義母が入院し夫がしょげ返る

出来事から
04 /14 2013
三日ほど前、義母がすってんころりんと転んだ。
腰のあまりの痛みに医者に行って診てもらい、骨は折れていないと言われ
薬を飲んで眠っていたら、少しは痛みが取れたらしい。

しかし夜中に痛み止めが切れたら、痛くて痛くてもうなにも出来ない。
寝返りはもちろん、起き上がること、座ること、歩くことなどもちろんできない。
そして結局昨日、義母は入院した。

「一人でトイレもいけない、パンツも上げられないんだから
入院してもらった方が助かる」
と義父は言った。
実際その通りだろう。

義母は73歳。
2年ほど前にも自転車で転んで膝をやったが、足を引き引きしていたものの、
貼り薬で何とかごまかして、いつしか落ち着いてしまったことがあった。
しかし腰はさすがに難しかろう。
それに70代を超えると1年違うだけでずいぶん体の状況も変わってくるという。

ここ数年間、義父は癌手術を2回やり、入院もたびたびあって、
長男である私の夫は、義父の抜けた会社の仕事を
ずいぶん頑張ってやり抜いてくれたものだが、
今回の義母の入院に関しては、どうも義父の時と雰囲気が違う。

夫はなんだか元気がないのだ。
しゅんとしているのだ。
癌による義父の入院の見舞いに行くのも面倒くさがった夫が、
昨日入院したばかりの義母のところに「行かなくちゃ」と自ら言葉にしたのだ。

ああ、男の子はやっぱり「お母さん」が大事で大切なのだ。
日頃、義母のことを平然とバカ扱いし、
義母の作った食事を残し、食器が洗いきれていないから不潔だ、などと抜かしている夫が、
今日いそいそと義母の入院した病院へ車を飛ばしている。
朝にテレビで見た「長崎のびわ」を買っていってやろう、などと
殊勝なお見舞い品まで持って行く算段までつけて。

息子と母親の密接な関係というものを、私は実際の身近に知らずに来たが
しょげ返る夫を見ていたら、
「ああ、まちがいない、彼は母親に対してはある部分が子供のままなのだ」
と思った。

小さな赤ちゃんのころ、おっぱいをくれ、
うんちおしっこの世話をしてくれ、おんぶしてくれ、だっこしてくれ、
子守唄を歌ってくれ、手をつないで歩き、泣いたら助け起こしてくれた人。
そうだ、義母はおっぱい時代からずっと、
もう50年も夫の食事や世話を焼き続けた人なのだ。

義母は夫にとって自然な存在、あって当たり前の存在なのだ。
だから義母が老い、その体が弱くなっていくのは、どうにも受け入れたくないし、
受け入れられないのだ。
それはもう理屈ではないのだろう。

しょげ返る50がらみの男、つまり夫を見て、私はなにを思ったか。
ただひとことだ「コイツしょうがねぇなぁ」。

決して言いたい言葉ではなかったけれど、
こういうしか、彼が安堵しないだろうと思って、私は言った。
「出来ることは私もやるからさ、一緒に頑張ろうね」

夫は小さくうなずいた。
そして少し間を置いて、笑ってビールを飲んでいた。

私の父が倒れたときも、母のことで苦しんでいるときも
なに一つ手伝ってくれなかったくせに、という恨みの言葉は喉もとで止めた。

思い出せば腹も立つが、過ぎたことはもういいし、これもしょうがない。
しょうがないことは言ったってしょうがない。

確かなことは事実のみ。
人はみんな老いるのだ。
いずれ私も、夫も。

だから助けよう、出来ることしか出来ないが。
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コメント

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最後の1行が本音だとしても、それに至る経緯がいろいろあるのですね。

レッド家の場合、嫁の母親が亡くなったときも、自分は嫁を3ヶ月も実家に送り出し、長女と二人暮しをしながらも休みとなれば4時間かけて実家に通い、ずいぶん奉仕してきたつもりでいました。
しかし3ヶ月目でケンカになり、言われた言葉は冷たい、、でした。

家庭も職場も放りだし、実家で父親の面倒をみて暮らしている嫁に対して、こちらは食事も洗濯も仕事にも追われる毎日。
嫁の職場の上司にはいつ戻ってくるのかと連日のように電話があり、結局やめさせてもらうことにしました。

葬儀が終わっても嫁は帰ってこなかったので、嫁の職場や香典をいただいた方々へのご挨拶も一人で済ませました。
生活に疲れ果て、嫁との信頼関係もなくし、離婚を告げる手紙を書いていたら突然嫁がもどってきました。

今となれば母親をなくして平常心を失ったのだろうと思うこともできますが、仕事から逃げ、家庭から逃げ、父親にちやほやされながら暮らす毎日は楽しかったのだろうと推測しています。
お互いの両親に対する温度差はもちろんあってあたり前ですが、それをあたり前と思ってしまうとすれ違いが生じる気がします。

信頼を長い間築いてきたつもりではありましたが、簡単なことで崩れてしまう、そういう実感がわいたできごとでもありました。

パパ店長です

なんだか・・・
ご主人の言動が自分自身とダブりました。
なんだかんだと言っても「親」は「親」
特に男からみた母親は・・・簡単に言葉で説明できる存在ではないと思います

うちは今、実母と嫁との間柄がよろしくなく私は「板ばさみ」状態です。
嫁を憎らしい、と思ったことも又、母を憎らしいと思ったことも多々あります。
昨年夏、母が自身の実家に帰省中に倒れました。
私はその時嫁と娘と自宅にいたのですが、その一報を受けた直後の嫁の冷え切った言葉。
ひどすぎてこの場では話せませんが、あの瞬間ほど忘れられないものはありません。

まとまらないコメントですみません。

redeyesさん

え~、そこまで手助けして、そんなこと言われちゃいましたか、それはやっぱりショックですよね。
私だったら、そこまでしてもらえるなら感謝感激で、ひたすら「ありがとう」ですけどね。

奥さんのお父上がご高齢で一人暮らしになったから、それだけの長さ一緒にいてさしあげたのか、それともお父上の側が娘である奥さんに気を使ったのか、そのあたりは私にはわかりませんが、病気入院でもないのに3カ月家を空けるとは、奥さんにはよっぽどのことだったのでしょうね。
「冷たい」と怒ったのだからやっぱり、一人残された形になったお父上のことが心配だったのでしょうね。
う~ん、あれですかね「お父さんを引き取って一緒に暮らそう」と言って欲しかったのかしら・・・・

私くらいの時代から、家に根っこを残したまま結婚する女性が少なくないです。
婚家の親でなく実家の親元に足しげく通い、婚家の親より実家が大事、子育て中も婚家より実家に頼るという・・・
本当はどちらの親につくのも間違いで、夫婦が家庭を新しく作り、そこに根を下ろさないといけないのですよね。
私はそうありたい、そうあるべきだと考えていますが、夫はどうなのかしらん。
謎でございますwww

パパ店長さん

やっぱりねぇ、男の子にとって母親はもっとも大きな受容者、大きな袋、つまりおふくろ、なんですよね。

もう50も過ぎますと、さすがに夫と義母の間に割って入ろうとか、嫉妬するとか、その手の感情は持ちません。
私の義母はしゅうとめで苦労してきた人なので、私にはとても寛容に接してくれますし、多くを忍耐してくれているのだと思います。
そう思えたのは、この5年ほど、夫の会社(義父のつくった会社=義母もいつも一緒)の事務をやるようになってからですね。
手伝うためには、私自身の心の踏ん切りやきっかけも必要でした。
奥様も踏ん切りが持てるとよいのですが。

パパ店長です

こんばんは!
最後の1行、嫁に読んでもらいたいくらいです。

パパ店長さん

ほんと、いつか変わるといいですね。
そのためにも奥様をフォローしてあげて下さいね。
(お母上の悪口だけは断固無視するべきですが)
可愛がれば女は優しくなれると思うんですよ。
・・・・甘いかしら?