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私の父も母を殴ることがあった。
結婚して日の浅いころは、パンダ目にされたこともあると母が言っていた。
それでも私の母は、暴力に負けない人で
怒っている父親に猛然と言い返すことが出来た。
それがますます父を怒らせるのだが、母はそれでも
ひるむことなく父を言葉で責めまくった。
両親がどうやってあの争いを終えていたか、あまり覚えていない。
私はただただ、両親の争いが怖くて怖くて
狭い家で逃げ場もなく、泣きながら隅っこで震えていたっけ。

こんなことを書いたのは、先日の礼拝で
牧師が自身の両親のDVを初めて語ったからだ。

牧師はたびたび、自分の親の話を説教中に持ち出してきたが
「牧師になるといったら勘当された」ことや
「母親が○○学会の熱心な信者」であること
「孫が出来てやっと両親に再会することが許された」など
いろいろあっても、なんだかんだで親子関係といった
甘受すべき間柄であるように語られるのが常だった。

それが、牧師は突然、DVについて語りだしたのだ。
「母親はいつもあざだらけでした」
それは酒に酔った父親が日常的に行う暴力らしかった。
そしてそれは今も変わらず、
牧師の両親は別居状態にあり、いつ離婚してもおかしくないのだという。

牧師が自身の根源的な悲痛を説教に混ぜて語るためには
十年近い年月が必要だったのかもしれない。
DVを受け続けてきた女性信者は教会に何人かいるし
ある人はそれを自己の証(あか)しとして礼拝で発表したりもしてきたが、
牧師はそれらを頷きながら拝聴するのみで、
自身の経験を言葉にしたことはなかったように思う。

(※証し・・・キリスト教では神様から与えられた恵みを人々に伝えること)

DVの経験談は誰の実体験にせよ聞く側に
痛ましさと、ある種の恐怖、そして驚きを抱かせる。
そして語った人の今現在の凛とした、あるいは必死な思いに
聞く側は強い印象を受け、それを忘れることはまずない。

苦痛と悲しみの、知られたくない過去現在を、
自分の口でたくさんの人に語ることは、どれほどしんどい、キツいことだったか
その重さは、きっと本人にしかわからない。
説教を毎週し続けている牧師でさえも、
これまで話すことができずにきたのだから。

牧師は多くの人の秘密や恥を相談される立場にあり
相談者の苦しみや悲しみに常に心を揺り動かされている。
牧師の最高の師は
人の悲しみをわがことのように悲しむイエス・キリストであるから
精神科医や臨床心理士のような
他者の苦痛に対する受容と共感に対する受忍限度など
教えられてはいないだろう。

牧師は多くの人の苦しみや悲しみや悩みを聞きつづけて
その中でも根深い家族の問題、
家族間の暴力などについて、非常に深く心を痛めていたのかもしれない。
そうしたことが、牧師を自身の経験の告白へと
導いていったのだろうか。
あの場には牧師の両親のDVの話を聞いて、
強く力づけられ、慰められた人もいたに違いない。

人が経験してきたすべての悲しみは
きっと、どこかの誰かを力づけることが出来る。
その人が生きる気力をなくしているとき、
悲しみの沼に溺れているときに、
そこから救い上げることが出来るよすがになるのかもしれない。
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