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待機老人

出来事から
03 /29 2014
とんでもないベビーシッターによる事件はまだ記憶に新しく
あの一件からも保育所他各種公的施設の建設やサービス確保などは
非常に急がれるべきであると思うのだが
私たちには、もう一つ切実な問題がある。

保育所等入所待機児童数2万2千に対して
特別養護老人ホーム入居を待つ高齢者の数が52万人を超えたという。

そのうち早急に何らかの方法でサービス提供を受けるべき人々は
約10万人と推測されるらしい。
(老後への不安感からまだ元気なうちに入居を希望して申し込んでいる人々が
数十万いると言われている)

2万2千対10万と、単純に数の上で比較することは出来ないと思うが
それにしても10万という数は、少々多すぎやしないだろうか。

実はこの頃、私の暮らす周辺にかような高齢者たちを見かけるようになった。
ちょっと認知症が入って、スーパーのレジでごねたり
買った物がない、盗まれたと騒いだりするのはまだ序の口で、
最近どうにも重篤な、
どう手助けをしたらよいかすらわからないお年寄りを見てしまった。

電車の中だった。
混雑はしてないが、空いてもいないという車内に
お年寄りの独り言がブツブツと響いてきた。
ブツブツの主は席に座ったご老人で、
古いけれどもちゃんとスーツを着ていて、堅い仕事に就いていた名残があった。
見かけから判断すると70代から80代くらいだろうか。

突然誰かが小さく「あっ」と言い、何人かが慌てて場所を動いたと思ったら
座っているご老人の周囲に空間が出来ていた。
見れば、ブツブツとつぶやきつづけているご老人の足元と腰の下には
巨大な水たまりがどんどん広がってきたのだ。

驚くべき大量の失禁であった。
ご老人のズボンは股から下がびしょ濡れで、
電車の席に染み込みきれない尿が浮き上がって見えるほどであった。

何人かが慌てて隣の車両に移った。
誰もどうすればよいか、声を掛けるべきなのかどうかもわからなかった。
見る限りご老人は、どうも自分の現状に気付いていないのだ。

もしも誰かが声をかけて、ご老人の意識をこの事態に向けさせたら
あのご老人にどんな恐慌が起こるか、私には想像も出来なかった。
この事態が家の中なら、周囲もまだなんとかする手立てがあっただろう。
なにもなかったように着替えさせることも、
お茶とお菓子で気分を変えさせることも可能かもしれない。

だが走る地下鉄の中で、こういう状況に面したとき
私たちはどう対処すればいいのだろうか。
なにが出来るのだろうか。

やはり駅の切符売り場で、大便を漏らしていた老婦人をみかけたこともある。
趣味のいいお着物を着ているのだがお尻のあたりが茶色に滲み
穏やかなお顔で、ものすごい臭気のままに、駅に入って行かれた。

老いてボケて行くにつれて、
どんな状況がどんな順序で出現するのか知らないけれど
大量の失禁や、大便の垂れ流しは、症状としてそう軽いものではないのではないか。

私の母の認知症は7年ほどになるが
見た目にはちっともそれとわからないままである。
恵まれた介護環境にいるので話もするし、一人で歩くし、よく食べる。
しかし最近自分の意思でトイレに行かず、いつの間にかリハビリパンツのなかに
出してしまうことが増えた。
しかも出したことには全然気付かないのである。

 (最大量150ml×5回の吸収量の高いものを使っているが、
たっぷり吸水したものは履いていても重たいだろう。
ちなみに母は現在、親族も家族も思い出も記憶から消去して
今や自分の名前すらときどきわからなくなっている。)

大量の尿失禁のご老人が母と同レベルだと決めつける気はないが
ややもするとその距離がさほど遠くない人々が
介護のサービスを受けられぬままに生活することを余儀なくされている現状に
私はいま、一層の強い不安を覚えるのである。


さて、大量失禁のご老人はなにも気付かないように、
乗り換え駅で普通に降りて行った。
あの空いた席に誰かが座ってしまったらどうしようかと
私はそればかり考えていた。

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コメント

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痛感します

勤め先のクリニックに長年通っていた患者さん方が
最近 どんどんと消えています

消えているという表現は 亡くなる方もいるのだけれど
あれ? 変だな? と数か月前に感じてから どんどんと変化が起き
もう1人で通院できなくなるということです

その数は ここ1年で急速に増えました
1人暮らしの方は どうなさったのか こちらでは知る手立てもありませんが
ご家族 親族のいる方は その後の情報が入ったり
または 一緒に通院し認知症専門医の紹介を受けたり色々です
場合によっては 親族にも手がつけられず ケアマネさんがこっそり相談にこられる場合もあります

年老いてから 夫に暴力を振るわれ逃げてしまった妻もいれば
親に叩かれ続ける息子もいる
そのまた反対に 介護者に暴力を振るわれ 額や背中に傷をつくっている親もいる
(医師が診察の際に見つけました)
一時も夫から離れられず(どこに行ってしまうかわからないから) 顔が見るも無残にやつれ疲れている妻もいます

夫婦ともども 認知になり 共倒れの場合もあります

小さな個人院であるのに その数はおびただしい
しかも たいていの場合 本人の自覚が乏しい・・・

なので 今日のちやこさんの記事は 日常茶飯事とはいかないまでも
十分に想像できる
そして もし 気の利いた人が助けの手を向けてしまったら
どうなるのかは 予想すらつかない
とてもよくわかります

将来はどうなってしまうのでしょうね
人間 寿命が長くなりすぎたのでしょう
医療の発達も 良し悪しなどと思わずにはいられません
そして 私たちの子供たちの世代は まさに介護地獄になるでしょう><

レモンの木さん

やはりそうですか。
この1年ほどの間に急速にそういう人たちが増えたような気がします。
老いは一気に、まるで迫り押し崩すようにやってくるものなのでしょうか。
脅かされているような気がします。

先日グループホームの会議で民生委員が話したのですが
「倒れたらそのときどうしたらいいですか、とお年寄りにと相談される」ことが多いのだそうです。
民生委員さんはいつも困って「今は今を精いっぱい楽しんで生きるよりありません」と答えるしかないらしいです。
質問する側はもっと安心できる答えを求めているのでしょうが、私たちにそれをすることはできません。
私が助けてあげますなんて言葉、決して言えませんからね。
「延命治療の拒否」の文言を残すというアドバイスもありますが、実際の老人たちに向かって、民生委員さんはとてもじゃないが「言えない」のだそうです。
延命治療拒否の効力ある文書を、私たちは今この時期から作っておく方がよいのかもしれませんね。

介護地獄はもはや目の前です。
日本の医療体制と思考を、まず根本から転換させるべき時がこないと。
いたずらに命を引きのばすのをやめて
自然に朽ちてゆくべき命を、静かに見守り、尊ぶという医療体制が確立されて欲しいです。