なんのため かしら

こころ
07 /04 2018
書く習慣をなくすと、ほんと書かなくても平気になってしまうので
脳内はいよいよもってヤバい感じになりつつある。

実は書かなくっちゃなぁ~と思ったことがあったが
つい面倒で書かずにきた。
書かなくっちゃなぁ~の内容が、そこそこしち面倒くさいにもかかわらず
読み手によっては全然読まない方面のものになること請け合いだし、
そもそもしち面倒くさいことを、なぜに私ごときが書かなくっちゃと思うのかが
自分自身でもよくわからんのだった。

だが、面倒くささにかまけていたために
自身の脳内が加速度的に加重的に溶け始めてきたような心持なので
仕方がないので今日は書いてみることにした。
会社にはデスクがあってPCも打ちやすいしね。
(今日のノルマ仕事は済ませました、一応)

ええとね、お友達のウロさんが先日ブログに書いていたのよ。

「なんのため」

これを読んで、まず思い出した。

娘がボーイスカウトに入っていたころの話。
ボーイスカウトの制服を着て行動している時には周囲の目が
「あの子たちはいい子で礼儀正しくて、決して電車のなかで騒いだりしない」
と思い込んでいるので、引率の大人たちは非常に苦労するらしい。
だって制服の下は普通の子だから、周囲とそれほど差異はないにきまってる。
宗教ってこれとよく似た受け止め方をされがちなのよね。


私は多分、生まれた時の宗教は仏教だったのだと思うんだ、
家にはよくわからない仏壇もあったし
お坊さんのお経も何度か聞いたことあるから、きっとそうだろう。
日本にはその昔、宗門人別改帳っていうのがあって
私の父の先祖も母の先祖も、
たぶんなんとか宗のなんとか寺の檀家だったと記載されていたに違いないので
無宿人でもない限り日本人の大半は仏教徒だったのではなかろうか。

むかしむかしは、適当に近所のお寺に所属させられて、
どこかしらに所属してないと無宿人とか非人とかにされてしまったからさ
なんてったって仏教徒でないといけなかったけどもさ
それこそボーイスカウトの制服と同じでさ
宗門改め帳に名前があるからって、全員が真面目に信仰心をもつわけもないし。

なんでもテキトウ、その位が一番手頃だし、楽ちんだ。
成田山やら浅草寺やら清水寺やら法隆寺やら観光したり
観光すればきちんと手を合わせてお参りしてくるんだしね。

道祖神とかお地蔵さんとか、お稲荷さんとかそこらじゅうにあるし
正月は神社に初もうでに行くし、山に登ればそこにも神社があるし
お参りしてたらどこかしらで御利益あるんじゃないかとか思ったりね。

でもさでもさ、そんな感じに宗教が大好きなくせにさ
ひとつの宗教がっつりいってると、どことな~く奇異な目でみられたりするのが
日本なんだよね。

まぁわからなくもないです。
大昔にやってきた正統的な各仏教やイザナギイザナミをはじめとする神道以外の
なんだかよくわからない新仏教や謎神様や
神や仏を洋の東西を問わずにごちゃまぜにした宗教や
あげくの果てに誰それの生まれ変わりが云々とか
そんなのだーれだって奇異な目で見ますよ、はい。


幸運なことに私の周囲にはその手の新興宗教系の人がいないので
いろいろな人を比較することが出来ない。
というか、私はキリスト教ですっていうと
勧誘の方々速やかに去られますです、エホバさんさえも。


ええと~個人的には宗教を「御利益系」と「哲学系」に分けているんだ。
御利益系ってのは読んだ通りの意味でね
馬券が当たったり、家内安全商売繁盛夫婦円満だったりするやつね。
哲学系は、そうね、「禅宗」とかだとわかりやすいかな。
哲学系は世の中の悲劇や苦しみを「在るもの、決してなくならないもの」として生きるわけよ。
ハッピーを目指して信仰したりはしないんだわね、
知ってます? 誤解されてる場合が多いけどキリスト教はこっちです。

この苦しみにまみれた世界の中になにか一片の安らぎを、悟りを
得ようとする人々がいて、
あるいはどれほど汚れた世界の中にも、
花のように咲き出でる愛のあることを信じる人もいて、
それが宗教の存在意義なんだと私なんかは思うわけであります。

世界の貧困や戦争や飢えといった大きな問題にも
あるいは家庭内の不和や悲劇にも
立ち向かってゆかない信仰の姿勢に憤懣を覚える人もいるのはよく理解できるけれど

人が宗教に入ってゆくのは
圧倒的すぎて自分の力ではどうにもならないなにかに行く手をふさがれた時
というのが多いので、
つまり完全に自分の無力を理解したときなわけだから
もう一度立ち上がって戦えっていうのは、
けっこう難しい注文の場合もありますわなぁ。
ま、好戦的な人もおります。
ちなみに宗教とこれが絡むとかなり恐ろしい相手になりますぜ。
私は当然穏健好みです。

で現在、ある程度確信しているのは
武力であろうと言葉であろうと、
魂での勝利に勝るものはないのだろうということかな。
私自身にそれが出来るかどうかと言えば
絶対に「できません!」と答えるけれどね。

なんか話が広がってまとまらなかったなぁ。
やっぱり書きなれてない~

今年もまた愚痴

いろいろ感じたこと
06 /22 2018
あと10日ほどで7月が来るのだという今朝
秋ごろから夜毎に私を温めてくれた羽毛布団に数ヶ月のいとまを告げることにした。

真冬はこれに毛布を足し、
さらに湯たんぽも足し、
(この湯たんぽが現在30歳になろうかという甥が冬に生まれたときの
ベビー用湯タンポなのだ! なんと丈夫なことか!)
ぬくぬくぬくぬく眠り、
このひと月半ほどは、この羽毛布団一枚でぬくぬくぬくぬくしてきたが
さすがにこの数日は、朝方布団を剥いでいて、
ああもうこの子じゃ暑くなっちゃったのね・・・・

と、愛しさもひとしおながらカバーを洗い
久しぶりのお日様を浴びさせて
今しがた取り入れて羽毛布団ケースに仕舞い込んだ。

そして夏用の肌かけ布団とこれまた結婚当時に買ったタオルケットが
夏の間のわがやすらぎの友となるのだが
実はかなり確実な不安が一点存在する。
就寝中にふくらはぎや足の甲に襲い来る「こむらがえり」の回数が
絶対に増えること間違いがない。
ぬくぬく冬用羽毛布団を春や初夏に使用していると
足が暖まることこのうえなく、
冷えによるこむら返りはほぼ起きないで済むし
たまに「イタタタ」となってもぬくぬく布団に足をくるめば、ほぼもう大丈夫なのだ。
この治癒的保温力が夏用肌かけ布団にはないのよね~ってあったら暑いけど。
(脱水による全身痙攣は温めたくらいじゃ決して治りませんが)

と、不安は確実にあるのだが、仕方なく今日の夜から夏布団となるわけだ。
テレビではそろそろ梅雨明けが近いなんて言い出しているのだもの。

今年の梅雨はしっかりと梅雨寒があって、とてもありがたかった。
こんなにしっかり梅雨の時期に気温が下がったのってあまり記憶にない。
埼玉県はこの6月に最高気温が15度になった日もあって
5月のほうが暑かった様な気がする。

暑くないから、せっかく出て来たミニひまわり小夏の芽が
全然伸びてくれないが
別に伸びられないなら伸びなくてもイイ。
夏の良さって、洗濯物がはかどるだけだ、私にすれば。
(冬の良さならた~くさん挙げられるんだけどね)

予報では今週あたりから梅雨寒はなくなり
ひたすら蒸し暑くなるらしい。
毎年毎年、これからの季節についての愚痴は止まない。
きっと来年も愚痴を書く。

モンテクリスト伯からのダメダメなわたくし

いろいろ感じたこと
06 /15 2018
♪てるみーわーいわーいわーーーい

と書いてみたが、これ、わかる人にはわかるのだ。
これはおディーン様の歌う「Echo」という曲の頭のところで
ドラマ「モンテ・クリスト伯」の主題歌なのだった。

ドラマ「モンテクリスト伯」は
私がぎょえええええええ! と身を引くような
クリミナルマインド的なゲロい要素をほぼ含むことなく
日本の9時10時あたりのドラマの並びをさほど外すこともない
終わり方であった。
(ちょっとざんねん~~~)

私は異常犯罪系のエグい洋ドラを見すぎているので
このエンディングにもやもやした、物足りなさを感じてしまったわけだが
なんでも原作もこんな感じで終わるのだそうだ。
きっと原作を読んだら、
このエンディングに納得がいくように書かれているのだろうなぁ。

と思うと、「モンテクリスト伯」岩波文庫全7巻が欲しくなってしまった。

ただ1冊が1000円前後する厚めの文庫本が7冊も増えたら
縦に並んだ本の上に新しい本が横に重なって押し込まれているような
満員御礼の私の本棚に治まる余地がない。
(ついでに全7巻を1冊ずつ買うと7冊で7140円なのに
7冊セット組で買うと8000円なのはなぜだ)

とうとう以前から考えているアマゾンキンドルを買うことになるのか、
だったらどれがいいかな、
(ややうれしい感じで)ふんふん、いろんな種類があるじゃないか・・・・

・・・・だ~が~、私はこのごろ、本当に読書をしなくなっていて
自分でもあきれ返るほどなのだ。
何ヶ月か前に購入した「クォ・ワディス」全3巻いまだに1巻半ばだもの、
全7巻が読めるかどうかわからない気がしてくるではないか。

読書をしなくなった理由はわりと簡単で
読むのが面倒くさくなったからだろう。
目が悪くなったというのも、かなり強く影響しているとは思うが。

加えて最近はオンラインゲーム「どうぶつの森ポケットキャンプ」にはまりこみ
毎日毎日せっせとやりこんで、月に1~3回くらい行われるイベントすべてに参加して
すべてをオールクリアーするという力の入れ様だった。
おかげで新しかったスマホの充電池がひどく消耗して
3日は保った電池が1日で切れるようになってしまい
愛しのオオカミのブンジロウさんがゲームに登場してきたにもかかわらず
私はレベル100まで育て上げた「どう森」を
ついにアンインストールしたのが3日前・・・・

で、ようやくゲームから足を洗ったら、今度は秋に生まれる娘の子のために
ベビーブランケットを編もうと編み物始めちゃったし
(しかも苦手な鈎針編み)
春の花が終わって夏の花に入れ替えをするべく庭いじり始めたしで
ほんと、本を読まなくなったことったらもう、あきれ返る次第でして。
(そういえば色鉛筆絵画も2回しか提出してない!!)

以前高齢に差し掛かったオバサマが
「年をとると、何をするにもやるぞ!って頑張らないと出来なくなる」
と教えてくれたのだけれど、今まさに私はその状況になっている気がする。

そのうち立ち上がるのも億劫になっちゃうのかもしれない。
さすがにそうはなりたくない。
私よ、努力を忘れるな!!!!!

「半分、青い」にイライラしつつも見続けている

テレビ
06 /07 2018
NHKの今期朝ドラ「半分、青い」
あれ、すごく面白いって見ている人と
なんかモヤモヤモヤモヤしながら習慣的に見ている人がいるみたい。

お習字の友達は「面白い! 大好き!」ってすごくうれしそうに話してた。
私は「モヤモヤ」どころか、時々「イライラ」してる。

「イライラ」しつつも見るのは、朝ドラの半年という長丁場の間に
そのドラマがどんどん面白くなることがあるからなのだけど
いま現在のところ「半分、青い」にその兆候は感じられない。

ここ20年くらいで、私が見るのをやめちゃった朝ドラって
「天花」「ウエルかめ」「てっぱん」くらいで
それらによっぽどの事情があったのかと言えば、
いや別になんとなく、という感じだったわけで
いまとなっては誰が主役を演じていたかすら覚えていないくらい印象が薄い。

その点「半分、青い」は主人公の鈴愛ちゃんが
あまりにアホでどうしようもないので
かえってこのアホがどういうふうに成長していくのかに
興味をつなげている感がある。

おおよそ朝ドラの主人公たちは約半数が戦争を経験していたり
愛する人と死別したり、
もともとみなしごだったりするが
なんなのかしら、暗黙のルールみたいなのがあるのか
主人公の家族あるいは周囲の人々とのつながりは
お互いを思い合うあたたかな関係性があって
愛情欠損状況の主人公は皆無なんだよね。
(「純と愛」だけはちょっと外れているかもしれん)

それでもさ、たいていの主人公は
周囲に恵まれているその状況に必ず感謝しているのよ。
というのはつまり主人公には良識があるってことなんだけど
今回の主人公は、とんでもなくアホなので
その辺の良識が見えてこないんだわ、
困った時にはすぐ幼馴染に泣きついて
自分の足で立って歩いていこうとする気配がまだない。

戦争はさんじゃったら、ドラマの主人公たちは
否が応でも自分の足で進んでいくことになるんだけどもさ
ドラマの時代設定がバブル期なんだものな。

時代のなかで戦って生き抜いてきた女の一代記なんかと比較しては申し訳ないけど
愛だの恋だの、優しい友だちだの、優しい家族だの
そんなのばっかりに囲まれた
周囲に守ってもらうのが当然と考えているような主人公には
私ちょっと辟易気味なんだ~

このドラマが好きだ~って言ってる私のお習字の友達は
穏やかで優しい良い家庭の奥様なのだけれど
そういう人は主人公の「周囲への依存」を
笑って見ていられる精神的なゆとりがあるのかもしれない。
私駄目なんだわ
自分が「しっかりしなさい」的生き方を余儀なくされてきたから、
あんまり周囲へ甘えた生き方を見ると、イライラして来て。

なんでも先走りサイトを覗き見ると
主人公と幼馴染は別れることになるのだそうで
きっとドラマはそこから面白くなるんだ、
そうに違いない!!

そうなるのを期待して今まだきちんと見続けているのだから
ぜひぜひ、そうなってほしい、
・・・・・と希望を書いておくのだった。

おディーン様のモンテ・クリスト伯

テレビ
05 /31 2018
数年前にご近所に引っ越してきたおじさん、
まめまめしく道を掃いたり、会うたび笑顔で挨拶してくれたり
いいおじさんではあるのだけれど、なんかね、
あからさまに事情を書くわけに行かないのだけど
電話でも誰かとでも話している折に「大声」を出すんだ。
しかも軽く数時間は大声だから、周囲の家には全部聴こえてしまっているという・・・・
話の内容を察すると、ほぼクレームでさ、
なんか・・・・こわい。

と書いている間もテレビではくどくど日大の問題をやっております。
もう飽きたんだけどなぁ。
日大の問題出てきたおかげで山口達ちゃんはきれいに消えちゃったけどね。
ほんと、テレビって常に、新しいいけにえを探しているかのようだわ。

とはいえテレビ大好きだから、今日はなんとなくテレビの話を書いてみようかな。
朝ドラ「半分青い」、あれ多分私苦手だわ。
主人公の性格が私的に無理。
善意の無邪気というより、無神経すぎて見ていて腹が立ってきちゃってさ。
それとさ~、脚本家さんがもともと恋愛ドラマで人気のある人だからね
恋愛ドラマ要素を大量に運び込んできていてさ
恋愛ドラマに興味のない私にはただただ「うっとうしい」。
恋愛を絡めてもかまわないし、大事なことだと思うのだけど
恋愛よりも人生を描いてくれるほうが見る甲斐がある気がする。
恋愛ドラマだったら朝でなくて夜の9時10時あたりに見りゃいいんだからさ。

うんと~、たしか今晩もあるんだけど
最近は「モンテ・クリスト伯」がおもしろ~
華麗なる復讐って副題とは違って、もう全然華麗じゃなくってさ
とんでもねぇ復讐と申しますか、
やってるレベルは大奥に出て来そうなエグさなんだわ。
主役のおディーン様が涼しげできれいでさ
執念深さを微塵も感じさせないんだけどさ、つくづく感じちゃったのよ、
復讐って数十年たってもその感情は消えないものなのかなぁって。

臥薪嘗胆って故事あるじゃない?
受けた苦痛を忘れぬために毎夜薪の上に寝て
舌がしびれるほど苦い肝を毎日なめて
復讐の意志を決して丸くさせないという、あれね。
それを、おディーン様は全然していないんだわ、
それなのにえぐい復讐をバリバリ続けられるって、ものすごくないかい?
私には無理だなぁ、復讐の意志を強く持ち続けるのって並大抵じゃないと思う。
日々に苦痛を忘れていけるってのは、ある意味神の恵だわよね。

ところで原作の「モンテ・クリスト伯」私読んだことないんだよ。
ドラマが始まってから、ネット民のなかには
「モンテ・クリスト大好き」って人がけっこういてさ、
そうか、そんなにおもしろいのかと、いずれは読んでみようかなと。

原作を愛する人たちによると、モンテ・クリストという名前からして
キリストと無縁ではないらしく、
そのあたりの感情の相克とか興味ありなんだよ~
復讐の鬼の心に住まうキリストって、いかにもおもしろげじゃないっすか?

ずいぶんだらだら書いたと思うのに、いまだテレビはアメフト、日大って言っている。
ほんと、飽きました~~~~