強さなんて

こころ
04 /12 2013
むかしむかし十代のころ、私は刃物のような子だった。
なんでも白黒をつけ、命令してくるものには切りかかり、
守ろうと近づいてくる人をも、刃で傷つけずにはおかなかった。

人間で、私を正す人は現れなかった。
いや、いたのかもしれないが、私はその人も傷つけただろうし、
とてもよく切れる刃物だったから、
抱きしめてくれたが最後、相手はずたずたになってしまったのかもしれない。

だから神様は私に病気を下さった。

人格障害の父親がいるゆえに背負ってきた多くの問題、
暴力とか貧困とか犯罪とか家庭不和とか、
過去の私には何より自分を責め縛る鎖であったはずのそれらが、
なんでもなかったと思えるほどの、
圧倒的な力を持って、病気は私を内側から浸潤した。

私は何百本もの針やメスで血にまみれ、熱と痛みに攻め続けられ、
泣いて、叫んで、何年間も飢え続け、二度とない若い時間をベッドの上で浪費した。
友達と言えるならそれらの子たちは、
みな元気に華やかに美しくなって、学校や社会に羽ばたいていき
私は病院以外に行く場所のない、行くことのできない長い時間を過ごした。

失ったものは多い。
得たものよりもずっと多い。

けれど、得たものは失ったものすべてより大きい。

私は「強さ」を失って「弱さ」を得た。
そして知った。

私が持っていた程度の「強さ」なんて、「強さ」ではなかったのだ。

本当の強さは人を傷つけるために使われたりはしないのだ。
本当の強さは何か尊いものをうみだすために使われるのだ。

強さは人から見えなくてよい。
知られなくてよい。
それを持つ本人すら気付かなくてもよい。

弱い火種が、いつか大きく燃えるように、じっと小さいままに守っているのがよい。
火種で周囲の人を傷つけないように、自分の掌の中に包み込んで
自分の手だけを焼き続けるのがよい。

そうして顔だけはいつもにこにこしていたい。
あるいは
穏やかなばか面を晒して、おひさまの光に喜び、風に笑って、雨に夢見て、曇りに眠る。

ああ、いい季節だ。
桜も終わって、次に来るのは桜よりも美しい新緑。




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コメント

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>だから神様は私に病気を下さった。

どこかで聞いた言葉だと思ったら、「三浦綾子」さんも同じことを言っていましたね。
脊椎カリエス、直腸がん、パーキンソン病など、多くの病魔におかされながらも晩年は口述筆記で執筆活動を続けておられたとか。

ちやこさんの家庭の多くを知りませんが、書かれた単語だけでも察するに余りあります。
それすらも凌駕するほどの病魔とはいったいどんな地獄なのか。
身動きできないつらさや疼痛などもそうですが、若き青春時代を病床で過ごすことがどんなにつらかったのでしょうね。
レッドはキリスト教を崇拝してはいませんが、多くの場合、人生の過酷な困難を前にして人は神に祈るしかないのでしょうか。
もしそれで心の闇を振り払えるとしたら、宗教ってどんなにか素晴らしいものなのでしょうね。

強さとは、

たしかに人を傷つけたりするものではないです。
他人から自分を守るにはヤマアラシのような針を持つのか、石を投げられても波紋を残して静かに佇む海のようになるかは人それぞれです。
レッドの場合、ただのいじけ虫でしたから、人から裏返しにされたり、時には谷底に落とされたりしながら少しずつ人よりも遅れて這い上がってきました。

レッドの思う強さとは、けしてあきらめない、何度でもやり直すことが強さだと思っています。
人より劣っていても、人より見栄えがよくなくても、虫の歩みで前に進んでさえいればいつか上に登れるはずです。
自分の弱さを知ることは貴重ですね。
強い人が1歩で登れるところも、弱い人は10歩で行けばよいのです。

レッドの子供たちは今も困難の毎日ですが、今日は次男とラーメンを食べに行くことができました。
一緒に外で食べたのは1年ぶりかもしれません。
ブログを初めて半年、やっと次男が登場しました。
まだまだ春は遠いですが、なにげないことで一喜一憂する毎日です。

redeyesさん

小さいことを小さく見ずに、最大限の自然な喜びと感動を持って見、感じることができたら人生は素晴らしいことの連続でしょうね。
息子さんと一緒の外食、うれしかったですね。
私もうれしくなりました。

最近強いな、と心底驚いたのは登山家、山野井夫妻です。
特に妙子夫人、彼女は手にも足にもほとんど指がありません。凍傷で根元まで切断してしまったのですが、彼女は一切の家事をやり、夫の世話を甲斐甲斐しく続けています。
しかも文句も言わず、楽しそうに、呑気そうに行うのです。
ものすごいことをやっているのに、全然そう見えない人です。
しかも本人も至って普通のことだと思っているのです。
強い人ってこういう人だと思いました。
それこそ決してあきらめず、何度でもトライし続ける人です。
すごいな、と思いながら、私には決して出来ない真似だと思っています。

素晴らしい記事ですね。
ものすごく共感しています。心が震えました。

>見えなくてよい、知られなくてよい

強さって実体のないものなのかなと思う時があります。
人の強さは見えるけど自分の強さは見えない・・・というか・・。
ベクトルが違えばひっくり返されるというか・・・。

それでも何かに突き進むための原動力が 強さ なのかなと思います。


繰り返して申し訳ありませんが心が震える記事でした。


甲辰さん

ありがとうございます、恐縮いたします。
男性は世の中の至る場面で「強さ」=「タフさ」=「やる気」=「根性」=「頑張り」=エトセトラ・・・・と当然のように求められて、大変なのだろうな、と思います。
でも、強い強いと見せびらかす人が、意外にもろかったり、弱弱しく頼りなげな人が実は折れなかったり、いろいろですね。
甲辰さんのお仕事は、世の中の裏側を見なければならないことも多そうですね。
私は甲辰さんがこれまでに経験された、世の中のリアルのお話を読ませていただく度に、驚いたり頷いたりしています。
様々な場面と様々な物差しで人を見ていると、「強さ」ってなんだろうって、本当に思いますね。