な様子を思いっきり表現していたし、
「悪童日記」に関しては名高いプロ評論家や
素人有名読書家なども口をそろえてその凄さを書いたり語ったりしていたのですが

ごめんなさい、
私、あれちゃんと通読はしたものの
読むたびに「ああ読みづらっ!」とか「ああ、もやもやするっ!」とかで
衝撃という衝撃はあまり受けなかったのです。

悪童日記を読んだころは
ギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」や
パトリック・ジュースキントの「香水」とか
ありえない展開の物語が続いていて神経が麻痺していたのか
あるいはがきんちょの頃から
アメリカやヨーロッパの反戦小説を好んで読んでいたせいもあるかもしれないし
同時期あたりにユン・チアンの「ワイルドスワン」が出て来て
事実は小説より奇なりを世界中にかっ飛ばしちゃったので
私の好奇心はそっちにもって行かれちゃったのかもしれないです。

でもね、いくら弁解したところで
私にはきっと「悪童日記」を理解できる感性も脳みそもなかったのだと
断言します。
私はあれを読んでいてただただ苦しく、息が詰まるような閉塞感を
覚えるばかりでした。
私は、子供が大人にも社会にも保護されず、
踏みにじられ、純粋でもなく美しくもなく、
じわじわと生き続けていくタイプの物語がとても苦手です。
なぜ苦手なのか、どうしてそれがはじまったのかわかりませんが
ただただ、嫌で嫌で逃げ出したくて仕方ありませんでした。

名作傑作と世に言われて、
買って読んで見たところ、自身には何の感銘も残らなかったという本が
私には少なくないように思います。
そして私が偉く感動して
生涯はなさないと誓った本の中には絶版となったものが複数あります。

私の小説類に対する感性はとても偏狭だとあらためて思います。
両親が普通の人の普通のおうちに育っていないことと、
十代で予想もしなかった病禍に生きるよりなくなったことも
多少の関係があるのかもしれません。
しかしながらきっと、私自身がそもそも
文学を理解しようとしない、自分の好きなものだけ理解する、という
脳足りんだからだと思うのです。

悪童物語、再読しようかとせめても思えばよいものを
ちっともそうは思っていないまま、夕方になりました。

佐野アウトレット行って佐野ラーメン

あっちへこっちへ
10 /07 2018
昨日、台風が関東だけをどうにか晴れにしてくれたおかげで
やっと土曜日に休むことが出来たとうちゃんとふたり
栃木県佐野市の佐野アウトレットに行った。

佐野アウトレットは東北自動車道の佐野藤岡ICから見えるところにあって
あしかがフラワーパークも同じインターチェンジを利用するので
実は何回か横に見て通ったことはあるんだ。

今回も時間があればあしかがフラワーパークに寄ろうかなんて
とうちゃんは都合の良いことを言ってたけど、
いやぁ、絶対に無理だわ、と私は最初からわかっていたよ。

だってさ、お買い物って想像以上に疲れるものじゃない?
しかもそれが、「ここも見たい、あそこも見たい」と
次々有名店ばかりが並んでいればさ
1周で万歩計の目盛りも相当いくのじゃないか知らん。

今回はね、晩秋から冬に着られる衣類を何枚かと
とうちゃんの新しい靴
新しい急須を買うっていう目標をちゃんと立てていたんだ。

なにせ3連休だから、高速は渋滞するのじゃないかと踏んで
とうちゃんは下道で佐野アウトレットを目指すことにした。
うーん、往復の高速料金は確かに掛からなかったんだけどね、
もしも高速使って混んでなければ、30分は早く着き
1時間は早く帰れたと思うんだけど、
まぁ、とうちゃんの判断なのでしょうがない。

佐野アウトレットは、半年くらい前に行った阿見アウトレットより古くて
規模も小さいから、阿見よりはずっとすんなりと、
全然迷いもせず、すっとこすっとこ歩けた。

めずらしく私が方向音痴にならず
とうちゃんのほうが道がわからなくなっちゃってた。
とうちゃん買い物慣れないもんね。

とうちゃんは、Tィンバーランドのウォーキングシューズと
同じくワイシャツを、まず買った。
二つで2万円弱くらいだったかな、
定価だと4万近いらしいからとうちゃんは一気にご機嫌になった。

とちゅうで「Jun」があってね、
このブランドは50代男性には高校大学時代の憧れブランドだったものだからさ
とうちゃんほいほい店に入っていくんだわ。
店内にはとうちゃんくらいの年齢層のおっさんがいっぱいいた。
でもさ~売ってる服は昔から「Jun」のイメージを守っていてさ
すらっとしたおしゃれなお兄さんたちの服なわけよ。
決してハゲたり、腹が出たりしたおじさんたちの服ではないのよ。

客層年齢と並んでいる服のイメージの差に気づいたとうちゃんは
「違う!」と一言発して、あわてて店の外に出て行ったもんね。
いや~、店員さんたち、腹の出たおじさん方を相手に
「サイズ」などでご苦労されていそうだわんww
50代男性って日ごろ衣類なんて店で滅多に見ないからさ
若い頃買ったり、欲しかったりした店のものに
ついつい足を運んじゃうんだわねぇ、
若い頃と同じもの着てたらやばいのにね(´∀`*)

えーと、その後まぁいろいろ回ったんだけど
期待してたGャップには、今年の晩夏のものが多くて
結局とうちゃんは生まれてくるお孫ちゃん用にって
綿のニット帽子を買っただけになっちゃった。
以前はGャップってもっとよかった気がするんだけどなぁ。
店員もだれてたし。

Eディバウアーはきっぱりと
去年の販売終了品を売っていると銘打っているからさ
ちゃんとシーズンに合った衣類がいっぱい合ってね
店員さんも感じがよくってナイスだったな~
しかもさ~前年の秋のものの30パー40パーオフの衣類をさ
2枚買うとそこからさらに10パーオフとかするからさ~
ハンパなく安くなったりしたのよ。

私はね、カーディガンとワイシャツ、
とうちゃんはバッグとパーカーを買ったよ、
あわせて2万くらい安くなったんじゃないかなぁ。

あ、急須ね。
ここには「Tち吉」があるの知っていたからね
私はそれが目当てだったんだ、だって楽しいよ~
「Tち吉」のアウトレットは楽しい、大好きよ、きれいなんだもん。

で、これ買いました。
301006.png

急須のふたの取っ手が、うさぎさんなのよ~~~
きゃあきゃあ!!

それとね、それとね、これも一目ぼれ
どんぐりの箸置き!
うれしいなぁ、もう眺めてはニコニコだわよ。

ええと~とうちゃんがゴディバの甘すぎるソフトクリームを食べた後
ようやくアウトレットを出て、
今度は佐野ラーメンを食べに行こうってことになったんだわ。
関東では一応有名なのね、佐野ラーメン。
アウトレットには観光案内所があってさ
そこの人にオススメのラーメン屋さん聞いていったんだけどね、
最初のお店は50人くらい楽勝で並んでてさ(午後2時なのに!)
あせりながら2件目に行ったらどうにか入れたんだわ。

佐野市のご当地キャラ「さのまる」を並べて写真とってみた。
いやー、肉厚の皮に大量に詰め込まれた具がすごかった。
おいしいんだけど浅草のちっこくて高い餃子がすきなとうちゃんには
ここの餃子は食べ甲斐がありすぎたみたい。
301006-2.png

で、ラーメン。
あっさりすっきりの昔ながらのラーメンで
とうちゃんは非常に喜んで食べてたよ。
お年よりもいっぱい来ててね~、
この味ならお年よりも安心して食べるだろうなって思ったよ。
たださ、なんでこんなにどんぶりの口ぎりぎりまでスープ入れるのか
その意味がわかんなかったんだけどもね。
301006-3.png

と、言うことで、5月以来、久しぶりのお出かけとっても楽しかったんだ~
今度は紅葉を見に行く予定なんだ。
その日もよいお天気だったらいいんだけどな!

おっさんずラブは主任が超好みなのよっ!

テレビ
10 /10 2018
春だったか、夏前だったか、大いに話題になってたじゃないの
「おっさんずラブ」。

アマゾンプライムにそれが現れたからさ、見たんだわ、もちろん。

「花子とアン」の伝サマでおばさんたちのハートを射抜いた
渋い渋い吉田鋼太郎部長が年下の部下にラブしちゃって
「は~るたん♥♥」
とかわいく呼びながらうねうねする感じが、とってもキュートだった。

はるたんを演じた田中圭は以前から
「けっこういい感じの男子なのになんで人気でないの?」
と思っていた人、私のほかにも多かったようで
彼がこのドラマでブレイクしたのは喜ばしいわ~

「巨乳じゃなくて、キョ根じゃだめですか?」と
なかなかすごい台詞でシャワーを浴びてるはるたんに迫った林遣都のマキは
ちょっとあごが上向きな感じだけども
かわいいお顔には違いないので
彼のもともともファンやBL(ボーイズラブ)愛好家は
とっても喜んだって言うのも納得できるな~
切ない表情とってもよかったものね。

で~も~、私はこの3人じゃなくて、
ノンケの顔して実は思いっきりその世界の住人だったタケカワさん、
はるたんの上司、主任でマキの前彼という眞島 秀和が
いっちばん、いっちばん好みのタイプなのよ!

眞島 秀和もたくさんのドラマで何度も見てきたんだけど
そのたびに「あ~この人、すんごい好みだわ~」と
ずーっとずーっと思ってきたのよね。
眼福眼福。

若い役柄ではなくって、中年入りかけくらいの
ちょっと知的な仕事をやってる感じを演じてもらうと
ひたすら彼を眺めてるかもしれない~
その彼がさ~、いちゃいちゃしてくれたりするのかなぁ
なんて思ったけど、ドラマはあくまで
はるたんとマキという若い男同士の
チュッチュくらいでかわいく場面転換されちゃうからね、
その手の場面はなかった・・・・(´・_・`)

てかさ、このドラマはリアルなゲイカップルの話じゃなくってさ
あくまでおっさんたちのコメディだからさ
そっちが見たい層は、ほかを探さないといかんわね。
個人的にはもうちょっと深堀していただいても可なんですけども・・・・

でね、このドラマは深夜に放送されていたのだけれど
とっても人気を得たからさ
LGBTの人たちはこれを歓迎したりするのかしら、
というと、そう簡単でもないらしいね。

LGBTの恋愛をごく普通にまったく揶揄することなく
誠実に描いたから苦情がなかったんだろうっていう人もいるね。
悪意を持って描かれなかったことは確かに大きいよね、
まぁ「コメディ」だから「言うほどのことでもない」って
判断した人もいると思うな。
というか、主要人物たちがかなり魅力的な男性陣だからね
眼福、眼福って楽しみながら見てたホンモノさんもいっぱいいたかも、
私同様に (ノ´▽`*)b☆

恋愛ってこれまで王道の男性と女性のものばっかりだったけれどもさ
これからはいろんな形の恋愛が描かれてもよいと思うのよ。
というか、男女間の恋愛ドラマにはには飽き飽きしている私のようなのも
少なからずいる気がするしね。
悪意と批判が主眼で、見てて不愉快になるような作り方は
当然の当然、だめだけど。

それにしても、深夜ドラマっていろいろ自由でほんと、おもしろっ!

試練

神様
10 /11 2018
あのさ、病気になる人は少なくないし、
その病気が治らないものだったりする場合だって
ものすごく珍しいわけでもないし、
元気だった人が高齢になって重い病気になって亡くなることも
珍しいことなんかじゃないよね。

でもさぁ、20代、30代、40代くらいで
すこーんと命を落としてしまうとか
病名が分かるまでに月日がかかるような複雑な病気になるとか
あるいは病名がわかったところで治療法がないとか
そういうことってさ

普通一般世間に暮らしているとさ
それほど頻繁に見聞きすることじゃあないと思うんだよ、
自分の身近なところにはね。

でもさぁ、どこもそうだと思うんだけど
教会って、どうしてそういう人多いのかなぁ。
本当に多いの。
病気だけじゃなくってね、たくさんの災難が
いろんな形できているのを
いやというくらい見聞きする。

むかし、カトリックの曽野綾子がさ
(いまはヘンテコリンな説をがんがん書くばあさんになったけど)
重たい眼の病にかかってさ
失明するかもしれないってときにさ
こう考えてたっけ。
キリストはすべての人間の罪を背負って十字架にかかったが
あれから2000年も過ぎて人間の罪はますます増えて
イエスの十字架で背負いきれない罪を購うために
私はこの眼の病を与えられたのだって。

まぁ勝手に思って下さいって感じだけれどもね、
曽野綾子みたいに考えたら
与えられた災禍や病苦に対する姿勢が
少し違うのかもしれないなって思う。

理由もなく苦しみに遭わされるのって
人間なかなか納得できるものじゃないからさ、
その理由を与えられれば、違うよきっと。

その苦しみは試練という名前でね、
試練は人間を磨くのだって。
磨くために、神様は人間を試練に合わせるのだって。

人間は神様からの試練に歯を食いしばって耐えると思う?
神様はそこまで望んでないんだよ。
助けてください、この試練を取り除いてくださいって
泣き叫んでかまわないんだって。
恥も外聞もなく、小さい子が母親にすがりつくように
わんわん泣いて助けて助けてって
すがりついてかまわないんだって。

だって子供が母親にすがりつくのは
母親をとにかく無条件に信じているからでしょ、
神様は人間が「パパー」とすがりつくのを
待っているのだって。

そんなふうに教えられていてもさ
やっぱり現実の苦しみは出来れば与えられたくはないよね。
願わくば苦しみの味を忘れていられる生活がしたい。
子供のように神様にすがりついても
「おいで」とそのまま命を取り上げられることもあるし
「もっと磨こう」って試練を強められたり長くされたりすることもある。

理不尽だなぁって思うよ、苦しい時は特にね。
確か「大草原の小さな家」にこんなセリフがあったっけ。

「楽しいことは喜んで受けるくせに
苦しみや悲しみは受けないつもりなの?
同じ神様からなのよ」

そうね、とにかくどんな試練にも
全幅の信頼を損なうことなく
天を見上げて神に祈ることをしなければいけないわけで、
ちょっとでも揺らぐと
そこからめざとい悪魔がつけいってくるわけでさ。

それでもさ、教会の人たちに
よくもまぁ次々と
いろいろな試練をお与えになりますものよ、神様は。

結核

本にまつわる
10 /12 2018
NHKの朝ドラ「まんぷく」が、とてもよい感じに発進している。
長年朝ドラを見てきた身としては、飛びぬけて面白そう、というほどでもないのだが
前作があまりにアレだったために、余計に安心感がある。
ただ一点、松坂慶子演じる母親が、娘の人生にあれこれ口出ししすぎるために、
自分の母親を見ているようで苦痛に感じる視聴者がちらほらといる様子だ。

それともうひとつ、主人公の姉、
母親よりもずっと頼りになるしっかりもので家を支えてきた長女が
やっと結婚して自分のシアワセを手に入れたと思ったら
結核であっという間に重症化して、
今朝にはあっという間に亡くなってしまったのだが
この「結核」という病気に関して、ツイッターでは
「結核は隔離しないといけないはず」
「なんで普通に会話してるの? 感染するでしょ?」
「天皇の料理番でも結核のお兄ちゃん離れにいた」とか
「まんぷく」の長女が隔離もされずに病院に入院しているのが
しんじらんな~い的な書き込みがちょこちょことなされていた。

で、私が今日書きたいのはそこ。
私の父親が結核だった。

なんでも戦争前に父親は結核にかかったらしいけれど
幸運にも軽症で済んだのか、生き残った。
祖父の仕事柄、栄養のある食べ物を入手しやすい環境にあったからかもしれない。
今現在隔離隔離という人たちは、当時の結核発症者の数の多さを知らないのだろうが
結核と診断された患者を全員結核療養所に隔離することなど
到底不可能な数だったそうだ。

ツイッターには患者が出た家の人は世間にも忌避されてたはずなどもあり、
ハンセン氏病と勘違いしているのではないだろうか。
あるいはどこかの地方ではそんなことがあったのか。

ネットでそのことを調べてみたら壇一雄の「リツ子その愛・その死」
に触れている人がいて、
ああ、これは私が一生涯放さないぞと決めた本なんだよなぁと喜びつつ読んでいたら
なんとこれも「絶版」であった。
(でもkindleでは買える!!!!)

壇一雄の話しはずっと昔にこのブログでも書いたことがあった
その壇一雄が最初に結婚した相手が律子さんであった。
蜜月の頃はそれはもう親密で親密で、お見合いでもこんなに仲良くなれるんだ
とさえ思ったくらいなのだが、壇が戦争に行き
戦後やっと戻ってくると、愛しい妻の律子は結核になっていた。

壇一雄という人に関する論評やエッセイ、小説などを読むと
女性としては到底お近づきになりたくない男なのだが
この最初の妻との出会いから死までを描いた本書は
彼が普通以上に愛情深いのだということがわかる。

戦争から帰ってきた壇一雄は、結核の妻の世話をひたすらにし続ける。
飯を作り、洗濯をし、体を拭き糞尿の始末をする。
妻の病状はどんどん悪くなるが、妻は命を諦めない。
「こんなになってもまだ生きようとするのか」と壇一雄が思うほどに
ぼろぼろになってもだ。

この「こんなになっても生きる気か」という感情を
真実書き得た作家はそうそういない。
病を持つ私はこの作品に自分の根っこをぐらぐら揺さぶられた気がした。

ちなみに、本書の結核は肺結核ではなく腸結核のほうだ。
あたりまえだが結核菌で、
肺結核の菌が咳で飛ぶのと同様に、結核菌は便に混じる。
壇一雄はその便を始末し
子供に食べさせるご飯も炊く。
当然だが結核でも入院による隔離はされていない。

今現在、開放性の結核だった場合に自宅で治療する人はいないだろう。
私の父親も60代後半での結核再発の際は
診断がついたらそのまま清瀬の療養所に送られ2年ほど入ることになった。
娘は生まれたばかりで、結核がうつっているかも知れないからと
まだ小さいのに何度も何度も注射されるはめになった。

人にうつらない結核は今現在も普通に生活し、
投薬と休養で治癒を待ち、当然隔離されはしない。
今日もそれなりの数は存在している。
私も学生時代にふたりほどそういう友達がいた。
大学時代のゼミの教授は、
若い時代に4年ほど療養所に隔離されていたと聞いた。

結核=隔離と想像する人は結核になったリアルな人たちを
ほとんど知らないのかもしれない。

秋の花壇が花ざかり

ガーデニング
10 /16 2018
いわゆる「ガーデニング」が流行し始めた20年くらい前だと
この季節、秋というのは本当に花が少なかったような気がする。

自分の庭を持ったのがちょうどそのあたりだったので
郊外型の巨大ホームセンターに出かけては
花の苗を買い込んでいたからよく覚えているんだ。

秋にはね、春に咲く球根類や種はたくさん売っていたけれど
今現在花の咲いている苗といえばパンジーが主流でさ、
秋の花壇って寂しいなぁって、つくづく思った。

ところがぎっちょんちょん、
うちの門扉脇にある植え込みは現在花盛りなんだ、ニコニコ

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いや、これって右側から写したのと左側から写したもので
同じ場所なんだけども、2枚乗せたくなるくらい咲いてるんだぞというわけで。

ここは夏場、こんな感じだったんだよ。
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植えてある花もまったく同じでね、
オレンジ色のマリーゴールドが落とし種からまだ芽吹いていなかったとこが
違うだけなんだ。

真夏にどーんと咲き誇っていたニチニチソウが
秋になってどんどん元気になってきたアンゲロニア(紫)と
ペンタス(ピンクと白)の勢いに押されているのが今現在。

ニチニチソウもきれいだったけれど、
やはり気温が下がると花の色がぐっと冴えて美しいね。
アンゲロニアなんて同じ花とは思えないくらい鮮やかになった。

今の季節にこれだけ華やかに咲き誇ってくれているのが
とってもうれしいんだな。
ペンタスもアンゲロニアも別に秋の花というわけでもないんだけれど
10月の半ばを過ぎてなおこれだけ元気に咲き続けてくれているから
今年は初夏に植えた花の種類が、うまくいって、
長く楽しめているというわけなんだろうね。

さて、これからの季節はパンジー、ビオラが中心になるのだけれど
あれらには正直少し飽きちゃった感じがあるんだよ。
でも日曜日の朝にNHK趣味の園芸見ていたら
ビオラの寄せ植えをやっていてさ、
基本的に寄せ植えはあまり好みではないんだけれども
冬も来るし一鉢位はビオラあってもよいかなと早速作ってみたんだよん。

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うんとね、テレビで言ってた三角植えというやつ。
ビオラは花数を増やすためにほとんどちょん切っちゃったので
花がなくてとっても寂しいのだけれど、
植えてすぐよりそのうちよくなるのを楽しむのが園芸ってモンだわよ。

それからメキシカンセージがとりあえず咲き始めてる。
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これこそ去年、花壇がさびしくて仕方なしに植えた花だったのだけど
まぁ~そこそこ放置してたのに元気に咲いたわ。
この何とかセージって言う花たくさんの種類があって、
うちのあたりじゃよく見かけるんだよ。
でもさ、放置でよいからって手入れしないもので
丈が1メートルは楽に越えてる場合が多くってさ、
それは嫌なのでね、7月はじめに摘心したおかげで
ちょうどいい丈になっているんだなぁ。
ハーブだから、いい香りもするよ~

そうそう、とうちゃんはフリージアがすきでね、
(香る花がすきなんだよ、とうちゃんは)
それでこの間一般的な黄色いフリージアの球根を買ったわけよ。
で、植えた。
植えて3日目に、なんともう芽が出ちゃったんだよ!
で、今こんな感じ。
大丈夫なのかい、これ?
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本当は深く植えつけるべきなのだけれど
鉢だから球根1個分だけの深さにしたんだよ、
そしたらこんなに早く出てきちゃって、
こんなんじゃ真冬にはどうなっちゃうんだろう、心配。

それからミックス種を古い土に蒔いた。
丈夫なんじゃあないかと思って全部再生土に蒔いたのだけど
う~ん、みんな細かい細かい土になっちゃっていたからねぇ
最初は良くてもやがて目詰まりして育ってくれないかもしれない。

そうなったら、なったときのことだけどさ・・・・
やっぱり咲いて欲しいなぁ。