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年をとる

こころ
07 /12 2018
このごろ「年をとる」とはどういうことなのかと、よく考える。

最近、人や物や、場所の名前が出てこない状況が増えすぎて
イライラしたりモヤモヤしたりする感情すら面倒になって
ええぃ、もういいや!
と放り投げるみたいに知らんぷりした。
こんなふうに物忘れをあきらめたのは初めてだった(と思いたい)。

人名や地名やかつて知っていたはずの知識などは
ネットや本などで調べ出し、
もう一度頭の中に入れる(つもりになる)ことが出来るが

必要なものを仕舞った場所が分からなくなると
必死に20分探しても見つからない場合には
もはやお手上げ状態だ。

自分の母親がアルツハイマーだから、私もそれになりかけなのかなぁ
などと気持ちがへこみだし、
それすら考えるのがおっくうになって
もうどうでもいいっ! とテレビの前に座りこむも
「なんで今日はこんなつまんない番組ばっかりなのよ!」
と悪態をつく。
なんかもうダメな感じだ、そういう日は。

この前、下駄箱の上、定位置においてある
犬用のおやつ、上等な国産牛たんジャーキーが
梅雨時ゆえか見事に白くカビていたのだが
とうちゃんはそれに気づかず
1本を、遊びに来ていたちび犬に与えてしまった。
ちび犬はその後2日間ほど
お腹を壊し、元気がなくなってしまった。

カビを発見したのは娘だった。
ジャーキーは毎日目につく場所に置かれていたのに
私たち夫婦はそのカビに少しも気がつかずにいた。
「ああ、この人たちもついに老人になったのかもしれない」と
娘は感じたのだろう、彼女は私たちを責めず
おだやかに「このジャーキーはもう駄目だねぇ」とだけ言った。

私は愕然としてしまった。
義母の洗い終えた食器に残った汚れを見つけた時に感じた
「ああ汚らしい、ああ嫌! 年寄りは鈍い!」
という針のような非難の感情が
自分自身に向けられるべきであるのを感じたからだ。
そういう時期が来たのだ、
私に、そしてとうちゃんにも。

あはは、と笑って済ませてもよいのだが出来ない。
嫌なのだ、絶対に忌避すべきカビに気がつかずに
見過ごしてしまった自分自身が
その注意力散漫に過ぎる日常の惰性が、
どうにもこうにも受け入れがたいほど嫌だと思ったのだ。

白髪も増えたし、髪も減った
しわも増えたし、首の周りにちりめん肌がでてきた。
表がババアになるのだから中身もババアになってゆく。
外見も中身も、小汚い、だらしのない、ババアにはなりたくない。

たとえば家の中を汚いままにして
「まぁいいか」とあきらめるようにはなりたくない。
平均的に清潔で整頓されていたい。
体も住まいも、頭の中も。

だから最近になって、香水や制汗剤を使うようになった。
毎日化粧をするようになった。
高いシャンプーや洗顔石鹸にも凝りだした。

こうやって、ブログに書くことだって大事だ。
夫婦でどこかに行って楽しむことも大事だ。
花を育てることも、
編み物をすることも、
料理をいろいろ作り続けることも、
習い事も、
みんな大事だ。
無為な老人にならないために
意識的に前向きで活発であることはとても大事だ。
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コメント

非公開コメント

No title

全く同感であります。

全てを諦めて開き直るのは、20年後にしましょう・・・ せめて10年以上先。

まだ「何とかしよう」と思う意志の力で、ある程度までは何とかなる年代です。

嫌だ、何とかしたい、何とかしよう・・・ そう思う気持ちが有るか?無いか?

それが分かれ目になってしまう年代です。

他人のブログでも、諦めて開き直ってしまっている類に対しては、親近感を持ったり安心したりすることはあっても、学べることは何ひとつないんですよね。

やっぱり、何かを頑張っていたり、何かを見つけようとアンテナを張っていたり、ダメにならないように色々こだわっていたり・・・という類のブログに、興味や価値を感じます。

それが、自分とは関係ない趣味や暮らしであったとしても・・・

体調と相談しいしい、無理のない程度に前を向いて暮らしていきましょうね。

お財布ちゃんさま

コメントありがとうございます。
諦めてしまう人たちの気持ちも、なんとなくわかるんですよ。
疲れてしまったのでしょうね、いろいろなことに。
おっしゃるとおり、まだ努力が出来る気持ちがあるうちに、頑張らないといけませんね。
今日は35度の暑さの中、肉じゃがなんか作りました。
部屋のカーペットを天日に干し、夏用の敷物も出しました。
ちょっとしたことでしかないんですが、こんな程度でも
頑張ったつもりです。
お恥ずかしい。