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同世代の人のブログを読んで、ときどきお目にかかる親の記事。
しかも大半の人たちは「親とは決して仲が良くない」らしい。

かといって、面と向かってケンカするわけでもなく
心の底でむかついたり、あきらめたり、呆れたりしながら
老いた親とそこそこ、あたりさわりなく
距離を置きつつ付き合っているというのが主流のようである。

私もそうだったから、よくわかる。

老いたりといえども、まだ心も体もある程度正常な親に対して
子はなかなか強気に出ては行かれないものだ。
どんなに腹が立とうとも。

私が父に怒声を投げつけたのは、父が死ぬ10日ほど前ではなかっただろうか。
父はもうトイレでズボンを脱げないくらいに弱っていて
私が脱がそうとしたら恥ずかしいという。
大きな声で母を呼ぶのだが
母は日頃の父の世話のせいで腰を痛めて動けなくなっていた。

それでも母を呼びつける父に、私は切れて怒鳴った。
「パパが何でもかんでもママにやらせるから、ママはもう動けないんだよっ!」

父は怒鳴り返してきたが
かつて子どもたちを震え上がらせたその威力は、もう父には存在しなかった。
結局そのときは訪問看護婦さんに来てもらい始末をつけたわけだが
その翌日あたりに父は発作を起こして入院し、そのまま帰宅しなかった。

私は後悔しているか?
否である。
してもしょうがない後悔などしない。

入院中の父はこんなことを言った。
「ママに済まなかったと謝ってくれ、俺と一緒になったばかりに済まなかった」

最後まで見舞いに行かなかった母に伝えたが
父のおかげでうつ病になり、認知症も出始めていた母は
「へ~、そんなこと言ってたの」と一蹴した。
父の言葉が心底からの謝罪だったかどうかなど、もう母には関係無かった。

父はそれまで多くの過ちを犯し、母や家族を危機的状況に追い詰めてきたが
そのたびに父は深い反省の言葉を口にした。
母は許し続けたが、父は同じ過ちを繰り返してきたのだ。

その父の最後の詫びに、母は耳を貸さなかった。
もう面倒はかけないでほしい、私を自由にさせて欲しいと、母はただひたすらに父の死を願った。

そして父が死んだ。

姉も、母も、私も、泣かなかった。
葬式はしなかった。

母は父の骨が邪魔で、田舎の寺に送りつけてしまうか
ゴミに出してしまいたいとの意向だったが
認知症となった母にそこまでの行動力がなくなったのは幸いだった。

父の部屋のものを、私はすべて処分した。
父の蔵書はもちろん、カメラのコレクションもゴミに出した。
父のうそだらけの日記も、父の書いた記事の載った本も父のものは全部捨てた。

きれいに片づいて、何もなくなった部屋を見て
母が久しぶりに笑ったのを覚えている。

半年ほどして、姉が父の遺骨を都内の寺にお願いする手はずをつけてきた。
新聞によく広告の出ている共同の墓である。
田舎には父の家の墓があり、父は長男なのでそこは無縁墓になるだろう。

母は正常なころから父の家の墓にだけは入りたくないと言っていたが
そこは完全に安心していい。

正直に言う。
墓なんかどうだっていい。
墓を大切にする人たちを否定する気はないが
私には一族伝来の墓を守ろうとか言う気持ちはかけらもない。

母が死んだら父と同じ共同墓に入れるか
それとも私の通う教会の墓に入れてもらうかどちらかになるだろう。
もちろん母が私より長生きしたらわからないが。

親はたいがいの場合、子供より早く死ぬ。
親が死んだ時、泣けるなら多分、子供はその親を慕っていたのだろう。
生前どれほど憎いと感じていたとしても。

親のために涙するとき、子供の涙はきっとものすごく美しく尊い。

私にも父のために大泣きした記憶が一度だけあるが、
そのときの私の感情は、私に正常な記憶力がある限り忘れられはしないだろう。
またいつか書けるといいと思っている。




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コメント

非公開のあなた様へ

お辛かったことでしょう。
いまもまだ受けた傷が痛みもすることでしょう。
でもね、ここにも書きましたように、親は先に逝ってくれるのです。

私の周囲にはそれを口に出したり書いたりはしないけれど、
親御さんから深く傷つけられた人たちが何人もいます。
きっと今現在もそういう親はいるし、傷ついて行く子供の数もたくさんあるのでしょう。

私が親の事をこうして書けるようになり、ある程度客観できるのは、それが過去のことだからです。
今は苦しいあなた様も、苦しかった日々が過去になるときがやってきます。
そうなったころ、ご主人と少しずつ語っていけるようになるとよいですね。
のんびりのんびり、お茶でも飲みながら。
「でも終わったことだから」と言いながら。

こちらにもw

母とのことは まだあまりに現在進行形で
その正確な関係と 自分の根底にある感情とが整理できていません

後々 全てが終わった時に 自分に何が残るのか
それも わかりません

ただ 自分で少しは吐き出すことで
また こちらに伺うことで
何かしら すこし吹っ切れてきました

多分 また躓いて 泣き叫んで 悶々とする日々も来るに違いありません
それでも 少しずつ 私は変化している
そう思っています

さて 私は最期に泣けるかな・・・

レモンの木さん

親子の関係はものすごく難しいと思います。
いつか終わるにしても、普通その傷は一生消えませんからね。

一時すごく流行した本に「毒になる親」というものがあります。
その本でかなり楽になることが出来るかもしれません。
レモンの木さんのような苦しみを持った人たちはずいぶんこの本に魅せられたらしいですよ。
そこには「親を許さなくてよい」と明記してあります。

いつか機会があったら読んでみてはいかがですか。

泣いたとしても

それは子供としてじゃないです。
可哀想な人のための涙です。
自分のその涙が、親へのものだと周囲に思われるのはいやだなあと
今から心配してます。

私は散骨か樹木葬がいいなあなんて思ってます。
お墓はあるので親はそこに入れますが。

ウロさん

親を客観的に「かわいそうな人」と見ることが出来るなら、ウロさんは大丈夫だということだと思いますよ。
私の姉は親に接するとき「仕事だ」と考えることにしているようです。
つまり割り切っていると。

お墓ね、いざとなると親族の反対やら何やらいろいろあるものらしいですよ。
遺言しておくに限りますね。
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