子を怒るということ(叱るではない)

いろいろ感じたこと
04 /29 2011
先ほど近所のスーパーマーケットに買い物に行ったレジで、
「みっともないからすぐおりなさい!もうっ!」という女性の怒声が聞こえた。
店中に響き渡るような大変大きな声には、
それを発した人の怒りとイライラが溢れていた。

それはものすごくおしゃれな20代半ば過ぎ(と見える)の若いお母さんが
3歳くらいの娘さんに向かっての言葉であった。
娘さんと言うより、小さなお嬢ちゃんは
買物カートについている乳児用のこしかけに座っていたのだが
ちょっとカートのかごの方へ移ってみたくなったらしいのだ。
カートを押していたのは、おしゃれな若いお母さんの父上、
ちょっと冒険したくなったお嬢ちゃんのおじいちゃまに当たる人だったが
自分の娘だか嫁だかの怒声には慣れているようで、淡々とお嬢ちゃんを下して、
何事もなかったという顔をしていた。

若くておしゃれな母親は、
好奇心いっぱいで疲れを知らない子供の世話に相当に振り回され、
爆発寸前までイライラがたまっているのだろうと、私は思ってみた。

そして自分に言い聞かせた、
「大丈夫、あれはよくあるヒステリー。きっとあのお母さんはすごく怒りっぽいだけ。
お嬢ちゃんはちゃんと可愛がられている、大丈夫。
連休の初日に御主人がいなかったし、だから、あのお母さんは機嫌が悪かっただけ。
大丈夫、よくあること、ちょっと声が大きくて、怖かっただけ」

だめだ。

あの鋭い怒りに満ちた声には、
子供にぶつけていい怒りの限度を越えていると思わせる何かがあった。
虐待に向かいかねないなにか恐ろしいものがあった。
カートから降ろされた子供は小さくなってうつむき
振り向きもせぬ母親の後を小走りについてく。
怯え、涙をためたまま、母親の手にすがろうとするが
若くきれいな母親は、それを完全に無視してどんどん歩いて行く。




・・・・あの子は抱きしめてほしいときに抱きしめられているのだろうか。



あの声とあの場面が頭から消えない。




本気で子供と向き合うことを否定しはしない。
大人として接しろとは言わない。
だが、子供が怯えてしまうほどの怒り方だけはしないでほしい。

私の父がそういう恐ろしい怒り方をする人だった。
私はこれまでの人生で自分の父親にほど対人恐怖したことはなく、
自分の父親にほど怯えたこともない。
そして自分の父親にほど憎悪を抱いた相手はいない。

幼いころに植え付けられた恐怖と怯えは終生消えないものなのかもしれない。
それらはいずれ、憎しみや無関心と言う形に変わっていくしかない。
人間が自分自身の心を負の感情から守るために行う無意識の防衛なのだ。

だから私は今回のような災害があっても、老いた父を助けにはいかなかっただろう。
それで父が死んだら、泣くだろう。
けれど悲しみはきっと続きはしない。

親は口うるさくてもいい、ちょっとくらい子供をしかり飛ばしたっていい、
少しなら叩いたっていい、
ただ、子供を、まだ幼くて一人では生きていけない子供を
すくませるほどに強く、言葉を出せないほどに怯えさせる怒り方だけは
絶対にしてほしくない。
心底からそう願っている。
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